第150話 侵食する恐怖
黒髪の女は、このような状況だというのに全く騒ぎ立てることもなく、冷静な目で辺りを見回していた。
これは……厄介そうね。
「ご苦労さまぁ。無事に捕獲出来たようねぇ」
「いえ、それが捕らえる際にハンスの奴が投げ飛ばされまして……」
「投げ飛ばすぅ? 糸でしっかり拘束してあるんでしょぉ? それに鉄鎖も付けているみたいだしぃ」
「それが、糸で縛り付けただけでは動きを完全に止める事が出来ず……」
「えぇぇっ? その状態で動けたっていうのぉ?」
「はい……。なので四人がかりで取り押さえて鉄鎖を付けて、それでようやく運べるようになったんです」
あの状態で体を動かせるって、まるでガストン並じゃなあい?
念のために鉄鎖も渡しておいて正解だったみたいね。
「そう、よくやったわぁ。とりあえず、鉄鎖の数を更に増やしておいた方がいいわねぇ」
今は右手にだけ鉄鎖がついているけど、部下に命じて更に左手と両脚にも同じものをつけさせる。
効果は同じものだけど、複数つければデバフの効果も高まるわ。
これなら例えあのガストンでも、そこらの赤鬼と同レベル位には弱められるハズ。
「後は連中とガストンの部下を鉢合わせさせるだけでやすね!」
「それもそうなんだけどぉ、このままだとインパクトが薄いのよねぇ。あ、ガストンとその女の仲間の所への伝令、お願いねぇ」
私は女を捕らえてきた部下たちに、今度はメッセンジャーとしての指示を出す。
すると戻ってきたばかりだというのに、「了解!」と小気味よく答えると、再び部屋を出ていく。
捕らえられた黒髪の女は、女の私が見惚れる程に綺麗な顔立ちをしていた。
本来の私も美人系だとは思うんだけど、この子とはタイプが違うのよねえ。
私はどちらかというと色気で勝負というかあ……って、そんな事はどうでもよかったわね。
「インパクト……でやすか?」
部下たちが部屋を出ていくと、小声でファズルが問いかけてくる。
「そうよぉ。両者が鉢合わせた時、この女がボロボロの姿になっていた方が、連中の怒りを誘えるじゃなあい?」
「それもそうでやすね! では早速やらせておきやす」
ファズルは私の言う事に素直に従って、仲間達を呼んで指示を飛ばしていく。
「…………」
黒髪の女はそんなファズルと私を、あの冷静な目で見つめている。
まさか……さっきの聞こえてなかったわよねえ?
流石に魔導具までは使っていなかったけど、女からは距離も大分あるし、小声で話していたから聞こえていたとは思えない。
でも、あの視線は少し気になるわ……。
けど女のその視線も、ファズルとその部下たちによる拷問のような行為によって、視線を向ける相手が変わっていく。
……それにしても、あれだけハチャメチャやってるのに、傷が少ないわねえ。
私にはよく分からないけど、あれもプラーナを使っているのよね。
でもファズルに同じ事をさせたら、今頃はもう虫の息になってるんじゃないかしら?
だというのに、あんな仕打ちを受けてなお彼女は平然としている。
「ッ!」
ちょっ……。
今一瞬目が合っちゃったんだけど、すんごい背筋がゾクッとしちゃったわ。
なんなのよ! もうっ!
「ハァァァッ、姉御。あの女、とんでもねーでやす! あんだけ痛めつけてやったのに、全然堪えやがらねえ!」
そんなの見てればわかるわよ。
拷問する側が疲れ果てるって、一体どういうアレなの?
「もう……それくらいでいいわぁ。それなりにダメージは入ってるようだしねぇ。それよりも、そろそろ私達も屋敷内の配置に着くわよぉ」
「ヘイ、分かりやした! それじゃあお前ら、女を痛めつけるのはその辺にし――」
ファズルが最後まで言葉を言い終える前。
私は突然体を貫くような強烈な魔力の波動を感じ取る。
「――っ!?」
直後、部屋の壁一面が吹き飛び、外の光が部屋の中へと差し込んでくる。
信じられない事に、今の一瞬で壁から天井にかけて全て吹き飛んでしまったみたい。
天井からは崩れた石の破片などが、パラパラと落ちてくるのが見える。
「なっ、なんだああああぁ!?」
「気をつけろ! 瓦礫が降ってくるぞ!」
ファズルや部下達の慌てた声を聞きながら、私の体は暖炉の方へとひた走っていた。
自分でもどうしようもない、強い本能によって咄嗟に取ったその行動は、どうやら正解だったようね。
壁が崩れてからさして間も開けず、その男は吹き飛ばした壁の外側から部屋に入ってきた。
あれは……リーダー格の男!
