第199話 三人目
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目の前で樹里が大きな声を上げて戸惑いの表情を見せている。
樹里から話があると言われた時には、すでにこういった話の展開になると予想していたので俺の方にあまり戸惑いはない。
ただ、何とも言えない気恥ずかしさのようなものはある。
俺はそれを表に出さないように必死に抑えているけど、樹里のこの様子だと多分大分テンパってるだろうから、気付かれてはいないだろう。
「え、あの、あたしもりっこーほしちゃっても、いいの?」
ぐっ!
なんだそのあざとい上目遣いは!
こいつのことだから意識してやってるんではないんだろうけど、ちょっとドキがムネムネしてきたぞ。
「何でそれを俺に聞くんだ。お前がどう思ってるかが重要だろ」
必死に内心の動揺を沈めて問い返す。
すると樹里はあーとかうーとか言いながら、必死に何か考え込んでいる。
「んーとさ、なんかね。最初に大地が一色と……その……あーゆーことしてるって知った時、すんごいショックだったの」
「グレモリィの話だと、気付いてなかったのはお前だけだったみたいだけどな」
「えええぇっ!! そーなの!?」
「らしいぞ。まあ他の連中に確認した訳ではないけどな。あ、でも根本の奴には直接言ってないけど、察してくれてよく部屋を変わってくれてたわ」
「うううぅん、そーだったのね……。でもあたしは昨日初めて知ったから、ショックで……。で、なんでショックだったのかって考えたら気づいちゃったことがあってさ」
サスペンスドラマで、最後に犯人が刑事たちの前で犯行内容を告白するかのような表情で、樹里が心情を吐露していく。
「あたし、なんだかんだ言ってあんたのこと……気になってたみたい。そのことによーやく気付いたの」
「そ、そうか……」
どストレートな樹里の発言に、俺は何とも言えず中途半端な相槌を返す。
「だから……さ。一色も大地も良いんなら、あたしもその輪に加えてほしい……かも」
「樹里……」
正直の心の内を話してくれた樹里に、俺も正直な心情を明かす。
それは以前沙織にしたものと同じような内容だ。
「俺は恋だ愛だとかいう感情が正直理解出来てない。そのせいか、一人の女に縛られるってのが苦痛に感じてた」
「そーいえば、さっきもそんなこと言ってたわね。恋愛感情ってのが分からないって」
「ああ。だから俺はお前が望むようなものは与えてやれないかもしれん。むしろ、やきもきさせたり辛い思いをさせてしまう可能性の方が高い」
「そんなの実際付き合ってみないとわかんないわよ」
「普通ならそうなんだろうけどな。俺は今の沙織とペイモンとの関係を改めるつもりがないし、なんならこの先も増える可能性がある」
「うわっ、最悪なこと口にするわね」
「だろう? だから初めにそのことを言っておかないと、なんていうか……フェアじゃないと思って今こうして伝えてる訳だ」
わざわざこんなこと伝える必要はないのかもしれないが、俺はどうしても伝えておきたかった。
これが知り合ったばかりの女とかだったら、そういう気持ちにもなってないだろう。
だから多分これは樹里に対して、俺がなにがしかの感情を抱いているという証なのだと思う。
でもそれが今のところ、他の仲間に対して抱く感情とどう違うのかが説明できそうにない。
「ふーん……。なんていうか、大地って何でもできるスーパーマンみたいに思ってたけど、案外不器用なとこもあんのね」
「……そうか?」
「そうよ。でもそんな今まで知らなかった大地のことを知れて、あたしどうも嬉しく……感じちゃってるみたい」
「んぐっ!」
樹里が髪をかき上げながらそう言った時、思わず反射的に唾を思いきり飲み込んでしまう。
時折見せる樹里の破壊力のあるパンチに、俺のポーカーフェイスが超えそうになる中、樹里の追い打ちはまだまだ続く。
「確かにそんなハーレムみたいな感じに加わるなんて、日本にいた頃は思ってもなかったけどさ。でも、今はそんな悪い気持ちじゃないの。だから、さ」
