第151話 隠れていた女
俺は暖炉の中で隠れていた女の胸倉を掴む。
そして隠れ潜んでいた暖炉の中から、表へと引っ張り出す。
最初からあの暖炉の中に女が潜んでいる事には気づいていた。
男への尋問の途中、透明な何かを飛ばしてきた事にも勿論気づいていたので、男を脅すついでに握りつぶした。
咄嗟にやってしまった事だが、どうやら毒なども塗られていなかったようなので、素手で握り潰しても問題はなかったようだ。
しかしあんなあっさりと身内を始末しようとするとは、闇の深そうな組織だな。
「えっ……。その人、そこの暖炉に隠れてたの?」
「ああ。なんか魔導具らしきもんで偽装していたようだが、俺の目は誤魔化せん」
暖炉の外へ引っ張り出された女は、酷い有様だった。
涙やら鼻水やら……、とにかく体から出せる液体を大放出しつつ、股をおっぴろげたM字開脚のような姿勢で呆然と虚空を見つめている。
そして上半身はトップレスの状態だ。
どうやら先ほど引っ張り出した拍子に、水着のような胸当て部分を引きはがしてしまったらしい。
「あの、大地さん……。その女どうするんッスか?」
女のあられもない姿を見て、根本は少し困惑した様子だ。
樹里も口には出さないが、根本と同じような反応をしている。
この二人も、俺が室内に侵入した時の様子を見ていれば、もっと違った反応を見せたかもしれん。
その二人と比べ、従魔達はそういった戸惑いは浮かべていない。
直前の状況を知っていようといなかろうと、命令があればあの状態の女でもすぐ殺しにいく事だろう。
だが、俺はおかしくなった男の方はともかく、この女は一先ず殺すつもりはない。
「こいつには話を聞きたいんだが……、今はまともに話せそうにないな」
初めは警戒していたんだが、この女もさっきの男程ではないがショックで大分おかしくなっているようだ。
先ほどから取り留めもない言葉を繰り返している。
「嘘よぉ、ねえ。これは嘘……夢なのよねぇ? だれかぁ……、嘘だといってよぉ……」
精神魔法を使用した訳でもないのに、なぜこうまで衰弱しているのか。
理由は分からんが、とりあえず余計な事をさせないようにする為、無言で近づいていく。
「ひっ、ひぃぃぃぃっ!!」
酷く怯えた様子の女に、俺は無理矢理契約を施す。
内容としてはヴァル達にやったのと似ているが、こちらは有無を言わさず俺に従うように条件づけてある。
ヴァル達の契約では強制はできないが、この女に刻んだ契約なら自害を命じても迷うことなく実行するだろう。
「あっ、あっ、あっ……」
何も言わずに強制的に契約を結んだだけなんだが、女は途端に先ほどまでの茫然自失といった表情から、安堵したような表情へと変化していく。
なんだ? 突然表情が変わりすぎて気持ち悪いぞ。
「……お前はそこでジッとしてろ。余計な事はするなよ?」
「コクコクコクコクッッ」
俺が命令すると、首が取れるんじゃないかって勢いで激しく縦に振る女。
「沙織!」
次に俺はアイテムボックスから、女物の服を何着か適当に取り出して、沙織に渡す。
さっきは咄嗟だったから外套を渡したが、ちゃんとした服の方がいいだろう。
「サイズが分からんから何着か出しておいたが、適当に着てくれ。そこの女が隠れてた暖炉なら、人目にも付かないだろう。樹里、お前も付いていってやれ」
「……うん、わかったわ」
改めて沙織の姿を見て、初めてどういう状態だったのか気づいたんだろう。
樹里が深刻な顔をして沙織と二人、暖炉へと消えていく。
「根本やヴァル達は、この邸宅内にいる奴らを捕らえてきてくれ。抵抗するようなら殺しても構わん」
「……了解ッス」
「あいあいさー!」
全員に指示を出し終えると、俺は一息つく。
今この部屋に残っているのは、暖炉に着替えにいった沙織と付き添いの樹里。
それから俺とウィスチムの他には、狂った男と命令通りジッとしている女だけだ。
「ダイチさん……」
黙っていると、ウィスチムが声を掛けてきた。
その声にはハリがまったくない。
というより、こいつの元気な声ってあまり記憶にないな。
「なんだ?」
「これから……どうするつもりなんですか?」
「それは、根本達がこの屋敷の連中を捕らえてきた後の尋問次第だな」
「あの、私達は本当に、あなた達に敵対するつもりはないんですよ?」
「別にその言葉を疑っている訳じゃあない。ただ俺を止めたいなら、もっと仲間の鬼族や国内の不穏分子をしっかり抑える事だ。今後同じような事があったら、同じようにやり返すぞ」
「しょ、承知しております!」
それっきりウィスチムは黙り込み、また沈黙の時間が流れ始める。
少しすると、暖炉の中から樹里と沙織が戻ってきた。
少しサイズが小さめな感じではあったが、沙織もしっかり服を着用している。
「大地、着替えは終わったわよ……って、まだその女オッパイ丸出しなの!?」
俺がジッとしてろって命令をしたもんだから、女はM字開脚のトップレスの態勢を維持したままだった。
……これは別に俺の趣味って訳ではないぞ。
「フンッ、この女にはこれでいいんだよ。お前だって沙織の様子……見ただろ?」
「……っ、それも……そうね」
ボロボロになった沙織の服の様子と、俺が速攻で片付けたこの部屋にいた男達の死体を見れば、樹里もこれ以上強くは言い出せない。
「あの……ありがとう、ございました……」
黙りこくった樹里に代わり、沙織がポツッと口を開く。
見た感じだと、意志の強そうな目はそのままに、少し落ち込んでいるように見える。
最悪な事態にまではなってなかったが、それでも普通の女性にはキツイ仕打ちを受けていた沙織。
だがその事が原因で落ち込んでいるのではなく、別の原因で落ち込んでいるように俺には感じられる。
しかし今この場でその事を尋ねるのは場違いだろう。
とりあえず深刻な精神的ダメージを負っている訳ではなさそうなので、沙織とは落ち着いた所でまた今度話をしよう。
「親分! 三人程捕まえてきたっす! 他にも二人程いたんっすけど、抵抗したのでぶっ殺しておいたっす」
「某は二名ほど捕らえてきた。どうやら広い屋敷の割には、中に詰めている者は少ないようだ」
最初の部屋で待っていると、次々に従魔達が捕虜を引き連れて戻ってくる。
捕らえられた連中は全員魔民族のようで、他の種族の奴は混じっていない。
「あれ? もうみんな帰ってきてたんッスか?」
最後に根本が六人程、数珠繋ぎのようにして捕虜を連れて戻ってくる。
俺の探知ではまだ他にも生き残ってる奴がいるようだが、まあこんだけいれば情報は取れるだろ。
「根本、捕らえてきた奴はそっちに並べとけ。これからこいつらに話を聞いていく」
最初の男は加減を間違えてしまったが、こんだけいれば調整も出来るだろう。
ただまあ最初は精神魔法を使わずに、普通に話を聞いてみるか。
そうして俺はマクイスとやらの関係者への尋問を始めた。




