第196話 ウィスチムの苦難
俺達はウィスチムに案内されるがままに宿へ向かい、そこで久々に色々と話すことになった。
といっても、別に話すことはそんなに多くない。
ちょっとキルディアで暴れて、ついでに黄昏の吸血姫のグレモリィを従魔に加え。
タニアでは美食を楽しみ、森都では雨に降られつつも火事が起きたので、そそくさと逃げてきた。
「……という訳なんだよ」
「と、と、と……」
簡潔に説明すると、ウィスチムは白い肌を真っ青に染める。
ああ、そうそう。
ウィスチムはいつもこんな顔してたな。
なんか久々にあったら肌ツヤがよくなってるから、どーも違和感があったんだ。
「と……黄昏の吸血姫ですってええぇぇぇぇ!?」
「凄い驚きようッスね」
「それも当然じゃ。ここ最近は余り暴れてはおらなんだが、妾の存在は魔族の間では子供に語って聞かせる定番の話になっておるほどじゃからな」
「そ、それでは貴方様が?」
「うむ。我が黄昏の吸血姫と呼ばれる始祖種の吸血鬼。グレモリィじゃ」
「は、ハハアァァ……」
グレモリィが名乗ると、ウィスチムは膝を折り土下座のような態勢になった。
両手を前に出し、手の平を上に向けたその姿勢は魔族の作法に詳しくない俺でも、なんとなく意味が理解出来る。
「おう、すげえ効果だ。印籠みたいなもんだな」
「インローとは何じゃ?」
「何じゃって家紋が刻まれた……あれって一体何なんだろうな」
「大地さん。印籠とは薬を携帯する為の小さな容器のことですよ。昔はそこに印を入れていたことから、そう呼ばれるようになった……と私のいた場所では伝え聞いております」
「……ということらしい」
「ふむ。よく分からんが、要するに権威のある印を前に人が跪く様を例えたのじゃな」
「そういうこった。しかしこうも過剰に反応する奴がいるなら、グレモリィの正体は下手に明かさない方がいいな」
「そうじゃな。一時期は自分から名乗りを上げていた時期もあったが、今はただただ面倒なだけじゃ」
俺達がこうして話している間も、ウィスチムは土下座をしたままだ。
だが最初はガクガクと震えていたウィスチムも、俺達の話を聞いている内に落ち着いてきたのか震えが収まってきた。
そのタイミングを見計らって声を掛ける。
「ほら、お前もいつまでも土下座してないで立てよ」
「は、はい……。あの、ところでひとつお伺いしたいんですが」
「ん、何だ?」
「その、先程グレモリィ様を従魔にしたと言ってましたけど、それはペイモン様と同じ状態……ということですか?」
「そうだな。なんか流れでそういうことになった」
「黄昏の吸血姫を従魔にする流れって一体どういう流れですか!?」
「ほら……よくあるだろ? バトルの後に友情やらなんやらが芽生えて仲間になるケース。あれと似たようなもんだよ」
「ううん? 確かにそんな流れになることはなくもないですけど、相手はあの黄昏の吸血姫ですよ?」
「うむ。じゃが妾はダイチに全く歯が立たなかった! なれば、打ち負かした相手に下るのはなんらおかしくあるまい?」
「う、うぇぁ!? な、ダイチさん本当ですか?」
「本人が嘘をつく必要がないだろ」
「ってことは……ううう、ちょっと頭が……」
ウィスチムにとって、黄昏の吸血姫の名はそこまで大きいのか、未だに混乱が抜けきれないようだ。
頭を軽くふりながら、呆けた顔をしている。
「そう深く考えることではないぞ? 我がマスターがその気になれば街を消し飛ばせることはお前も知っているだろう?」
「確かにそれはそうですけど……」
「それにぃ、私達はこの後は西のヴォルキドに向かうんだしぃ、あなた達は良い感じで厄介払い……胸のつかえが取れるんじゃないかしらぁ?」
「それも確かにそうですね……」
「んー? ウィスチム君、それはどういうことかな? 俺達がこの国に居座り続けると、何か問題でも?」
「えぁいぁ!? そ、そんな訳ないですよ。あー、ダイチさんがいなくなるのは残念でなりませんねえ!」
「ほう。それならもう少しこの街での滞在を引き伸ばし……」
「ひいいいぃぃぃ! それは勘弁してくださいいいいい!!」
ぬう、ウィスチムの反応は楽しいんだが、そうあからさまな態度に出られるのも癪だな。
「まあまあ大地さん。私達は西の帝国へ向かうのでしょう? 私も人間達の暮らしているという帝国には興味があります」
「ふぅ、沙織に免じて西への旅を優先するとしよう」
「それは助かり……良いことだと思います。私もヴォルキドとの国境付近にあるケンジングの街まではご一緒しますので……」
「ケンジングか。それはこの街からはどれくらいで着くんだ?」
「そうですね……。普通に歩いて旅するのであれば二週間ほどでしょうか」
「ふむ……では今しばらくは俺達と一緒だな!」
「は、はははは……。その、お手柔らかにどうかよろしくお願いします」
こうして俺達はカービスの街からオークの国ヴォルキドとの国境近くにあるケンジングの街まで向かうことになった。
ウィスチムの奴は徒歩二週間だと言っていたが、俺達は道中の村や街などで買い物をしたり観光したりしたので、結局ケンジングに辿り着いたのは三週間後になってしまった。
「見えてきたわ! あれがケンジングね!」
元気のいい樹里の声が辺りに響き渡る。
まだまだ街までの距離はかなりあるのだが、樹里もすっかりナノマシンの身体強化によって視力が良くなっている。
ウィスチムやウィスチムに帯同してる鬼族たちは、まだ誰一人ケンジングの街を視界に捉えていないが、俺達は全員その姿が見えている。
しかしあと十分ほども移動すれば、ウィスチム達にもその姿が確認出来るようになったようだ。
「はあぁぁ、よくあんな遠くのものが見えましたね。魔法か何か使ってたんですか?」
「魔法なんかじゃないわよ。これはまあ……アレよ。プラーナのお陰よ」
「ああ、なるほどお。確かにジュリさんはプラーナも使えるんですよねえ」
うっかり勢いで魔法じゃないなんて言ったせいで、後付けの理由で誤魔化す樹里。
元々魔法畑の人間だった樹里だが、ウィスチムが言うように今ではプラーナも身に着けている。
そのお陰で、素の肉体戦闘能力もかなり向上していた。
それは何も樹里だけでなく、他のメンバーも同様だ。
ストランスブールへと向かい、そしてボルドスに戻ってからの三週間の旅の間で、仲間にも色々と変化が起こっている。
アグレアスとナベリウスはまだだが、他のメンバーは全員がプラーナの開門にまで至っているのだ。
お陰で全体的に戦力が向上している。
これまでのケースからして、よほど上位のクラスの敵が現れない限りは、これから向かうオークの国でも十分戦える筈だ。
「ま、とりあえずはケンジングで少し休憩を挟んでから、ヴォルキドへ向かうとしよう」
こうして俺達はボルドス最後の街、ケンジングへと到着した。




