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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ファン創作

ファン作品 除霊できないピュア男子~隠れる火の粉~

作者: 古口 宗

(あぁ、これだから賭けは嫌いなんだ...)


 敗けを引いた彼は、己の選択に溜め息を吐く。

 迫る獅子、憤怒する男。既に力は使い果たし、動かない体。そして、辺りを包んだ火。

 絶対絶命の中、思い返す事など無かった...


 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 ――――それは、その日の朝から狂ったと言えるだろう。

 ここでは、彼の名前は語らない。一つ言うのなら、「霊管理委員会」の諜報部隊に、籍を置いている事くらいで十分だろう。

 元四大天使であるウリエルが統括する、その部隊。彼は今、そこでの仕事中という訳だ。


『こちら、スパーク。拠点内への侵入へ成功。現在は霊力反応多数、対処は可能』


 テレパシーで定期連絡を飛ばし、ダクトへと身を滑らせる。その間、不自然なまでに音がしなかった。

 そう、彼は霊能力者である。それも、かなりの腕の。もっとも、この世界にはバケモノ並の奴らも多い。彼が脚光を浴びる事は無いだろう。


(やはり、悪霊の類いか...かなり多いな、慎重に行くとしよう)


 使役というよりは、野放しにされた様に感じる。襲われない術でも、あるのだろうか。それも懸念として伝えておいた。

 そう、彼の侵入する施設。その持ち主もまた、常人ではない。Arthur教団と名乗る、非道な集団である。人の死を、魂を、生き様を。弄び、蔑み、踏みつける霊能力者達だ。


(個人的には、効率的だと思ってしまうこともあるが...)


 あまり深くは知れていない今、その非道は彼の胸中には顔をしかめる程で済んでいた。無関係による割りきり。彼はそれが奥底にあった。それを是とするか非とするか、は別ではあるが...




 ダクトを通り、施設を一通り見た感想。荒廃。以上である。


(次の集会でも探れればと思ったが...いや、まだ甘いだけだろう。でなければ、こんなに悪霊もいない)


 明らかに意図的。自然的にはまず、発現しない環境だ。調べたい部屋は、認識阻害の結界を張り、除霊してから調べて行く。


『こちら、スパーク。内部は悪霊ばかりでもぬけの殻。資料の確認と最奥部へ向かう』


 敵の感知を警戒し、此方からのみの発信。不安にはなるが、そうも言っていられない。

 得意とする式神と結界を使い、効率良く回っていく。紙の式神は、隙間を潜るのもお手の物だ。


(式神は感覚を共有出来て良いな、やはり便利だ...視覚だけだが)


 本体の付近も警戒するために、視覚のみを式に乗せて飛ばす。特に変わった事は無いようだ。


「っ!?ダクトが...」


 下に見える大広間を式神越しに眺めていると、唐突に足を踏み外す。結界による足場と、ポルターガイストによる跳躍で、すぐに戻った。

 とは言え、下に興味深い場所があるのも事実。あの広間、何かある。


(仕方ない。式を残し、下に降りるか)


 直接に調べるために、彼は音をたてずに飛び降りる。消音の結界を、常に巡らせているのだ。


「誰もいない所か、悪霊さえいない、か。少し戻って見るか?」


 どこから気配が無いかを知れば、何があるのか見当も付けやすいだろう。


『こちら、スパーク。次回の会合場所と日時が判明した、送る。最奥部に懸念あり。調査に入る』


 せめてArthur教団の、目的ぐらいは探りたい。本当に何一つ分かっていない、謎の集団なのだから。


(まぁ、上は察しているかも知れないが...)


 彼の上、それは神々にさえ届く王達だ。何をしても不思議ではない。


(人間の学生さえ居るのだから、本当に事実は奇妙なんだがな...)


 くだらない事を考えながら歩いていた彼は、すぐに式を飛ばして場所を入れ換える。委員会から受け取った、スキルの一つだ。

 隙間を抜けていったそれは、先ほどまで彼の居た位置に戻ると、灰となった。


「あぁ、随分と、逃げるのが、上手い。ネズミは、いつも、そうだ」


 間延びした口調の男が、魔方陣を展開しながら近づいて来る。最奥の大広間への道が塞がれた。すぐに別ルートを探りだし、移動を開始する。


「霊力が、駄々もれだ。見つけてと、言っている、ものだよ?」

「生憎と、そっちは苦手でね...!」


 虎の形に折られた式神を繰り出し、少しでも応戦しながら彼は走る。だが、その額は冷や汗さえ出ていた。


(まずい、敵の霊力は遥かに上だ...Sランク相当なのは、間違い無い)


