第13話 魔甲機装、貸与
「大地さん!」
俺が兵士に案内されて次の場所に到着すると、沙織が俺の名を呼びながら駆け寄ってきた。
俺を案内してきた兵士は、そんな俺たちの様子を見ると舌打ちをして、部屋の隅に移動していく。
先ほどまでは、数名の兵士でこの部屋と検査ルームを行ったり来たりして案内していたようだが、残り三名なのでもう検査ルームに戻る必要もないのだろう。
今度の部屋は、最初の部屋のように広い空間であったが、その使用用途はすぐに分かった。
部屋の隅には、藁束で人の形を模ったものが幾つか並んでいる。
他にもベンチのような椅子や、相撲のように円形ではないが、四角く仕切られた土俵のようなスペース。
弓道の的のようなものもおいてあるな。
今は俺たちを見張る兵士以外はいないようだが、ここは兵士たちの室内訓練場か何かなんだろう。
上部には大きく開けられた木窓があり、そこから太陽の光が覗いていた。
ちなみに明かりに関しては、あのSF的なフロア以外では明り取りの窓が設けられていて、それなりに明るい。
そしてSFフロアだけは、魔法による明かりが点けられていた。
これは魔力をハッキリ感知したので間違いはない。
「さ……、一色さんも検査を終えられていたんですね。気づきませんでした」
「ええ。大地さんが難しい顔をして考えてらしたので、お邪魔しては悪いかと先に検査を受けておりました」
思わず脳内で呼んでいるように「沙織」と呼び捨てで言いかけて、俺は慌てて口を止める。
沙織はそんな事には気づかない様子で、丁寧に言葉を返してくる。
「検査を終えると何やら木札を渡されたんですが、一色さんのはどのようなものでした?」
「私のはこちらです。黒に塗られた木札に、文字らしきものが描かれています」
「ああ、では俺と大体同じですね。色は緑色でしたが」
そう言いつつ、俺は木札を沙織に見せる。
「これはこの場所で使われている文字なのでしょうか?」
「或いは数字なのかもしれないですね」
書かれている文字は俺も彼女も一文字だけだ。
そして、彼女のと合わせて二文字だけでは、翻訳機能もまだ働かない。
部屋の中の連中を見てみると、緑と黒の他には赤、白、黄の三色があるようだ。
中でも赤と白は少なく、他の色は大体同じくらい。
といっても、全員が見える位置に木札を持っている訳ではないので、ハッキリ確認出来た訳ではない。
俺がそうやって室内にいる奴らを観察していると、最後の一人がライアリーと一緒に部屋に入ってきた。
最後の一人はあの時反抗した男のようで、男の右腿にはとても清潔には見えない布が、グルグルと巻かれている。
敢えてそのようにしているのか、あるいは衛生観念が未発達なのかもしれない。
今入ってきたので日本人は全員揃ってるはずなんだが、ライアリーからは特に何も指示がない。
待たされた状態の日本人たちも、どうしたのかと様子をキョロキョロ窺っているようだ。
「次は何をさせられるのでしょうか……」
何をさせられるか分かったもんじゃないこの状況は、沙織を少し不安な気持ちにさせているようだ。
それは何も沙織だけの話ではなく、他の連中も同じらしい。
そしてついにそれが限界を迎えたのか、口を開くものが現れた。
学校の制服を崩して着ている、茶髪のギャル風の女子高生だ。
「ちょっと! いつまで待たせるのよ!」
おおう。
あの最後に入室してきた男のされた事を忘れたんだろうか。
ずいぶんと強気に出ているな。
あれ大丈夫か? また処されてしまうんじゃないか?
しかしライアリーは再び実力行使に出ることはないようで、乱暴口調でJKに答える。
「今必要なものをここに運ばせている最中だ! お前らは黙って待機してればいい!」
必要なもの。
そういえば『魔甲機装』とかいうのを貸与するとか言ってたな。
名前からして大分重くて場所取りそうな気がするから、それで手間取ってるのか?
