第152話 正体
「つまりお前達マクイスとやらは、このボルドスで反政府活動を行っている魔民族の組織、という事だな」
初めは尋問の場にウィスチムがいたせいか口を閉ざしていた組織の奴らも、俺の精神魔法によってペラペラと素直に事情を説明してくれた。
「お、お前……一体、何を……した?」
何をしたとか言われてるが、最初は普通に指を一本ずつ折っていったりしてたんだが、タマを潰しても何も吐かなかったので、途中から精神魔法に切り替えただけだ。
途端にその男がペラペラと事情を話し始めたので、……まあ質問をした捕虜も訳が分からなかったのかもな。
「あの……大地さん。何したのかよく分かんないッスけど、ソレが出来るなら最初に痛めつける必要はなかったんじゃ?」
「何を言う、根本。こいつらが最初から素直に喋っていれば、無駄に痛い目に会わなくて済んだんだ。それは最初に奴らにも言っておいたぞ」
なのに下手に意地を張るから、痛い目に会うんだ。
自業自得だな。
「それで俺達の情報については、そこの大股開き女が町長の館に仕込んだ魔導具によって、話を盗み聞きした事で知った……と」
「まさかそのようなものが仕掛けられていたとは……。将軍に報告しなければならない事がまた増えたようです」
「俺も少し考えないといけない事が出来たな。幾ら一人になったとはいえ、まさか沙織が攫われるとは思ってもいなかった。……ああ、いや。別にお前を責めている訳じゃないぞ」
「……はい」
俯き小さく返事する沙織。
奴らにされた仕打ちよりも、自分が攫われてしまった事に責任を感じているように見える。
「それもこれも、沙織が魔法に対しての対抗手段を持っていなかった事が原因だ」
女からはまだ話を聞いていないが、どうやらこの女は魔導具マニアらしく、今回沙織を捕らえる為にも魔導具を部下に渡していたらしい。
ただ……それを言ったら他の連中だって、俺から見れば不安だらけだ。
純粋に戦闘力としてみると、沙織以外はまだまだ脆い。
樹里だったら魔導具に対しては対処出来たかもしれないが、近接戦闘は一番劣る。
「あたしが……あたしが悪かったのよ! なんだかんだでここまで無事に来れて、すっかり気が緩んじゃってた……」
「いえ、それを言うなら私も同じです。それどころか、笹川さんに何かあったら、私が助けようと……烏滸がましいですがそんな事まで考えていました。それが……」
いざ蓋を開けてみたら、攫われたのは自分の方だったと。
「でも、それは仕方ないっす。おいらも前よりは強くなったっすけど、魔法や魔導具で捕らわれたら何も出来ないと思うっす」
「そうじゃな。ダイチのような規格外が傍にいたから、皆少し目が曇っておったんじゃろう」
アグレアスの奴までそんな事を言うって事は、なんかしら自覚症状でもあったのか?
「……まあその辺の反省は後でもいいだろう。とりあえず、今回の事件についての大まかな経緯は把握した」
「それで……どうするんですか? ダイチさん」
よっぽど俺がどうするのか気になるのか、再び同じ質問をしてくるウィスチム。
だがその質問に答えるのはまだだ。
「その質問に答える前に、そこの女についてウィスチムに聞きたい事がある」
「え……? 確かに私はマクイスの関係者を何人か知ってますが、その女は見覚えがありませんよ?」
「そういうんじゃなくてだな。ああ、そうそう。これはお前達にも関係している事だ」
そう言って一か所に纏められている、マクイスの連中を見る。
こいつらを捕まえさせたのも、ウラを取りたかったからだ。
「そうだな、じゃあまずは女に尋ねよう。お前の名前は?」
「――あー、あーー……。ええとぉ、私はナーヴェと申しますわ。ダイチ様」
最初の時は散々取り乱していたというのに、俺が契約を無理矢理結んでからは、大分落ち着きを取り戻している。
何故だ?
