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この異世界に明日なんて無い  作者: チョコモナカジャンボ
3/8

二日目

「チチチ……」


清々しい鳥の声で目が覚める。


いつもはもっと遠くから聞こえる鳥の鳴き声がやたらと近くに感じて光の方へ顔を向けると洞の縁に小鳥がとまっていた。


小鳥と目が合うと驚いたように飛び去っていく。


そうだ、昨日は洞の中で寝たんだった。


何事もなく夜を越せたことに安堵すると同時に、これからのことを考えてブルーな気持ちになる。


昨日のことが夢だったらどんなに良かっただろう。


陽の明るさからして結構ぐっすり眠れたみたいだが、足腰はやはり極度の筋肉痛になっていた。


慣れない寝相だったためか、身体全体がキシキシと痛む。


外に出るため洞穴から顔を出すとすぐ下の地面に鞄が落ちている。


忘れたまま洞に入ったのか。


顔から腕、身体をどうにか外に出し、腰を盛大に木で擦り剥きながら捻り出されるようにして洞から落ちる。


出入りがかなりキツい。


筋肉痛が酷いので、地面に寝たまま大きく背伸びとストレッチを繰り返し、起き上がって屈伸とうろ覚えのラジオ体操で体をほぐす。


身体の芯に疲労が残ったような状態だが、歩いているうちにどうにかなるだろう。


とりあえず今日は川を探さなくては。


鞄から取り出したペットボトルの水を一口だけ飲むと、昨日から何も食べていないためか、胃に水が浸透していくのが分かる。


さて、川といってもどこに向かうべきか……。


歩きにくくなるけど鞄は持っていこう。


道がないから迷ったらこの大樹の元まで戻ってこれない可能性もある。


まずは戻ってこれるように方向を決めようとするも、なにも指標になる物がない。


見上げると青空に太陽がまぶしい。


多分、あっち側から上がってきてるから大体あっちが東で、逆のこっちが西か。


他に情報がない以上、太陽の流れに沿って歩いてみよう。


太陽の方向とはいっても所詮は感覚的なもので、歩くたびにズレるだろう。


多分この大樹以上に安全なところはなさそうだからまた戻ってこれたらいいな……。


鳥や甲高い獣の声が響く名も知らぬジャングルを再び歩き出す。


もちろん戻るための印として手頃な枝をポキリと折っていく。


歩きながら杖か武器になりそうなものを探していると、ちょっと太いが程ほどに乾燥した杖になりそうな落ち木を見つけた。


持ってみると少し重く、杖というより棍棒か。


辺りの木にぶつけてみても割れたりはしなかったのでこれを杖にしよう。




三十分くらいは歩いただろうか?


川は見つからず、せせらぎの音も聞こえない。


このまま進むべきか、一旦戻るべきか……。


枝は所々で折っていてもこれ以上進むと戻り道が分からなくなるだろうし、正直なところ今から戻ってもあの場所に辿り付けるかどうか怪しいかもしれない。


昨日の筋肉痛が残ってる上にもうさすがに動きたくないし……。


……よし、戻ろう。


太陽はちょうど真上に来ているから、今の時間はおそらく正午くらいか。


屈伸をして戻ろうとしたその時、視線の先に一匹を見つけた。


野犬、いやあれは狼か。


灰色と茶色を混ぜたような犬らしくない毛並で、身体は中型犬と大型犬の間くらい。


テレビや写真でしか見たことはないが、野を生きた鋭い目をしている。


やばい。


顔は動かさずに目だけで周りを見渡すが、あの一匹だけなのか。それとも隠れているのか?


一匹ならどうにかなるかと考えていたが、実際に遭遇してみるとかなり無理そうだ。


二匹以上なら食い殺されて餌になるしかないだろう。


どうする……逃げても絶対追いつかれるから、敵意を見せないように我慢して素通りしてくれることを祈るしかない。


もし襲ってくるなら先手必勝、この杖でぶっ叩く!


そう思ったとき、狼がゆっくりとした足取りで近づいてくる。


愛玩動物のような優しい歩みではなく、俺を食い殺すための動きだ。


狼がのそりと脚を運ぶ度に五十メートル程あった間隔が少しずつ縮まり、比例して場は緊迫していく。


四十メートル、三十メートル、あと二十メートルになるかというところで狼が駆け出した!