 行方不明者のリストを思い起こし、確信を得る。洗脳...とも違うようだ。一体なんなのか、とはいえ殺気だけは疑う余地さえ無く。


「さぁ!燃えると、良い!私の、炎で!」


 霊能力による攻撃は、障害物を壊す事は無い。実態干渉能力は低いようだ。だが、それは自分を殺すには十分な攻撃だと、彼は知っている。

 唐突に彼は、男の前に飛び出て。左右に積まれたドラム缶を蹴り倒す。間からすり抜け、折り紙の様に鶴へと転じた式神が、男を襲った。


「結界で、防ぐ!式神も、非常に、変わった、形だね。鬱陶しいこと、この上ない。Arthurの意思に従って、死なないか?」

「悪いな、休暇の相談ならウリエル様にでもやってくれ!」


 そのまま彼が蹴り倒しながら駆けた先は、先ほどの大広間。垂直の壁の上になっていた。

 と、途端に彼は飛び降りる。見失うかと、男もすぐにそれを追う。


「...?いな」


 いない、と言おうとした男の頬を、鉛が掠める。

 伝う血液に、ゆっくりと、手を触れた。


「外した、か。」


 崖のすぐ下。飛び降りた後に、彼はバックステップを挟んで、壁に張り付いたのだ。そこは、意識が行きにくい、精神的死角。奇襲狙いだった。

 慣れない銃に頼ったのが、運の尽き。男は激昂する。


「貴様ぁ!!よくも私に傷を...!ネズミはネズミらしく、怯えておれば良いものをぉ!!」

「窮鼠猫を噛む、と言うだろう?」


 チラリと上を見て、彼は笑う。見上げられた男は、それを見て更に激昂した。


「何が可笑しい!」

「いや、重力もあるんだ。下は不利だが...そうでも無い事もあるだろう?」


 彼の胸に、ゆっくりと魔方陣が現れる。それを確認すると、男は目を見開いた。


「術式...!貴様ぁ!」

「これが目当てなのか...?報告しておこう」


 そう、術を発動する際、欠かせない術式。だが、それが人体にある時、全く別の意味を持つ。


「普遍術式の一つ、「火炎術式」だ」


 実態干渉能力を極めて高めた火。小さな灯火を指先に点し、彼はそれを壁に押し付けた。

 それは、濡れた壁を伝い、あっという間に男へと到達する。


「がぁっ!?」

「能力では無い火は熱いか?」

「貴様...まさか...!?」

「ご明察通り、蹴り倒していたのは...軽油だ」


 臭いを結界で誤魔化し、ここまで広げたそれは。火の物理法則に従って、彼より上を燃やしていく。

 実態干渉能力が弱い術では、実態の火は消せない。だが、肉体を焼くそれを、防ぐ術はあったようで。


「驚かせて、くれる...。お陰で、すこし、冷静に、なったよ。このまま、死ぬと、良い」

「ダメだったか...」


 後ろに跳びながら、発砲する。だが、狙っても外した弾丸は、牽制程度にしかならない。


「なぜ、こんな物が、保管されて、いたのか。分かる、かな?」

「...まさか、燃やす為とでも?」

「ご明察だよ、ネズミ」


 荒れる炎は煙を巻き起こし、それが段々と形を作る。どうやら、ただの軽油でも無かった様だ。


「フハハハ!私の最高の召喚術を見せてやろう!」

「趣味の悪いキメラか?」

「いや、持ち合わせが、切れていてな...貴様も、知るだろう、魔獣だよ」


 光輝く魔方陣から、猛る獅子が姿を表した。すぐに解析をかけ、彼はその正体を見抜く。


「ネメアーの獅子か...!」


 エレメントクラスで表すなら、ファングに近いウィング。隠密戦派の彼には到底敵わない相手だ。

 なんせ、あの爪は鉄を裂き、皮は英雄ヘラクレスでさえ、傷をつけられない不死のアイテムだ。どうしようというのか。


(幸い、除霊は効くだろうが、あの霊力量。焼石に水か?)


