第168話 ボルトリア出立
「もう行っちまうのか? 何なら今からでもソイツをどうにかしてぶっ殺してやるから、俺の元に戻ってきてもいいんだぞ?」
「ちょっと、何を言ってるんだいグェス。往生際が悪いよ!」
「のおおおおおおおおんッッ!」
最愛の娘を前に、最後まで親バカっぷりを披露するギュスターヴに、愛称らしきもので呼びながらも激しいツッコミを入れるエルネスタ。
アンタの旦那、激しい勢いで吹っ飛んでいってるけどいいのか?
……そう思ってたら、エルネスタが俺の下まで寄ってくる。
思わず身構える俺に対し、少し前屈みになって俺の耳元に口元を合わせると、小さな声で俺に囁いてきた。
「うちの娘はあの父親のせいで、まともに男と接触したことがなかったんだ。色々とウブな所があるけど、アンタがキッチリ女にしてやんな」
「ぶはあっ」
まさかの母親からのGOサインに、俺は思わず吹き出してしまう。
いや、あの、今は出立前の挨拶をしてる所であって、周りには仲間も勢揃いしてるんだよ。
みんな基本的にナノマシンによる肉体改造で五感が増している。
ましてや、ミャウダ人に肉体そのものを改造されている沙織の五感は、この中では俺に次いで視力だの聴覚だのが良い。
「……」
チラッと沙織の方に視線を移すと、控えめで自己主張をしない笑顔を浮かべた沙織と目が合う。
ぬう、他の連中はともかく、沙織には今の会話聞かれたくさいな。
「……その件はともかくだな、例の件は頼んだぞ」
「それは構わないけどさ。ホントにやるつもりなのかい? まったく意味はないと思うけどねえ」
「いいんだよ、こういうのは様式美って奴だ」
「はあ、まあそれ位は引き受けるけどねえ。未来の義息子の頼みごとだし」
「は、母上! まだそのような話は、その……早いのではないか!?」
そう言いながらも顔を赤くして、満更でもなさそうな顔をしているペイモン。
ううん、どうも沙織の方が見づらい状況になってきた。
「大地さん、流石ッス。魔族女キラーッスね!」
「……ふーん。なんかモテモテで良かったわねッ!」
しかも根本の奴はニヤニヤしながらからかってくるし、樹里の奴も言葉とは裏腹に機嫌が悪くなってるし、早くこの場を切り抜けたい。
「とにかく! 色々と騒動に巻き込まれたが、それなりに鬼族の国は満喫できた。またいずれ、機会があったらここをまた訪れることもあるだろう」
ピシャリと言い放って、俺はさっさと出発することにした。
慌てたように、他の連中も後をついてくる。
「ペイモン、気張っていきなさい!」
「はい、母上……。しばしのお別れです」
最後にペイモンがエスネスタと別れの挨拶をしている。
それが終わると、駆け足で俺達の方まで駆け寄ってきた。
こうして俺達は王都ボルトリアを後にし、北へと向けて旅立つ。
「……って、ウィスチムはまだついてくるんだな」
「当たり前じゃないですか! ここからストランスブールの間にも、幾つも街や村があるんですから!」
てっきり見送りに来ただけかと思っていたが、ウィスチムと鬼族の護衛達も同行するようだ。
この俺達の護衛という名目で付き添ってる鬼たちとも、すっかり顔なじみになったなあ。
「けど俺達はストランスブールで軽く報復を行ったら、また一旦ボルドスへ戻る予定だぞ。お前らはどうするんだ?」
「私共は国境に一番近い街で待機してますよ。いいですか? ですから絶対に戻ってきてくださいよ?」
俺達のこれからの予定は、ボルドス入国当初に建てた予定を変更して、エルヴァンの国ストランスブールへと向かうことになっている。
アントレアで沙織が甚振られた件の報復をしにいくのだ。
……別に沙織がそれを望んでいる訳でもないんだが、俺としてはあの時の沙織の姿が忘れられないでいる。
一旦は心の底に沈めたソレは、今もまだ俺の中で燻り続けていた。
奴らからすればとばっちりかもしれないが、俺からしても沙織が受けた被害はとばっちりだった。
その分の貸しはキッチリと利子をつけて返してやる。
せめて、アントレアで出した被害以上のことはしてやろう。
「戻ってくるさ。宣戦布告なんて真似までしてるんだからな」
「エルネスタ様も仰ってましたが、何故態々そのような真似を?」
「その方が面白いだろ?」
「そんな軽い気持ちで頼んだんですか?」
「宣戦布告をするのとしないのとでは、今後の展開が代わる……かもしれん」
ボルドスではそんなことをしていなかったので、比較的すぐにウィスチムらと出会って大きな揉め事には発展しなかった。
ストランスブールでは果たしてどうなるか。
相手がどう動くかも予想できないし、だからこそ俺は面白いことにならないかと期待している。
これには沙織の件も勿論、理由としてはある。
だが何だかかんだと理由をつけても、結局の所俺は俺の思うように行動したいだけだ。
色々なものに縛られていた日本の生活は、今は既に過去のもの。
今は力を手に入れたせいか、無性に暴れたくなる時がある。
ぶっちゃけ宣戦布告なんて言っても、相手からすれば鼻先で笑っちゃうようなもんだし、俺からしても吹けば飛ぶような建前でしかない。
それでもこ宣戦布告なんて真似をしてるのは、ただの俺の気分の問題だ。
だって国に対して宣戦布告なんて、中々やれる機会ねえだろ?
「なんにせよ、ウィスチムは途中で別れるんだからそんなに気にするな」
「うー……。早くこの任務から解放されたいですよ。すっかりエルヴェツィオ様にダイチさんのことを押し付けられてしまって……」
ウィスチムの奴もなんだか大変そうだ。
職場回りにあの親バカや、何考えてるか分からない不穏なシリアス男がいたら、そりゃあ胃が痛くなるのも理解できる。
「ところでウィスチム。このボルトリアから北に伸びる街道を進んでいくと、次はなんて場所に着くんだ?」
「この先にある街はマステイルですね。マスマスール平原に位置するマステイルでは、周辺の村々で行われている牧畜業によって潤ってます。肉料理で有名な都市ですよ」
「肉……ねえ。なーんか、こっちで売られてる肉は油断できないわね」
「樹里は外見を気にしすぎだ。何も聞かされずに食べれば、素直に味を楽しめるだろうに」
「あたしは大地と違って繊細なのよ! もう絶対にミルワとグァグァとククルは食べないんだから!」
そう言われると、こっそり別の肉だといってそういった肉を食わしてやりたくなってくる。
家畜として飼われてる位なんだから、そのマステイルで有名な肉料理もそれなりに美味いハズだ。
「まあまあ、普通に牛とか豚みたいなのもいるかもしれんぞ」
「ああ……。カルビが食いたいッス」
「おいらは肉なら何でもいいっす!」
「肉か……。果たして儂の胃袋を満足させるものと出会えるかな?」
「……某は肉より魚が好きなのだが、水辺の街や村でないと中々食せないのが残念だ」
北への移動を続ける中、肉の話を起点として食べ物の話へとシフトしていく。
この街道はこれまでの街道と比べて人通りが多く、道中も今のところ賊の気配はない。
王都近隣だけあって、定期的に見回りでもされているのだろう。
そういえば、新メンバーも加わったことだし、ペイモンに移植したナノマシンも大分定着してきた。
そろそろ戦闘訓練でもやって、現状のみんなの力を確かめるとしようか。