別に俺は、契約にそのような効果を盛り込んだりはしていないんだが。
「先ほどは大分取り乱していたというのに、今は大分落ち着いているようだな?」
「それはもぅ、ダイチ様の御力を知って、自分がいかに矮小な存在であるかを理解したからですわぁ」
「……話が繋がらんと思うが?」
「そうでしょうか? 私はあの時ハッキリと感じましたのよ。ダイチ様の完全な支配下に置かれたという事を」
むむ。
確かに他の従魔の連中も、契約を結んだ時にはその事を自覚していた。
しかしこの女の場合は、何も説明せずいきなり……それも無理矢理やったから、気づいていない可能性もあったと思ったんだが……。
「そうか……。まあ、それはいい。それで再度質問するが、お前の本当の名前はなんだ?」
「……先ほどお答えしたハズですわぁ。それにそちらのマクイスの人達からも、名前は出ていたでしょう?」
「小賢しい真似をするな。いいか? もう一度聞く。お前の本当の名前は何だ?」
「それは…………うっ!」
俺が再度念を押して尋ねると、女は一瞬視線を逸らして何か考え事をする仕草を見せる。
その途端、女は胸を抑えて苦しそうな息を吐き始める。
「わ、たしの名前は、ナベ……リウス。ナベリウス……ですわ」
名前を言い終えると、荒くなっていた呼吸も段々と収まり、胸に当てていた手を元のようにだらんと下に下げる。
これは絶対服従の契約効果によるものだな。
明確にこうこうこれこれと定めた訳ではないが、しっかりと効果は出ているようだ。
「ふむ、そうか。ではナベリウス、いい加減その偽りの姿を解け」
「えっ……は、はあぁ?」
しっかりと俺の言葉の意味を理解していないのか、俺の指示に従っていないというのに、さっきみたいな苦しそうな様子を見せていない。
「いちいち小賢しい奴だなお前は。お前がそういう態度なら俺が剥いでやる」
この女――ナベリウスは、かなり巧妙に姿を変えてはいるが、魔民族の女ではない。
その事自体は、それこそ最初に尾行しているナベリウスを発見した時から気づいていた。
恐らくは、俺がこれまで接触した事のない魔族なんだろう。
しかし見た目は完全に魔民族と同じように見えるし、実際表層的な身体的特徴は一致している。
それはつまり、幻影などで幻を見せているのではなく、実際に表面上は魔民族と同じ体の作りをしているという事だ。
だが体の中まで全てを変える事は出来なかったらしい。
俺の"鑑定"や火星人技術のスキャン能力を使えば、体内の構造の差異や遺伝子の違い。
それに魔力波形のパターンの歪さなどから、明らかに体に細工をしている事が分かる。
どうも体内のとある箇所から、不自然な魔力の波動が全身を駆け巡っているようだ。
その魔力の波動を"鑑定"した結果、体の構造を作り変えているのはそれが原因だという事も判明した。
ならば、この魔力の波動の生み出されている場所から、原因となるものを強制的に取り除けば、元の姿に戻せるだろう。
俺はナベリウスに近づいていき、ヘソの右下部分へと触れる。
そして精密な魔力操作でもって、体内の異物を引き出していく。
「ガッ、ガガガガガガッッ……」
苦しそうな声を上げるナベリウスを無視し、強引に俺は異物を抜き出す。
体内から取り出したそれは小さな勾玉のような形をしており、取り出した今も魔力の波動を放出し続けている。
「く、う、うぅぅぅぅ…………はぁぁっ、はぁっ」
「大地……、何をしたの?」
樹里がホラー映画でも見ているような感じで問いかけてくる。
「まあ見ていな」
俺が樹里にそう返事する頃には、すでに女の異変は始まっていた。
といっても、いきなり化け物に変身するとかそういった訳ではない。
しかし明らかに顔の作りや体の構造が変化していく。
「こ、れは……。お前……はッ!!」
どうやらウィスチムは、ナベリウスの事を知っていたらしい。
……というより、その種族についてか?
アグレアスもウィスチム同様の反応を見せている。
フゥゥと大きく息を吐いたナベリウスの肌は、元の白い肌から褐色の肌へと変化している。
体つきも胸がワンサイズあがって大きくなったようだ。
そして、その特徴的な長くとがった耳。
俺はその姿に見覚えがあった。
今ではファンタジーの定番ともいえる種族。
ダークエルフの女が、そこにいた。




