第205話 いざ精神世界へ
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「よしキタ。バッチこおおお――」
「……うん、成功だね。じゃあ次は君たちを――」
「いやいや、ちょ、ちょっと待って」
何か言いかけている途中の大地の意識を、問答無用で奪うネムレス。
そこから流れるように次の行程に移ろうとするネムレスに、思わず樹里が待ったをかける。
「ん? どうしたのかな?」
「どうしたって、その、大地の精神に入ったらどうすればいーのよ?」
「そッス。当然だけど、僕らこんな経験初めてなんでもう少し解説が欲しいッス」
「そう言われてもね……。君たち三人は、私の力で同じ場所に送りこむ。中では自分をしっかり認識するのが大事だよ。でないと、ダイチの精神に引きずり込まれてしまうからね」
「そうなってしまうとどうなるのでしょうか?」
「交じり合って……帰ってこれなくなるだろうね」
帰ってこれなくなると聞いたからといって、今更怖気づく三人ではなかったが、れから行おうとしていることの危険性を再認識させる効果はあった。
「ああ、そうそう。さっきもそうだったんだけど、中に入ったら普段通りの自分の姿を意識した方がいいよ」
「どういうことッスか?」
「何の心構えもなく精神世界に入ると、生まれたままの姿を自然と形作っちゃうもんだからね」
「……それ先に聞けてよかったわ」
ネムレスの言っている意味を理解出来たのか、樹里は心底安心した表情を浮かべる。
「じゃあもう質問はいいね? 準備が出来たら、ダイチとの繋がりを確保しやすいよう、彼の体の一部に触れてもらえるかな?」
「うぃッス」
「じゃあ、あたしは右手ね!」
「では私は左手を」
「オッケー。んじゃあ送るよ」
相変わらずネムレスはカウントダウンなどせず、前触れなく三人を大地の精神世界へと送り込む。
しかし下手に心の準備をさせてから送り込むよりは、こちらの方が妙な不安や緊張を感じずに済んでよかったかもしれない。
「ん、ここは……」
最初に意識を覚醒させたのは樹里だ。
それから間もなく沙織と根本も意識を覚醒させていく。
「ここが……大地さんの精神世界?」
「日本で暮らしてた頃の部屋ッスかね?」
三人が意識を取り戻したのは、何の変哲もないアパートの一室だった。
ただし、沙織だけは少し特殊な並列世界の日本出身なので、他二人とはその辺の生活感覚はズレている。
「誰もいないようですけど、ここからどうしたらいいのでしょう?」
「この部屋に大地が自滅しようとしてるヒントがあんのかしら?」
「見た感じ、一人暮らしっぽいッスね」
1DKのダイニングキッチンに置かれた箸の数などからして、一人暮らしをしていた頃の大地の部屋ではないかということは分かったが、肝心の自滅の理由に繋がるものはなさそうだった。
「人の部屋を勝手に探すのは気が進みませんね……」
「わっ、見てよこれ! すんごいおっぱいボイーーンな表紙が……」
「ちょ、樹里さん! そういうのは見つけても黙っておくのが、良い女ってもんッス!」
「そーお? でもどういう趣味持ってるのか、ちょっと気になるじゃない!」
「樹里さん」
「うっ……、ジョーダンよ、ジョーダン」
沙織の無言の圧力に負け、作業に戻る樹里。
しかし精神世界だからなのか、例えば本棚の本を捲ってみても中には何もない空白のページが続くだけだったり、家具の一部などが固定されたように動かすことが出来なかったりと、調査は思うように進まない。
『君たち、まだそんなところにいたのかい?』
「わあああああっ!?」
「おわっ!」
「……」
突然頭の中に響いてきた声に驚きの声を上げる樹里。
根本も同じような声を上げているが、沙織は落ち着き払っている。
その落ち着き払った状態のまま、声の主に問いかける。
「ネムレスさん……ですか?」
『うん、そうだよ。君たちに動きがないと思ってラインを繋げてみたんだ。こっちからはそっちの様子は分からないんだけど、上手くいっていないの?』
「そうですね。私達は今、大地さんが昔暮らしてたアパートにいるのですが、それらしき原因は見つかっていません」
『アパート……、よく分からないけど今いるところはまだ心の浅い部分だから、そこでそれ以上探しても進展はないんじゃないかな』
「浅い部分ですか。ではどうしたら深い部分に行けるのでしょうか?」
沙織は一度ドアから外に出ようともしたのだが、溶接されたようにドアは開かず、行動できる範囲は限られていた。
『そこは精神世界なんだから、心で強く念じるといいよ。あ、でも今君たち三人はバラバラにならないように私が一つにまとめてるから、念じるなら三人で同じようにしないとダメだよ』
「三人で……。分かりました、試してみます」
『うん、頑張って。余り深い所までいくと私の声も届かなくなると思うから、何かあったら無理せず引き返してね』
最後にそう忠告すると、ネムレスの気配のようなものは薄れていく。
「……二人共聞こえてましたか?」
「うん。なんか頭ん中に声が響いてた。早速三人で念じるってのやってみる?」
「その前にちょっとここでやってみたいことがあるッス」
「何よ?」
この精神世界では時間の経過というものが分かりにくい。
三人はそれなりの時間この部屋で調査していたように感じているが、もしかしたら実際はもっと短かったかもしれないし、すごい長い時間だったかもしれない。
「今回の僕らの目的は、大地さんが無自覚に自滅しようとしている理由を探ることッス」
「それは分かってるわよ」
「無自覚にってことは、多分本人にとっては触れたくない……或いは思い出したくない何かってことだと思うんッス」
「それは……そうなのかもしんないけど、根本は何が言いたいのよ?」
「だからここより深い場所に行く前に、まずこの部屋で念じてみるのはどうッスか? 大地さんが無意識に避けているような何かをここで探ってみるんッス」
「へー、なるほどね! それはいいかもしんないわ」
「私も良いと思います」
二人からの了承を得られたので、根本の案が実行されることとなった。
まずは三人で話し合い、何をどう念じるのかを決める。
そして決まったのが、この部屋に大地が無意識に避けているものはないか? あるとしたらどこにあるか? というのを探ってみることだった。
先ほどまでも部屋中を探しまくっていたのだが、それは現実世界での常識に縛られた行動でしかない。
ここは大地の心の中の世界なのだから、精神体を動かして探すよりは、強く念じることで効果が表れる可能性がある。
思い付きの根本のこの発想であったが、結果としてこの目論見は上手くいった。
押し入れの奥……影になっているような部分から、一冊のアルバムを発見することに成功したのだ。
「何か……妙に雰囲気あるわね。このアルバム」
「そうですね。手に持っただけでも妙に重い気がします」
「じゃあ……開いてみるッスよ」
根本の指も緊張からか微かに震えている。
その震える指で、そっとアルバムの1ページ目を開く。
「これは……」
「ビンゴみたいね」
それはデジタル化が進む昨今では少なくなってきているであろう、家族の写真をまとめたアルバムだった。
他の本棚にあった、中身が白紙になっている本とは違い、これはちゃんと中身もしっかりしている。
写真には幼いころのものと思われる大地が、家族と共に映っていた。
問題はその写真に一緒に写っている人物だ。
母親らしき人物と妹らしき人物が映っているその写真には、他にもうひとり映っている。
しかし、その人物の顔の部分はサインペンか何かで黒く塗りつぶされており、ひとりだけ顔が分からない状態であった。