一気に詰まる距離。


反応して杖を構えようとした時には狼は既にこちらへ向かって飛襲してきた。


速、まずいっ!


飛びかかってきた牙から顔と首を守るように腕でかばった瞬間、右腕に牙が深く突き刺さる。


「ぐああああっ!?」


狼の飛びかかった勢いに負けて押し倒されるように後ろに倒れ込もうとするが、このままだと食い殺されるだけだ。


パニックになりつつも牙が食い込んだ右腕を引き寄せれば、ぶちぶちと血管か筋が千切れるような音がする。


腕に強烈な痛みを感じつつも、体勢を変えることに成功。


マウント状態で押し倒されることなく、狼と横になったまま一緒に倒れ込む。


倒れた瞬間、また腕に強い痛みが刺さる。


丁度狼の頭のところに岩があった。その衝撃か。


しかしそれでも狼は腕を離さない。


こっちの選択肢は一つ。


殺す、殺す、ぶっ殺す!


「クソがッ殺すぞコラアァァァァァッ!」


湧き上がる殺意を声にして空いた左手で狼の脳天を殴りつける。


「がっ!」


少しずれて目の辺りに拳頭がヒット。


頭蓋とは別に一瞬の柔らかい感触は眼球か。


だがそれでも牙は腕を放そうとはしない。


「離せクソがあああああっ!」


「グルルルルルルルゥ!」


何度も左手で狼の頭を殴りつけると右腕から大量の鮮血が散り、俺と狼の両方を赤く染めていく。


右腕はもうだめか。


たまに殴り損じて牙に当たり左手の拳周りに鈍い痛みが走る。でも今は気にしている場合じゃない。


殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す!


ふと右腕の牙が外れた瞬間、狼の首が暴れ狂ったように俺の首筋に襲い掛かる。


左手で狼の頭、右手で喉元を抑え、咬みつかれる寸前で回避。


動くじゃないか右腕!


左手の親指がちょうど右眼の位置に。今なら!


「っ!」


親指の爪を立てて狼の目へ一気に押し込むとゴムのような柔らかい感触を突き抜けて第一関節まで入った。


「ギャインッ!」


さすがに効いたか、全身を使って離れるようとする狼。


逃がさん。確実に殺す!


「キャイイイイイッ」


更に左親指を眼球に押し込みながら、狼の頭を全力で岩に叩きつける。


「うおおおおおおおおおおっ!」


重さに耐えきれず途中で右腕が離れるも、どうにか雪崩式で岩にぶち当てた。


「ギャインッ!」


その反動で左の手も放してしまう。


岩に頭と前足が当たったようで、狼は前足を折り曲げてひょこひょこと距離をとる。


折れたのか。チャンスだ。


頭は沸騰するように熱くなっているが、今の状況を正確に判断できる。


襲われたときに手放した杖を見つけ、拾い上げると同時に狼へと駆け出す。


狼は両目から血を流しながらこちらに顔を向けて横向きでひょこひょこ逃げているが、ハンデは大きく一気に差が縮まる。


「ッ! 死ねオラァァァァッ!」


杖を振りかぶり、大きく踏み込んで全力で叩きつける。


「ギャイィィンッ!」


腹背に直撃。狼は情けない声を上げて岩場に倒れた。


さらに杖を振り上げて今度は真上から一直線に叩きつける。


「キャインッ!」


頭に当たる。狼はもう動けない。


もう一度、さらにもう一度、念を入れてもう一度。音が出なくなっても何度も何度も打ちつける。


「ハァ……ハァ……ッ、ハァ……ハァ……ッ」


そして糸が切れたように杖を手放し、その場に座り込む。


……殺した。殺せた。


どこかで間違っていれば首元を食いちぎられ、死んでいたのはこっちだった。


出会った以上はどちらかが殺される運命だったんだ。


最早どちらの血なのか判らないが、血まみれの狼を見てふと気づく。


狼の腹はアバラ骨が浮き出ており、かなり痩せているようだった。


確か狼は群れる習性があるはずなのに一匹だったことを考えると、群れから脱落したはぐれ者だったのかもしれない。


もし向こうが万全の状態だったら最初に押し倒されて終わっただろうな。




死体や爪と牙でボロボロになった服を確認して息が落ち着いてきたころ、あることに気づく。


気づいた瞬間、火照った頭が一気に醒める。


まずい、非常にまずい。


血まみれの右腕、狂犬病、破傷風、失血死。


昨日から何も食ってないのにこの流れ出た血はどうやって補う?


