第23話 太極拳
訓練場所は、俺らの宿舎から歩いて二十分ほどの場所にあった。
一番最初に宿舎に案内される途中、魔甲機装の訓練してる人たちが見えたが、恐らくはそこと同じ場所だろう。
大きなサイズの魔甲機装が動き回っても問題ないように、訓練場はかなり広く取られている。
俺達が訓練場に到着した時には、他に訓練してる人の姿はなかった。
どうやら俺達の貸し切りになるようだ。
「さあ、まずはお前達には魔甲機装の操作に慣れてもらう。その為には、ひたすら操作を繰り返すしかない!」
俺達の教官役の人も日本語を話せるようで、アクセントなどが少しおかしいながらも、意外とペラペラな日本語で説明をしていく。
これほど日本語を話せる奴が多いのは、すでにこれまで何人も日本人を召喚しているからだ。
基礎講習ではその辺りの事にもチラッと触れられていた。
中でも先に召喚された日本人の中には、三人のエースパイロットが存在するらしい。
その三人の働きによって、一年程前のオーガ族大侵攻が食い止められたという。
彼らは民衆にもその名が知られていて、英雄扱いされているようだ。
実際彼らはノスピネルからも厚く遇されているようで、それぞれ大きな邸宅を与えられ、そこで暮らしているらしい。
もっとも軍人なので、あまり家でゆっくりもしてられないようだが。
さて、今日からはようやく魔甲機装の訓練が始まる。
……のだが、これといった訓練メニューは存在していない。
予めやってはいけない事や操作などは教わっているので、それに気を付けてまずは操作に慣れる所から始めるようだ。
「それじゃあ大地さん、また後でお会いしましょう。事故には気を付けてくださいね」
「ああ、一色さんもね」
三十近くの魔甲機装が動き回るとなると、お互いに距離を取っておかないと接触事故も起こりうる。
そのため俺たちはかなり距離を開けて、広い訓練場に散らばっていった。
「さあて、着装」
俺の言葉をきっかけに、魔甲玉が光を発して、繭のような魔甲核を形成していく。
そして魔甲核からは外装となる部分がにょきにょきと生えてくるのだが、これ一体どういう仕組みなんだろう。
ぼんやりとそんな事を考えていると、一分もしない内に着装は完了。
とりあえず軽く魔甲機装を動かしてみる。
ズシンッ、ズシンッと、大地を揺らしながら歩く魔甲機装。
外装の強度にもよるけど、これで踏みつけるだけでも大分強そうだ。
大きさはそれ自体が力なりってね。
でもストレイダーのオッサンは盾でこいつを弾き飛ばしてたんだよなあ。
確かに魔甲機装はパワーとガタイはいいんだが、動きがやたら鈍重だ。
縮尺の事を踏まえても、ストレイダー卿のレベルでちょこまか動き回られたら、魔甲機装側は攻撃が当てられないんじゃないか?
しかもあれだけの動きだけでなく、ストレイダー卿は魔甲機装を吹き飛ばすパワーも持ち合わせている。
というかあれだけの勢いで吹き飛ばしたら、ストレイダー卿の方も反動で反対側に飛んでくんじゃないの?
いや、よく知らんけどさ。
そんな事を考えながらも、俺はこの鈍重なキガータマンサクを動かしていく。
操作事態は自分の考えた通りに動いてくれるので、慣れてくれば簡単だ。
ただ動きが遅いので、太極拳でもやってるかのような気分になってくる。
そういえばあれって一応武術なんだっけ?
