第165話 威厳消失
突然現れた敵国のエルヴァン人に、事情を知らない魔法使いなどが騒ぎ始める。
急に変装の魔法を解除されたナベリウスも、突然の事態に困惑しているようだ。
にしても、こいつと出会ったのは、城に入ってから。
そして、城に入る前にはナベリウスの見た目を鬼族のものへと変えていた。
だからヴィシュムがそのことを知っているはずはないんだが……。
でもま、ここに来る道中は隠していなかったし、調べようと思えばすぐに調べがつくことか。
問題はここでその話を持ち出したヴィシュムの意図だ。
「……そういや、報告を受けていたな。姿が見えねーと思ってたが、魔法で見た目を変えてやがったのか」
報告……報告ね。
そりゃあ一国の王なんだから、部下からの報告は受けているか。
だがギュスターヴからは、姿を変えてエルヴァン人を城に入れたことへの咎めはないようだ。
「魔導具を手配したのはそのエルヴァンの女。それもこの女は魔導具に精通していると聞く。ならば、この状態を解除する魔導具も持っている可能性があるかと」
「ひぃぃっ!」
ヴィシュムの説明を受けて、グギギッっといった調子で視線をナベリウスへと移すギュスターヴ。
その余りの念の籠った視線に、思わずナベリウスが悲鳴を上げる。
「今のヴィシュムの話は確かなのかあ?」
「た、確かに魔導具を用意したのは私だけどぉ、解除する方法までは知らないわよぉ」
額に汗を垂らしながらも、気丈に返すナベリウス。
チラチラッと俺の方に視線を送ってきていることから、いざとなったら俺が動くと思ってやがるな。
「果たしてそれはどうかな? 元々エルヴァンは魔法や魔導具といったものに精通した種族だ。手持ちに解除する方法がなくとも、解除方法くらいは知っているのではないか?」
「おい、どうなんだ! テメェの知ってる情報を全て吐きやがれ!」
……これはヴィシュムがギュスターヴを焚き付けているように見えるが、奴の目的は何だろうか。
これは俺の直感なんだが、どうも奴からは良からぬ気配を感じる。
裏で何かを企んでいる……そんな気がピンピンするんだよ。
なら、少し場を荒らして様子を見るか。
「ペイモンに掛けられた隷属の呪い。どうにかする方法がなくはないぞ」
「……ッ」
「なんだと! どんな方法だ!!」
今の俺の発言に、ヴィシュムは一瞬だけ表情が固まっていた。
次の瞬間にはすぐ元通りになっていたが、俺は見逃していないぜ。
「俺の従魔契約で上書きしてやればいい」
「なん……だと……?」
俺のやってる従魔契約も、結局の所は今回使用された魔導具と同じようなことをやっている。
相手の魂に魔法文字を刻むことで、魂の繋がりを結ぶという方法だ。
「それじゃあ隷属相手が変わっただけじゃねえか!」
「それはそうだが、マクイスの誰かも分からない複数の相手よりは、俺一人に縛っておいた方がいいんじゃないか?」
「その……、ダイチ殿。一度従魔になったペイモン様を、従魔から解き放つことは可能なのか?」
ここで久々にエルヴェツィオが会話に加わってくる。
こいつは相変わらずマッチョな体をしているな。
ま、それは一旦置いといて、俺は質問に答える。
「それは無理だ」
俺の使用している火星人印の魔法文字とは違い、魔導具でペイモンに刻まれたものはかなり稚拙なものだ。
そのせいで、無理やり解除するのは危険だと俺のコンピューターが訴えている。
俺の使用してる魔法文字ならそんなことにはならないんだが、ペイモンを俺の従魔契約で上書きした場合、元の魔法文字が一部どうしても残ってしまうので強制解除は出来ない。
いや、出来ないことはないが、その場合は記憶の喪失や感情の欠如など、大きな副作用が起こる可能性がある。
まあ、敢えてそのことを口にはしないが。
「ぐぬぬっ、テメェ。人の弱みに付け込んで、俺の娘をモノにしようって魂胆だなッ!?」
んー、それもいいかなって気がしてきたぞ。
貴重なくっころ枠だし、銀鬼っていうレアなクラスみたいだしな。
魔族コレクションの鬼族枠としてはこれ以上ない感じだ。
だが、ペイモンの場合はナベリウスとは扱いが違う。
彼女がどうしても嫌だというなら、従魔契約だけして後は好きにさせるでもいい。
「そのつもりなら、とっくに従魔にしてるハズだろう?」
「なんだとっ!? 俺の娘に不満があるってぬかしやがるのか!!」
ああ、もう、面倒くせえなあこのオヤジ。
周りにいる鬼族の連中も、困った人を見る目になってきてるぞ。
「ん、んんん……」
余りの父親の喧しい声に、魔法薬で眠らされているペイモンがもぞもぞと寝返りを打つ。
その様子を見て、魔法使いがギュスターヴへと進言した。
「ギュスターヴ様。このままですと、再びペイモン様はお目覚めになられて、そしてまた暴れだすことでしょう。ここはひとまずあの男の提案に乗ってみてはいかがかと……」
「ぐっぐぐ……」
「私もその男に賛成だ。万が一、奴らの次の命令を受けてしまったら、取返しのつかないことになりかねん」
「うううぅぅ……」
魔法使いに続き、ヴィシュムまでも困ったちゃんの説得に入る。
この最善策無し、周囲に味方無しの状況に、さしものギュスターヴも音を上げ始める。
バタンッ!
しかもそこに、さらなる強力な助っ人が現れた。
「話は聞いたよ! アンタ、いつまで子離れが出来ないんだい!? もうこの娘だっていつ嫁に行ってもおかしくない年齢なんだよ! いい加減にしな!!」
扉を開けて入ってきたのは、ヴィシュムと同じ色の肌をした女性の鬼だ。
初めて見る相手だが、顔立ちを見ればすぐにそれと分かるほどペイモンとよく似ていた。
彼女は部屋に入ってくるなり、啖呵を切りながら駄々をこねるギュスターヴの背を思いっきりはたきつける。
それからまっすぐに俺の方に歩いてきて、
「それじゃあ、従魔契約とやらを頼むよ」
「ああっと、アンタは?」
「アタシはエルネスタ。見ての通り、そこに寝ているペイモンの母親さ」
ううむ。
自分を名乗る際に、「ギュスターヴの妻」ではなく「ペイモンの母」とするあたり、今のギュスターヴに呆れ果てているのかもしれない。
「そうか。知ってるかもしれんが、俺は大地だ。で、やっちゃっていいのか?」
「構わないよ! 何ならアンタがそのままうちの娘をもらって行っても構わないさ」
「俺は構うぞおおおおおおおおぉぉぉぉ!!」
おいおい。
ついには一国の王ともあろう男が、俺達外部の者がいる前で男泣きし始めたぞ。
アイツ一人いるだけですんげーやりにくい雰囲気を醸し出してるんだが、母親の了承が取れたことだしここはサクッとやってしまおう。
俺は横になっているペイモンの下まで歩いていくと、彼女の額に手を当てる。
「お"お"ぅ"ぅ"ぅ"、うわあ"あ"あ"あ"あ"あ"…………」
……ホントうるせえな。
俺は鉄の意志でギュスターヴの声を無視して、従魔契約を執り行う。
これまで何度かやってきたものだが、今回は上書き契約となるのでいつもと少しだけ勝手が違う。
ただそれでも、契約そのものは一瞬で終わる。
ついでに俺は、ペイモンに盛られている魔法薬を魔法で無効化させると、額に触れていた手を放した。




