第17話 魔族
『ちょっとライアリー先輩。ここは早く彼らに色々と説明した方がいいんじゃないですか?』
『わ、分かってるッス。今から説明するとこッス』
「ど、どうだぁ!? いかに魔甲機装と言えど、我がノスピネル王国の騎士団長、ストレイダー様ほどの実力者であれば、生身で立ち向かう事も出来るのだあああッ!!」
そのストレイダー卿は何事もなかったかのように、最初の位置まで戻っていく。
ううむ、何も言わずに立ち去る辺りが渋いなぁ。
「勿論! 魔甲機装と生身で立ち向かえるものが、そうそういる訳ではない……。だが、しかあああしッ! 我らが戦っている憎き魔族どもの中には、確実にそういった奴らが存在しているのだあああ!」
ふーん。
まあ正直魔甲機装も思ってたほどの能力ではないようだし、アレくらいなら俺でも余裕でいけそうだ。
あの謎のVRMMOの空間の時の能力そのままであれば、だが。
あの空間では訪れて早々、半日ほど魔物と戦い続けていたが、先ほどの魔甲機装程度の奴はゴロゴロしていた。
それを軽ぅく一捻り出来た俺であれば、魔甲機装の一個中隊くらいは問題なく戦えそう。
肝心の現在の俺の能力も、俺とあのストレイダー卿を"鑑定"で比較した結果、恐らくであるが俺の能力はあの空間内でのものと同じであるように思える。
別にあれが本気ではなかったのかもしれないが、ぶっちゃけさっきのストレイダー卿以上の速さで走る事も出来る。
「更にお前たちに、先ほどの男のような妙な考えが浮かばないように、我が国の置かれている現状を説明しよう! 我がノスピネル王国は、大多数を占める人族と、少数の亜人族が生活しておる。そして、国の四方は全て魔族どもによって囲まれている状況だ!」
ええぇ?
それってかなり詰んでる状況なんじゃね?
まあ無双できる能力があれば、逆に打って付けともいえる状況だけど。
「しかし魔族と言っても一枚岩ではない。オーク族、ゴブリン族、トロール族など種族ごとに分かれ、それぞれ別の国と領地を持っている。そして、魔族同士での戦いも頻繁に起こっているのだ」
つまり、日本の戦国時代みたいな感じか?
種族ごとに分かれてるっていうなら、ゴブリンの国とかはしょぼそうな気がするけど。
「奴らは基本的に戦うしか能がない奴らだ。だからこそ、今でも残っている魔族の国というのは、これまでの長い闘いを乗り越えてきたという証。お前たち、異世界の奴らはゴブリンを何故か過小評価しているが、奴らは奴らとて侮れぬ相手である!」
なんでも、ゴブリンは繁殖力が優れていて数で襲ってくるので、魔甲機装の個の力が主力のノスピネル王国とは相性が悪いらしい。
ゴブリンの国との国境近くの村では、しょっちゅうゴブリンの襲撃があって、度々被害を受けているそうだ。
「つまああありッ! お前たちにはこの国以外、逃げ場はないという事だ! 逃げ出したとしても、いつかは我らの追っ手に捕捉されるであろうし、そのような事をしていれば魔族の侵攻によって、逃げる場所すら失う羽目になるだろう」
これまでは威圧的な口調で話していたライアリーだが、最後の方は歯痒さというか、決死の覚悟のようなものが感じられた。
まあそれも演技なのかもしれないけど、その辺は実際に外の様子を見てみないとなんとも、な。
「これで一通りの説明は終了とする! 細かいことはこの先追々知っていけばいいが、差し当たって質問のある者はいるかッ!?」
ライアリーが最後に全員に問いかけると、スッと手を挙げた者がいた。
暴走男の件や、先ほどの話を聞いて萎縮している者が多い中、その男は堂々としている。
俺も何度かその佇まいが気になり、注目していた巌男だ。
「……質問だ。先ほど周囲は魔族とやらの国に囲まれていると言っていたが、他に人間主導の国家はないのか?」
「それは逃亡を企んでいるという宣言か?」
「そうではない。周辺に人間の国家があるのなら、同盟を組んで魔族と戦う選択肢が取れるという事だ」
「……なるほどな。しかし残念ながら周辺には人間の治める国家はない! ここから遥か西には、人族や亜人族の暮らす帝国が存在するが、間に幾つも魔族の国を挟んでいて、横断は不可能だ」
「そうか……。質問は以上だ」
ライアリーの答えを聞くと、更に追加で質問をすることもなく、巌男は素直に引き下がる。
「他に質問のある者はいるかああぁッ!?」
