Ⅲ.第10話
レストは王宮から離れ難くなっていた。
ここでの暗殺を終えて一週間ほど経つが、未だ客間の一室に滞在している。
ギアから呼び出しの手紙が来て仕方なく、仕事の依頼を受けに外出した。
彼のことが気がかりでもあった。
「あいつを護衛するって言ったしな……」
冥界を出ると、地上の景色が目に鮮やかに映った。
きらめく陽光を全身に受けながら、森の息吹を感じる。
吹き抜ける爽やかな風を頬に感じ、春を謳歌する鳥の声さえ祝福の歌に聞こえる。
そうしていると、自分が前とは違うものになったような気がした。
目に見えている部分に変化はない。
でも、心の拠り所、その存在があるというだけで、こんなに人生が楽しいものに感じられるなんて……知らなかった。
仕事の達成感とも違う高揚感。
もしかして、これが『幸福感』というやつだろうか。
毎日ゼフィア漬けで、すっかり世捨て人の気分だ。
儚いその幸せを噛み締める。
旅へ出たら、決して得られない幸せだから。
レストは、今やすっかり拠点となりつつある、あのホテルに向かった。
だが、この仕事で、一箇所に留まることは非常に危険なことだ。
急激に変化した環境と状況……それに彼自身の変化が判断力を鈍らせていたのかもしれない。
ギアはホテルの前にいた。
屈託ない笑顔と相変わらずの大声。
「よお、レストーーー。元気そうだなー!」
両腕を大きく広げて待っている。
「ギアもな。わるかったな、そのままにしてて」
今なら、ハグも受け入れられそうだった。
「よかったな、ホント」
覚悟していたギアの熱いベアハグがきた。
「おれもうれしいよ、レスト」
続けて、背中バシバシのオマケ付き。
肺が苦しげに、むぎゅッと鳴いた気がした。
これを受け止められるのって俺ぐらいじゃないか?
でも、ただの抱擁じゃないのは分かってる。
そのせいで心臓も少し痛かったから。
「本当に感謝してる」
「いいって、気にするな。おれの活躍を見せられなかったことだけが残念だよ」
ギアなりの冗談かと思い、ふざけて言ってみる。
「俺も見たかったよー。こん棒で活躍できるやつ」
「おい、そんなつもりで選んだのか?」
まさかの本気か。
「いや、ギアの強さを引き出せる武器はあれしかないと思ったけど、やっぱりオレの見込み通りだったな、ハハハハ」
冗談のつもりだったとは言えず、誤魔化す。
真相は知らない方が本人のためだな。
満足げなギアは置いておいて、早々に話題を変える。
「で、依頼って?」
「簡単な仕事だからって、いつもの方法じゃなくてホテルに電話があったんだ」
ここに連絡が?
頭のどこかで何かが、掠めた。
「場所を説明するから。レスト、こっち」
ギアが呼ぶ。
「あぁ」
レストは頭を振った。まるで邪念を振り払うかのように。
「片道、数時間ってとこだな」
レストは腕を組み、余裕の表情。
初めての街だが、おひとりさま日帰りコースで行けそうだ。
ギアが、広げた地図の一箇所を指先で叩いている。
「ここに、沼か何かあるみたいだ」
「指定場所の近くか」
「あぁ。教会だって言ってたんだ」
「人の集まる教会を湿地に建てるのはおかしいって?もう廃墟かもしれない。それに、沼じゃない可能性もあるし」
「まぁな。ターゲットは、そこにいる男らしい」
ギアは不安そうな顔をして腕を組む。
その様子を見て、レストのイタズラ心がくすぐられる。
「そんなに怪しげなら依頼を受けるなよ」
からかう言葉にもギアは真剣な顔を崩さない。
「おれもそう思ったんだけどな、随分と『D』にご執心な様子だったから」
俺のファンか。まぁ、たまにはそういうのも悪くない。
「大丈夫だよ。俺には、女神がついてるから」
そのせいで運命の女神が嫉妬するなんて考えもしなかった。
そういえば、ゼフィアは冥界の剣がないことを心配してたな。
まだ心配そうなギアの背中を、今度は俺が平手打ちする番だった。
「心配するなって。気をつけるよ」
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