第160話 親バカ
「あああああああぁぁぁぁんんんぅぅぅっ…………」
俺が過剰な魔力を注ぎ込んだ超回復魔法をぶち込むと、グレー女は絶頂したかのような声を上げた後、意識を手放した。
「ペ、ペイモン様!?」
それを見てウィスチムがグレー女に駆け寄る。
ペイモンって名前は確か……。
「ペイモン様!」
聞いた事のある名前について思い出そうとしていると、グレー女――ペイモンが駆けてきた方から、何人か鬼が駆け寄ってくるのが見えた。
「ペエエエエエエエイモオオオオオオオオオオオンッッッ!!」
中でも一人、やたらと傍迷惑な大声を上げながら猛スピードで走って来る奴がいる。
肌の色は赤黒いんだが、普通の赤鬼とは色合いが違うし黒鬼ともまた違う。
鬼のクラスを見分けるもう一つのポイントである角は、黄色と黒の縞々模様をしていて、俺の中にある鬼の角のイメージに近い。
この角も今までに見たことない特徴だ。
身長は鬼族の方でもかなり大きい方で、これまで見た中では一番大きいか?
横幅もあるから、これまでで一番迫力のある鬼族だ。
そいつが、先に駆け寄ってきてた鬼を吹っ飛ばしながらこっちに来ている。
「きいいいさああああまああああかあああああッッッ!」
そしてペイモンの下に到着するなり、介抱しようとしていたウィスチムを殴り飛ばす。
きりもみしながら飛んでいくウィスチム。
すげー、アレって漫画の中だけじゃないんだな。
「ペイモンッ、ペイモン! 眼を覚ましやがれ! 俺の娘だろうがッ!!」
娘……。
お父さんは心配性って奴か。
魔族でも普通にそういうのってあるんだな。
「あの、ウィスチムさん大丈夫なのでしょうか……?」
奇怪な生物を観察していた俺に、沙織が心配そうに声を掛けてくる。
なあに、ウィスチムも俺たちの前だと頼りなさそうに見えるが、あれでも白鬼という鬼族でも上の方のクラスだ。
一発きりもんだ位で死ぬような……って、アレ。
なんかピクリとも動かないな、ウィスチムの奴。
「大地さん……」
根本の奴も皆まで言わないが、何か言いたげに俺の名を呼ぶ。
まったく、超回復魔法を無駄撃ちした直後に、その魔法を必要とするクランケが現れるとは。
俺は城の壁に半分めり込んでいたウィスチムを引っ張り出し、先ほどと同じように魔力を多めに注いだ回復魔法を使用する。
いつだったか豪語したように、俺の回復魔法なら死んでさえいなければ元通りに出来る自信があった。
これはそれが実際に正しかったのか、証明する事が出来そうだ。
「……」
ペイモンとは違い、元々瀕死状態で意識を失っていたウィスチムは、俺の超回復魔法を受けてもすぐに声を上げたりはしない。
しかし、少し時間が経過すると、ウィスチムから生者の反応が返ってくる。
「ガボッゴホッ……」
口から大量に血を吐いているが、これまで止まっていたウィスチムの呼吸音が復活する。
これはもっかい、軽く回復魔法を掛けたほうがいいか。
意識を取り戻しはしたが、朦朧とした様子でフラフラとしているウィスチムに、俺は追加の回復魔法をぶち込む。
「うっ、うううぅぅ……。あれ、私は一体……?」
おお、あれだけ生死の際にいたというのに、見事復活させる事に成功したようだ。
遠目で見ていた鬼族の連中も、その様子を見て驚いた表情を浮かべている。
「おいコラ、ペイモン! 起きろおおおおッッ! 起きやがれえええ!!」
……あのうるさい鬼を除けば。
「あっ、ダイチさん! 一体、私の身に何があったんですか?」
俺に気づいたウィスチムが話しかけてくる。
「ペイモンという女を介抱していたお前に、あのむさ苦しい奴が突っ込んできて、お前は吹き飛ばされたんだ」
きりもみ状態でな。
「アレは……、ギュスターヴ様? うっ、そういえば、意識を失う直前に鬼の形相をしたギュスターヴ様が見えたような……」
鬼族の言う鬼の形相ってなんだろうな?
それって普通の顔なんじゃね?
