Ⅰ.第2話
一部内容を訂正いたしました。
すみませんが、よろしくお願いいたします。
ギラギラと容赦なく降り注ぐ陽光。
「あっちー」
暑さに思わずクラッとする身体をひとまず街路樹にもたれかけ、空を見上げた。
「めーかいがこれほどとはな……これじゃあ、蒸発しちまう」
ここは、冥界と呼ばれる少し異質な世界。
依頼を受けてここまで来たのだった。
だけど、きょろキョロと辺りを見回している俺の方がここでは完全に異質なんじゃないか?
「ちょっと、お兄さん‼ 」
迷える俺の背後から、女神の声が。
「今晩の宿はお決まり?」
振り返って最初に目に飛び込んできたのは、鮮やかな色を重ねた唇だった。俺の好きな色、———赤。
今日は部屋を用意してくれるとか話していたはず。依頼があった時に確か……。
でも、その美しい唇とお別れするのは耐えがたく、自然と悲しげな顔になる。
「ごめん、せっかくのお誘い悪いけど……」
言ったところで、彼女の少し後ろにいるもう一人の接客係が目に入る。なんてことだ。依頼主の申し出を断ってここに決めようか。本気で悩む。
「オネーサンたち、もしかして‟メーカイビジン”ってやつかな?お会いできて光栄だよ、ホント。明日だったらどうかな?」
彼女たちの宿は、お世辞にも豪華とはいえない造りで、元々が何色だったかも分からないような褪色具合だ。
なんとなくの予想はついたが、明日の予約客はいないらしい。
「え?空いてる?それはうれしいなぁ。じゃあ、明晩あそんで遊んで」
見えないハートマークを飛ばしまくって、上機嫌で去っていく姿を宿屋勤務の女性たちは冷静な目で見送る。
「すっご、いい男ですね……でもカルイ」
「どうせ旅人よ。しかも明日の客だし。さぁ、仕事しなきゃ」
依頼人の屋敷はすぐ、ではないが分かった。
通された部屋は天井がやたら高く茫洋としている。客間なのだろうが家具といえばソファがひとつ。
「遅ぇ」
レストは、シガレットケースからその一つを取り出し、ソファに寝転ぶ。
酷暑の中、散々探し回って歩き回って、やっと一息つけた。
だが、待てど暮らせど誰も来る気配がない。
案内係の執事らしき人も引っ込んだきりで、もしかしてもう忘れられているんじゃないかと思うほどだった。
すっかり寛ぎモードのレストだが、その胸中には不安が滲み出してきたところだ。
「ったく……依頼っつうからはるばる来たってーのに。客待たせて何やってんの、ここの主人?」
あ、客は依頼人の方だっけ。
痺れを切らして独白したところで、ドアが開いた。
「ぃや—————」
「どーもどーも」
フリルシャツにタイトなジャケット、眼鏡の痩せた男が頭をかきながら現れた。
髪をくしゃクシャにして、ニヤけた顔をレストに向ける。
眼鏡の奥は笑っていない。かなりの曲者だ。
「訪問暗殺者のレストと申します」
レストは既に立ち上がっていて、にっこりして言った。
先ほどの悪態はどこへやら。変わり身の早さは、さすが『D』か。
すっかり‟営業スマイル♪”だ。
その1時間後……
玄関に出たレストは、ドアに向けて舌を出している。お行儀が悪いが、べーってやつだ。
まったく……冥界とは相性が悪いのか。ここでのレストは悪態ばかりで、その人格に誤解を招きそうだ。
おそらくは、依頼内容が気に食わなかったのだろう。
「だ———っ。なにあの、りんしょくじじー!宿泊させてくれねーの?アテが外れた……——ったく、やってらんないね」
いや……、これは酷い依頼のせいで気が立っていると見える。
だが、そこへ突然、庭の植え込みから少女がぴょこっと顔を出した。
「まァ、酷いことおっしゃるのね」
ヤバッ……
「あ……えっとこれはその……。きっ君は……こ、ここのお嬢さん?」
さらさらのショートヘアが丸顔によく似合っている。
衿にフリルのついたブラウスにタイトなロングワンピース。
可愛らしいこの少女があの兄の血縁者とは驚きだが、兄妹揃って服は淡い配色だ。
「お兄様の悪口言わないでほしいの」
「わっ悪口なんてっ」
「お父様が亡くなってから大変だったのよ」
「う……うん」
少女は咎めているわけではなかった。ただ、兄のことを誤解されたくなかっただけ。
「すまなかった。言いすぎたこと許してほしい」
分かってはいるが、レストにとっては、彼女の兄への感情はまた別物だ。吝嗇……
「君のお兄さんに頼まれたことは、ちゃんとこなすからね」
少女は、なんとか信じてくれたようだ。
はにかむような笑顔で見送ってくれた。
結果オーライで。
先ほどの宿屋が結局、今日の宿泊先になる運命だったのかもしれない。
はやる気持ちでレストが向かったのは語るまでもない。
そこで待ち受ける、彼の運命を変える出会いがあるとも知らずに……。