第27話 大技炸裂
「……確かにあの者ならそのように言いそうですね」
この世界に飛ばされて以降、火神という男は妙なカリスマを発揮して、日本人たちの中心に治まっている。
火神の前では、あのヘイガートリオも大人しく言う事を聞く。
しかしヘイガートリオは、自分たちの与えられた魔甲機装の性能の高さに調子づいてきているようだ。
俺も宿舎で過ごしてる時に、そういった話をしてるのを耳にしたことがあった。
訓練外の時間にまで、そうした魔甲機装の性能差によるヒエラルキーが形成されていっているように思える。
特にヘイガートリオがその勢いを加速させているのだと、俺は睨んでるんだが……。
それから昼食を終え、午後の対戦相手を探し始める時間になって、俺は一人の男に声を掛けられた。
「おう、お前。対戦まだだったよな?」
そう声を掛けてきたのは、先ほど話題に上ったばかりの松本だった。
「ああ、そうだな」
「じゃー、午後は俺とやろうぜ。お前、型番は何だ?」
ニヤニヤと見下した笑みを浮かべながら、俺に尋ねてくる松本。
ヘイガーというのは上から三番目の性能で、それより上はコゥガァーのチャラ男と、オツァーガの沙織、火神、権助どんしかいない。
こいつは俺のクラスまでは把握してないかもしれんが、間違いなく自分より下だと思って完全に舐めてかかってきている。
「俺はキガータマンサクだ」
「ぷっ、はははははっ、マジかよ! ハズレ機体の最弱クラスとか、戦場で真っ先に死ぬ奴だろ」
「ほら、行くぞ」
「ん、なんだ? もう諦めてんのか? チッ、つまんねーなあ。もう少し悪あがきするとかしてみろよ」
俺は松本を無視して、訓練場の空いてる場所へと移動する。
「まー、別にいいか。それはそれでストレス解消になるのは変わらねーからな」
なんというか、カマセ役オーディションをやらせたら一発合格しそうだな、コイツ。
確かに俺のキガータマンサクは最弱だが、別に魔甲機装なんてなくても……いや、俺の場合無いほうが圧倒的に強いんだけどな。
ここまで来ると、逆に笑いを抑えるのに神経を集中しないといけなくなるぜ。
これまでの俺の対戦経験からして、ヘイガー相手でも一方的な戦いになることはないだろうけど、それでも最弱機装ではキツイ部分もあるにはある。
少し小細工をしておくか。
「随分とペラペラ軽い口をしているな。これが弱い犬ほど良く吠えるって奴か?」
「…………ああん?」
「偶々良い機装が割り振られたからって、まるで自分が強くなったと勘違いしてないか?」
「……そうかそうか。ぶち殺されてぇみたいだな」
「あははははっ、お前ほんっと面白いやつだな!」
余りにテンプレな事を言ってくる松本に対して、つい俺は笑いを堪えきれなくなって笑ってしまう。
すると奴はこれ以上テンプレ台詞を言う事なく、静かに着装と口にした。
俺もそれに合わせて間髪入れず着装する。
奴のあの調子だと、着装前の相手だろうが構わず殴ってきそうだったからな。
まあ、別に生身でも止められはするけど、まだ目立ちたくないんだよね。
さて、互いにほぼ同時に着装が終わると、松本はまっすぐ俺に向かって突っ込んできた。
これまでの対戦で、機装性能による機動力の差を知っていたんだろう。
確かに機装性能が高ければ、純粋にそれでも通用する。
しかし、こちらもそう来るのを見越して挑発をしていたんだよ。
予め松本の動きを誘導し、低スぺックなゆったりとしたキガータマンサクの動きでもって、高速なヘイガーボーシュの突進を躱す。
機動力の差は、早めの行動と、相手の動きを誘導させる事で補う。
「なにっ!」
初撃を避けられたのが予想外なのか、間抜けな声を出す松本。
奴が振りかぶって打ってきた拳は、開いた扉のように側面に避けた俺の目と鼻の先を通過していく。
その状態から、避けると同時に上にあげていた手を、松本の今まさに殴りかかってきている前腕部分にそっと当てる。
そして、奴がパンチを繰り出す時の勢いを利用して、四メートル近くもある松本の魔甲機装を投げ飛ばした。
「う、うわあああぁぁ!!」
