第28話 教官の処置
魔甲機装の状態のまま、うんともすんとも言わなくなった松本。
最初の数分間は、そのうち目が覚めるなり、機装解除されるなりするかなと思って、様子を見ていた。
しかし、余りに反応がないのでちょっと"鑑定"を使用してみる。
……んー、中の松本は死んではいないようだ。ただ気を失ってるだけか。
てっきり気を失う事で機装が解除されるのかと思ったけど、実はそうではないのか?
そう思いつつ魔甲機装ごと更に詳細に調べてみると、俺の大技によって魔甲機装の頸部に大きな損傷がある事が判明した。
これが機装解除が出来ない原因か?
だとしたら、どうしたもんかな。
……気は進まないけど、教官を呼ぶか?
なんて思ってると、ガションガションと魔甲機装が近づいてくる音が聞こえた。
そして俺の近くまである程度近づくと、脱装して俺の元まで走り寄ってくる。
俺も脱装済みだったので、そいつは無防備に至近距離まで近づいてきた。
「大地さん、何があったんですか?」
案の定、近寄ってきたのは根本の野郎だった。
こいつは何で俺に何かあるとすぐ近寄ってくるんだ……。
こんだけ毎回すぐに駆け寄ってくるって、つまり毎回俺の近くで訓練しながら様子見てるって事だろう?
う……。
なんか鳥肌が立ってきたんだが。
「大地さん?」
俺が無言でいると、再度根本が俺を呼ぶ声が聞こえてくる。
「聞こえてるよ。なんで、お前は俺に何かあるとすぐ駆けつけてくるのかについて、考えを巡らせていたんだ」
「余り無駄な事に思考を割くべきではないですよ」
「いーや。俺にとっては重要だね。お前が男色であるか否かによって、お前との今後の関わり方を考えないといかん」
「えぇー? 僕が男色ですって? ハハハ、大地さんもそんな冗談を言うんですね」
くぁーーっ!
そんな「ハハハ」とか言いながら、さっぱり顔が笑ってない奴の言う事なんぞ信じられるかぼけぇ。
「それより、あれ。どうしたんです?」
「さあてな。対戦してたら転んで首から地面に激突してたみたいだぞ」
「…………。もう、大地さんはすぐそういう冗談ばかりを言いいますね」
「事実は小説より奇なりってね。別にあり得ない事じゃないだろ?」
「それはそうかもしれませんが……」
根本は甘柿かと思って食べてみたら、渋柿だったというようなシブイ顔をしている。
ん、待てよ?
俺が邪険に扱ってるのが、こいつにとってご褒美になってるという事もあるのか?
思わず俺は根本をじーっと見つめてしまう。
「な、なんですか?」
「お前、苛められるのが好きとかそういうタイプか?」
「……何を言うんですか。そんな事ある訳ありませんよ」
むむ?
なんか今の根本の言い方はかなりマジっぽかったぞ。
それこそ、ハゲかけてる頭部を必死に誤魔化そうとしてる人に、「あんたハゲてるね」と指摘した時のような反応だ。
「そうか。じゃあお前への対応は、この路線のままでいいな」
「僕への対応って何ですか!? って、そうじゃなくて、あれどうにかしなくてもいいんですか?」
「どうにかって、どうするんだ? 着装して、魔甲核の部分を強引に剥ぎ取るか?」
「それも……そうですね」
根本とそんな実の無い話をしていると、遠くからこちらに駆け寄ってくる人の姿が見えた。
「あれ、教官ですかね?」
「ああ。それと後ろから日本人もついてきてるぞ」
「え、ああ、本当だ。……彼は僕がさっきまで対戦してた相手ですね」
「ほらあー。人に構ってばかりいるから、教官まで呼ばれてしまったじゃないか。俺を巻き込まんでくれよ」
「えぇ!? でも大地さんがまた妙な事になっていたから……」
俺が根本と言い争っていると、教官はすぐに俺たちの近くまでたどり着いた。
後ろをついてきていた日本人が、まだ大分後方でゼイゼイ言ってる事から、教官は身体能力にも優れているようだ。
「お前達! ここで何をしていたんだ?」
「こいつはサボリです」
「ちょ、大地さん。あの、僕はですね……」
根本が俺の密告に何か言い訳をしようとするが、教官は聞く耳も持たず、強引に話を続ける。
「んーー? お前は、あの男が言っていた対戦相手だな? それはいい。それよりここに倒れてる魔甲機装は何だ?」
「あー、それが良くわからなくてね。なんかバランスを崩して首元から地面にぶつかった後に、こうして動かなくなったんだよ」
「なに? ……この状態になってどれくらいの時間が経過した?」
「そうだな、十分ちょっとくらいじゃないか?」
「十分だと? だとすると、意識を喪失してる訳ではないな。魔甲機装の不具合か?」
そう言って考え込み始める教官だが、さしもの教官も倒れてる魔甲機装を見ただけで状況が掴める訳ではないらしい。
「ふうむ……。おい、お前」
「え、はい。僕ですか?」
「そうだ、お前だ。お前は確かティーガータンゾーだったな? なら着装して、そこの倒れてる魔甲機装を治してみろ」
「ええっ? 僕がですか?」
「この場には他にタンゾータイプはおらん。早くしろ」
「分かりました……」
教官に言われ、根本は少し離れた所で着装をすると、倒れた魔甲機装に近寄っていく。
「問題があると思われるのは頸部だ! そこに手を当てて、特殊能力を発動させてみろ!」
「はい」
タンゾータイプ特有の白い魔甲機装を操る根本は、教官の指示に従って頸部に手を当てる。
少しすると、手で触れた幹部から白い光が発生し、僅かな間光り続ける。
「ふぅぅ、終わりました」
「よし! お前はもう脱装していいぞ」
根本が指示に従って脱装し、こちらに戻ってくるその途中。倒れていた魔甲機装に変化が訪れた。
これまでピクリともしなかった松本の魔甲機装が、脱装モードに移行したのだ。
そしてものの数十秒で脱装は完全に完了し、残されたのは気を失った松本と、近くに落ちている魔甲玉だけとなった。
「どうやら上手くいったようだな」
教官はそう言って、倒れている松本の元へと向かう。
その間俺は根本と、ようやくここまでたどり着いた根本の対戦相手と一緒に、教官の様子を黙ってみていた。
「おい! 起きろ」
倒れている松本の肩を足蹴にする教官だが、松本は目を覚ます様子がない。
「チッ、これは完全に気を失ってるな。仕方ない……」
教官は倒れている松本を強引に抱え上げて、肩に乗せるようにして担ぐ。
これは随分と強引な担ぎ方だな。
まあ、ストレイダー卿なんかを見た感じだと、この世界の人間の身体能力はやばそうだから、あんなんでもいいのか。
意識を失ってる人間を担ぎ上げるのはそれなりに大変で、あっちではレンジャーロールなんて技も開発されるくらいなんだけど、この世界の人には必要なさそうだ。
「俺はこいつを救護テントの方まで運んでいく。お前達二人は、元通り対戦に戻れ。それからえーとお前は……」
最後に俺の方を見る教官。
「一人で自習でもしてろ。魔甲機装は着装して動けば動くほど、更に使いこなせるようになっていくものだ」
「分かった」
俺が返事をすると、教官は松本を担いだまま去っていく。
根本も俺に一言挨拶をしてから移動を開始するが、根本の対戦相手はまたここから移動するのかと、少し辟易としているようだ。
それから俺は教官に言われた通り、いつもの仮想敵訓練を行って、この日の訓練を終えた。