それなら俺も仮想敵を意識しつつ、それらしい動きをやってみるか。
仮想敵の想定は……まああのストレイダーのオッサンでいいな。
あれ位のスピードと身体能力で、ちょこまか周囲を回りながら攻撃も加えてくる、そんなシミュレーションを脳内で組み上げる。
こういった時、俺の改造された脳はまるで未来のコンピューターの如く、活動を活発化させる。
すると、俺の視界には仮想の敵の姿までがくっきりと投影されるようになる。
脳が直接シミュレーションしたストレイダー卿を、視覚情報として俺に見せているようだ。
俺は脳内コンピューターのサポートを受けつつも、ゆっくりと動いていく。
そして、ストレイダー卿を仮想敵とした演武のような動きを練習し始めた。
「訓練兵! 魔甲機装の訓練は一旦中止して、昼飯だ!」
その声は、広い訓練場の隅々まで届く。
何かしらの方法で拡声しているらしい。
「ん、もうそんな時間か」
俺は脱装して魔甲機装を解除すると、昼飯を配っている場所へと向かった。
思いのほか仮想敵相手の訓練に集中してしまったせいか、周りの様子がどうだったかさっぱり覚えていない。
どうやらケガ人などはいないようなので、特に問題などは起こらなかったんだろう。
そう思っていたのだが、何やら騒いでいる連中の声が聞こえてきた。
「ちょっと……、次からは気を付けてよね!」
「う、うう、スマンだす……」
「もし私の着装が少しでも遅れていたら、死んでいた所よ!?」
「申し訳ないだ……」
キツそうな美人に散々責められているのは、マンサクの期待の星。
巨大なオツァーガマンサクを操るオッサンだ。
確か名前は……田村権助とかいったか。
なんとも容姿からイメージしやすい名前だ……。
あ、別に他意はないよ?
ただなんとなく権助どんと呼びたくなる。
その権助どんなんだが、どうも話の様子からして、またしても何かやらかしてしまったみたいだな。
平身低頭で謝り続ける権助どんに、次々と言葉の機関銃を放ち続けているのは、リュースイヘイガーを操る大森智子だ。
美人に分類される女だとは思うが、ああいったキツイ女は俺は御免だぜ。
「大地さん、お疲れ様です」
俺が二人のやり取りに注目していると、昼食を取りに来た沙織が声を掛けてきた。
そして俺の視線の方向に気づくと、
「あの人。まだ文句を言っているのね」
と眉を顰めて言った。
「俺は詳しく見てなかったんだけど、事故でも起きたの?」
「事故というか……、教官の指示に従わず、他の人の近くで着装していたあの女性に、問題があったんです」
なんでも女性が権助どんの近くで着装した直後に、バランスを崩した権助どんの魔甲機装が倒れてきたらしい。
幸い女性にケガはなかったのだが、着装したばかりの外装の一部が破損してしまったみたいだ。
魔甲機装の破損は、タンゾータイプの特殊能力で治せるらしいのだが、魔甲玉の状態でしばらく放置する事でも、徐々に修復されていくらしい。
ただ今回は早速の腕の見せ所という事で、タンゾーの使い手が修理をしていたようだ。
「そんな事があったのか。さっぱり気づかなかったわ」
「ふふ、大地さんは何やら熱心に練習してましたからね」
む、どうやら俺の太極拳もどきを見られていたようだ。
しかしパパっと体の各部を動かせないのだから、あの動きを練習する事は悪くないと思うんだ。
「あー、あれって何かどこかで見た動きですよね。ええと、何でしたっけ? 公園で老人がやっているような……」
ぐぬ、せっかく沙織と二人で話してたのに、またしても根本か!
なんでこんだけ人がいるのに、俺の所に直通で来るんだ!
というか、貴様も俺の訓練風景を見ていたのか……?
「もしかしたら、そういった所でも平行世界による違いがあるのかもしれませんね」
「あー、それはそうかもしれません」
「そんな事より、ほらっ、二人とも。昼食を受け取りにいこうぜ」
「そうですね」
「おっとと、そうでした。さっき魔甲機装で修復をしてから、妙におなかが空いてたんだった」
おっ、魔甲機装の修復だと?
「あの女の魔甲機装を治したのはお前だったのか」
「そうですよ。ちょうど近くにいましたからねえ」
「特殊能力ってのは、マンサク以外のタイプに搭載されている、属性に応じた力を発動するって奴か」
「はい。僕のタンゾーだと治癒ですね。実際使ってみた感じだと、やはり超能力とはどこか違う感覚なんですけど、使用後は超能力を使った後と同じような疲労感でした」
「ほおう、それは興味深い話だ」
「もう、大地さん。昼食を取りにいくのではないのですか?」
「そうだった。まずは飯だな」
その後、三人で食事を取った俺達は、午後の練習に戻った。




