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鏡の一族  作者: 大町潤
2/2

カガミ様(2)

「三影くん、ちょっと」

 高校の昼休みはたいがいが騒々しい。今では陸兎以外にも友達がいる晶は、陸兎と数人のクラスメイトで昼食を食べようとしていた。陸兎は購買にパンを買いにいっていて、いない。

 そんななか、あまり知らない女子に話しかけられた晶は困惑していた。

「……なに? えっと、」

「私は隣のクラスの鶴城美世。後ろの子は、玉重まほ」

 ずいぶんと勝気な女子だ。ポニーテールはさらさらと流れ、ツンと整った鼻に唇、若干の釣り目が彼女の雰囲気をより強気なものにしていた。実際、強そうだ。組まれた腕としゃんと伸びた背筋がそう思わせた。

 後ろの女子は天パだろうか、ふわふわした髪をおさげにして、晶をうかがうようにして鶴城美世と名乗った女子の後ろに隠れている。美世とは対照的な印象で、いわゆる「守ってあげたい女の子」なのだろう。しかし、視線は揺れるわけでもなく、まっすぐと晶を見ていた。

「はぁ、どうも。で、なにか?」

「まほがあなたに用があるっていうの。でもほら、こういう子だから一人で来れなくてね。私が声をかけたっていうわけ。で、ちょっと来てくれない?」

「……あとには」

「できない」

 晶は少しめんどくさいなと思った。たしかに陸兎は整った顔だが、そういう晶も整った顔だった。甘やかな陸兎とは違って、涼やかな青年である。すっと通った微量と奥二重の切れ長の目、薄い唇、薄いがバランスの整った体は彼を知的な男に仕立てていた。陸兎が運動部女子にモテるなら、晶は文化部女子にモテるのである。ゆえに、晶はそれなりの回数の告白を受けてきたし、それなりの人数の女子を泣かせてきた。なぜなら誰とも付き合う気がなかったから。

 そんなふうに、何人もの女子の告白を受けてきた晶の直感が言っていた、このタイプの女子はめんどくさいぞと。だいたい、徒党を組んできた女子の告白にろくな記憶はないし、いつも泣かせてしまうし、そうすると周囲の女子に責められる。最近はうまい躱し方を覚えてきていたため、そういったことはなかったが、今回はまったくの死角からだった。なにせ、晶は美世とまほを本当に知らないのである。

 ここはひとつ、とぼけるしかないのか。晶は腹を決めた。

「次、体育で時間ないし」

「奇遇、私たちのクラスも次体育なの。同じ条件だけど、それでも断る?」

「……なんの用事かわからないことにはね」

 美世はフッと鼻で笑った。完全に小馬鹿にした笑いだ。

「女が男を呼び出す理由、何があるの? わかるでしょ、色男」

 キャッと小さな黄色い悲鳴がクラスから聞こえた。晶は心の中で舌打ちをする。美世はそういうキツイ言葉の似合ってしまう女子高校生らしからぬ女だった。こういう状態でも断り続けてしまうのは、晶の体裁が悪い。なにせ昼休みの教室のど真ん中だ。

 降参のポーズをとって首を横に振る。

「わかった、今向かうよ。悪いけど公平、春樹、先に飯食っててくれ。陸兎にも言っておいて」

「お、おう!」

「く、悔しくなんかないんだからねッ!」

「春樹、たぶんそういうとこだよ」

 席から立ち上がり、一緒に行ったクラスメイトの斎藤公平と飯塚春樹に声をかけて先に教室を出た美世とまほを追いかける。クラス中からうける視線に久々の居心地の悪さを感じながらも、晶は教室を出た。

「こっち、特別棟の化学準備室の横。あそこなら人が来ないから」

 美世はしゃんと伸ばした背筋のままスタスタと歩く。まほはその後ろで美世の服のすそをつかんだまま歩いていた。

「鶴城さん、玉重さん」

「なに? というか苗字で呼ぶのやめて。美世とまほでいい」

「わかったよ、美世さん、まほさん」

「で? どうしたの」

「みんなは告白だと思ってるよね、この状況」

「そうでしょう? というか告白以外になにがあるの」

「さあ? でも、少なくとも今は告白じゃないよね」

 科学準備室の横のスペースについた。晶の質問はその狭い空間にやけにしぃんと響く。うち履きのきゅっと床とこすれる音が聞こえた。その音と同時に、美世がくるりと振り返る。さきほどまでの勝気な笑みは鳴りを潜め、真顔だった。美人の真顔、怖いなぁと晶は思う。

「意外と鋭いのね」

「まあおほめにあずかったとおり、色男なものでね。告白には慣れている」

「でしょうね。あなた、ファンクラブあるもの」

「それは初めて聞いたなあ」

「あら、言わなきゃよかった。で、どうして告白じゃないって気づいたの?」

 美世は腕を組んで、窓に寄りかかっている。青空の光を背負って、彼女の顔には影が生まれていた。なにかの絵画のような清廉さだった。

「教室までは告白だと思っていた。けど、ここに歩いてくる途中、まほさんが一度も僕を振り返らなかった。それに、手遊びもしていない。思えば、顔色も変わってないよね。震えてもいないし、変な姿勢でもない。たいていの女子はね、告白するとき真っ赤で、震えていて、僕を見たり見なかったり忙しなくて、緊張からか姿勢がぎゅっと丸まって、手がもじもじしているんだ」

