第137話 鬼族との初対談
「話に聞いていたのは、ギルガの首都を魔法一つで壊滅させたという報告だけだったが……、どうもそれ以外も普通ではないのだな」
「ウィスチムから報告を受けておきながら、俺を試したのは何故だ?」
「た、試したなどと……それは誤解というものだ。鬼族の中でも赤鬼や黒鬼は力に優れている故、強さというものが大きな価値基準となっている。先ほどのアルチョムの行動も鬼族のそうした気風によるものなのだ」
「御託はいい。俺が来る事を知っていたなら、事前に言い聞かせるなり席を外させるなり出来たはずだ」
それを怠ったという事は、黒鬼を俺にぶつけて力を試そうという目論見があったとも取れる。
ただのミスだとしても、それはこいつの采配ミスだ。
「はわわわぁぁぁっっ……」
俺が魔力を右手の先に集めていくと、紫鬼は更に顔色を変えていく。
「ちょ、ちょっと大地! その魔力……は……」
しかしよく見ると、樹里や従魔連中も顔色を変えている事に気づく。
魔力の弱い根本ですら、額にびっしり汗をかいている程だ。
「……この魔力を攻撃魔法につぎ込んでほしくないのなら、下手な真似はするな」
「しょ、承知したあああああッッ!」
紫鬼の返事を聞き、俺は右手にギュッと集めた魔力を……魔力を…………どうしよう?
「なあ樹里。この魔力、どうしたらいいと思う?」
「そんなの知らないわよ! 自分でやったんだから自分でどーにかしなさい!」
至極当然な事を言われてしまった。
樹里から正論を言われると、なんともいえない気持ちになってしまう。
「少し寒くなってきた事だし、暖房をつけるか」
俺は勢いで凝縮させてしまった魔力を、火魔法として発散させる事にした。
町の中央部上空へと向けて、俺は小さな太陽をイメージしながら魔法を放つ。
すると早速小さな光球は、晩秋の肌寒くなっていた町の空気を温めていく。
「これでいいな。丁度そこの壁がぶっ壊れて肌寒くなっていたから丁度良かったな」
「は、はは……そうですな……」
頷きながらも目が泳いでいる紫鬼。
最初に見たときは胡散臭いオッサンだと思ったが、今ではただの下っ端のような感じに見えてくる。
「んで、結局俺らをここに呼んだ用事ってのはなんだ?」
さっさと用事を済ませて、こんな所はおさらばしたい。
ミルワの串焼きだってまだ食ってないしな。
「その事なのだが……、本題に入る前に自己紹介をしておこう。私の名はエルヴェツィオ。このボルドスで将軍職を務めておる。そして既に知っておろうが、そこの黒鬼はこの町の長であるアルチョムだ」
アルチョムは最早完全に戦意を失っており、床に跪いたまま立ち上がろうともしない。
エルヴェツィオという将軍の男は、少し立て直したのかまた口調が戻っている。
「さ、先……ほどはしししし失礼した! 俺がアルチョムだッ……です」
おうおう。
借りてきた猫とはこの事を言うんだなって感じだ。
こちらはもう、俺が体を少し動かすだけでもビクンッ! ってなるほど緊張している。
「私は最初に名乗った通り、ウィスチムといいます。ギルガでの調査を任ぜられていました」
その他にもこの場には二名の鬼がいたが、それぞれエルヴェツィオとアルチョムのお付きの者だそうな。
軽く紹介だけを受け取る。
「あー、俺は大地。見ての通り人族だ」
自己紹介を終えた鬼達が縋るような目線を送ってきたので、こちらも自己紹介をしていく。
「――お前達四人が人族……、それも帝国の者ではなく東のノスピネル王国から来たという事か」
俺達四人と従魔達の紹介を軽く終えると、納得していないという顔でエルヴェツィオが話を纏めた。
「信じていないのか?」
「い、いや、そうではない。お前達……特にダイチが人族というのは、その……間違いはないのか?」
なんだ?
