第163話 ペイモン御乱心
「ほれ、こいつを食ってみろ」
そういって俺が取り出したのは、木のカップに入ったプリンだ。
牛乳……かどうかはわからんが、動物のミルクと砂糖だけで作ったカスタードプディングという奴だな。
ちゃんと冷やした状態で保存してあるので、そのままガブッといけるようになってる。
「え? もしかして、それってプリン!?」
ペイモンに渡したプリンを見て、樹里が大きな反応を見せる。
「な、何だ? これはプリンというのか? 何故ジュリがそんな驚いているのだ。まさか、毒が含まれてる訳じゃなかろうな?」
「んな訳あるか。毒なんて使わなくても、お前を殺そうと思えば簡単にできる。……ほれ、お前らも食うか?」
「わー! プリンなんてひっさびさよ!」
樹里は俺からカップと木匙を受け取るなり、二口でプリンを食べてしまう。
「んんまああああああああい!!」
「む? どれ、では我も……」
樹里のとろける顔を見て、ペイモンもプリンを口にする。
次の瞬間、
「ほ、ほわああぁぁぁ……」
と、だらしない表情を浮かべたかと思うと、一口一口慎重に続きを食べ始めた。
その間ひたすら無口だ。
「ねえ、大地。おかわりはないの?」
「ずるいっす! おいらもその『ぷりん』とかいうの欲しいっす!」
「あー、はいはい分かった分かった」
あんま在庫はないんだが、仕方ないので他の連中にも配っていく。
ウィスチムや、ペイモンのお付きとして側についている奴らにも一つずつ。
「ねー、あたしのは?」
「お前はもう食っただろ」
「えっ……」
俺がそういうと、樹里はこの世の終わりみたいな顔して硬直する。
「うわあ、これ美味いっす! まじやばいっす!」
「……マズくはないが、儂は甘いものはそこまで好きではないな」
「それじゃあ親方の分はぼくがもらいますね」
「いらんとは言ってないだろうが! これは儂のもんだ」
「ぱくぱく……」
プリンの効果は絶大なようで、渡したみんなが強い反応を示している。
ペイモンのお付きの女の鬼族たちも、そのガタイからしたらかなり小ぶりサイズのカップを手に、ちまちまと食べていた。
「それでペイモン。味の方はどうだ?」
食べ終わったのを確認してペイモンに尋ねる。
すると顔を赤くして、悔し気に言った。
「くっ……! 確かにプリンとやらは、う、美味かった……ぞ」
ウィスチムとはまた色味が大分違うが、ペイモンの肌は白系が混じってるせいか赤くなると分かりやすい。
「だが負けを認めた訳ではないぞ! 我の知る美味しいものは他にもまだあ……」
「ペイモン様!?」
最後まで言葉を言い終える事なく、途中から胸元を抑えてうずくまり始めたペイモン。
おい、このタイミングでそんなことされると、まるで俺が毒を盛ったかのようじゃねえか。
「おい、どうした? ペイ――ちっ!」
ペイモンがうずくまると同時に、周りにいた魔民族が突然集団で襲い掛かってくる。
よく見れば、いつの間にか周りには鬼族の姿が見当たらず、魔民族だらけになっていた。
だがこうした事態にもすっかり慣れた根本や沙織、それと俺の従魔たちによって、迫りくる魔民族は次々と返り討ちにされていく。
その様子を見て、リーダー格の男が慌てた様子で叫ぶ。
「チィッ! おい、ペイモン! 俺達の邪魔をする奴らを排除しろ!」
男がそう命令すると、うずくまっていたペイモンが立ち上がり、近くにいたロレイへと襲い掛かっていく。
「ぬっ! これは……」
結局ペイモンが何のクラスなのかは聞きそびれていたが、見た感じ物理戦闘ではロレイを大きく上回っていた。
父親のギュスターヴには遠く及ばないが、沙織とも渡り合えるくらいの強さだと思われる。
「わ、ロレイさん!? 今助太刀するっす!」
っと、呑気にみている場合じゃなかったな。
「いや、必要ない。ペイモンは俺が止める」
そう言い放つと同時に、俺はペイモンとロレイの両者の間に割って入る。
そしてペイモンを背負い投げの要領で地面に投げ落とすと、衝撃に苦しんでいるペイモンの腹部に足をのせて抑え込む。
「俺はコイツを抑えとくから、あとはお前らに任せた」
俺の足の下でどうにか抜け出そうと暴れるペイモンだが、絶妙な加減で力を入れて抑えているので全く抜け出せる気配はない。
「な、バカな!? 銀鬼のペイモンを力で抑えられる奴など、鬼王ぐらいのハズッ!」
銀鬼……、それがペイモンのクラス名か。
確かに言われてみればそれっぽい色合いをしているな。
といっても、あまり金属質な感じではないけど。
魔民族の男の口ぶりからして、やはりペイモンは相当上位のクラスのようだ。
それに最初に出会った時から気になっていたが、魔力も樹里と同じくらい持っているんだよな。
この物理戦闘力に、同程度の魔法能力があるなら結構強い方なんじゃないか?
「あ、ヴァル。なるべく生きたまま無力化してくれ」
「うー、生きたままっすか? 出来るだけやってみるっす」
確かに敵の魔民族の数は多いんだけど、つまりそれだけ一人一人の質は低いってことだ。
弱いからこそ数が必要になっているんだろうからな。
こちらにはペイモンの護衛も加わっているし、これならヴァル達だけでもある程度生かしたまま抑えられるだろう。
それに……、
「貴様ら、何をしている!?」
騒ぎを駆けつけて鬼族の兵士もやってきたようだしな。
駆けつけた鬼族の兵士を見て、どこにこんだけいたんだ? っていう襲撃側の魔民族の集団は散り散りになっていく。
先ほど叫んでいたリーダー格の男も、上手く逃げおおせたようだ。
はぁ、ったくペイモンが一緒なら余計なちょっかい出してくる奴は出てこないんじゃなかったのかよ。
「ウウゥゥゥッッ!」
俺がヤレヤレといった口調でぼやくと、足で地面に押さえつけていたペイモンがうめき声をあげる。
さっきからそうだが、明らかに正常な状態ではない。
「どれどれ……」
俺は"鑑定"も使用してペイモンを診断していく。
なんだかすっかりこの手の作業にも慣れてきたもんだ。
「……またこれかよ」
ペイモンの乱心の理由は、魂に刻まれた魔法文字。
ノスピネル王国で見かけたのと似たようなものだった。
先ほどのリーダー格の男の言うことを聞こうとしていたことから、アイツには少なくともマスター権限があったと思われる。
にしても、何で突然……。
俺はペイモンを足で踏みつけたまま、全身を嘗め回すように調べていく。
……というか、そこまでしなくてもすぐに原因らしきものは特定できた。
それが……、
「おい、そこの魔民族の男! き、ききき……貴様が足蹴にしておる方がどなたか心得ているのか!!」
ふと気づけば、今度は魔民族ではなく鬼族の兵士に囲まれていた。
俺達が倒した魔民族の男も、順次兵士たちに縛られている。
「親分、やっちゃいますか!?」
ヴァルが妙に嬉しそうに尋ねてくる。
なんでこいつはこうも血の気が多いんだ。
これまで散々鬼族が必死に媚びてきてる様子は見ているだろう。
「うむ、そうだな。ネモさん、ヴァルさん。やっておしまいな――」
「――じゃ、ないでしょ!」
ノリノリで命令を出そうとした俺に激しいツッコミを入れてきたのは、手をグーにして思いっきり殴りかかってきた樹里だった。




