第154話 えっ!?
「あの……、ダイチさん。それで、その女はどうされるおつもりなんでしょうか?」
「聞いてなかったのか? こいつは俺の従魔として、連れていく」
「その、ストランスブールについての情報を提供頂けたりは……しないでしょうか?」
「気が向いたらな」
「さ、然様ですか……」
明らかに異議がありそうな顔をしてるが、それ以上口出しをしてこないウィスチム。
まるで、部下と上司の板挟みに合ってる中間管理職のような奴だ。
「お前らも聞いていたな? こいつは新しい従魔となるが、お前らとは経緯が違う。こいつの事はコキ使ってやってくれ」
「りょうかいっす!」
「魔導具を自作してると言っていたな? なら今度儂と一緒に何か作らせてみよう」
ヴァル達は肯定の答えを返してくるが、肝心の沙織達には聞いていなかった。
俺はとってつけたように沙織に尋ねる。
「……という事なんだが、構わんか? 沙織」
「ええ、構いませんよ。コキ使ってやればよろしいんですね?」
「ひ、ひぃぃっ!」
沙織が一瞬覗かせた表情が、ナベリウスに悲鳴を上げさせる。
よかった。
どうやらあんな目にあわせた黒幕相手にも、しっかりと向き合えているみたいだ。
「僕としても、魔法相手だとどうしていいか分からないので助かるッス」
「後で何か俺も魔導具を作っておこうと思う。それまでは、単独で出かけたりはしない事だ」
「分かったッス」
「それじゃあ一旦宿に戻るか」
「親分、外はとんでもない事になってるっすけど、宿は無事なんっすか?」
「問題ない。ちゃんと範囲を計算したからな」
「さすが親分っす!」
無事……とは言えないかもしれないが、沙織を救出した俺達は最初の宿へと戻る事にした。
だがその前にウィスチムがまた話しかけてくる。
「あの、そこのマクイスの残りの連中はどうなさるので?」
「好きにしていーぞ」
そう言い残して、俺達は宿に帰還した。
この日宿に帰った俺達は、外には出かけないで宿で大人しくしていた。
俺が街の三分の一を吹っ飛ばした影響で、あちこち大騒ぎになっていたようで、出かける気にならなかったのだ。
代わりに例のボードゲームをして過ごしていた。
そして夜。
そろそろ就寝しようかという時間になって、部屋に沙織が訪ねてきた。
「大地……さん」
「……!? 沙織……か」」
一瞬ゾワッとした感覚を抱いたんだが、すぐにその感覚は消え失せていった。
この感覚には……覚えがあるな。
「あ、一色さん……」
根本も沙織の事に気づいたようで、そちらに視線を向ける。
「っっ!」
しかし沙織を目が合った瞬間、蛇に睨まれた蛙のように動きを止める根本。
妙な沈黙の中、十秒ほど見つめ合った両者は、
「あ、あの! 僕ちょっと今夜はヴァル達の部屋に行ってくるッス!」
そう言ってダッシュで部屋を出ていってしまった。
沙織はそんな根本の様子を気にも留めず、後ろ手で部屋の鍵を掛けるとそのままベッドに座った状態の俺の方に近づいてくる。
これは……、逃げられん!!
頭の中では、「しかしまわりこまれてしまった!」というシステムメッセージが浮かんでは消えていく。
「あの……だな。その、大丈夫か?」
ぐ、何が「大丈夫か?」だ。
沙織の無言のプレッシャーに押されて、どうも口が回らん!
「はい、お陰様で。大地さんが治してくださったので、傷一つ残りませんでした」
そう言いながら、ベッドの俺の隣の場所にちょこんと座る沙織。
あの、近すぎやしませんかね?
「そ、そうか。女性なんだし、傷が残るような事がなくて何よりだな! はは、はははは……」
「ですが……」
うっ。
すぐ隣に座った沙織が、俺の方にしなだれかかってくる。
なんだ、今までになく今日は積極的だな……。
「大地さんに……。殿方に肌を見られてしまいました」
「うっ、おっ、あっ、そーだな。あー、でもあんま覚えてないから大丈夫だぞ」
だから、何が大丈夫なんだ!?
