ファン作品 除霊できないピュア男子~隠れる火の粉~
(あぁ、これだから賭けは嫌いなんだ...)
敗けを引いた彼は、己の選択に溜め息を吐く。
迫る獅子、憤怒する男。既に力は使い果たし、動かない体。そして、辺りを包んだ火。
絶対絶命の中、思い返す事など無かった...
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――――それは、その日の朝から狂ったと言えるだろう。
ここでは、彼の名前は語らない。一つ言うのなら、「霊管理委員会」の諜報部隊に、籍を置いている事くらいで十分だろう。
元四大天使であるウリエルが統括する、その部隊。彼は今、そこでの仕事中という訳だ。
『こちら、スパーク。拠点内への侵入へ成功。現在は霊力反応多数、対処は可能』
テレパシーで定期連絡を飛ばし、ダクトへと身を滑らせる。その間、不自然なまでに音がしなかった。
そう、彼は霊能力者である。それも、かなりの腕の。もっとも、この世界にはバケモノ並の奴らも多い。彼が脚光を浴びる事は無いだろう。
(やはり、悪霊の類いか...かなり多いな、慎重に行くとしよう)
使役というよりは、野放しにされた様に感じる。襲われない術でも、あるのだろうか。それも懸念として伝えておいた。
そう、彼の侵入する施設。その持ち主もまた、常人ではない。Arthur教団と名乗る、非道な集団である。人の死を、魂を、生き様を。弄び、蔑み、踏みつける霊能力者達だ。
(個人的には、効率的だと思ってしまうこともあるが...)
あまり深くは知れていない今、その非道は彼の胸中には顔をしかめる程で済んでいた。無関係による割りきり。彼はそれが奥底にあった。それを是とするか非とするか、は別ではあるが...
ダクトを通り、施設を一通り見た感想。荒廃。以上である。
(次の集会でも探れればと思ったが...いや、まだ甘いだけだろう。でなければ、こんなに悪霊もいない)
明らかに意図的。自然的にはまず、発現しない環境だ。調べたい部屋は、認識阻害の結界を張り、除霊してから調べて行く。
『こちら、スパーク。内部は悪霊ばかりでもぬけの殻。資料の確認と最奥部へ向かう』
敵の感知を警戒し、此方からのみの発信。不安にはなるが、そうも言っていられない。
得意とする式神と結界を使い、効率良く回っていく。紙の式神は、隙間を潜るのもお手の物だ。
(式神は感覚を共有出来て良いな、やはり便利だ...視覚だけだが)
本体の付近も警戒するために、視覚のみを式に乗せて飛ばす。特に変わった事は無いようだ。
「っ!?ダクトが...」
下に見える大広間を式神越しに眺めていると、唐突に足を踏み外す。結界による足場と、ポルターガイストによる跳躍で、すぐに戻った。
とは言え、下に興味深い場所があるのも事実。あの広間、何かある。
(仕方ない。式を残し、下に降りるか)
直接に調べるために、彼は音をたてずに飛び降りる。消音の結界を、常に巡らせているのだ。
「誰もいない所か、悪霊さえいない、か。少し戻って見るか?」
どこから気配が無いかを知れば、何があるのか見当も付けやすいだろう。
『こちら、スパーク。次回の会合場所と日時が判明した、送る。最奥部に懸念あり。調査に入る』
せめてArthur教団の、目的ぐらいは探りたい。本当に何一つ分かっていない、謎の集団なのだから。
(まぁ、上は察しているかも知れないが...)
彼の上、それは神々にさえ届く王達だ。何をしても不思議ではない。
(人間の学生さえ居るのだから、本当に事実は奇妙なんだがな...)