その俺の予想は半分当たっていた。
入口から幾人もの兵士たちが、ガラガラと手押し車のようなものを押して入室してきたのだ。
その手押し車には金属の大きな箱が載せられていた。
見た感じ箱はそこそこの重量はありそうだが、運ぶのに大人数を必要とする感じでもない。
ということは、あの大勢の兵士はあの箱を守るために配置されたのだろうか。
運ばれてきた箱は床に下され、鍵を手にした男がその箱に近づいていく。
あれは、最初の部屋にいた騎士団長の男……確か名前はストレイダー卿だったか。
重厚なつくりの鉄の箱を開けたストレイダー卿は、ライアリーに指示を出す。
『ライアリー。これより魔甲機装を貸与するので、分かりやすいように並べておけ』
『ハハッ! 分かりましたッス!』
ストレイダー卿から指示を受けたライアリーは、俺たちをまず木札の色別に五列に分け、箱の前辺りに並ばせる。
……うん。こうしてみると、やはり白と赤が少ないようだ。
「よおおおし! これからお前らに我が王国の秘宝である『魔甲機装』を貸与する! くれぐれも雑に扱ったり、反抗的な態度を取ったりするなよお?」
ドスの効いた声で言い放った後、ライアリーは黄色の札持ちが並ぶ、一番左の最前列の男に木札を提示するように命令する。
そこに書かれている文字を見て、ライアリーは騎士団長に報告する。
『ボガーボーシュです』
『うむ……これだな』
わざわざ間にライアリーを挟む意味が分からんが、ストレイダー卿はライアリーからの報告を受けて、鉄の箱の中から一つの玉を取り出す。
それは黄色く透き通っていて、大きさはソフトボールより少し大きい位か?
あの大きさだと、手の小さな女性では掴み切れないかもしれない。
玉の表面には文字らしきものが彫られて……いや、描かれているのか?
あの文字は恐らく木札にある文字と同じものなのだろう。
そのような考察をしてる間にも、次々と黄札の列が順に処理されていってるようで、みんなあの黄色い玉っころを渡されている。
……なんか途中から面倒になったのか、最初の方は手渡ししていたのに途中から投げて渡しているぞ。
国宝なんじゃないのか?
あ、いや、国宝じゃなくて秘宝だったか?
どちらにせよ、扱いが雑ッ!
「あ、あの……」
そんな中、黄色い玉を渡された女が少し戸惑った様子で口を開く。
「なんだ!?」
「えと、この玉に書かれてる文字と木札の文字が、その、違うようなんですけど……」
「どれ……、お前の札はシンガーボーシュか」
先ほどからいちいち、魔甲機装らしき玉の名前を読み上げられているのだが、どれも~ボーシュという名前がついている。
あの黄色の列は『ボーシュ』というタイプって事か。
『あ、あの、ストレイダー様 その、あの者が木札と魔甲機装の文字が異なると申しておりますが……』
『……生憎と、シンガーボーシュの在庫は既にない。あの者にはジンガーボーシュでお役目を果たすように申し付けろ』
『ハ、ハハアァァ!』
「おい、お前! その魔甲機装は、わが国から貸与されし叡智の結晶である。つべこべ文句を言わず、ありがたく受け取っておくがいい!」
「は、はい。分かりました……」
ん? 在庫不足?
という事はあの箱の中にある分で、魔甲機装は全てという事か?
確かに細かく種類が分かれているようだから、どっかしら抜けは出るのかもしれないが、生産の方が間に合ってないんだろうか。
もしかしてその辺が、異世界から日本人をわざわざ呼び寄せる原因にも繋がっている?
そんな事を考えている間に、室内にどよめきが起こっていた。
どよめいているのはこの国の人間たちで、ライアリーが魔甲機装の名前を呼びあげた瞬間から、どよめきが始まったようだ。
「え? オレ、なんかやっちゃった?」
その周囲の妙な雰囲気に、左の列に並んでいた金髪の男が見かけにピッタリなチャライ口調で、どこかで聞いたようなセリフを吐いた。




