第127話 準備期間
元々俺たちの次の目的地は北西にあるという鬼族の国ボルドスだったが、その予定は結局そのまま継続という事になった。
ボルドスへは、ここギルガグロスから北西に進めばいいそうだ。
しかし行き先は決定していたのだが、俺たちはしばらくこのギルガグロスに留まる事になる。
というのも、どうせならここで準備をもう少し整えていきたいと思ったからだ。
【わたしは、かれを、すくいたいと、おもいました】
「ぐーーっど! では次読んでみて」
「えーと……、【だからわたしは、するどいけんをしんぞうにつきさして、かれをすくってあげました】……って、全然救いじゃないじゃない!」
やれやれ……。
どうも樹里にはこの崇高なる考えが理解出来ないらしい。
仕方ないので、簡単に説明を加える。
「甘いな樹里よ。時にはこの世知辛い世の中から解き放ってやる事こそが、唯一の救いとなる事もあるのだ……」
「あるのだ……じゃないわよ! 例文を用意するなら、もうちょっとマシなのにしてよ」
「何をいう。せっかく俺が実戦的な例文を用意しているというのに」
「こんなセリフ、使う場面なんてないでしょ!」
「そんな事はないぞ。【ヴァルよ。さっきの言葉は、実際に俺がお前に使ったセリフだったよな?】」
【えっ……、そうっすね……。あの言葉には正直痺れたっす】
「ほらな? ヴァルもこう言っているぞ」
まだ完全に魔族語を理解出来ていない樹里だが、今のヴァルの言葉位なら意味が分かる程度に上達している。
「……ちょっと大地との今後の付き合い方を考えた方がよさそーね」
「心外だなあ。根本だったら分かるよな?」
「え……。い、いや、そうッスね……」
「ほらあ。根本だってこう言ってるぞ?」
「そーね」
素っ気ない言葉を返す樹里。
そこへ沙織も加わってくる。
「私は大地さんの仰ってる事に間違いはないと思っています」
ぐっ!
なんか沙織に肯定された途端、自分が間違ってる気がしてくるのは何故だ……。
【それにしても、二人共大分言葉を覚えてきたっすね】
【うむ。某はこの言葉しか知らぬが、未知の言語を覚えるのが難しいという事は分かる】
【二人が上達してくると、教えてるぼくらとしてもなんか嬉しいですね】
これまでの旅の途中に魔族語を教えていた事と、ナノマシンで脳機能を強化している事。
更には身の回りに魔族語を話す奴らがいるとなれば、短期間での上達は必然とも言える。
だが彼ら従魔達からすると、樹里達は頭がいいと思われてるようだ。
ちなみにすでに沙織の方は、ほぼ完ぺきに魔族語を使いこなすことが出来ていた。
少なくとも片言しか喋れないノーマルゴブリンよりは、よっぽどまともに話せる。
【グシオン。感心ばかりしてないで、お前達の戦闘訓練の方も気合いれてけよ?】
【はい! 最初はきつかったですけど、最近は色々な武器を試すのが楽しくなってきた所なんです】
アグレアスの奴は、結局自分でこさえたメイスをメイン武器に据えた。
一方グシオンは、どんな武器でもそつなく器用にこなすので、本人の願いもあって色々な武器を試させている。
【しかし、そろそろ使う武器を絞ってきてもいいんじゃないか?】
【そうですか? ううん、それなら短剣と投擲武器……。それから、槍ですかね】
【なら早速お前用の武器を作ろうか。あ、それともアグレアスに頼むか?】
【あー、ええっとそれなら短剣と投擲武器はお願いします。槍は親方に頼んでみます】
【ほいきた!】
すでにこのギルガグロスに滞在してから、一か月以上が経過している。
各自の習熟度からして、ここを発つ日もそう遠くはない。
今の内から装備を仕込んでおかないとな。
【じゃあ工房に行ってくるついでに、俺が伝えておいてやるよ】
【え、でも武器を作ってもらうのはぼくの方ですし、ぼくが顔を出さないと……】
【いーからいーから。お前はこのあと訓練だろう?】
今は朝食の最中なのだが、アグレアスの奴は昨日から工房に篭って作業を続けている。
アイツの事だから食事も碌にとってなさそうだ。
【あの、それじゃあ……よろしくお願いしますね】
グシオンは、コボルドグッドというクラスらしい。