くだらない事を考えながら歩いていた彼は、すぐに式を飛ばして場所を入れ換える。委員会から受け取った、スキルの一つだ。
隙間を抜けていったそれは、先ほどまで彼の居た位置に戻ると、灰となった。
「あぁ、随分と、逃げるのが、上手い。ネズミは、いつも、そうだ」
間延びした口調の男が、魔方陣を展開しながら近づいて来る。最奥の大広間への道が塞がれた。すぐに別ルートを探りだし、移動を開始する。
「霊力が、駄々もれだ。見つけてと、言っている、ものだよ?」
「生憎と、そっちは苦手でね...!」
虎の形に折られた式神を繰り出し、少しでも応戦しながら彼は走る。だが、その額は冷や汗さえ出ていた。
(まずい、敵の霊力は遥かに上だ...Sランク相当なのは、間違い無い)
行方不明者のリストを思い起こし、確信を得る。洗脳...とも違うようだ。一体なんなのか、とはいえ殺気だけは疑う余地さえ無く。
「さぁ!燃えると、良い!私の、炎で!」
霊能力による攻撃は、障害物を壊す事は無い。実態干渉能力は低いようだ。だが、それは自分を殺すには十分な攻撃だと、彼は知っている。
唐突に彼は、男の前に飛び出て。左右に積まれたドラム缶を蹴り倒す。間からすり抜け、折り紙の様に鶴へと転じた式神が、男を襲った。
「結界で、防ぐ!式神も、非常に、変わった、形だね。鬱陶しいこと、この上ない。Arthurの意思に従って、死なないか?」
「悪いな、休暇の相談ならウリエル様にでもやってくれ!」
そのまま彼が蹴り倒しながら駆けた先は、先ほどの大広間。垂直の壁の上になっていた。
と、途端に彼は飛び降りる。見失うかと、男もすぐにそれを追う。
「...?いな」
いない、と言おうとした男の頬を、鉛が掠める。
伝う血液に、ゆっくりと、手を触れた。
「外した、か。」
崖のすぐ下。飛び降りた後に、彼はバックステップを挟んで、壁に張り付いたのだ。そこは、意識が行きにくい、精神的死角。奇襲狙いだった。
慣れない銃に頼ったのが、運の尽き。男は激昂する。
「貴様ぁ!!よくも私に傷を...!ネズミはネズミらしく、怯えておれば良いものをぉ!!」
「窮鼠猫を噛む、と言うだろう?」
チラリと上を見て、彼は笑う。見上げられた男は、それを見て更に激昂した。
「何が可笑しい!」
「いや、重力もあるんだ。下は不利だが...そうでも無い事もあるだろう?」
彼の胸に、ゆっくりと魔方陣が現れる。それを確認すると、男は目を見開いた。
「術式...!貴様ぁ!」
「これが目当てなのか...?報告しておこう」
そう、術を発動する際、欠かせない術式。だが、それが人体にある時、全く別の意味を持つ。
「普遍術式の一つ、「火炎術式」だ」
実態干渉能力を極めて高めた火。小さな灯火を指先に点し、彼はそれを壁に押し付けた。
それは、濡れた壁を伝い、あっという間に男へと到達する。
「がぁっ!?」
「能力では無い火は熱いか?」
「貴様...まさか...!?」
「ご明察通り、蹴り倒していたのは...軽油だ」
臭いを結界で誤魔化し、ここまで広げたそれは。火の物理法則に従って、彼より上を燃やしていく。
実態干渉能力が弱い術では、実態の火は消せない。だが、肉体を焼くそれを、防ぐ術はあったようで。
「驚かせて、くれる...。お陰で、すこし、冷静に、なったよ。このまま、死ぬと、良い」
「ダメだったか...」
後ろに跳びながら、発砲する。だが、狙っても外した弾丸は、牽制程度にしかならない。
「なぜ、こんな物が、保管されて、いたのか。分かる、かな?」
「...まさか、燃やす為とでも?」
「ご明察だよ、ネズミ」
荒れる炎は煙を巻き起こし、それが段々と形を作る。どうやら、ただの軽油でも無かった様だ。
「フハハハ!私の最高の召喚術を見せてやろう!」
「趣味の悪いキメラか?」
「いや、持ち合わせが、切れていてな...貴様も、知るだろう、魔獣だよ」
光輝く魔方陣から、猛る獅子が姿を表した。すぐに解析をかけ、彼はその正体を見抜く。
「ネメアーの獅子か...!」
エレメントクラスで表すなら、ファングに近いウィング。隠密戦派の彼には到底敵わない相手だ。
なんせ、あの爪は鉄を裂き、皮は英雄ヘラクレスでさえ、傷をつけられない不死のアイテムだ。どうしようというのか。
(幸い、除霊は効くだろうが、あの霊力量。焼石に水か?)
