Ⅰ.第4話
室内はさほど広くない。
この宿の中でも割合、上等な部屋をあてがってくれたようだが、それでも簡素な机と対の椅子がひとつあるだけだ。
二人で座れる場所といったらベッドしかない。
「その指輪……」
彼女がレストの指に視線を落とす。
「まだ使ってない?」
つかう?ゆびわを?
いきなり何を言い出すんだ……と不思議そうな顔をしているレストに、彼女は微笑む。
「それは冥界の王家の剣なの。それなら冥界の魂も斬れる。
あなたは『ロードマスター』よ」
「冥界では、常に魂のやり取りを行っていて、死した人間の魂を浄化した後に新しい生命に生まれ変わらせるの。
彼らはその任務のため、許可なく冥界の王宮への出入りが許されているわ」
ロードマスター?……聞いたことがない、そんなの。
『D』以外にも呼び名があったとは。
「暗殺者のあなたは、そうね……魂を壊す者、『ソウルブレイカー』ね、今は。
だけど、魂を浄化して新しい魂を生み出す『ソウルメイカー』にもなれる。
どちらにも成り得る者、それがロードマスターよ」
「それってつまり、何をすれば?」
混乱して、要点を求めたくなる。
「端的に言えば、あなたは仕事の後に魂を回収してメイカーに預けるってことかしら」
「D(Death)を生に繋ぐ役目よ。あなたにこそ相応しい」
ずっと自分は迷惑で厄介な存在だと思ってたのに。そんな俺にも役目があったなんて。
ゼフィアが言うと、その通りだと思えてくるから不思議だ。
自分が生きるに値する人間だと……。
「分からない。けど、オレがやれることなら、やってみるよ」
「で、この指輪が剣ってのは?」
ゼフィアは説明のため、レストの手をとった。指輪をしている方の手を、そっと。
ゾクっとした。
指先から伝わるひやりとした温度に、彼女の体温を想像して。
反射的に動いていた。
剥きだしの肩を掴み、そのまま軽く体重を乗せると、彼女は難なく柔らかいベッドの上に倒れた。
無意識の衝動。……俺はどうしたんだ?
細い鎖骨や首筋がやたら白く映る。
ゼフィアは事の成り行きをただ見守るように、俺を見つめている。
その瞳にあるのは嫌悪でも困惑でもなく、好奇心か?
彼女の柔らかい唇の感触を愛おしむように食む。
ほんの僅かな間だけでもいい。こんなに彼女を近くに感じていられる。
分かってる。夢中なのは俺だけだって。
でも、こうやって応えてくれるなら、少しくらい期待してもいいだろうか……。
「……ねぇ、レスト。指輪の話をするんじゃなかったの?」
呼吸が面倒で、酷なものだと思ったのはこの時が初めてだった。
唇を解放した途端、この言葉だ。
仕方ない、と言いたげな顔でレストは彼女を抱き起した。
そして、素早くもう一度、唇を重ねた。
イタズラっぽく笑う彼をゼフィアはただ見つめ、それから静かに説明を始めた。
「えっと……ってことは、この指輪をして剣を出したいって思えばいいんだ?」
ゼフィアは、少し慎重に、指輪にだけ軽く触れる。
「そうね。思考と繋がっていると考えてくれるといいわ」
魔法みたいだけど、呪文なしっていうのは楽だ。
ただ念じるだけ。
でろでろ……
指輪は白い光に包まれ、金属が共鳴するような音を微かに発すると、美しい剣となってレストの右手に収まっていた。
ゼフィアを思わせる黒い石は、ちゃんと柄に嵌め込まれている。
「練習すれば、必要な時にすぐ出現させられるようになるわ」
「戻すときは……」
はい、同じですよね。
きえろきえろ……
「だけど、なんでオレにこれを?」
冥界の王家の物だと言っていた。
剣身はまだ新しく、一度も使われていないようだった。それを俺が持っていていいのか。それとも、俺のために作ったものなのか。
「あなたは私の特別だからよ。それに、私の依頼にはそれが必要だわ」
真紅のルビーのような瞳が魅惑的な輝きを湛える。
「それを使って、父を殺して」
「父って……冥界の……王……?」
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