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詩集「ニコラ」  作者: 維酉
黙れよ
8/20

たぶん何十年も前に

埋まってしまった希望とか

土の奥底で種になって

いまの樹になる


樹を植えることは

いま この時間を土の中に埋めて

ゆっくりと顔をだした

ちいさな若い芽のために

ていねいに水をやること


光線のなかに見えた熱で

なにもかもちりぢりになったとしても

ひとは種を植える




   ◇




 僕たちが生きることになんのためらいをもつか。僕たちが生きることになんのとまどいがあるか。そんなもの、僕らが決めるし、だれかにいわれることでもないし、生きる、とか、おおげさすぎて、いやだけど、でも、実際に生きてるわけで、僕は、そんな僕が、いまさらながらすきだ。


 大きな樹とか、よく、何千年も生きた樹とか、パワーがあるだのいわれて、で、実際に目の前にしてみると、たしかに、溢れてやまないような隆々としたエネルギーにあてられて、すごい。なんでもできそうな、万能感が、なくもない。


 でも、本当は、樹だってくるしいはずで、僕たちがかってに囃し立ててるだけで、もしかしたら、樹はとっても気弱なやつかもしれない。もしくは、そこにパワーとかエネルギーとかなくて、僕たちがかってにつけた付属品で、つまりそこには、生物的であり機械的な魂、いや、たんなる生命の営みがあるだけで、僕たちが期待するように、樹はすごいものではない。そう思わないこともない。


 生きる、とは、やはり機械的だ。樹のように、とか、そういうことだ。僕たちが生きることになんのためらいをもつか――樹はためらうのだろうか。僕たちみたいに、樹にこころはあるのだろうか。僕がいま、手を置いているテーブルは、樹だ。毎晩よこたわるベッドも樹だ。なんなら、家は、わりとほとんど、樹だ。これらに心はあるか。樹に心はあるか。僕に心はあるか。君に心はあるか。

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