第201話 謎の女
ようやくというかなんというか。
俺達はようやくオークの国ヴォルキドへと足を踏み入れた。
ボルドス最西にあるケンジングの街から、ヴォルキド最東にあるグラナディアの街までは、普通に徒歩で旅すると二週間ほどかかる。
しっかりとした道はなく、宿場町や村などもこの辺りにはない。
だが俺達には石屋敷があるので、特に寝場所に困ることもないし、俺のアイテムボックスには山ほど食料が詰め込まれているので、飢えることもない。
このまま順調に進めば、特に何の問題もなくグラナディアに到着するはずだった。
……だがその途中で、俺達はとんでもない存在と出くわすことになる。
「親分、なんかササイ姉さんの様子がおかしくないっすか?」
「……放っておけ。そういう気分なんだろ」
ヴァルが目敏く樹里の様子に気付いて尋ねてくるが、俺は適当に言葉を返す。
俺がゴブリン達の中に交じっても、連中の表情とか感情の機微とか読み取れる自信はないんだが、ヴァルは意外と俺達人間のことによく気が付く。
だが流石にその原因までは気づかないようだ。
……昨日が樹里の番だっただけなんだけどな。
まだそういう関係になって日が浅い上に、樹里はポーカーフェイスというか演技が下手なので、普通に振舞おうとしてるのにどうしてもぎこちなくなっちまってる。
「え、あ、な、何かな?」
「……いや何でもないぞ」
俺がちらっと様子を窺うだけで、不審者丸出しな感じで声を掛けてくる有様だ。
まあこれもその内慣れてくれば収まるだろうと、俺は再び前を向いて歩き始める。
「大地さん、遠くから人が近づいてきます。魔民族の方でしょうか?」
少し前を歩いている沙織が声を掛けてくる。
俺は特に気にしていなかったこともあって気付かなかったが、確かに前方から何者かがこちらの方に向かって歩いているのが見えた。
それと同時に、俺は妙な胸騒ぎを覚える。
何だこの感じは……。
今俺達がいる場所は国境付近だが、別に人が全く通らないという場所ではない。
だが稀に魔物や盗賊などに襲われることがあるので、普通単独行動は行わない。
とすると、前方から近づいてくる奴は相当な腕の持ち主なのか?
「ダーリン……」
俺と同じものを感じているのか。
グレモリィが神妙な顔をして前方からくる人物を注視している。
俺ら以外は特に何かを感じ取っている者はいないようだ。
だが様子がおかしいことに気付いたのか、皆その場で足を止め様子を見守っている。
進む先にいた十人近くの集団が足を止めたというのに、近づいてくる人物は一切そのことを気にした様子もなく一定の歩幅で歩いてくる。
すでに俺以外の面々にもその姿を確認出来る距離だ。
それは一見普通の人間のように見える。
というか、俺とグレモリィ以外にはそうとしか映らないのだろう。
普通の人間の女性。
年の頃は二十歳かそこらの若い女性であり、金色のロングの髪が肩辺りにかかっている。
辺りに村も町もないというのに、荷物一つもたず手ぶらのままであり、まるでちょっとその辺を散歩してくるといった装いだ。
武器らしきものもまったく帯びていない。
「何者なんでしょうか?」
「……」
沙織の問いに俺は答えることが出来ずにいた。
俺はこれまでの旅の中で、この魔法やら魔物やらが存在する世界でも、それなりに力がある方だと思っていた。
……それは決して間違いではないとは思う。
この世界では伝説扱いされているグレモリィ相手でも、負けることはないと思っている。
だが、あの女を相手にしたらどうなるか想像がつかない。
単純な魔力量とか云々ではなく、何か得体のしれない力のようなものを感じる。
「ふむ。君がそうかな?」
ついには数メートル先にまで迫ると、相手の女は唐突に声を掛けてくる。
視線は俺へと向けられているので、恐らく俺に声を掛けているのだろう。
だが突然「そうかな?」とか言われても、答えようがない。
「随分と緊張しているみたいだね。だいじょーぶだいじょーぶ。危害を加えるつもりはないよ。ただちょっと君が気になってさ」
気軽な口調で声を掛け、極自然と俺へと近づいてくる女。
ただそれだけなのに、俺は得も言われぬ恐怖を感じる。
「待て」
何も口に出せず、ただ黙って様子を見ていた俺に代わり、グレモリィが制止をかける。
「ん、何かな?」
「お主……お主はもしや、メルガルトの生き残りか?」
「うん? なんか久々にその名前を聞いたね。もう古すぎて伝説や書物にもほとんど残ってないはずなんだけどな」
「どういうことッスか?」
俺のように圧を感じていないのか、根本が会話に交じってくる。
くっ……、まさか俺がこんな風になっちまうなんて……。
「ふるーーい昔の話さ。そんな昔の話より、今は君に興味があるんだけどな。まだだんまりを続けるの?」
「待てと言うとるじゃろうが! ダーリンには指一本触れさせぬぞ!」
そう言ってグレモリィが魔法の詠唱を始める。
これは皆の態度がおかしくなって一斉に襲い掛かってきた時に使用していた、破滅の力とやらを生み出す魔法を発動する時の詠唱と同じだ。
奥の手だと思われるあの魔法を出すほど、グレモリィも相手がただものではないと思っているんだろう。
「おっと。それは少し厄介そうだね」
女はグレモリィが発動しようとした魔法の効果に気付いたのか、指をパチンッと鳴らす。
すると、発動途中だった魔法は瞬く間に構成が崩され、魔法の体を保てなくなった。
そして周囲に魔力をまき散らしながら掻き消える。
「……今のは何だ?」
どうにかして口を開くことに成功する。
少しは女の発する圧に慣れてきたのかもしれない。
「物騒な魔法を使われそうだったんでね。魔法発動を取り消させてもらったよ」
「……魔法もプラーナも超能力の類も使っていないな? スキルを使ったのか?」
「スキル? ……ああ、もしかしてギフトのことかな? 違うよ。確かにギフトなら似たようなことは出来るかもしれないけどね」
女はグレモリィの言葉を一応受け入れたのか、あれから無理に俺との距離を詰めてこようとはしない。
しかしここまで接近されていたら、後数メートル近づかれようと離れようとどちらも同じようなものだろう。
「では、それらの力以外でどうやって魔法を止めた?」
「君がその質問をするの?」
「しちゃあ悪いのか?」
少しだけいつもの調子を取り戻した俺は、ふてぶてしく言い放つ。
それに対する返答は、どこかで俺も予想していた内容だった。
「別に悪くもないけどさ。でも、君も同じ力を持ってるよね?」




