異世界召喚
できる限り、気配と息を殺して、物音一つ立てずに教室に入った。
ぎゃははははと、下品な笑い声を避けながら自分の席についた。
座った瞬間、チャイムが鳴る。朝の時間から殴られては堪らないと思ったとうるはぎりぎりの時間を狙ったのだ。
(はあ、今日はどんなことをされるのだろう?)
感情は決して顔に出さないが、そう心の中で呟く。
一分、二分、三分。
おかしい。このクラスの担任は時間に厳しいことで有名だ。その先生が遅刻するなど。
その瞬間、声が響いた。
『お願いです。私たちを救ってください。勇者様』
出所不明の光が、視界を白く塗り潰した。
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「勇者様が我等の呼びかけに応じてくださったぞ!」
「「「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」」」」」」」
なんだ?辺りが騒がしい。
頭にかかっている霞みを振り払い、情報収集と思考を再開させる。
まだ、あの強い光に目がやられているがぼんやりとする視界の中でもわかることがあった。
周りにクラスメイトが倒れていること。
そして、鎧で身を包んでいる人たちが大勢いることだ。
これでも200人近い二学年の中で上位5名に入るほど頭が良いとうる。また、2つの地獄が存在する日常の中で鍛えられた精神力がここで活きる。とうるの頭はこれ以上ないほど回転していた。
疑問、予測、検証、否定。
この四つの流れが延々と続き、やがて一つの、信じがたいが最もありえる可能性に行き着いた。
それは、画面の中でしか存在しないもの。
それは、ある人種は一度は妄想する場所。主に秋葉戦士。
「...異世界?」
いやいや、嘘だろ。でも。
脳内はクエスチョンマークとエクスクラメーションマーク(いわゆるびっくりマーク)でごちゃごちゃになるが、それでも否定できない。いや、それどころかその可能性が一番高いのだと気づく。
落ち着け。
そう、ここで落ち着いて思考し行動したものがその場の勝者になるのだ。いままで負け犬で、誰よりも勝利を渇望していたとうるだからこそ、それを実践することができた。
光が爆発する前に聞こえた声、「救ってください」。この声から想像するにこの世界は何か大きな危機に直面しているのだろう。
(テンプレどうりなら僕たちは召喚された勇者御一行ってところかな?)
とうるはテンプレな展開が起こることを信じて、明らかに身分の高いことを伺わせる豪奢なドレスでを身に纏った少女に声をかけた。テンプレならこの少女は一国の王女様だろうか。
「すみません。ここは?」
「ご降臨、ありがとうございます。勇者様。ここは人間族の国、セレンバーグ王国王宮の大広場です」
「僕たちは、召喚された。ということですか?それともかなり手の込んだドッキリ?」
とうるは、もしかしたらと思い例えばどこかのテレビ番組の企画であることも含めて聞いた。
「ドッキリとは存じませんが、あなた方は我が国に召喚された勇者様です。異世界の戦士、とも言いますね」
「まじっすか」
「まじです」
とうるはあまりにもテンプレ的な展開に絶句した!クラスごと異世界転移など、某有名ウェブ小説にそっくりである。背の低い女性の先生と、主人公に密かに思いを寄せるヒロインがいないが。
クラスメイトはまだ寝ている、もしくは混乱しているので今のうちに聞けることを聞いておこうと、たまには周りを出し抜いちゃっても良いよね的な考えの元、少女に質問を続けた。ちなみにこの少女、言葉で言い表せないほど美少女である。広瀬と互角といったところだろうか。
「ステータス、もしくは能力値等はありますか?」
「ステータスですね。ステータスオープンと唱えていただければ、貴方の能力値と役割、スキル等が見えますよ。」
「てんぷれぇ」
あまりにもありきたりな呼び名に若干テンションを下げながらも、ステータスオープンと唱える。すると視界にぼんやりとそれっぽい何かが表示された。
名:トウル カゲヤマ 男性
年齢:17
役割:ハッカー、プログラマー、スリ師、数学者
称号:復讐に燃えるもの、異世界からの戦士、神を驚愕させたもの。
加護:神からの加護
能力値
筋力:500
体力:700
防御力:1500
魔力:900
速力:800
知力:1700
精神力:25900
固有スキル:
気配遮断、ハッキング、プログラミング、言語理解、
アクティブスキル:
スリ、逃げ足
パッシブスキル:
器用、演算
「なんか、文字や数字が視界に映っているんですけど」
「そちらが勇者様のステータスでございます。」
そうだろう。これほどわかりやすいステータスはない。
「この役割ってなんですか?」
「はい、ステータスの上から順に説明していきますね」
「お願いします」
美少女はニコッと笑ってはいと言った。
「上から、名前、性別、年齢、役割です。ロールとはその人にあった天職の事です。誰でも一つ持っているものですよ」
「僕、4つあるんですけど」
そういうと、少女は驚いた顔をして、
「まぁ...!さすが勇者様です。ロールを4つも持っているだなんて」
「次の称号って?」
「はい、称号とは天から与えられたその人のことを表したものです。私はこの国の王女のなので、『一国の王女』という称号を持ってますよ」
(その人のことを表したもの、ね。だとしたら僕の称号、『神を驚愕させたもの』はなんなのだろうか。)
「加護はその人に与えられた保護の証です。確か、いままでの勇者様は経験値10倍の『神からの加護』でしたが」
「うん。僕のステータスにも神からの加護があるよ」
「それはよかった。おめでとうございます。次は能力値ですね。能力値とはそのまま、その人の能力の高さを表しています。勇者様位の歳であれば平均は400程ですが」
(平均400か、僕の精神力25900もあるんだけど。っていうか精神力ってなんだよ)
「スキルってのは、そのままだね。その人の技みたいなものだろう?」
「はい、その通りです。ユニークスキルはその人のみが持つ特殊なスキル。アクティブスキルは意識したりすることで発動するスキルで、パッシブスキルは常時発動しているスキルですね」
とうる、いやトウルは二度目の絶句をした。よく見たらこのステータスまでテンプレであると。さらに言うと自分のステータスは明らかに戦闘向きではないと。
(ていうかなんだこれ?ハッカー?プログラミング?異世界にもコンピューターがあるのか?)
「すみません。この世界ってコンピューターってありますか?」
「こんぴゅーたー?それはなんですか?」
どうやらこの世界にコンピューターはないらしい。まあ当たり前だが、魔力というパラメータがあるので魔法の世界なのだろう。
ここでトウルは気がついた。何故ここまで自分は冷静なのだろうと、ありえるとしたら一つしかない。
(精神力ってこのことか。冷静になれる、いや、自分の感情をコントロールできる値か。)
そう推測していると、後ろのクラスメイトが次々に立ち上がって来るのを感じた。
斎藤や他の不良組、島田、福島、南部等もいる。だが、不思議と恐怖は感じなかった。これが精神力が高い恩得だろうか。