再びライアリーが声を張り上げるが、どうやら一人もいないらしい。
しかしあんだけ大声で叫びまくって、よく喉がつぶれないな。
「それではあぁぁッ、これよりお前たちが寝泊まりする、宿舎へ案内する! 少し離れているが、しっかりついて来おぉい!」
どうやらこの一連の流れは予め決まっていたようで、大分スムーズにスケジュールは進んでいるようだ。
暴走男のようなハプニングはあったにせよ、下手に喚き散らしたり暴れまわる奴が他にいなかったからだな。
そう考えると、あのライアリーの高圧的な態度が功を奏したのかもしれない。
予定表でもあるのか、着装テストから間を開けずに、幾人かの兵士と共に宿舎へ向かう俺達。先頭を行くのはライアリーだ。
機装種別の隊列は既に崩れており、俺は沙織と一緒に歩いている。
ただ、余り会話はしていない。
途中でライアリーが私語を慎むように命令したからだ。
その鶴の一声で静まり返った一行は、元々居た城のよう建物から外に出て、歩き始める。
最初は城の外壁沿いを移動していたのだが、街の規模の割に人の数が少ないように見える。
それだけこの国もヤバイのかと思ったが、たまに見かける人の服装を見ると上等そうな服装をしていた。
この辺りは恐らく貴族などの暮らすエリアなのだろう。
それからライアリーの後を付いて歩き始めてから、一時間ほどが経過した。
すでに城の外壁は通り過ぎ、開けた土地が並ぶ場所を移動していく。
その途中、魔甲機装同士の摸擬戦を行っている場面が見られた。
開けた土地だけでなく、それに付随して建物も建てられている事から、この辺りは軍事関係のエリアだと思われる。
辺りの兵士の数も増量中だ。
ううん……。
一般庶民の暮らしている場所を見れば、この国がどういった状況なのか、国としての規模はどの程度なのか、といった判断材料になるんだけどなあ。
なんて事を考えながら歩いていると、ようやく目的地に着いたようだ。
徒歩で一時間以上……という事はそれなりの規模の街を築く程度の国力はあるのか。
この様子だと、すぐに王国陥落という事もない……かな?
「全員止まれえぇい! ここがお前たちがこれから暮らす宿舎だ。向かって左側が男性用、右側が女性用の宿舎になっている。これ以降は敷地内において、自由に移動する事を許可する! ただし、風紀の乱れるような真似はするなよ?」
ギロリと睨みを利かすライアリー。
その視線は、個人的な感情が幾分か見え隠れしていた。
「お前たちの明日以降の予定だが、まずは明日から基礎講習が一週間に渡って行われる。俺以外にもニホン語を話せる者がいるので、彼らにこの世界の基礎的な知識を習う事になるだろう。その後の予定は、随時通達されていく予定だ」
ほおう、大分システマチックになっているな。
確か奴らの話を盗み聞いた所では、前回は八人の召喚が行われた筈。
何度か召喚を繰り返していく内に、マニュアル化されていったのかもしれん。
「俺からの話は以上だッ! 部屋割りなど、細かい事は宿舎の者に聞くように。中ではそれぞれ二名ずつ日本語を話せるものが勤めている。では解散ッ!!」
最後に大きな声を響かせて、ライアリーは建物の門を潜って帰っていく。
しかし、残された日本人の中にすぐにでも宿舎へ向かおうという者はいない。
ライアリーと共にこれまで付き添っていた兵士も、今は周囲にはいない状態だ。
もちろん門の所には門番もいるし、恐らく何らかの方法で監視なども付けられているだろうが、ようやく日本人だけで自由に話し合える場が出来たのだ。
きっと皆、何かしら会話を交わしたいと思っているのだろう。
幾人かが何か口を開こうとしつつも、他の人の出方を窺っているような妙な空白の時間。
これが個人主義の外国人だったら、さっさと宿舎に向かっていたのかもしれない。
「これから……」
沈黙のベールを破り、最初に口を開いたのはジャージ姿の中年の男だ。
「一度宿舎を確認した後にでも、俺達だけで話し合った方がいいと、俺は思っている。……だが、その前にこれだけは聞いておかねばならない事がある」
ん、なんだ?
見た目からして、野球はどこのチームのファンか? とかだろうか。
俺が見た目に引きずられた予想をしていると、ジャージの男はよく意味の分からないあやふやな質問を投げかけてきた。
「……お前たちは、どっちだ?」