そう言って樹里は一歩前に飛び出し、顔を少しだけ前にだしてコケティッシュな表情を浮かべながら囁くように言う。
「あたしも大地の女にしてほしいの」
「ぐびっ!」
「えっ!? ちょ……」
樹里の連続攻撃に、表情筋よりも先に息子の方が反応してしまい、俺は思わず後ろを向く。
「ねえ、どうしたのよ突然。ねえったら、ねえ!」
しかし逃がしはしないと樹里が回り込んでこようとするので、俺達はしばしその場でくるくると回り続けていた。
最初は意味分かんない! と憤っていた樹里だったが、少しするうちに楽しくなってきたのか、自然な笑顔を浮かべながら俺の正面に立とうと意外に素早いステップを見せてくる。
俺もそんないつもの樹里の顔を見ていると、自然と息子は自宅へと戻っていき、硬直していた表情筋が笑顔の形へと変えていく。
きっと今の俺は普段の樹里のことを馬鹿に出来ないくらい、まぬけな面をしていたことだろう。
「分かりました」
「え……あの、ほんとーにいいんでございましょうか?」
樹里との話を終えたあと、俺達は沙織に報告に向かった。
相変わらず沙織からの圧が強く、珍しく樹里もそれに完全に押されて変な言葉遣いになっている。
「ええ、構いませんよ。こうなると予想はしておりましたから」
「う、そ、そーなんだ。その、じゃあこれからもよろしく……ね?」
「はい、こちらこそ宜しくお願いしますね」
二人が話しているのを黙って聞いている俺。
ここで俺が何か口を出すと、どうなるか分からない。
そんな恐怖心が俺を路傍の石にさせる。
「それで、大地さん」
「ひゃ、ひゃい!」
おおう、びびった。
急に氷のような声で話を振られるから驚いちまった。
「順番は……どう致しますか?」
「ぐ、それは……」
「え? 何? 順番? よくわかんないけど、あたしは三人目なんでしょ? なら三番でいーんじゃないの?」
「……そうではありません。寝屋を共にする順番のことです」
「へ? 寝屋?」
「大地さんも、毎日ではお疲れでしょうから現在は私とペイモンとで二日ずつ夜を共にしております。ここに笹井さんが加わりますと、大地さんがお休みになられるのは週に一日だけとなってしまいます」
「ほ、ほわああぁぁ!?」
沙織の古めかしい言い方で最初理解出来ていなかった樹里だが、何の事なのか分かると突拍子もない声を上げる。
「大地さんはどうでしょう? その体制でも問題ありませんか?」
「う……、だ、ダイジョウブ」
「それでしたら三人で二日ずつ……」
「ちょ、ちょっと待って!? あたし、いきなしそんなことになるなんて思ってなかったんだけど!」
「……そうなのですか? でしたら笹井さんを除いてこれまで通り私とペイモンで……」
「うーー! なんかそーやって除けもんにされるのもヤダ!」
「では、笹井さんはどうしたいのですか?」
「うううぅぅぅぅ……、それは……その……」
尻すぼみになっていきながら、樹里は沙織の耳元まで顔を近づけて、こそこそと何か伝えている。
俺のスーパーイヤーはその声を拾いそうになるが、ここは聞かずにおくのがいいだろう。
「……なるほど。でしたら、笹井さんはひとまず週一ペースで行きましょうか」
なんかスポーツジムでダイエットメニューを組まれたかのような言い回しだが、どうやらそれで樹里は納得したらしい。
「う、うん。それでおねがい。あっ、そうだあとさ。これからはその一緒になるんだし、もう付き合いも長いんだから……その、名前で呼び合わない?」
「そうですね、分かりました。ではこれからも宜しくお願いしますね、樹里さん」
「う、うん! こっちこそよろしくね! さ、沙織……」
樹里の様子からすると、俺とのことは関係なく呼び名に関しては前々から気になっていたことらしい。
照れ臭そうに名前を呼んでいるが、沙織の方は一見していつも通りに見える。
だが俺もそれなり以上に沙織と接してきて、分かったことがある。
沙織の方もあれで照れ臭さを感じているのだろうと。
こうして俺達の新しい関係がスタートした。




