第161話 魔冷鬼ヴィシュム
「ギュスターヴ様!?」
側近の鬼族は、吹っ飛んでいった王様のことで顔が青くなったり、あっさりとギュスターヴを返り討ちにした俺に対し身体を震わせたりと、色々と忙しい状況になっていた。
そしてキーパーソンの一人であるギュスターヴの娘……グレー女ことペイモンは、吹っ飛ばされていった父親のことを心配気に…………見ていないな。
赤らめていた顔を更に赤らめて、俺の方をキッと睨んでいる。
「おい。お前が妙なことを言うから、あの親バカが暴走したじゃねえか」
「ッ! こ、今度は我を吹き飛ばすというのか? その太くたくましいモノで我を貫くというのだな!!」
……これはわざとなんだろうか。
あの親バカが聞いてたら再沸騰しそうなセリフを吐いてくる。
「くっ、殺せ! そして我らボルドスの報復を受けよ! 我は死んでも貴様などには屈せぬぞ!!」
!?!?
くっころキャラキターーーーー!!
まさかこんな所でこのセリフを聞けるとは思わなかったぜ。
「聞いたか? 根本。くっころだぞ、くっころ!」
「え? ええと、そうですね……」
根本の奴の反応が妙に薄い。
もしかして、奴のいた日本ではくっころ文化はなかったのか?
「ねえ、何をそんなにコーフンしてんのよ?」
「……大地さんはそのセリフが好きなのですか?」
樹里と沙織もくっころのことを知らないらしい。
何故だ? 本当に日本人なのか!?
「何を我を無視して訳の分からぬことを抜かしている! とことんまで我を愚弄しようと――んああああぁぁあっっ!!」
くっころさん……じゃなかった。ペイモンが、一歩前へ出てきたので、俺は再び魔力マシマシの回復魔法を使用する。
どういうアレなのか知らないが、過剰に回復魔法を掛けると性感を刺激するらしい。
もっともウィスチムはそこまで反応なかったから、ペイモンだけなのかもしれないが。
「き、さま……」
最早顔だけでなく体中を真っ赤にしたペイモンが、身体を震わせながら絞り出すようにして声を上げる。
「あの……ダイチさん、それくらいで勘弁して頂けませんか? ペイモン様の方も、今はダイチさんのことより御父上の無事を確かめませんと……」
「くっ……。貴様らぁ、覚えてろよおおおお!!」
結局ペイモンは可愛らしいセリフを吐きながら、ギュスターヴが吹っ飛んでいった壁の方へと走り出した。
側近の鬼族もその後を追う。
だが一人だけ、その場に残った鬼族がいた。
「……実際にこの目で見るまで信じてはいなかったがぁ、この目でその実力を見てしまっては信じぬ訳にはいかぬ……か」
妙な雰囲気をぶら下げながらこの場に残ったその鬼族は、ペイモンと似たような肌の色をした鬼だった。
しかし肌のツヤというか質感が、ペイモンとは異なる。
恐らくはまた違うクラスの鬼なのだろう。
ボサボサとした手入れされていない髪も、皮膚の色と同じ白に少しグレーを混ぜたような色合いをしている。
鋭い三白眼の視線は、普通に相手を見ただけでも恐怖を与えそうだ。
スラっとした長身で、鬼族にしてはガタイがいいという程でもなく、スマートな体格をしている。
「お前は?」
「ヴィシュム。ボルドス四鬼将軍の一人にして、魔冷鬼と呼ばれている」
四鬼将軍というと、エルヴェツィオと同じ役職か。
「で、その魔冷鬼とやらがこの場に残った理由は?」
「ヴィシュムでいい。……私が残ったのは、吹き飛んでいった王に代わり、改めて我らボルドスの意思を伝えておく為だ」
四鬼将軍ともなれば、王が不在の時は国の代表としての発言権を持っているということか。
「到着早々に騒ぎを起こしてしまったが、我々ボルドスはお前たちに敵対する意思はない。王も今はペイモン様のことで取り乱しておられたが、同じ意見であることは事前に伺っている」
取り乱すってレベルを超えてたような気もするが、まあ代わりにくっころさんを生で見れたので満足だ。
「それはウィスチムからも聞いていた。俺ととしても我々に危害を加えようとしたり、機嫌を著しく損ねるようなことでも限り、ボルドスに手を出すつもりはない」
「それは助かる。では私も姫様の後を追わせてもらう。ウィスチム、お前は引き続き彼らを案内しておけ」
「は、はい!」
渋く言い放つと、悠然と身をひるがえして去っていくヴィシュム。
「はーーー、なんか渋い人ね」
「惚れたか?」
「バカッ! そんな訳ないでしょ! あたしには大地が――」
「俺が……なんだって?」
「何でもないわよ! うすらバカ!」
……なぜこうもバカバカ言われなければならんのだ。
「でも、確かにこれまで出会った鬼族の中では、あまり見ないタイプッスね」
「ああ。奴一人だけで場をシリアスに持っていく力があったぞ」
そういった意味では俺と相性がよくないかもしれない。
「あの、とにかく当初の予定通り、宿泊場所へと案内致しますので……」
城の中でも騒動が起きてしまったが、何事もなかったかのように俺達はウィスチムの案内を受けて、城の客室へと移動する。
「こちらが客室になります。部下をつけておくので、何か御用がありましたらお申し付けください。決っっっっっして城内をフラフラ出歩かないよう、お願い致します」
「だってよ、ヴァル。調子に乗ってその辺ぶらつくなよ?」
「えー、部屋ん中に閉じ込められても暇っす!」
「あの……。ウィスチムさんが言ってるのは、大地さんのことじゃないッスか?」
「何を言っている根本。俺は他人に縛られることを嫌う、自由の風。俺はやりたい時にやりたいことをするのみだ!」
「するのみだ! って、そんな。ホラ……、ウィスチムさんが涙目になってますよ?」
いけにえに捧げられた、子羊のような目をしたウィスチムと目が合う。
「あー、まあ、前向きに善処しておこう」
「お、お願いしますよ?」
最後にそう言ってウィスチムは去っていった。
残されたのはウィスチムの部下数名と、俺の仲間達。
それから俺達は各々客室へと入り、城で一泊することになった。
夕食は部屋まで運ばれてきたのだが、大分手の込んだものを用意してくれたようだ。
そして明けて次の日。
改めて王との会談があると告げられ、俺達は玉座の間……ではなく、応接室のような場所へと案内された。
部屋の中にはウィスチムをはじめ、ペイモンやギュスターヴ、ヴィシュムなどの見知った顔の他に、何人か見知らぬ鬼族が揃っていた。
「いよーう。昨日は随分派手に吹っ飛んでいったが、無事だったようだな?」
「ぐっ……。ああ、お陰さんでなあ! まさかこの俺の全力をパワーだけでぶち破るとは思わなかったぜ」
悔しさ、羨望、怒り、喜び。
色々な感情が混じったような声で語るギュスターヴは、見た所ダメージは残っていないようだ。
「パワーだけ……ねえ」
あの時の俺は、プラーナを使わずにただ身体能力だけを使ってギュスターヴを吹き飛ばしていた。
しかしここは、それだけではないことを示した方がいいのでは?
そう思い、俺は少しだけ気を練り始めた。




