第142話 大行列
ボルドス最初の町を出てから街道沿いに数日。
赤鬼を中心とする賊に更に四度ほど襲われ、全てを返り討ちにしてきた。
最初の二回の襲撃の後はしばらく音沙汰はなかったんだが、目的地が近づいてくると、急に賊の密度が高くなったのだ。
「やっぱ賊も街から近いほうがやりやすいんッスかねえ」
などと根本が言っていたが、街から近い場所で襲えばより足がつく可能性は高まる。
といっても、襲われたのが鬼族以外の種族なら大した罪にもならないのかもしれない。
アグレアスに聞いてみたが、そこまで詳しくは知らないようだった。
ともあれ、無事に到着したアントレアの街はとても大きな街だ。
これまでこっちに来てから見てきた街の中でも、一、二位を争うレベルだろう。
「アグレアス。ここは別にボルドスの首都という訳ではないんだよな?」
「うむ。ここはボルドス南東部では一番の規模だが、王都はここ以上の規模だ」
「うわあ、すんごいっす。人めっちゃ多いっす!」
ヴァルはこの一つ前の町でも最初かなり騒いでいたが、この街は更に数倍といった大きさがある。
街全体を囲う二十メートル以上はあろう街壁。
内部はかなりの広さがあるというのに、それをあれほどの高さの壁で覆っているとか、一体どんだけ労力と時間をかけたんだ?
見る者を圧倒する街壁の外側には、粗末な家がずらりと層となって壁を囲っている。
遠目から見た感じ、そこに暮らしているのはやはり魔民族やゴブリン、コボルドなどの戦闘力が低いとされる種族が多い。
壁の中にどれくらい人がいるのか分からんが、壁の外だけでも相当な数の人が暮らしていそうだ。
「すっごい人が並んでるわね」
遠目に街を確認してから移動する事二時間。
俺達はようやく、街壁の周りのボロ家が立ち並ぶ通りを歩いていた。
少し先には、まだ門まで距離はあるというのに長蛇の列がある。
「前の町では簡単に中に入れましたけど、やっぱ普通は違うんッスね」
「いや……儂が前にこの街を訪れた時はこんな感じではなかったのだが……」
アグレアスが、うーんと髭をさすりながら唸っている。
見た感じ、某夢の国の人気アトラクションに並ぶ人の列のように、何時間待ちとかいった感じで人が並んでいる。
それも列の進みが遅いので、中に入るのに数時間どころか一日以上かかるかもしれん。
「どうします、親分? 全員ぶっ飛ばして中入るっすか?」
「ううむ。それもいいかもしれ――」
「大地! アンタも日本人ならもっとキョーチョーセーを見せなさいよ!」
「んああ?」
おおよそ樹里の口かららしくない言葉が飛び出し、俺は間抜けな声を上げる。
協調性って、お前が指摘できるもんじゃないと思うんだが。
「そッスよ! せっかく最初の町では暴れなかったんですから、今回も大人しく行きましょう。大人しく……」
むうう、根本もか。
二人にそうまで言われ、俺は仕方なく列の最後尾に並ぶことにした。
しかしこうも人が多いと判別が難しいな。
交代でもしたのか、ここまで俺達を尾行してきた奴が一人、いつの間にかいなくなっているし。
そうして列に並ぶこと数時間。
すっかり日は落ちてしまい、それと同時に門も閉ざされてしまう。
列に並んでる奴らは皆その場で野宿するようで、そうした連中を相手にこのボロ家に住んでる連中が食料を売りさばいたり体を売ったりしている。
「ちょっと……な、なんでそこらで盛ってるのよ!」
用心棒役の沙織と一緒に用を足しに行っていた樹里は、帰って来るなり顔を赤らめながら文句を言う。
どうやらそこら中でそうした行為が行われていたそうだ。
それを聞いて俺も確認してみたが、実際はそこまであちこちで行われてる訳ではない。
ただ樹里も他の皆も、ナノマシンによる肉体改造によって聴覚が大分強化されている。
そのせいで遠くの声までよく拾ってしまうんだろう。
ちなみに沙織は樹里とは違い、凛とした表情を崩していない。
まるで周囲で行われている事を、虫の交尾とでも思ってそうな顔だ。
「他にヤル事がねーんだろ。こんな原始的な場所ではアレが立派な娯楽の一つってこった」
「ううーーー、それにしてもおお!」
耳をすませば聞こえてくる嬌声に、落ち着かない様子の樹里。
こんなもん、沙織みたいに虫の鳴き声とでも思っておけばいいのに。
いやまあ沙織が実際どう思ってるかはしらんけども。
しかしそれから少しして、虫の鳴き声がすぐ近くで聞こえてきた。
そのコトが始まる前のやり取りは、俺の耳にも入っている。
だからこういう展開になる事は予想出来ていた。
「おう、運がいいぜ俺ぁ。前に並んでた魔民族の女も上物じゃねえか」
俺たちの列の後ろに並んでいた、魔民族の女を犯していた鬼族の男が声を掛けてくる。
ソイツは周辺のボロ家に暮らす連中ではなく、わざわざ列に並んでいた奴を物色していた。
そしてコトを始める前に、女の持ち主と思われる鬼族の男に金を払って女を買っている。
男は仕方なしといった様子で金を受け取って、女を渡していた。
後ろに並んでいた鬼族は、鬼族の中でも戦闘力が最も低いとされる黄鬼であり、相手の鬼は赤鬼の進化先である戦闘力に優れた黒鬼だった。
力至上主義な一面が強い鬼族の間では、こうした力による格差が鬼族同士でも起こっているらしい。
「おい、てめぇら。こっちにも良い女がいるぞ」
「マジっすか兄貴!」
黒鬼の声に釣られて、同じように女を犯していた配下らしき赤鬼連中もこちらに集まってくる。
「はー、確かに良い女だけど二人だけッすか?」
「てめぇらこれまでも散々ヤッてきただろうが」
「そん位でタマ切れするような奴はいやせんぜ、ギャハハハハ!」
はぁ……。
なんとも低俗な連中だな。
今では樹里達も魔族語を理解出来るので、奴らが言っている言葉もすっかり通じている。
沙織は剃刀のような鋭い目で鬼共を見ているし、樹里は羞恥とは別の意味で顔が赤らみ始めていた。
「おい! お前らの飼い主はどこだ?」
「ロレイはそこの黒い奴を。他の連中は周りのを」
俺は黒鬼の質問には答えず、仲間へと指示を出す。
「生死の程は?」
「殺って構わん。ただそこの黒鬼はそれなりにやるから気をつけろ」
「ああん? お前ら一体何を……っ!?」
黒鬼が言い終える前に、ロレイの槍の一撃が奴を襲う。
他の皆もすっかり慣れたもんだとばかりに、戦闘態勢を整えていく。
「沙織はいつも通り補助に回ってくれ」
「はい」
俺も沙織もこの程度の相手では過剰戦力だからな。
樹里達に実戦経験を積んでもらうためにも、戦闘の時は沙織には大体フォローに回ってもらっている。
こうしてすっかり陽も暮れ、多くの観衆が様子を見守る中、俺達の戦闘は始まった。