本人を前に失礼な事をいう奴だな。
「何故そんな事を尋ねる。どこからどう見ても人間そのものだろうが」
「確かに、その、見た目はそのようだな……」
「気になる言い方だなあ、おい」
俺が少し不機嫌に文句を言うと、エルヴェツィオは慌てて声を上げる。
「け、決して他意がある訳ではない! しかし先ほどの魔力は高位の吸血鬼を彷彿とさせるものだったので、つい……な」
「……またそれか。ギルガのゴブリンエンペラーもそんなような事言ってたなあ。黄昏の吸血姫だっけかあ?」
「黄昏の吸血姫の存在は、それだけ一部の魔族にとっては大きな名なのだ。それより、ゴブリンエンペラーというのはギルガの王の事で相違ないか?」
「エンペラーだというのに王というのも妙な感じだが、間違っていない」
「……して、奴はどうなった?」
「残っていたゴブリンキングと共に襲い掛かってきたが、まとめて返り討ちにした」
「そうか……。やはり……」
そうやって考えに耽っている姿はダンディー感が漂ってくるな。
まあこれまで散々取り乱したエルヴェツィオを見ているので今更だが。
「あの……ひとついいですか?」
エルヴェツィオがウンウン唸っていると、代わりにウィスチムが手を上げる。
「なんだ?」
「ゴブリン達は個の力は大したことありませんが、数が多いのが厄介です。ですが私がギルガグロスに到着した時、すでに街中にゴブリンは皆無でした。その割に街には破壊の形跡などもなかったのは、どういう事でしょうか?」
「さあな。ただ、奴らは俺達がギルガグロスに向かっているのを察知していた」
「と、言いますと?」
「ギルガグロスに着く直前、十万以上のゴブリンの大軍に襲われた。そん中に街の住民も混じってたんだろう」
なんせゴブリンは、生後半年から武器を持って戦えるらしいからな。
外敵が現れると一致団結して襲い掛かってくる点が、人族とは異なる点だ。
「それで……その軍勢はどうなったので?」
「蹴散らした」
俺が簡潔に告げると、驚きはしつつもやっぱりなという反応をするウィスチム。
ここで考えがまとまったのか、エルヴェツィオが話に加わってくる。
「ギルガでの話は承知した。……それで、ボルドスにはどのような用件で訪れたのだ?」
「ここはただの通り道だな」
「通り道とな」
「俺達の目的は西にあるという帝国だ。ギルガも別に奴らに打撃を与える為というより、通り道のついでにノスピネルの敵対勢力をしばいただけに過ぎん」
「だったら敵対しなければ我が国を襲う事はないと?」
エルヴェツィオの声に安堵が混じり始める。
「そういう事だ。まあゴブリンは手ごたえがなさすぎて、いまいち暴れ足りないが……」
「わ、我々はダイチに敵対するつもりは微塵もないぞ!」
慌てて手を振るエルヴェツィオ。
別に脅しをかけたつもりはなかったんだが、こうも態度が豹変すると面白い。
ちょっと根本気を感じてしまう。
「俺も今は無闇矢鱈に暴れるつもりはない。話はこれで終わりか?」
「そうだな……。まだ話したい事はあるが、これ以上引き留めて暴れられては元も子もない。とにかく積極的に敵対する意思がないと確認は取れたので、もうここを離れてもらって構わない」
そこまで言って、グッと言葉を飲み込むエルヴェツィオ。
予想するに、「出来ればこの町から早く立ち去ってくれ」とでも続けるつもりだったんじゃないか?
「という事だ。んじゃあ皆、さっさとこんなとこを抜けようぜ」
「やれやれね」
「うぃっす。そんでここ出てどうするんっすか?」
結局最後まで立ち上がる事のなかった、この屋敷の主であるアルチョム君を背に、俺達は悠々と屋敷を去っていった。




