あく
誰かが呼ぶ声が聞こえてきた。
「ママ、みてみて」
千代は屈託ない笑顔とともに両手の指先をこれまでかというほどに広げて見つめてきた。
「おてて、手洗いっこしよ」
「いやよ、早く水道で洗ってきなさい」
夕飯の準備に忙しくて千代にかまけて時間なんてないのだ。
「おねがい、一緒に洗おうよ、おーねーがーいー」
いつになくかまってちゃんの駄々をこね始め、台所へと入ってきようとする。
「ちょっと、そんな状態でこっち来ちゃダメでしょ」
先ほどまでとは打って変わって語気が強くなったことを感じ取ったのか、わめき声が止まり、静けさが一面と広まった。
が、後ろから何か「ワッ」っという声とともに、毛虫から出る毒々しい血の色ような色をした細菌どもが私の顔にめがけて向かってきた。
それを避けようと条件反射とともに、細菌を料理道具のお玉杓子で叩き落とした。
その瞬間、じゃりじゃりじゃりじゃりじゃりという音が床中に響き渡った。そして、先ほどまでとは違う何か漂白剤のような痛みとともに真っ白にされてしまうものがあった。
「ママも、おかおにたくさんきらきらつけてるでしょ。だ、だから、お、ど、じ、で、あ、げ、だ、が、だ、っが、だ、の」
そこには千代の姿がぽつりと座り込んでいた。ただ千代が何言っているのか、まったくわからなかった。あんたの砂でまみれたほこりかすと私の化粧の何が一緒なの?何を言っているんだ。
伸びきった爪と指先には砂がぎゅっと入り込み、体は全身淀んで見え、顔は湿りきった泥がところどころ
についていた。
「ああもう、どうすんのよこんなに汚くして」
砂利でまみれた床を掃き始めた。すると、玄関からガチャリと鍵が開く音が聞こえてきた。