Ⅲ.第3話
意味が分からないことで悩むのは不毛だろうか。
いずれにしろ、俺は彼女を失った。
それが事実だ。
引き裂かれそうな痛み。
それには覚えがある。
出口のない苦しみが、
決して救われることのない感情が、痛みとなって胸を締め付ける。
ずっと忘れていた感覚だ。
あの頃は、ちゃんと自分の感情を殺せていた。
なのに、今はそれができない。
それは、俺が知ってしまったから。
誰かを想うってことを。
これは俺には、殺せないほど強烈な感情だった。
全ての感情は、自分が作り出している。
同様に、苦しみも与えられるものではなく、自分が心で作りだすものだ。
他人はただそのきっかけを作るだけ。
ここは、あのホテルか……。
ギアが放っておいてくれていることに感謝した。
でも、その沈黙も3日が限度だった。
廊下を、重い足音が行ったり来たり。
往復を繰り返して何度目か、控えめにドアをノックする音が聞こえた。
その音を、俺はベッドの上で聞いていた。
俺はほとんど動けなかった。
頭は働くのに、身体は何かに抵抗しているみたいだ。
この頭ってやつは、何も考えたくないのに、何も考えずにはいられない。
思考を止められたら、苦しみは止められるのに。
レストの返事はなかったが、ギアは部屋に入ってきた。
「レスト、……冥王を倒さなくていいのか?
魂が不当な扱いを受けてるっていうのに、このまま見過ごすのか?」
冥界の王は、再生すべき魂を着服している。
ゼフィアから聞いた話をこの間、ギアにも話した。
「分かってる」
でも、もう依頼はない。
「これはただの依頼じゃないだろ。おれたちの問題でもある」
ギアは彼の心を見透かしたように言った。
「な、行こうぜ!」
「……(無言)」
突然、俺を包んでいた、ふわふわブランケットが消えた。
ギアは無理やり俺の服を脱がした。シャツを引きちぎる勢いで、留めていたボタンが吹っ飛んで散乱する。
「おい、これ、なんか違うだろ!」思わず叫ぶ。
「ハハッ……!元気じゃねぇか。ほら……もう、行けるだろ?」
ハメられたのか。
◇◇◇◇◇
ギアは、いつになく、はしゃいでいる。
「……なんかおれたち、ヒーローみたいだな」
「冗談じゃないわ。ヒーローなんて気持ちわるっ」
棘を隠すことなく、ギアの後ろから現れたのはクイーンだった。
ブラックレザーのジャケットとパンツにショートブーツ 。
やたらと大きい身体に並ぶと彼女の華奢な肢体は際立つ。
「……なんでクイーンがいんだよ」
彼女は、サングラスを外すと、テンプル部分を胸の間に押し込んだ。
「わたし?別にいたくているわけじゃないわよ。呼ばれたのよ、そこのメイカーに。なんか、全体に関わることだからとか言って」
「ギア?」レストは顔を顰める。
「だって、助っ人は必要だろ?……たまたま、街にいたのこの人だけで。仕方なく」
最後の方は彼には珍しく小声になって、申し訳なさげに言う。
「オレひとりで大丈夫なんだけど」
真っ直ぐ前だけを見ながら、レストは1人歩くスピードを上げて先に行く。
「ちょっと!聞こえてるんですけどっ!」
ふたりのじゃれ合いが続いていたが、もう何も頭に入ってこなかった。
彼は、ゼフィアの幻覚を見ていた。
「その顔。幻だと思ってる?」
幻覚は囁きかける。
これまでに俺が見たあらゆる彼女の姿となって。
「一緒にいるわ」
「なぜ来たの?ここは危険よ」
会うたび、彼女のことを考える時間は増え、
その全ての時、俺の全てを彼女が占めていた。
その全てが彼女へ想いの証拠に思える。
ずっと考えていた。
なぜ間違った感情と言われたのかを。
だけど、これは間違いなんかじゃない。
この気持ちが嘘だという方が、よっぽど無理がある。
俺はいつの間にか立ち止まっていた。
「レスト?……大丈夫か?」
追いついてきたギアの心配そうな顔が覗き込む。
次に来たのは、ハグだった。
そのまま、背中をバシバシと平手打ちされる。
「もう大丈夫だ」
俺もギアの背中を平手打ちした。
叩かれたより、はるかに優しく。
「ここまで来たらやるだけだ」
この気持ちをぶつけてやる。冥王にな!
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