てかそれよりも、先ほどから薄々そうではないかと思っていたが、やはりそうだったか。
道理でウィスチムをワンパン出来る訳だ。
「ギュスターヴとは、この国の王の事か?」
「えっと……はい、そう……なります……」
意識を取り戻さないペイモンを抱きかかえ、煩く喚き続けているギュスターヴ。
いつの間にかその周囲には側近らしき鬼族が集まってきていたが、喚き散らかすギュスターヴを前に手をこまねいているようだ。
ウィスチムもそんな自国の王を見て、言葉の歯切れが悪い。
「うわあぁぁ……。つまりあのペイモンっていう鬼族の女の父親ってことよね? でもあれってちょっとヤバすぎっしょ……」
樹里もギュスターヴの娘の溺愛っぷりにひいているようだ。
俺の仲間たちもこの城の鬼族たちも、誰もギュスターヴを止めようとはしない。
そこでいい加減、俺がギュスターヴを殴り飛ばそうかと思って動こうとしたその時、
「ん、んんん……」
と声を出しながら、肝心のペイモンが意識を取り戻した。
「お、おお!! ペイモン、目が覚めたのか!?」
「ふぁぁ……、ん、失礼。はっ、父上……?」
人前でだらしなくあくびをしたことを詫びたペイモンは、自分の身体を心配そうに抱いているギュスターヴに気づく。
「ようやく眼を覚ましやがったか!」
「ペイモン様、御無事でしたか!?」
巻き込まれないように周りで様子を見ていた鬼族も、ペイモンが意識を取り戻すと同時に駆け寄っていく。
「皆揃って一体何事だ? 我は一体…………」
そう言って事態を把握する為に、辺りを見回していくペイモン。
すると当然ながら、注目して様子を見ていた俺とも目が合う。
「ッ!!」
途端、ペイモンの顔が赤く染まっていく。
もしかして、さっきの絶頂ボイスを上げたことでも思い出したのか?
「き、ききき貴様! よくも我をあのような辱めに合わせてくれたな!」
辱めって言われても、俺はただ回復魔法を使っただけなんだがな。
まあ、ちょびっとだけ魔力が濃厚だったかもしれんけど。
「ぬわああああああにいいいいいッッ!! は、辱め……だとおおおおおっっ!?」
げ、ヤバイ。
せっかく鎮火したと思った火山に、再び火がついてしまった。
ペイモンの奴も変に顔を赤らめたりするから、余計ギュスターヴのドタマに来たんだろう。
娘以上に顔を真っ赤にして、憤怒の表情へと変化していく。
「死に晒せ、こん蛆虫があああぁぁぁッッ!!」
さっきペイモンの下まで駆けつけた時以上の速さで、俺に殴りかかろうとしてくるギュスターヴ。
だが、最初の一撃は空を切り、俺は数歩後ろへ跳躍して避ける。
こいつ、今まで戦った中では一番強いぞ。
流石鬼族の王だけはある。
しかもプラーナまで発動してやがるし、これは今の俺のパーティーでは対処できるのは俺だけだな。
沙織がプラーナを使って戦っても、ギュスターヴには届かない。
「しゃらくせええええぃぃぃ!!」
後ろへ飛んで避けた俺に、更に勢いを弱めないまま突っ込んできて追撃を加えようとするギュスターヴ。
だが俺は殴りかかってきた奴の右腕にフックを放ち、ひじの辺りからポッキリと骨を折る。
しかし、それだけで動きを止めるようなギュスターヴではなかった。
ぷらんとぶら下がった状態になった右腕を気にも留めず、今度は左のストレートを放ってくる。
「シィッ!」
俺はその左のストレートに自分の右ストレートを合わせ、カウンター……などは決めず、奴の拳を直接俺の右ストレートでぶちぬいた。
「ふんんぬああっ!」
ズドオオオオオォォォンッという、パンチをぶつけ合った音とは思えないような音が辺りに響き渡る。
それはまるで雷がすぐ近くに落ちたかのような音だった。
そしてギュスターヴは、右腕をぷらぷらとさせ、左腕をストレートを放って真っ直ぐ伸ばした状態のまま、後方へと激しく飛んで行く。
「ア"ア"ア"ア"ア"ァァァァッ!」
派手に吹っ飛んでいったギュスターヴは、城の壁に人型の穴を開けながら、城の外まで吹っ飛んでいった。
その光景を見て俺は思った。
すげぇ……。
あんなギャグ漫画みたいな吹っ飛び方って、実際にあるんだなって。