別に強く投げつけた訳じゃないからそんな大した衝撃も感じてないだろうに、松本は酷く情けない声を上げる。
ふむ、ここは更に追い込みをかけるか。
「さっきまでの威勢はどうしたんだ? 『うわああぁぁ』って、俺を笑わせに来てるのか?」
「こ、ろす……」
「うわあぁぁ」って部分を精一杯真似してみたんだが、余りに俺の演技が上手すぎたせいか、プッツンしちまったようだな。
まあその方がより相手しやすくてヨロシ。
案の定、それ以降の松本の動きは直情的で読みやすく、機体の性能差を覆して渡り合う事が出来ている。
とはいえ、最初に決めたみたいな技はそうそう決めることは出来ない。
あれは一番最初の油断している時に、相手の行動を上手く誘導出来たから成功した感じだ。
松本はぶち切れながらも、俺に投げられるのを警戒しているのか、迂闊に手を出してこなくなった。
となるとタックル中心に、時々手足も使うといった動きになってくる。
俺はそれらの攻撃を避けながら、"鑑定"スキルで弱点を探っていく。
魔甲機装も人によって、弱点部分が微妙に変わったりするのだ。
これに気づいてからは、毎回対戦時には相手を"鑑定"するようにしている。
松本は性能差があるはずなのに、ゆっくりと動いてる俺に攻撃を当てられない事で、更に苛立ちを募らせている。
そして俺の方に向けて何の工夫もなく、頭を前にして突進してきた。
これは……いけるか?
それは、"鑑定"能力で見つけた弱点を利用するような形ではない。
だが俺はこの場面で、とある事を思いついてしまった。
しかし、それを行うには緻密な力の加減と体の操作、そしてタイミングを合わせる事が重要になる。
達人でもない俺では、到底不可能なアクションが要求されるんだけど、そこを俺の強化脳で補助してもらう。
ついでに強化脳で成功確率をシミュ―ションしてみたんだけど、悪くない結果が出ている。
そのシミュレーション結果を受け、俺は松本が突っ込んでくる正面に立ち、ジッと奴の動きに注視する。
その様子見の時間によって、すでにキガータマンサクの性能では回避可能なタイミングを逃していた。
その事に松本も途中で気づいたのか、更に勢いを増して我武者羅に前へと突っ込んでいく。
頭から突進してきているため、頭部の位置は立ち上がった状態より低く、俺の胸部辺りに当たるような位置で突っ込んできている。
……ここだ。
松本が眼前まで迫ってきた所で、俺は後方へとジャンプする。
その時の跳躍する際にかけた力も、微細な調整がなされ、松本の突進する速度に合わせて飛んでいた。
と同時に。
頭から突っ込んできた奴の魔甲機装の頸部を、腕を回して外れないようにふわっと包み込む。
そして、後方ジャンプによって発生した垂直方向に飛んでいく俺の跳躍力を、松本にもロスする事なく伝えた。
すると、どうなるか。
奴が地面を突進してきた力も相まって、俺が奴の魔甲機装の頸部を掴んで、後ろに放り投げるような態勢になる。
このまま投げ飛ばせば、投げっぱなしジャーマンのような感じで、松本の魔甲機装だけがすっ飛んでいく事になるだろう。
だが俺は、ここでふわっと掴んでいた腕をきつく絞め直す。
そして、ブレーンバスターのように魔甲機装の頸部を腕で絞めながら、後方へとフライ返しでひっくり返すかのように、背中から魔甲機装を地面に叩きつける。
更に地面に叩きつける瞬間、グイっと頸部を引っ張り上げるようにして、衝突時の力が頸部に集中するように調整をした。
「ガァハァッ!!」
見事俺の大技が決まると、松本は肺から空気を吐き出したような音を出して沈黙した。
プロレスは余り詳しくなかったけど、見様見真似でなんかそれっぽい感じに決まったな。
しかしこれ、生身の人間にやったら即死してるような攻撃だろう。
まあ、魔甲核内にいるから死にはしないだろうけど。
……なんて思ってたんだけど、なんか様子がおかしいな?
権助どんみたいに、使用者が気絶した場合は少ししてから勝手に機装が解除されるはずなんだけど、全く反応がないぞ。
松本の意識があるんなら、魔甲機装が損傷で動けなくてもなんかしら言ってくると思うんだが……。