やばい。やばいやばいやばいやばい。


少し離れたところにあったカバンからまだ震える手でペットボトルを取り出して、残さず一気に飲み干す。


水、栄養、足りない……傷口も洗い流さないと。


呆けている時間はないと己を奮い立たせ、鞄と杖を持って歩き出す。


空を見上げるとまだ陽の傾きはそれほどでもない。


午後一、二時といったところか。


陽の落ちる方向が東だから、今は東に進んでるのか。


あ、狼と遭遇する前までは戻ろうとしてたけど……まぁいいか、今更あの場所に戻っても水場が見つからないとどうしようもない。


戻るよりは進んだ方が可能性はある、はず。




少し進んだところで、木のせせらぎに混じる若干の雑音を聴き分ける。


風のような、ノイズのような、僅かな音。


進む度にその音は少しずつ大きくなり、一つの確信を得る。


川がある。


満身創痍だった体に活力が戻ってくるのがわかる。


今まで杖をついてのろのろ歩きだったのがウソのように、力強く歩を進めた。


水だ。腹いっぱい水が飲める。


魚もいるかもしれない。釣り竿なんてないから捕れないけど。


渓流釣り。ベイトリールのタックルとウェアを車に積んで毎年シーズンにはよく行ってたな。


音のする方へと歩き続け、遂に川を発見。


渓流釣りのシチェーションそのもので、少し下ると小石が散らばる川原の先に太さ十メートルくらいの透き通った川が流れていた。


思わずガッツポーズを決めて川へ走る。


川に手を触れてみると、すこぶる冷えていて気持ちいいが、すぐに体温が持っていかれる。


この状況で身体を冷やすのは良くないな。


まず、両手をしっかり洗い、手で掬って水を飲む。


……うまい、水ってこんなにうまかったのか。


何も食べていないためか、水のミネラルまで感じ取れる。


五臓六腑に染み渡るとは正にこのこと。


「ふぅー」


キンキンに冷えた水を何度も掬っては飲み続けて、気が付けば結構腹に溜まっていた。


次は覚悟を決めて赤茶色に染まった右腕を川の深めの所に突っ込む。


冷たい、痛い。


こびりついた血が洗い流されていくと、直径五ミリくらいの牙の痕が二つと、他にも小さな穴が幾つか穿たれていた。


左腕も擦り傷や切り傷、青痣があり、見た目はかなり酷い。


手遅れかもしれないけど、しっかりと洗って清潔にしないといけないので、辺りを警戒しつつ上半身裸になって肩口まで入念に洗う。


洗っていると、急に涙が溢れてくる。


「うぐ……うっ……うう……」


こわい、怖い、恐い。死ぬのか俺は?


