第121話 はちゅうるいのじゅうまも、悪くないな
沙織がロレイとの勝負を引き受けた後、この場所では少し狭いので少し場所を移動する事になった。
そして丁度良さそうな広場についたので、俺はロレイに尋ねる。
【ロレイは得物は何を使うんだ?】
【無手でもこの爪があればそれなりに戦えるが、得意なのは槍だ】
【槍か……。ならこいつを使うといい】
【おお! これは感謝致す!】
俺がアイテムボックスから槍を取り出して渡すと、ロレイは感激した様子で槍を受け取る。
【では俺が始めと言ったら始めてくれ】
槍を渡した後は、少し離れた場所にいた根本らの所まで下がる。
根本の後ろには、体を隠すようにしてチラチラとロレイを見る樹里の姿があった。
「樹里、まだあいつが怖いのか?」
「ええ? だって、あれってまんまトカゲじゃん!」
「確かに一見するとそうだが、よく見ればそれなりに可愛いぞ? 根本はどうなんだ?」
「僕は……別にキライでもないですけど、好きでもないッスね」
ヴァルはさっきの態度を見ての通り、特に怖がったりはしていない。
ロレイが従魔になるとしたら、問題なのは樹里だけか。
「あの……。大地さん、開始の合図は……?」
「おお、そうだった」
樹里達と話しててすっかり忘れてしまった。
俺が改めて魔族語で【始めッ!】と声を掛けると、両者は互いに接近するような動きを見せた後に、鋭い槍の応酬が繰り広げられる事となった。
「おお……。あのリザードマン、結構やるッスね」
「行け! そこ! ああん、そっちじゃなくて反対側よ!」
さっきまではロレイにビビッていた樹里も、二人の白熱した勝負を見て気分が大分盛り上がっているようだ。
ロレイもノーブルリザードマンジェネラルという、リザードマンの中でもかなり強い方のクラスなだけあって、沙織とそれなりにやり合えている。両者とも槍だけにな。
「ちょっと大地。なんか今しょーもない事考えてなかった?」
「……はて? 何の事やら」
妙に鋭い指摘が樹里から飛んでくるが、俺は無視を決め込む。
そんな事よりも肝心の勝負の行方だが、危なげなく沙織の勝利と相成った。
ロレイの実力は、恐らくはゴブリンキングと同じかそれより少し上といった所だろうか。
【感服致した!】
敗北を認めたロレイは、地面に横になって両手を開いた態勢を取る。
図体がでかいためそれなりに場所を取っているが、無防備な部分を晒しているこのポーズは、動物的な観点からして降参を現わしてるんだろう。
ロレイを見る限り、リザードマンは背中側や腕の外側などには鱗が敷き詰められているが、腹部や内側には鱗は見当たらない。
それでもそれなりに硬そうな皮膚に覆われているので、人間よりはまだ防御は硬そうに見える。
にしても、言っている事と取っている態度が大分違うので、妙にラブリーな感じがする。
「なんか……案外この子可愛いわね」
樹里もロレイの可愛さにようやく気付き始めたようだ。
ただ魔族語がまだそこまで理解出来ていないのか、ロレイの事を「この子」などと呼んでいる。
実際にどんな口調で話してるのかを知ってる身としては、そのような呼び方は浮かばないのだが。
【わたしは、あなたに、かてた。だけど、大地、わたしより、つよい】
【……と彼女が申してますが、魔法使いであるダイチ殿が戦士相手にも戦えるというのだろうか?】
【そもそも俺は自分を魔法使いだと言った覚えはないぞ。魔法で派手にゴブリンを倒したと言っただけだ】
【なんとっ! ダイチ殿は魔法戦士だというのか!】
【……まあ、そんな感じだ】
ロレイが驚いた時に口を開いて目を見開かせたんだけど、その仕草もやたらと可愛い。
なんだ?
リザードマンは全部こんな感じなのか? それともロレイが特別なのか。
オラちょっと気になってきたぞ。
【我らリザードマンには『リザードマンメイジ』などはおりますが、物理と魔法を両方熟すクラスは皆無なのだ。……その、無様に負けておいてなんなのだが、某と戦っては頂けぬか?】
【別にいいぞ】
【おお、かたじけない!】
本人はこのままでも良いと言っていたが、少し休憩の時間を挟んでから、俺との一戦を交える事となった。
俺は……武器は何にしようかな。
とあるゲームでは、剣は槍に弱く、槍は斧に弱い。そして斧は剣に弱いという三すくみの設定になっていたが……。
うん、ここは普通に剣で行くか。
【よし、じゃあいつでもかかってきていいぞ】
【では参るっ!】
先ほど俺が見学していた場所に沙織が座り、今度は俺が広場の中心へと躍り出る。
すると槍を手にしたロレイが、律儀に声を掛けてから槍を持って襲い掛かってきた。
先ほどとは異なり、剣を扱う俺はリーチ的には相当不利。
だがさっきの沙織との一戦以上に、圧倒的な力の差でもって俺はロレイを追い詰めていく。
【ま、参った!】
そして先ほどと同じように、ロレイが可愛らしく腹を見せて地に転がるのを見て、俺は剣を収めた。
【とまあ、こんな感じだ】
【魔法も使えて剣もここまでとは、人の身でありながらゴブリン国の首都に殴り込みをかけるだけあって、凄まじい強さであった!】
ロレイの俺を見る目が大分変化しているように感じる。
やはり魔族というのは、強さというものが大きな価値観なんだろうか。
……まあ武人肌なロレイは、特にその気質が強いだけな気はするけど。
【他の連中も、俺が鍛えているからそれなりに戦えるようにはなっている】
俺がそう言うと、期待の眼差しを籠めた目で根本や樹里を見るロレイ。
【それと俺の従魔となるからには、お前にも強くなるための……うーんと、その秘術を受けてもらうぞ】
ナノマシンなどと言っても通じないだろうから、秘術という事で誤魔化しておく。
【そのような秘術があろうとは! 流石、魔法使いとしても一流であられるダイチ殿という訳ですな】
うーん、魔法使いって言われても未だにピンとは来ないんだけどな。
特に俺の使う魔法って、この世界の魔法とも樹里の使う魔法ともちょっと違うし。
【秘術の前に、まずは従魔の契約だけどな】
ってまだその事をちゃんと根本らに説明してなかったな。
ロレイと契約する前に、慌ててその事を魔族語がまだ完全に理解出来ていない二人に説明しておく。
これまでロレイが時折見せてきた愛嬌に、根本も樹里もノックアウトされたようで反対の声が上がる事はなかった。
まずはロレイとの契約を結び、その後はナノマシンが凝縮されている俺の血をロレイの傷口から流し込む。
【おお……。主の血の力を持って某に力を授けて下さるのですな!】
そう言って喜ぶロレイに、すぐに効果が表れる訳ではないと念を押しつつ。
嬉しそうなロレイを横目に俺は思った。
はちゅうるいのじゅうまも、悪くないな……と。