自分で言っておきながら、支離滅裂な感じになっているのを自覚する。
ちなみに火星人に改造された俺の脳内HDDは、明瞭にあの時の光景を記録済だった。
「……私の実家は古い武家の家系でして、昔から伝わっている言い伝えがあるんです」
「へ、へぇ……ソーナンダ」
漂流して無人島に流れ着いた時に言ってやろうと思ってた台詞が、思わずポンと口から飛び出る。
「女性がその肌を見せるのは、添い遂げる相手だけだと」
グイッ。
沙織の方を向くことも出来ず、ベッドに座ったまま壁の方を見て話していた俺を、沙織が強引に自分の方へと向かせる。
「えっ!?」
そこには上着をはだけ、綺麗な素肌を晒している沙織の姿があった。
室内には白く光る魔法の照明器具が置かれているが、その白い光に照らされているせいか、沙織の肌は雪のように白かった。
胸の部分は樹里と比べて大分控えめで、とても小振りだ。
しかしそれでも吸い付くような肌の感覚と、微かな柔らかさを兼ね備えた胸の感触は、俺の鼓動を早める。
「あの……、大地さん」
「えっ!?」
「その、手が……」
おっと、しまったあ!
思わず自動的に手が動いてしまっていたあ!!
慌てて俺は沙織の胸に触れていた手を放そうとする。
「いえ……。その、突然で慌ててしまいましたが、問題……ありません」
「えっ!?」
「私も覚悟を決めて参りましたので……」
ほわあああっつ!?
覚悟?
そうか、覚悟を決めちゃったかあ。
じゃあしょうがないよな。
そもそも何でここまで先延ばしにしてたんだっけ?
もう……ゴールしてもいいよな?
「ぐびっ!」
「? あの、今のは?」
い、いや。
どうも久々にアレなんで、アレがコレでして……。
俺は内面の動揺を表に出さないようにして、沙織に言った。
「沙織。今の俺はお前を愛してる…………とは言えない。お前の家のしきたりがあったとしても、今回のはその、言い方は悪いが事故のようなものだ」
「…………」
「俺はこれまで何人かの女と付き合ってきたことはあったが、それで分かった事がある。どの女にも本気になっていなかった事と……、一人の女に縛られるのが苦痛に感じるって事だ」
俺は……、何故か沙織に自分の過去を話していた。
そのまま勢い任せにヤっちゃえ! って悪魔の囁きもないではなかったが、結局言葉として出たのは違う言葉だった。
「もしかしたら、本気で愛した女が出来れば考えも変わるかもしれない。だが、今の俺は好みの女が誘いをかけてくればホイホイ乗っちゃうような男だ。だから、沙織も今回はしきたりの事を忘れ――」
「……構いません」
「えっ!?」
「大地さんが、他の女性と同衾されようとかまいません。家の言い伝えの話は本当の事ですが、何もそれだけに従っている訳ではないんです」
「……」
「お慕いしております、大地さん。私はただあなたの寵愛を頂ければ、それで満足なんです。どうか私めに御慈悲を……」
一度ベッドから立ち上がった沙織が、身に着けていた最後の衣服を脱ぎながら、懇願してくる。
「ぐびぐびっ!」
「えっ……」
俺は先ほど自分の言った言葉など、銀河の果てまで吹き飛ばして、本能を解放する。
「きゃっ……。あの、私初めてですのでどうかお手柔らかに……」
「ぐびびびっ!」
「え、大地さん? あの……」
ノスピネル王国にいた頃は、こっそり娼婦と宜しくやっていた俺だが、ここ最近はずっと禁欲状態で溜まりに溜まってしまっていた。
野獣と化してしまった俺は、結局この日の夜は散々沙織と致してしまうのだった。