 彼の得意とする手段は。式神による直接攻撃、結界による隠密や防御、ポルターガイスト等による高速移動と、式神との場所交換転移。

 それだけなのだ。あの毛皮に有効なのは、銃撃をふくめても無い。


「どうした、ネズミよ。何も、しない、のか」

「猫好きなモンでね。どうしたものか、迷ってんのさ。」

「なら、戯れれば、良い」


 男は、そこから動こうとしない。どうやら、制御している訳ではなく、呼び出しただけの様だ。あの場所は、安全地帯なのだろう。


(「火炎術式」も効果は薄いだろうな...。)


 唸る獅子は、仮にも呼び出した男の指示を待つらしい。しかし、喰らい尽くすという本能に、長く抗う気はなさそうで。僅かな変化でも、行動に移すだろう。


「5...4...3...」

「ふ、行け、ネメアーの獅子!」

「グウゥアアァァァ!!」

「0!」


 飛びかかった獅子に裂かれ、()()がバラバラになる。だが、彼は直前には飛ばして等いない。場所の入れ換え、男がすぐに居場所を探る。


「...上!?」


 無音で落ちてきたのは、熱されたダクト。焼き切れた吊りごと、それは男に落下した。


「っと...危なかったな。ギリギリだった。」


 飛ばした式神と入れ替わり、すぐ側に立つ。炎の中だが、炎熱に対する耐性くらい、術式が判明した時点で取得ずみだ。


「ふぅ、式神越しに鉄を焼ききるのに、かなり消耗したな。念のため、ダクトの式神を残していてよかった。撤退用のつもりだったが...」


 ネメアーの獅子は、手に負えない。本部に連絡を入れ、対処してもらうとする。


「さて、早々に帰るか。チンケな悪霊の除霊ぐらいならば...」

「させると思うかぁ!ネズミ風情がぁ!!」

「なっ!?」


 焔の鞭で広間の真ん中に叩き落とされ、彼は痛みに呻く。


(倒し、切れなかったか...)


 結界を張ったのか、破壊したのか。霊能力で物理的な攻撃を防ぐとは、流石バケモノと言った所か。


(あぁ、これだから賭けは嫌いなんだ...)


 敗けを引いた彼は、己の選択に溜め息を吐く。

 迫る獅子、憤怒する男。既に力は使い果たし、動かない体。そして、辺りを包んだ火。

 絶対絶命の中、思い返す事など無かった...



 何故なら、それを彼は感知していたから。


「カオス・デスティネーション!!」


 施設に張られていた筈の結界を、強引に破壊したのか。黒いスーツに白金の籠手をはめた少年が、その場に降り立った。


(デスティネーション...「自由者」の拳の技の名か。流石...)

「き、貴様は...!」

「『強欲』の大罪!!」(『強欲』の大罪!)


 常勝無敗の(負け)恥知らず、強欲の能力者、新川白夜。世界の頂点の一人である。


「大丈夫ッスか?」

「あぁ...問題ない。腕が折れただけだ。」

「それ大丈夫ッスか!?」

「ふっ...平気だ。撤退は出来る。任せても?」

「それはもちろんッス。俺は七つの大罪、『強欲』の能力者ッスよ?」


 まだ高校生にもならない子供だが、なんと頼もしい事か。飛びかかりそうな獅子の足を、氷付けにしながらゴミに振り返る。


死神たちからの(グリムリーパーズ)安息(レクイエム)!」


 後は、任せても問題ない。いや、むしろ撤退した方が邪魔にならない。


「てめぇら、覚悟は出来てんだろぉなあ!」


 後ろの怒声を聞きながら、彼は脱出に成功した...。




「...というのが、事の顛末だ。」


 同僚に腕を見せながら、彼は静かに語った。


「あの大罪と話したのか...羨ましい」

「冗談、心底震えたよ」


 年相応の態度に、少し和んだのも事実だが。それ以上に、怯えた。あまりにも強大な力に。本能が逃げろと言っていた。

 せめて情けない姿は、晒さずにすんだと思いたい。


「ほら、包帯は巻いたぞ。病院行けよ」

「仏の力でなんとかしてくれないか?」

「無理だ。暫くは休めとよ」

「そうか、助かったな」


 霊管理委員会。その頂点では、今も世界の崩壊でも起きそうな事件が、軽く処理されているのかもしれない。

 それでも、彼等は一人の人間、全世界を同時には見張れない。


(少しは、恩を返さないと、な)


 そう、そのために、多くの人が集まるのである。一人一人が、己の力を、目一杯に。そして、皆で皆を活かせる用に。今日も、霊の平穏は、守られるのだ。

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