周りには他に誰もおらず、一人キョロキョロと室内の様子を窺っている。
もしかしてさっきの魔法も、この男が使用した?
あのもう一人の女以外に、これほどの魔法を使える奴がいたというの!?
次々と疑問が湧き上がっていくけど、それを解消する前に更に新たな疑問が湧き上がってくる。
「いよおおおう、こんな所で出会うとはなああ」
男がそういった直後、部下の男達の首が正反対の方向に捻じ曲がる。
ちょっと! 今のって何したの!?
魔力……は感じなかったから、もしかして念動術!?
確かにもう一人のしょぼい魔民族の男は、念動術で剣を飛ばして動かしていたそうだけど、あのリーダー格の男も念動術の使い手なのかしら?
え、でも、魔法も使うのかもしれないのよね?
混乱する私の目に、あっさり呪縛の鉄鎖を取り外していく男の姿が映る。
部下の男達から鍵を回収している素振りもなかったし、どうやって……?
などと思っていたら、男は何かに気づいたようで無手の右手で空を切るような仕草をする。
「!?」
すると、必縛の拘魔糸から出ていた魔力の糸があっさり断ち切られ、黒髪の女を縛っていた糸も解けていく。
何!? 何よ、アレ!!
あんな真似、私にだって出来ないわよ!?
次々と訳の分からない状態が続いて頭がフットーしかけた私だけど、ファズルと男が話を始めた事で、少し落ち着く事が出来てきた。
あの男の仲間もようやくこの場に到着したようね。
ほら? 冷静に事態を判断する事が出来ているわ。
……そう、私はとても落ち着いている。
だからあの男の身体から吐きそうになる程の、濃密な魔力の塊が発せられても私は落ちついている。
何故だか視界にもやがかかって良く見えなくなってきたけど、私は落ち着いている。
この世の終わりのような大きな音が聞こえてきたり、強烈な光が私の目を焼いてしまったけど……うん、大丈夫。
私は落ち着いてるわ。
私は……私は…………。
あら?
地震かしら?
急に激しい揺れが私を襲う。
これもあの男が何かしたのかしら?
それに何だか、体中がビシャビシャ濡れているようだわ。
特に下半身部分が酷いわね。
そんな事より、今は集中……しないと!
私の命は、ファズルとあの男の会話に掛かってる。
「――じゃあ聞くが、なんでお前は前の町からこの街に来るまでの間、俺達をずっと尾行していたんだ?」
……えっ?
私達の尾行が、バレていた?
え、エルヴェツィオの部下よりも、更に距離を取っていたのに!?
ここまでの話の流れを聞いて、反射的にマズイと思った私の体は、またも勝手に動き出す。
ブレスレットから吹き矢を取り出した私は、それをファズルへと向けて吹いていた。
これも魔導具の一種で、この吹き矢から放たれた矢は、相手が身を躱そうとも追尾する機能がある。
そして今私が吹いた矢は、透明な針のような矢で視認しにくい。
おまけにワイバーンの毒を濃縮して作った毒が塗られているので、鬼族であろうと少し掠っただけでも死に至らしめる。
それをリーダー格の男ではなく、ファズルに向けて放つ。
透明である為、吹いた私にも吹き矢がどこを飛んでいるのか掴めない。
……だというのにッ!!
あの男はいとも簡単に掴めてしまっていた。
それも手で物理的に。
死角にいる、私が放った、透明な矢を、何事も、なかったかのように!
ファズルの頬を引き裂いたあの手刀が、実際に吹き矢を掴んだのか、或いは叩き落としただけなのかは分からない。
けれど現にファズルは猛毒で苦しむ様子はないし、それはあの男も同じ。
ハァッハァッハァッ……。
だ……め。
だんだん、私の平常心……が、どうにかなりそう……。
それ……に、ファズルの様子も、おかしい……わ。
あの男が……ファズルを叩くと、まるで壊れたオモチャのように……。
さっき一瞬魔力を感じたけど、あれは……なんなのッ!
今、私が……平常を保てないのも、あの男が、何か……した?
「マッドゥグゥーでぇ、ぬっすみぎきぃぃぃぃぃぃぃぃッッッ!!」
ひ、ひぃぃぃぃっ!?
なによ……なんなのよ!?
すっかり狂ってしまったファズルに、私の心は張り割けそうになる。
けど、次の瞬間、私の心臓が止まった。
「そうだな。とりあえずは、答えを知ってそうな奴から話を聞くとしようか」
その声の直後、私の胸当てを、男が掴んでいた。




