第12話 適性検査
案内された場所は、床も壁も妙にツルっとしてテカっている材質で出来ていた。
軽く"鑑定"で調べてみたけど、結局よくわからない。
分からないというのは、鑑定が失敗したという事ではなく、単純に鑑定結果の素材の事を俺が知らなかっただけだ。
一つだけ分かったのは、金属でもセラミックでもないという事だ。
その謎の物質で構成された部屋の中は、先ほどまでの広大な空間とは打って変わって天井が低く、家具などが一切配置されていない、無機質な空間だった。
広さの方は、三十三人が一度に入りきるくらいの広さはあるが、混んでるときの夏の市民プールのような状態になってしまっている。
そのため、すでに前方に並んでる奴は適性検査とやらを受けているらしいのだが、人込みで余りよく見えない。
「この部屋もそうですけど、このフロア一帯は他とはどこが違いますね」
「そうですね。この壁なんて何で出来てるんだろうね」
撫子ちゃんは未だに俺の傍にいて、時折短い会話を交わしていた。
別に俺が誘導したとかではない。
彼女も一度接触を持った相手と、敢えて離れる必要性を感じていないんだろう。
検査の順番を待つ間、そのような当たり障りのない会話をしていた俺たちだったが、突然彼女が「あっ」と声を上げる。
「あの、申し訳ありません。私とした事が自己紹介を忘れておりました。私は一色沙織と申します」
「ああ、これはどうもご丁寧に。俺は大地宇宙と言います。宇宙と書いてソラと読みます」
「素敵なお名前ですね。このような状況ですが、捨て鉢に行動せず、機を窺いましょう」
「はあ、そうですねえ」
撫子ちゃん……沙織は、大分芯がしっかりしてるようだ。
訳分からん状態だというのに、周りの人間のようにあたふたする様子がない。
辺りを見ると、他にも幾人かそういった奴はいるようだ。
面長な顔の形と細い目が、まるでキツネのように見える若い男。
体育教師なのか? といったジャージスタイルのガタイのいい中年の男。
茶髪で制服を着ている、気の強そうなギャル風の女子高生。
やたらと厳つい顔つきをした、まさしく巌といった表現が似合う男。
そんな彼らも、大人しく列に並んで検査を待っている。
……彼らも「機を窺っている」のだろうか。
やがて検査は進み、列が前に進んでいく。
するとようやく検査装置が目に移ったのだが、それは近未来のSF映画に出てくるような、ポット状の形状をしていた。
前面は蓋が付いたような形状になっていて、そこをカパッと開けてポッドの中に入り、適性検査とやらが行われるらしい。
ポッドは丁度人ひとりが入れる程度の大きさだ。
蓋は下から上へと開ける仕組みなので、ポッドの正面部には開閉の邪魔になるので人は並んでいない。
蓋の丁度顔がありそうな位置だけ、透明のガラス張りのようになっていて、中の様子が見れるようになっている。
気になって検査中の中の様子を窺ってみたのだが、見た感じではレントゲン写真でも撮っているかのように、中の人はこれといった反応は見せていない。
ただ内部に緑色の光が走っているので、少し眩しそうではある。
「魔法っぽいのに続いて、今度はSFか」
「えすえふ、ですか?」
おっと、独り言が口から洩れていたようだ。
沙織が俺に質問をしてきた。
「サイエンスフィクションの事ですよ」
「サイエンスフィクション……。科学的な創作、ですか」
俺の答えに納得してくれたようだが、SFという言葉を知らないような感じだったな。
なんか箱入り娘のお嬢様って感じするから、漫画だとか映画だとか、そういったものとは縁のない生活を送ってたのかもしれん。
さて、それよりも俺は突然現れたこのSF的物体が気になって仕方ない。
このポッドの奥には、まるでキッチンとダイニングを隔てるような敷居があって、その奥では男が何やら操作をしている。
敷居というのも単なる壁などではなく、何らかの装置の一部……のように見える。
いかにもといったコードの配線などは見当たらないが、何らかのコンピューター的デバイスが配置されているような感じだ。
