第22話 一週間後
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俺達がこの世界に召喚されてから、一週間が経過した。
その間、俺たちが何をしていたかというと、この世界の基本的な情報や常識。
それから今後魔族と戦っていく為に必要な、魔族の情報についての講習を受けていた。
それによると、魔族は残虐非道な種族だという事だった。
まったくもって交渉の余地がない事から、貿易なども一切行われていないし、捕虜の返還などもない。
というか、魔族にとって人間は食料でもあるので、捕虜など取る前に食われてしまうのだと教わった。
魔族にはオーガ族、ゴブリン族、など魔族には多数の種族が存在しているようだが、人間に対する姿勢は全て同じ。
食料とするか、飼い殺しにするか。
なんでも、魔族領では人間が劣悪な環境で飼育されていて、彼らは魔族の食料にされたり、物を作る業務などにあてられているらしい。
それはもう何年も、何百年も前から行われているようで、現地で飼育されてる人間は、すっかり人としての誇りを忘れてしまっている。
そんな彼らの事を、この国の人や遥か西の帝国の人たちは、『魔民族』と呼んで蔑んでいる。
帝国は魔族と対等に渡り合えているようで、時折彼らの領地を占領する事もある。
しかし、救出された魔民族は帝国の人達から奴隷扱いされる事になる。
それでも、魔族の元での飼い殺しよりはマシらしいのだが。
ちなみに、何故遠く離れた帝国の情報が伝わっているのかというと、遠距離の相手と通話することが出来る魔導具があるらしい。
それは、はるか昔。
1000年以上前の、まだノスピネルという王国が建国される以前の話。
当時はまだ魔甲機装の数も、その乗り手の数も多く、周辺の魔族国を圧倒していた時代があった。
その頃には西にある帝国の前身となる、幾つかの人族の国家とも、互いに行き来出来ていた。
通信の魔導具は、そうした時代に設置されたもののようで、未だに壊れる事なく連絡を取り合う事が出来ているとの事だ。
いやー、大したもんだな。
耐久年数どれくらいよ?
これも魔法パワーのおかげなんだろうか。
あと気になったのは、この世界には魔物と呼ばれるものが存在している事。
魔物の中には、ファンタジーの定番であるスライムからドラゴンまで、まあ大体そういった奴は揃っている。
もちろんその中にはゴブリンやオークなども存在するのだが、これら魔物のゴブリンと魔族のゴブリンは、どうも別種らしい。
魔族のゴブリンは魔物のゴブリンを躊躇なく殺すし、それはオークやコボルトなど他の魔族―魔物間でも同様だ。
人族の視点から見ると、確かに魔物と魔族では見た目が少し違っているようなのだが、大きく変わりはないらしい。
同じ犬でも秋田犬と柴犬の見た目が違う、といった程度のものだ。
だが魔族のゴブリンは、同族と魔物を見極められるようで、魔物のゴブリンには容赦なく襲い掛かる。
そして魔物の一番の特徴なんだが、倒すと霧のように消えてしまうという。
つまり、単純に生物というカテゴリーからは外れたような存在なのかもしれない。
なんでも魔物は死んでチリになる際に、魔石やらドロップやらを落とすらしい。
ううむ、これはこの世界がVRMMOの中、あるいは他の普通のゲーム世界の中って可能性も出てきたな。
いや、普通のゲーム世界って何なんだよって話だけど。
俺達はこの一週間、こういったその手の作品が好きな人にはお馴染みな話から、この世界のトイレの使い方など、様々な講習を受けた。
……一般的には水でパチャパチャと洗うらしい。
ちなみに俺は体内のナノマシンのお陰で、トイレに行く必要がない。
出そうと思えば出せるけどな。
そういえば沙織もナノマシンで同じことが出来るのかな?
……などという事を考えていたら、いつの間にか股間が隆起していた。
うん、まあ朝起きたばかりだからね。
仕方ないね。
ほんとだよ?