コボルドの中でも相当珍しいクラスらしく、コボルドロードやコボルドナイト程の戦闘力は持っていない。
けど、それらのクラスに次ぐ位の強さは持っている。
しかしそういった戦闘能力云々よりも、魔族とは思えない程の人の好さが、コボルドグッドだる所以なのかな? とか思ったりする。
魔族の進化については未だに分からない事が多いが、当人の性格によって進化するクラスに影響を与える事も十分ありそうだ。
そんな事を考えながら、朝食を終えた俺はアグレアスの下へと向かう。
今は元々の自分の工房で、俺が頼んだものを作ってもらってる所だ。
頼んだのは数日前だが、そろそろ幾つか出来上がってる頃だろう。
【おーい、調子はどうだあ?】
工房に近づくにつれて、作業の音が聞こえてくる。
まだ朝早い時間だが、すでに制作活動を行っているようだ。
【おう、すでに幾つか頼まれたもんは出来てるぞお。邪魔になるから早く回収してってくれ。物は店の方に置いといた】
俺は店舗を通らずに外側から直接工房へと向かったんだが、どうやらブツは店の中らしい。
言われた通り店の方に向かうと、中には所狭しと俺が注文した品々が置かれていた。
「ううーむ。この短期間にも関わらず、かなりのクオリティーだな!」
そこにはベッドやらタンス。
椅子に料理道具。
その他雑貨など色々な品物が積まれている。
そのどれもが短期間で拵えたとは思えないほどの出来で、俺はすっかり満足した顔をしながら、それらをアイテムボックスに収納していく。
「おお? これも作ってくれていたのか!」
それは金属のスプリングが仕込まれたマットレスだ。
流石に数は人数分揃っていないが、ここにあるだけでも三つは完成していた。
試しに横になってみると、程よい弾力が体に返ってくる。
「こいつぁーいいぞ!」
なんとなくの構造しか伝えていなかったのに、この出来は大したもんだ。
こりゃあ鳥を狩りまくって羽毛布団も作ってもらいたくなるぜ。
他にも色々と、俺がなんとなくで伝えたものが幾つか置かれている。
中にはちょっと伝え方を間違えたかな? というものまで存在したが、思ってた以上にしっかりとしたものは他にもあった。
それらを全て収納し終えた俺は、再度工房へと顔を出す。
【いやー、たいしたもんだ! 俺のあやふやな知識だけで、よくあれだけのもんが作れたな】
【フンッ! ラミアやケンタウロスならともかく、同じ人型の種族が使うものなんだ。あれだけ説明をしてくれりゃ、再現するのも訳ないって事よ!】
【特にあのマットレスと爪切りはかなり出来が良かったぞ】
【その二つか……。正直マットレスってのぁ、かなり再現に時間がかかっちまったんだがな。それでも、どうにか仕上げてやったぞ】
俺が最初に頼んだ時に、なるべくマットレスを優先してくれって言ったせいか、アグレアスもそこに大分力を注ぎ込んでくれたらしい。
【にしても、異世界人ってのはスゲーな。マットレスもそうだが、爪切りなんざよく思い付いたもんだ】
爪切りはそんな複雑な構造でもないし、別にこの世界に同じ仕組みのものがあってもおかしくないけどなあ。
ちなみにアグレアスや他の従魔達には、すでに俺達が別の世界から来た人族だと伝えといた。
でもよく理解してはいないようで、今でもちょっと遠い国の出身程度に思っている節がある。
そんな感じで、特にこれといって従魔達が異世界に関心を示す事はない。
ただアグレアスだけはこうした異世界の物の再現を通じて、異世界の技術力や発想についてかなり刺激を受けているみたいだ。
【俺らのいた世界では『産業革命』ってのが起こってな。それ以降は怒涛の発展を遂げていったんだよ】
もっともそれは俺の知る世界の話なので、もしかしたら他の連中の世界では少し異なっているかもしれない。
【興味深い話よ。儂のあの時の判断は間違っておらんかったわ。わーっはっは!】
とても満足そうな顔をしているアグレアス。
しかし表情は活き活きとしているが、明らかに寝不足や不摂生の様子が見られる。
俺はアグレアスの分の朝食を取り出すと、ちゃんと休息を取るように言い渡してから家へと帰っていった。