敷居の向こう側にいけば、男が操作しているものも見えるだろうが、生憎と位置的には今いる所の反対側になる。
もし俺が変に移動したりすれば、ライアリーと一緒についてきた兵士に咎められるだろう。
仕方ない、あの謎のポッドの方をまずは"鑑定"してみるか。
俺はポッドに意識を集中し、鑑定のスキルを発動させる。
……相変わらず、ポンと文字で説明が表示されるのではなく、物質の組成やら、どういった機能性があるのかといった、専門的な情報や求めていない情報が山のように流れてくる。
それらの情報を整理して、分かりやすくこのポッドの機能を説明すると、中に入った人間の遺伝情報を調べる装置のようだ。
他にも体の調子や病気の有無など、色々な事も調べる事が出来るようだが、見た感じだと、先ほどから行われているのは遺伝情報のチェックだけらしい。
俺も詳細に把握出来た訳ではないのだが、もしきちんとメディカルチェックを行う場合は、もっと時間がかかるはずだ。
遺伝情報のチェックだと判断したのは、あの緑色の光がどうも遺伝情報をチェックする性質があるのだと、"鑑定"さんと俺の頭脳が教えてくれたからだ。
正直自分の頭で考えているというのに、何が何なのかよく分かってはいない。
まるで頭の中にコンピューターがあって、俺が適当に入力した検査条件などを教えてくれるような、そんなどこか他人任せな感じなんだよな。
にしても、遺伝情報のチェックとはやはり科学的な文明の気配がする。
この部屋自体も、そう言われるとそれっぽく見えてくるし……。
……でも鉄の剣や鉄の鎧を身に着けた兵士がいるんだよな。
魔法もあるようだし、もし科学文明が主なら、あのような前時代的な装備は普通しないだろう。
剣と魔法の文明だが、一部科学文明が残ってる……そういった所か?
「おい! 次はお前だ。早く中に入れ!」
っと、鑑定やら考え事やらしてたら、いつの間にか俺の番になったらしい。
俺と沙織は後ろの方に並んでいたのだが、すでに沙織の方は検査を終えていたみたいだ。
迂闊、さっぱり気づかんかった。
ちなみに検査を終えた連中は、兵士たちの案内で随時部屋を追い出され、次の目的地へと誘導されている。
なのでこの検査ルームにすでに彼女の姿はなかった。
「はいはい、今入りますよ」
日本語モードと現地語モードで態度が変わるライアリーに急かされながら、俺はポッドの中へと入る。
そして蓋が閉められると、外側から観察していた時に見えた、緑の光がポッド内を満たしていく。
……危険性はないようだな。
まあ、今の俺なら宇宙空間でもすぐに死んだりはしないんだから、ちょっとやそっとの有害な放射線程度なら問題はないハズだ。
……ん?
なんか妙に俺の時だけ検査時間が長い気がするんだが……。
ポッドの外からは、現地語で何やら喚いているような声が聞こえてくる。
これはもしや、俺の改造ボディーのせいで妙な事になっているのか?
どうしたもんか、と妙に落ちついて考えていた俺だが、少しするとポッドの蓋が開けられ、俺は外に出た。
「……貴様はこれだ」
そう言ってライアリーから手渡されたのは、緑色に塗られた木の札だ。
表には何か文字らしきものが書いてあるが、この一文字を見ただけでは流石に俺の翻訳機能は働かないらしい。
会話だけでなく、文字でも翻訳機能は働くはずなので、サンプルがまだ足りていないんだろう。
ちなみに、この木札はなんのテクノロジーのかけらも感じられない、ただの木札だ。
この札は検査を受けた奴らは全員受け取っていたが、人によって色が違っていた。
札にどんな文字が書かれていたかまでは見えなかったが、わざわざ文字が書いてあるという事は、色分け以外にも分類があるのだろう。
後ろを見ると、検査を受けていないのは残り三人となっていた。
俺はライアリーの「さっさと行け」と言っているような視線を受けつつ、兵士の案内を受けて次の部屋まで移動するのだった。