彼の得意とする手段は。式神による直接攻撃、結界による隠密や防御、ポルターガイスト等による高速移動と、式神との場所交換転移。
それだけなのだ。あの毛皮に有効なのは、銃撃をふくめても無い。
「どうした、ネズミよ。何も、しない、のか」
「猫好きなモンでね。どうしたものか、迷ってんのさ。」
「なら、戯れれば、良い」
男は、そこから動こうとしない。どうやら、制御している訳ではなく、呼び出しただけの様だ。あの場所は、安全地帯なのだろう。
(「火炎術式」も効果は薄いだろうな...。)
唸る獅子は、仮にも呼び出した男の指示を待つらしい。しかし、喰らい尽くすという本能に、長く抗う気はなさそうで。僅かな変化でも、行動に移すだろう。
「5...4...3...」
「ふ、行け、ネメアーの獅子!」
「グウゥアアァァァ!!」
「0!」
飛びかかった獅子に裂かれ、式神がバラバラになる。だが、彼は直前には飛ばして等いない。場所の入れ換え、男がすぐに居場所を探る。
「...上!?」
無音で落ちてきたのは、熱されたダクト。焼き切れた吊りごと、それは男に落下した。
「っと...危なかったな。ギリギリだった。」
飛ばした式神と入れ替わり、すぐ側に立つ。炎の中だが、炎熱に対する耐性くらい、術式が判明した時点で取得ずみだ。
「ふぅ、式神越しに鉄を焼ききるのに、かなり消耗したな。念のため、ダクトの式神を残していてよかった。撤退用のつもりだったが...」
ネメアーの獅子は、手に負えない。本部に連絡を入れ、対処してもらうとする。
「さて、早々に帰るか。チンケな悪霊の除霊ぐらいならば...」
「させると思うかぁ!ネズミ風情がぁ!!」
「なっ!?」
焔の鞭で広間の真ん中に叩き落とされ、彼は痛みに呻く。
(倒し、切れなかったか...)
結界を張ったのか、破壊したのか。霊能力で物理的な攻撃を防ぐとは、流石バケモノと言った所か。
(あぁ、これだから賭けは嫌いなんだ...)
敗けを引いた彼は、己の選択に溜め息を吐く。
迫る獅子、憤怒する男。既に力は使い果たし、動かない体。そして、辺りを包んだ火。
絶対絶命の中、思い返す事など無かった...
何故なら、それを彼は感知していたから。
「カオス・デスティネーション!!」
施設に張られていた筈の結界を、強引に破壊したのか。黒いスーツに白金の籠手をはめた少年が、その場に降り立った。
(デスティネーション...「自由者」の拳の技の名か。流石...)
「き、貴様は...!」
「『強欲』の大罪!!」(『強欲』の大罪!)
常勝無敗の(負け)恥知らず、強欲の能力者、新川白夜。世界の頂点の一人である。
「大丈夫ッスか?」
「あぁ...問題ない。腕が折れただけだ。」
「それ大丈夫ッスか!?」
「ふっ...平気だ。撤退は出来る。任せても?」
「それはもちろんッス。俺は七つの大罪、『強欲』の能力者ッスよ?」
まだ高校生にもならない子供だが、なんと頼もしい事か。飛びかかりそうな獅子の足を、氷付けにしながらゴミに振り返る。
「死神たちからの安息!」
後は、任せても問題ない。いや、むしろ撤退した方が邪魔にならない。
「てめぇら、覚悟は出来てんだろぉなあ!」
後ろの怒声を聞きながら、彼は脱出に成功した...。
「...というのが、事の顛末だ。」
同僚に腕を見せながら、彼は静かに語った。
「あの大罪と話したのか...羨ましい」
「冗談、心底震えたよ」
年相応の態度に、少し和んだのも事実だが。それ以上に、怯えた。あまりにも強大な力に。本能が逃げろと言っていた。
せめて情けない姿は、晒さずにすんだと思いたい。
「ほら、包帯は巻いたぞ。病院行けよ」
「仏の力でなんとかしてくれないか?」
「無理だ。暫くは休めとよ」
「そうか、助かったな」
霊管理委員会。その頂点では、今も世界の崩壊でも起きそうな事件が、軽く処理されているのかもしれない。
それでも、彼等は一人の人間、全世界を同時には見張れない。
(少しは、恩を返さないと、な)
そう、そのために、多くの人が集まるのである。一人一人が、己の力を、目一杯に。そして、皆で皆を活かせる用に。今日も、霊の平穏は、守られるのだ。