鼻水もずるずると零れるが止めようもない。


気が狂ったように激高して俺を追い駆ける村人達、一瞬にして襲い掛かる狼。人が生きるには厳しすぎる森。


なんなんだココは。いやだ、死にたくない。生きたい。帰りたい。




しばらく泣いたあと、川の水ですっかり冷たくなった腕を出して顔をザブザブと何度も洗う。


鞄から入れっぱなしだった紺色のハンカチを取り出し、また血が少しずつ流れ始めた右腕にしっかりと巻きつけると大きい傷穴の部分から血によって赤黒く染まっていく。


……まぁ、巻かないよりかはマシだろう。


渓流の水でペットボトルを満タンにする。


とりあえず無事……ではないが水はゲットだ。


あとは食べ物さえあればいいが、その食べ物がない。


鞄を探ってタバコの空箱とオイル満タンのライターを取り出す。


とりあえずライターが付くか試すと普通に火がついた。ありがたいことにオイルはほぼ満タンだ。


これで落ち木を集めれば焚火は出来るから、焼いて食うこともできる。


ただ、肝心の獲物がない。


川に魚は居そうな感じだが捕まえる手段がない。


泳いでいる天然の川魚を手づかみで捕るのは、動きが速すぎて絶対に無理だ。釣竿か網がないとどうしようもない。


魚がダメなら木の実とかはどうだろう。


周りに生い茂る木々を観察するが、緑の葉と枝ばかりで木の実らしいものはない。


そもそも野生の木に都合よく実がついている方が珍しいか。


せめて秋ならどんぐりとかありそうだが……今の季節はどうなってるんだ?


服装は長袖の恰好だし、最後に残っている電車の記憶では三月末だったはず。


この山の季節は、緑の茂り方からするとやはり春か初夏といったところか?


あ、もし外国だとすると日本とは違う季節だったりするんだっけか。


さっき身体を洗ったときの襟口の汚れ方からして、そんな何日も着ていたような汚れではなかった。


……となると、最後の電車での記憶からそんなに日は経ってないのか。


情報を整理しよう。


一つ、三月末の電車から記憶が途絶える

二つ、目が覚めたら山の中で肝心のスマホは電源が入らない

三つ、麓の村人から察するに場所は日本ではなく海外のどこか

四つ、季節は春または初夏

五つ、記憶が途絶えた時と全く同じ格好

六つ、服は一か月着ていたような汚れではなく、むしろ数日程度の汚れ

七つ、財布の中身は日本円のみで一万四千円と少し。

八つ、なぜか人間が原始的かつ超排他的で言葉が通じず、俺を殺しにかかってくる


これらの情報をまとめると、俺は時空を超えてワープ、またはタイムスリップした可能性が非常に高い。


あと残る可能性は、無意味に拉致されて秘境に捨てられた、くらいか。


もし、別人格になって無意識のうちに渡航しているなら、財布には外国の金とかパスポートが入っているはず。


拉致して捨てるくらいなら、絶対万札の入った財布がそのままということはないだろう。


そもそも着替えもなく、最後の記憶と服装が一緒だというのがおかしい。


絶対あんな山の中で何日も寝てたらもっと垢で汚れているし、汚れる前に狼の餌食になっている。


……頭の中がゴチャゴチャになってきた。


なんだよワープって。非現実的すぎるだろ。


もしかしたら何か肝心な見落としがあるのかもしれないが、今は全く見当もつかない。




考えてもしょうがないので、食い物を探す。


木の実はない、魚も捕れない、あるのは木の周りに生えるキノコだけ。


キノコはさすがに怖くて食えない。


以前、渓流釣りのついでにキノコ狩りをしてみようかとネットで調べたら、毒キノコの多さと見分けの難しさ、そして毒の凶悪さにビビって断念したことがある。


そうなるとあとは叩き殺した狼の肉くらいか。


しかしナイフも無しにどうやって捌く?


前に見たサバイバル漫画だと石を割って石包丁にしていたけど、そんな簡単に出来るものだろうか?


適当に見つけた手頃な石を岩の上に置いて、それを頑丈そうな丸石を叩きつけてみる。


カッ!


……割れて飛んで行ってしまった。


やはり漫画みたいにうまくいかないか。


どうせ出来たとしても狼の毛皮を捌くのは無理だろう。


こうなるとキノコだけはと思ったが、背は腹にかえられないか。


どうせなら安全そうな見た目のキノコを、と思って下を見た時、地を動く小さな物体を見つける。


蟹。沢蟹だ。


五百円玉程度の大きさだが、素揚げにするとうまいらしい。


渓流釣りの時に何匹か見つけて捕ったけど、結局三匹くらいしか捕れなくて、調理するには少なすぎたから結局放流したな。


捕まえやすくて、栄養も豊富そうで、火を通せば寄生虫の心配も多分ない。


よく考えると今の自分に必要な条件が全て揃った完璧な食材だ。


早速歩く蟹を捕まえよう。


確か石の下とかにいるはず。いた。


一発目の石で二匹ゲットできて幸先は良い。


手の中でモゾモゾ動かれるのも面倒なので、逃げないように岩に投げつけて締めておく。


その後、水の冷たさも忘れて計二十匹を捕獲した。


血が少なくなって食事もしていない状況を考えると、いつ貧血で倒れてもおかしくないので早速調理しよう。




よし、適当な落ち木を小山になるくらい拾って準備完了。


蟹はよく見れば甲羅が割れたりして見た目が可哀想なのも出てしまったが、どうせ腹に入れば一緒だ。


あ、しまった……フライパンがない。


漫画みたいに平べったい石を加熱してフライパン代わりに?


