強さを求めいざ道場へ
この世界では剣術、武術、魔術の三種類が存在し、冒険者達は己を鍛えるためにも道場へと通うのは普通のことらしい。元の世界で強く、そして今の世界では最強である俺が師範代と言うのは利にかなっているだろう。
俺は何も考えずに道場へと向かった。
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「すいませーん。今日転生してこの世界に来たんですが、師範代とか募集していませんか?」
「ほぅ、転生者か。何かしらの能力があるんだな。ここへは転生して能力を持った者がよく来るが、そんなに甘いものではないぞ」
オールバックで、顎髭を生やした40代位の男が腕を組ながら俺に対応してくれる。俺はスピードを意識して筋トレをしていたので、俗に言う細マッチョだが、この人はムキムキ筋肉だ。
パワー型なのかな?
「はい。自分では強いと自負しておりますが、それがどれ程のものかはわかりません。それでも最強です」
「ぶぁはっはっは、お前は面白い奴だな。まぁいい、一本手合わせしてもらおう。それでわかるだろう?」
「宜しくお願い致します!」
後々から考えれば道場破りだと言われてもおかしくない行動ではあったが、この世界の転生者は皆が皆、初めは無知なので無礼講が通る。
稽古をしていた30名程が、一旦休憩となり壁際に正座して俺の試合に注目する。道場の中央で先程の人と向かい合い審判が二人の顔を確認すると「始め!」と、声をかける。
凄い、隙が一切無い。下手に打ち込めばカウンターを食らう。今まで試合してきた猛者の中でも間違いなくトップだろう。
摺り足でゆっくりと近づきながら相手の出方を伺う。
「どうした? 来ないならこちらから行くぞ!」
そう言うと、左足をゆっくりと上げ、前に出しながら体重移動し、それと同じスピードで右拳を前に突き出してくる。いわゆる正拳突き。
⋯⋯ゆっくり過ぎない?
まるでスロー再生される動画のような速度で迫ってくる拳を左側へとかわし、がら空きの顔面を殴った。
その瞬間、相手はふっ飛び、道場の壁を突き抜け消えていった。
⋯⋯はい?
状況がわからなかったが、急にプツンと、テレビを消したあのブラックアウトのように視界が消えた。
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⋯⋯⋯⋯はっ!
目が覚め、周りを見渡して見るとこの世界に来た初めての場所へと戻ってきていた。
「フォフォフォ。早いお戻りじゃったのぅ」
「なぁ爺さん、どういうことだよ?」
これは夢かなんかなのか。道場にいたはずの俺が、視界が真っ暗になったと思ったらここに戻ってきていた。意味がわからない。
「じゃから言ったろうが、誰かを殺せばお前さんも死ぬ。さっさと師範代に謝罪しに行った方が良いんじゃないかのぅ」
「えっ!? 俺死んだの? ってか、殺したのか。最悪だ⋯⋯わかった、直ぐ行ってくる!」
そう言うと全力でさっきの道場まで走って行った。
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「すみません!」
道場の扉を開けると同時に、頭を90度下げ大きな声で謝罪した。勿論、人を殺しておいて謝罪したくらいで許されるわけは無い。俺はとんでもないことをしてしまったのだ。
そんな俺の片に手がポンっとおかれ、顔を上げるとさっきまで試合をしていた人が目の前に立っていた。
えっ!?
「⋯⋯まったく、久しぶりに殺されたぞ。お前どんな能力で俺を殺したんだ? ここにいる全員が気づかなかったぞ」
あぁそうか! この世界では死んだら生き返るんだった。
「えっと、最強です」
「⋯⋯」
試合の時とは別の沈黙が道場を包み込む。何て言うか全員が俺を哀れみの目で見てくる。
「お前バカだな⋯⋯」
もう一度、肩をポンっと叩かれた。
「そんなデタラメな能力貰っちまったら代償がとんでもないことになってるだろ?」
「えぇまぁ。殺したら死にます」
「さっきの試合、お前の動きはここにいる全員が気づかなかった。つまり、お前のレベルは高すぎて誰も着いていけない。諦めろ。ここではお前は腐っちまう」
「で、でも。物心ついたときからずっと武術をやって来ました。ここでその経験をいかせられるはずです!」
弱い人が教えるのが間違いだとは思わないが、強い人が教える事は正しいと俺は思う。
「なら、お前は出来る限りの手加減をしながら毎日道場生活を送るのか? それがお前の学んできた物なのか?」
「⋯⋯っ!」
確かに、そんなものは武術に対する冒涜だ。神聖な場所でそんなことをしている奴がいたら俺なら絶対に許さない。
「⋯⋯仰る通りです。私が間違っていました。失礼します」
「何か困った事があれば言ってこい。相談くらいは乗れるはずだから」
「ありがとうございます」
もう一度、肩をポンっと叩かれ、俺は道場を後にした。
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トボトボと歩きながら次の事を考える。剣術はやったことは無いが、多分同じ結果になるだろう。そもそも基礎も知らない。力任せに人を切るなんて俺には無理だ。
なら魔術は? いや、無いな⋯⋯。魔術とか俺使えないし。習ってこれ以上強くなっても仕事にはならないし。
そう思いながら、各道場を通りすぎ、大きな屋敷が目に飛び込んで来た。入り口には警備の為か、武装した二人の男がいる。
これだ!
強い奴が門番なら利にかなっている。当たり前だ。
俺は、ワクワクしながら門番へと話しかけるのだった。