「罪な男」

「男には誉め言葉だよ」

「けなしてるのよ、チャラ男」

 晶は肩をすくめて仕方なく笑う。美世のキツイ言葉は、まったくもってその通りだからである。そして晶はふと気づいた、いつの間にか美世の近くにいたまほがいないことに。

「? まほさんは?」

「あんたの後ろ」

 眉をひそめて美世にたずねれば、美世はついと晶の背中のほうを指さした。思わずバッと振り向くと、後ろには胸の前でぎゅっと手を結んだまほがいた。祈るようなその手の仕草は、彼女の穏やかな雰囲気に妙にあっていた。

「三影くん」

「なに?」

 正直めんどうなことこの上なかったが、まほのじっと己を見つめてくる目があまりにも真剣で、晶は思いのほか優しい真面目な声がこぼれた。まほの言葉をじっと待てば、まほは見た目通りの優しい穏やかな声でホロリと言葉を転がした。

「『カガミ様』と……水無くんに気を付けて」

 空気中に溶けていくような声は確かに晶の鼓膜をかすめた。その意味を一瞬は理解しきれず、思わず間の抜けた声をだす。

「え?」

「それだけ。それじゃあ」

「じゃあね、色男」

 まほはうつむいてくるりと振り返り、帰ろうとした。美世は駆け出して晶の横を通り過ぎ、ひらひらと手を振ってまたまほの手を引っ張る。

「ハッ?」

 あとにのこされたのはなんとも薄気味悪い気分にされた晶だけだった。


 晶は釈然としない思いを抱えたまま、教室に一人もどった。がらりと扉を開ければクラスはざわざわと晶を見てなにやら話している。いくらクラスのど真ん中でほとんど告白のような状況になったからといえって、あまりにも騒がしい気がした。

 自分の席にもどると、先に昼食を食べていた公平と春樹はわっと晶の肩を組んでそのまま喚きだした。耳をつんざくような男子高校生とは思えない叫びに思わず顔をしかめてしまう。

「オイオイ晶! お前なにそんなシラッとした顔してんだよ! この畜生が」

「まったくだ、俺らをなんだと思ってるんだ! もっと敬え! このプリンをよこせ!」

「なんでそんな殺気だってんだよ、二人とも」

 髪をかき回され、制服を引っ張られ、プリンをかすめられそうになった晶は少し苛立ちながらも呆れたように公平と春樹をなだめる。すると、後ろから聞きなれた声がした。

「そりゃあ、あの『鶴城美世』と『玉重まほ』によびだされたらそうなるだろ、晶」

「陸兎」

「廊下まで一瞬で噂が広まってたぞ」

「うわ、まじで? というか、あのってなんだよ」

「え? 晶知らないの?」

「お前! そんな殺生な!」

「神様! こいつの靴ひもを急いでるときにほどける呪いをかけてください!」

 いわく、鶴城美世と玉重まほは学年、学校では有名な女子生徒なのだそうだ。そのタイプの違う整った容姿はもちろんのこと、成績も優秀で、運動もそつなくこなし、人当りもよく、おまけに実家が名家らしく、品があるとのことだ。つまり、女子人気は陸兎と晶で、男子人気は美世とまほが総なめしている状態なのである。そんな高嶺の花の二人が同じく罪作りな男、晶に声をかけて、告白と同等の言い合いをしていたのだから、噂はもうびっくりするほど一瞬で学校を駆け抜けた。

「知らなかった」

「お前、基本的に女子に興味ないもんな」

「うん」

「うんってお前……」

 横にいる陸兎はパックのジュースをのみながら呆れかえっている。春樹と公平は血涙を流す勢いで机をたたいていた。「これが物欲センサーっていうやつか?!」「神はおれらを見捨てた!」と騒いでいて、さすがの陸兎も少しうるさそうに眉をしかめて苦笑していた。そしてそのまま、晶のほうを見た。

「で、なんて言われたわけ?」

「は?」

「だから告白の言葉だよ、さすがに気になるじゃん?」

 陸兎はへらりと笑って首を傾げた。手元のパックジュースの残りをちゃぷちゃぷと揺らしている。今この瞬間、クラス中の耳と視線を晶の口元が独占している。

 しかし、晶はそんな陸兎に違和感を感じていた。

「(陸兎は、こんなクラスメイトがきいているような場所でプライベートなことをきいてくる奴じゃない)」

 陸兎は本当に気のいいやつで、人様の、告白のような一大事をこんな冷やかすようなかたちできいてくるような人間じゃない。むしろいさめるようなやつだ。今までの告白もそうだったし、晶もそうするようにしてきた。だからこそなんとなく、美世とまほのいうことを話すのはためらわれた。けっして、まほの言ったことを気にしているわけではない。

「……別に。普通に言われたよ。あんまり言わさないでよ、こんなこと」

「はは、ごめんて」

 少し不機嫌そうに視線をずらした晶に、陸兎は手を合わせて謝ってくる。それにいいよと笑って許しながら、晶は目の前の陸兎へ名状しがたい不信感、いや、違和感を感じていた。

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