第16話 暴走
「着装」
俺は魔甲機装には余り期待をしていなかったので、パパっとやってサッと終わろうと思っていた。
そして実際にやってみると、『着装』と言った瞬間から魔甲玉から魔力を吸われるのを感じた。
超科学文明っぽいものだったから、魔力を吸われるというのはちょっと予想外だったけど、そういえば火の玉を吐き出したり、水を生み出したり出来るんだったな。
てっきりその辺も超科学力でやってるのかと思ったけど、この調子だと魔力が噛んでいるのかもしれない。
ウィイィィィン……。
微かな機械の稼働するような音が響いたかと思うと、次の瞬間にはどうやら俺も無事に着装が成功したらしい。
実際に着装するときはこんな音が聞こえてくるんだな。
辺りに視線を這わすと、ここがあの繭っぽい形状をした、魔甲核の中なのだとよくわかる。
中から見ると半透明の白い殻に包まれているようで、その内側部分が薄っすらと優しく光っていて、中は困らない程度に視界が効く。
内部は結構狭いのだが、背後には繭の一部が椅子のようになっていて、座れるようになっていた。
そしてその椅子の右手側、肘掛け部分の先端には魔甲玉がはめ込まれている。
確か操作するにも脱装するにも、これに手を当てないといけないんだよな。
…………にしても、何でこんなに黒っぽいんだ?
肘掛の先にあるのが魔甲玉だとは思うのだが、着装する前までの透き通るような半透明の緑色は、どこかに行ってしまっている。
今では余りに濃すぎる緑色をしているせいか、黒っぽく見えるほどに変色してしまっていた。
まあ、いいか。とりあえずこれに手を触れて……。
と、魔甲玉に手を触れた瞬間、視界が切り替わる。
これは……、魔甲機装の目の部分から見た視界か。
さっきのオッサンが焦ったのも頷けるな。
俺の場合は通常サイズ? の四メートル級だったから、視界の高さも……まあそれなりに高くはあるけど、許容範囲内だった。
それがさっきのオッサンの場合、急に地上から七メートルだとか八メートルだかの視点に変わった訳だからな。
この魔甲機装からの視覚情報は、自分の意識で操作できるみたいだ。
自分自身の視覚を意識すれば、白い繭の中の光景が見えてくるし、魔甲玉の方に意識を集中させると、魔甲機装視点で見えるようになる。
ま、のんびりもしてられないし、後は動作テストして終わるか。
そう思って腕を曲げ伸ばししてみたのだが、そこで気づいた事が一つあった。
なんか、魔甲玉だけじゃなくて、機装の外装部分もかなり黒緑っぽい……?
ううん、これはやはりアレかなあ。
着装時に吸われた魔力。
どうも俺はガリなんちゃら機関のせいで、魔力が桁外れに多いようだ。
先ほど吸われた魔力も、俺からすれば蚊に血を吸われた程度のものだったが、それでも魔甲機装からすると、かなりの魔力を吸っていたのかもしれない。
そこで俺は一つ思い出したことがあった。
これまで他の人の着装テストでは形状にばかり意識を取られていたけど、そういえば一人だけ機装の色が濃い奴がいた。
茶髪の女子高生で、俺と同じ区分けのキガータの奴だ。
もしかして、あの女子高生も魔力が多いのか?
こうして新たな謎? の発見と共に、俺の着装テストは終了した。
これまで特徴のある機装が出た場合は、いちいちその事について説明していたライアリーだったが、俺のような外装の色が濃い程度の事は気にしていないのか、何の説明もなかった。
ま、その方が変に目立たなくていいけどな。
さて、着装テストも残るは後数人。
とはいえ、その中には問題児も混じっている。
だって、見てみろよ。奴のあの顔をさ。
明らかにさっきの恨みを晴らしてやるって顔してるぜ。
その事に気づいているのか、ストレイダー卿が兵士に小声で何か指示を出している。
こりゃあ事を起こす前に捕らえられるか? と思ったのだが、逆に兵士達はその男からは距離を取るような位置にゆっくりと移動していく。
そして問題の男は……一番最後に回ってきた着装テストを行う為、抑えきれない愉悦混じりの声で「着装!」と声を上げる。
それから内部で魔甲玉に触れたのか、魔甲機装の腕をプランプランと動かして見せ…………、突然一直線に走り出した。
「おいっ! そこのお前、止まれ! 止まれ!」
ライアリーの静止の声が響き渡るが、男は足を止める様子はない。
ただ男も同じ日本人を傷つけるつもりはないのか、それとも単なる偶然なのか。
近くにいた日本人が踏みつけられる事はなく、男の魔甲機装は目標へ向かって直進していく。
「ひゃはははっ! テメーだ……。そこの、テメー! ぶっ殺してやるっ!」
男が向かっていったのは、これまで謎の相手との窓口として熱弁を振るっていたライアリーではなく、彼の傍にいた魔術士だった。
あの召喚現場にいた魔術士集団は、あの部屋以降は姿を見かけていなかったのだが、ライアリーの傍にいる魔術士だけはずっと彼の傍を付いて回っていた。
そして、彼こそが、今暴走している男に魔法を打ち込んだ魔術士だった。
『ちょ、ちょっと! こっちに向かってきてるんッスけど!?』
『ああ、あれ多分私の方に向かってきてますね』
『ええっ!? 来てますね、じゃないッスよ!』
『ライアリー先輩。私は後輩にあたるんですから、敬語使わなくてもいいですよ』
『い、い、今はそんな事言ってる場合じゃ……』
ライアリーと魔術士がどこか呑気な会話をしてる間も、男はそちらへ駆け寄っていく。
しかし、傍から見ていて思ったけど、それほど足は速くないな?
そりゃあ四メートル近くの人型が走ってるんだから、普通に人間が走るよりは断然早いんだろうけど、どこか重々しい走りに見える。
逆にその分だけ重厚感というか、パワーの方はやばそうだ。
……なんて事を悠長に考えてる辺り、俺もあの二人と大差ないのかもしれん。
タタタタタタタタタッッ……。
そこへ石の床の上を駆けていくような足音が聞こえてくる。
それも足音一つ一つの感覚が異様に短い。
まるでタップダンスでもやっているかのような音を発し、暴走している男の魔甲機装へと向かうのは、大きな盾を手にしたストレイダー卿だ。
その動きは、先ほどの鈍重な魔甲機装の動きと比べると、サイズが小さい分かなりすばしっこく動いているように見える。
いや、見えるんじゃなくて実際に早い。
百メートル走の世界記録保持者も真っ青な速度で、暴走男へと接近したストレイダー卿。
魔甲機装の足元まで近づくと、そこから強く地を蹴って跳躍し、まるで裏拳をかますかのように、大きな盾を魔甲機装の横っ腹に叩きつける。
ジャギイイィィィン、と甲高い金属音が響き渡ると、身長二メートルにも満たないストレイダー卿が、全高四メートル近くある金属で出来た魔甲機装を吹っ飛ばしていた。
余りの人間離れしたアクションに、その場にいた地球人は唖然とする。
吹き飛ばされていった魔甲機装は、部屋の壁にぶつかって大きな音を立てている。
そして少しすると、『脱装』の声もなしに、魔甲機装が解除されていく。
その様子を見て取った兵士たちは、すぐさま倒れて意識を失っている男の下へと駆け寄っていき、近くに落ちていた魔甲玉を回収した。
それから今度はしっかりと体を拘束され、どこかへと連れ去られて行く。
地球から召喚された人たちは、それを黙って見ているしかなかった。