「おはよー」
「あ、大地さん。おはようございます」
宿舎の前にある広場で沙織と挨拶を交わす。
この一週間の間に日本人たちの交流は進み、すでにいくつかのグループが出来始めていた。
生活については、ライアリーの最初の態度から厳しいものになると思っていた人が多かったようだけど、割と待遇は良い方だった。
といってもそれはこの世界基準での話なので、現代の文明の利器に慣れた日本人にとっては、かなりきついものがある。
「今日からは、遂に魔甲機装を着装しての訓練か」
「彼らが私達を奴隷のように扱う気がないことは分かりましたが、不安ですね」
「まあしょっぱなから脱落者が出るようなしごきにはならないと思うけど」
「……そう、思いたいのですが、あの人は結局帰っては来ませんでしたね」
「ええ、そうですね」
沙織の言うあの人とは、初日に魔甲機装で暴走した男の事だ。
あの後、兵士にどこかに連れられていってしまったが、それっきりこの宿舎に現れる事はなかった。
宿舎に常駐している日本語を話せる職員に尋ねても、職務外の事は詳しく知らないの一点張り。
まあ実際に彼らも知らなかったんだろうけど、その事で不安に思う日本人も幾人かいたようだ。
「やあ、お二人さん。元気そうですね」
沙織とあれこれ話していると、声を掛けてくる者がいた。
俺に超能力を託したあの男と、恐らく同一の世界出身であろうキツネ男だ。
確かにこの男は俺にとって気になる存在ではあったが、自分から話しかけたんじゃあない。
何故かコイツの方から、妙に俺の方へとすり寄ってきたのだ。
本人も自然に振舞っているので、一瞬考えすぎかなとも思いガチだが、俺の直感ではこいつに何らかの意図があって、俺に接近してきてると知らせている。
……そしてその直感では、こいつがガチな人なのではないかと、俺に警告を発している。
なので俺はお尻の貞操を守るためにも、積極的にキツネ男と関わろうとはしていない。
まあ世間話の中でも、キツネ男の世界についての話は聞けているからな。
あ、ちなみにこのキツネ男の名前は「根本恵一」というらしい。
恵一と呼んで欲しいと、嘘くさい笑顔を浮かべて言ってきたので、丁重にお断りして今では根本と呼んでいる。
「根本か。元気そうに見えるか? これでも、二人でこの先どうなるのかと言った話をしてた所なんだがな」
「まあ、不安なのは分かりますけど、なるようにしかならないんじゃないですかねえ」
「根本さん。気持ちの持ちようというものは大事な事だと思いますよ」
「はあ、そんなもんですかねえ」
この根本という男は俺より三つ年上らしいのだが、俺がため口を言っても気にした様子を見せない。
それどころか丁寧語で話してくる。まあ、それは俺に限らず誰にでもだから、そういう性格なのかもしれないけど。
それと沙織についてだけど、なんと彼女はまだ高校生だったらしい。
てっきり大学生かOLか何かだと思っていたんだが、本人曰くまだ18歳だという事だ。
俺の"鑑定"は詳細な事が調べられるが、逆に年齢とかってのは調べにくいんだよなあ。
なんか良い方法はないものか……。
そうやって俺達が広場で会話をしていると、他にも日本人が続々と広場に集まってくる。
今日はこの広場で集合した後に、場所を移動して魔甲機装の訓練を行う。
これからしばらくはこの訓練が続くらしい。
俺の今後の方針なんだが、とりあえずはこのまま流れに乗ってみようと思っている。
魔族とかいうのも、恐らく今の俺の能力なら無双出来るとは思うんだけど、せっかくの異世界だからな。
こういった状態も楽しんでみよう。壊すのは後からでも出来るさ。
やがて広場に全員が集合すると、案内役の兵士の後に続いて訓練場所まで移動する事になった。
一人欠けて三十二人となった日本人たちの、訓練の日々が始まる。




