第20話 ミャウダ
「あの、皆さんの話を聞いていて疑問に思った事があるので、質問させてもらってもよろしいでしょうか?」
凛としたよく通る声で周囲の人に呼びかける沙織。
すぐに俺も同意しようとしたのだが、何も考えてないようなチャラ男が真っ先に割り込んでくる。
「いんじゃない?」
「お、俺も良いと思うぜ!」
しかしそれでも一応援護射撃は忘れない。
……少しどもってしまったが。
「ありがとう。では質問なんですけど、ミャウダという言葉をご存じの方はいらっしますか?」
んーー? ミャウダ?
何故か一瞬、青色の肌をしたニヒルな少年の絵が脳裏に浮かんだが、そのあとに記憶を手繰ってみても、特に紐づけられている記憶を引き出すことが出来ない。
響きからするとなんか猫っぽいなって感想しか浮かばん。
俺以外の連中も同じようで、~じゃね? といった意見は出ているが、沙織の反応からして当たりを引き当てた奴はいないようだ。
そうした周囲の反応を見ていた沙織は、最後に俺の方に視線を送ってきたけど、下手に嘘をつく訳にもいかんし、正直に首を横に振っておいた。
「……そう、なのですか。という事はこれは私のいたところ特有の出来事のようですね」
「そのミャウダというのは、何か大きな意味を持つ言葉なのか?」
「言葉というか……、その…………」
「どうした? 何か言いにくい事なのか?」
「いえ、そうではありません。ただ、この事を当然と思っている私はともかく、あなた方には突飛な話に聞こえるかもしれません」
「構わない、話してくれ。超能力の話も十分突飛な話だったのだ」
「分かりました、では説明致します。ミャウダというのはラーミカル星系からやってきた宇宙人の事を指します。彼らは百年以上前に地球へと訪れ、以降彼らと地球人との間で交流が始まりました」
「宇……宙人」
巌男も沙織の発言に驚いているようだ。
しかし最初のジャージ男の時のように、闇雲に否定することはしないようだ。
というか、超能力ときて宇宙人……。
まさか、あの火星人の事じゃあるまいな?
てか、これまで彼女とは一番多く接してきたのに、そんなの初耳だよ!
「えー、宇宙人ってどんな感じなのー?」
「し、侵略などはされなかったのですか!?」
超能力者よりぶっとんだ話なため、話そのものを信じているのかは判別しにくいが、聴衆からはいくつも質問が飛んでいく。
「ミャウダ人は……そうですね。地球の猫と似たような見た目をしています。二足歩行をする猫という表現が近いと思います。侵略などはされていません。彼らは争いを最も愚かな行為としているので、私達地球人同士の争いも望んでいません」
猫……ねえ。
という事は、俺を改造した火星人とは別宇宙人って事か。
「宇宙人がきたのは百年前以上前だと言ったな? では現在の地球の文明はどうなっているのだ? 星間航行を行えるほどの相手と交流があるのなら、地球の文明も大分進んでいると思われるのだが」
「それは……何を基準にして『進んでいる』のかが判別しにくいのですが、現在地球文明圏は月や火星、木星の衛星などに及んでいます」
「何? それだと俺の知るものより遥かに進んでいる事になる。俺のいた世界では、数十年前にようやく人類を月に送り込んで以降、地球以外の天体に人がたどり着いた事はない」
巌男の言ってる事は、複数の平行世界の日本人からしても、ほとんど同程度であるようだ。
ああ、勿論俺の知ってる世界だって、それは同じだ。
……でも、あんな火星人がいた位だから、裏では宇宙人と繋がってる地球人もいたのかもなあ。
「そうなのですか……。何分彼らが現れたのは、私の生まれるずっと前の話の事。彼らが現れなかった世界を想像できませんが、なんでも当時は世界中が混乱していたそうです」
そりゃあ、まあそうだろうなあ。
俺も火星人にアブダクトされた時はすげーパニクったし。
「確かに突飛な話であるが、何か証明できるような物を所持しているか?」
「証明……ですか?」
「そうだ。幾人かに確認をしたが、我々が呼び出されたのは夜遅い時間だった」
んー、そういえば俺もVRMMOの世界の中では夜だったなあ。
あれって現実世界と時間がリンクしていたのかな?