そんな火力を出せるわけがないし、時間もかかる。


小さい沢蟹を焼ければいいんだ、適当に枝に刺して焼こう。


集めた枯れ枝と枯葉を一ヶ所に積んで、いい感じに細く尖った枝に蟹を刺してみる。


バーベキュー串みたいに貫通させて何匹も刺そうとしたが、うまく刺さらなかったり蟹がバラバラになってしまい難しい。


確実に一匹ずつ刺して焼くことにしよう。


ライターでどうにか火をつけると、枯れ木は想像以上の勢いで燃え広がっていく。


枝をくべて蟹を焼いてみると、香ばしい匂いが漂う。


一分ほどで朱色に変化した沢蟹を枝から外し、丸ごと口に入れてバリボリ噛み砕く。


殻は焼けていても中は半生で、なんとも生臭い味が口内を蹂躙する。


「ウウ……オエエッ」


貴重な栄養素を飲み込もうと頑張ったが、本能が拒否して吐き出す。


寄生虫のことも考えると生はダメだ。


焼かれたことで絶妙に生臭さが際立っていたように思う。


これなら生は生で食べた方がまだ食えそうな気がする。食わないけど。


水で口を濯ぎ、気を取り直して二匹目を入念に焼く。


朱色からちょっと焦げが目立つくらいになった沢蟹を先ほどと同じように一口で頂く。


「あちっはふっ」


バリ、ボリ。


しっかり焼くとスナック菓子のような食感で、ひとしきり咀嚼して飲み込む。


特にうまくはないが、食べられないというほどではない。


焼き立てだから当然熱いが、その分香ばしさがあって食べやすい。


これは塩さえあればおいしいはずだ。塩さえあれば。


残りを一匹ずつ焼いては食べる。


十匹を超えたあたりから味に飽きるが、好き嫌いが言える状況ではないのでどうにか全部腹の中に収めた。


最後に水で流し込んで手から杖と鞄を持って立ち上がる。


とりあえず最低限の栄養と水分は補給できた。


これから沢蟹で腹を満たせば栄養失調で死ぬことはない。


腹を壊す可能性もあるが、その時はその時だ。


空は茜色になりかけており、もうしばらくすれば山全体を染めるだろう。


今日は大樹に帰ってぐっすり寝よう。


狼との一戦で死ぬほど疲れた。




慎重に来た道を戻り、狼の死骸がある場所まで来た。


他の獣が死体を食っていたりしないか恐かったが、どうやらあれからそのままのようだ。


あの時のまま目玉が潰れた狼は血まみれで横たわり、ハエが何匹も飛び交っている。


さて、狼に襲われる前は……あっちの方向だな。


たしか洞から出て三十分くらい歩いた辺りで東に進んでいたから……ここからだと西に目印があるはず。


少し周り散策しても見つからず、焦り始めたころに目印の枝を折った木を見つけた。


危ない危ない。分かりやすいようにもっと折っておこう。あとは折れた枝をたどりながら西に進むだけだ。


狼に遭いませんように、と強く念じながら足早に歩いた。




大樹の洞に戻る頃にはギリギリ枝が見えるくらいの暗さになっていた。


あと十分遅く帰っていたら迷っていたかもしれないし、次からは早めに戻るようにしよう。


洞の位置的に出入りが厳しいので、入り口の真下に一抱えくらいの岩いくつか転がしてきて、動かないよう数個積み上げる。


これでかなり出入りしやすくなった。


小便を済ませた後、昨日よりもすんなりと洞内に入り、水を少し飲んでから目を閉じるとあっという間に眠り落ちた。

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