「つまり、ベッドで就寝しているような時間だった為、携帯などの文明の利器を身に着けていた者は恐らく少ないだろう。貴女はどうだ? その発展した技術力で作られた、電子機器などをこちらの世界に持ってこられたのか?」
「そうですね。私も確かに就寝していた所だったので、そういったものは身に着けておりませんでした」
「そうか……。疑う訳ではないのだが、そうなると真偽の確認は――」
「ですが、持ってこれたものはあります」
「出来な…………何?」
「確かに身一つでこちらの世界にやって参りましたが、この体だけは持ってくることが出来たのです」
「それは……確かにそうであろうが……」
私自身の存在が、真実を証明する事になります! って事かな?
彼女以上に突飛な経験をした俺としては、猫型宇宙人程度なら全然アリだとは思ってるけど、やっぱ自分の話を妄想話のように思われるのは嫌なんだろうな。
「こう見えて私、幼いころに大きな手術を受けているんです。私も……その時の事はショックだったのか、今でもはっきり思い出せませんが、それこそ四肢がちぎれ飛ぶような……凄惨な事故に巻き込まれたらしいのです」
なぬ!?
もしかして彼女の体には、今もつぎはぎのような後が残っているのか?
いや……、そんなどこぞの黒い無免許医師じゃあるまいし、人間の体はそう簡単に繋ぎなおして命が助かるといったものではない。
「しかし、私の父はミャウダ人の方と懇意にしていたらしく、まだ当分先に提供予定だった技術を、特別に私に対して施してもらえたのです」
「提供予定?」
「はい。ミャウダ人は、確かに私たちに多くの技術をもたらしてくれましたが、それには条件があったのです。それは、戦争や内戦など同族で争わぬ事。その条件を守り続ける国に対してのみ、技術の供与が行われました」
「日本にもその技術供与が行われた訳だな?」
「はい。技術供与は条件を守り続けた国に対して、段階的に供与が行われています。また、技術供与を受けつつも、途中でその力を戦争に用いた国に対しては、ミャウダ人による制裁措置が与えられました」
「それは……」
「うーーーん、宇宙人ってのも興味あっけど、それってなんか飼い殺しみたいで嫌だなー」
「てか、本当にその宇宙人に悪意はないのか?」
沙織には悪いが、俺もそのミャウダ人とやらが胡散臭く見えてしまうな。
火星人とかいう存在を既に知ってしまったせいだろう。
奴らはいたずらに俺を改造しては、捨て去っていきおったからな。
一見平和的に接近しつつも、地球人の自主独立の気風を奪い、長期的に支配下に置こうって算段なのかもしれん。
「それは、その……確かにそういう意見の方もいらっしゃいます。彼らに余り頼りすぎるのはいかがなものか、という方々です」
まー、そりゃあそうだろうねえ。
「私が生まれた頃には既に、何段階目かの技術供与に入っていました。その技術を甘受してる人々も多いです」
「貴女もそういった考え方であったと?」
「……私としましては、前者の考え方寄りなのですが、父がミャウダ人との付き合いがあり、私もその恩恵を既に受けてしまっています。ですので、普段はその考えを表に出すことが出来ませんでした」
「なるほど。色々と興味深い話ではあったが、それが先ほどの話とどう繋がるのだ?」
「そうでしたね。つまりは、分かりやすい例を見せますとこういう事になります」
そう言って、沙織は一瞬こちらに視線を送ったかと思うと、突然ジャンプをした。
高い高い、見事なジャンプだ。
うーん、これならバスケット選手として大活躍できるね!
ってまあ、俺のナイスジョークが冴えわたってしまったが、彼女のジャンプ力はそんなレベルじゃないんだなこれが。
巌男だって目を見開いてるぞ。
なんせ、彼女は190cm近くはある巌男を軽く飛び越え、更にもう一人分くらいは飛び越せそうな高さまで飛び上がっている。
これは、重い亀の甲羅でも背負って修行でもしたのかな?




