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この異世界に明日なんて無い  作者: チョコモナカジャンボ
1/8

序章

タイトルの「明日」は「あす」と読みます。

ガタンゴトン、ガタンゴトン


ふと、手にしたスマホから顔を上げて正面の窓を見る。


反射して映る顔は、濃い眉に目はパッチリとしていて小さめの鼻と口がついた見慣れた童顔。


その奥に流れる風景は、とうにコンクリートの街並みを過ぎ、もうすぐ深夜と呼ばれる時間に差し掛かろうとするためか、ポツリポツリと街灯が見えるだけ。


スマホに視線を戻すと時間表示は二十四時ちょうど。


最近は仕事が忙しく、電車の中で日付を跨ぐのも珍しくはない。


これから十時間後には先ほどまで居た会社の机に座っているのかと思うと、気だるい体がさらに重くなる。


九州の田舎から東京に出てきて、なんとか中途採用で入れたゲーム会社に居ついてかれこれ七年。


ゲーム業界とは言っても、儲かってるところなんて実際は大手やスマホ系のごく一部で、その他は大体が自転車操業。


給料は安く、残業代なんてものは当然ない。


それでも駆け出しの頃と比べればそれなりの贅沢をできるようになっただけマシか。


なので今日も電車に揺られながら帰りのスーパーに半額弁当が残っていることを祈る。


(からあげ弁当とかノリ弁が残ってたら嬉しいけど、どうせ切干大根とかジジ臭い総菜くらいだろうな……)


そんなことを考えつつ、スマホでお気に入り投稿者の新作動画を観ながら電車に揺られる。


いくつかの駅を通り過ぎて終点まであと4駅というところで、ふと気づけばいつのまにか車両には自分一人か。


いや、離れた端の方にスマホを眺めている女性が一人いた。


下を向いているので顔はわからないが、遠めでも綺麗めなOLさんといった雰囲気。


垂れた髪で表情は隠れており、うつらうつらと舟を漕いでいるようだ。


(降り損ねてたら可哀想だな……でも、わざわざ声かけるのも面倒だし、まぁいいか)


ぼんやりと思いながらその女性を眺めていると、疲れのせいかこっちも瞼が重くなってきた。


(やばいな、眠い。急に、眠気が……。もう少しで降りるんだから、寝ちゃ……だめ……スヤァ……)


そしてイヤホンから流れる動画の音声が、ゆっくりと眠りへ誘った。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


……眠い。でも起きないと。そろそろアイツが起こしにくる。


でも眠い。


コツコツと地面を叩く足音が近づいてくる。やっぱりもう時間か。


衣擦れの音。


「アニキ、起きてくださいよ!」


ほら来た。なんで朝っぱらからこんな厳つい声で起きなきゃならんかね。


「アニキ!」


はいはい、分かったよ。起きますよ。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「……駅ぃー、お忘れ物がないようお気をつけくださいー」


(……ハッ! やばい寝過ごした!)


横の鞄を掴んでダッシュで電車を降りると同時に、電車はプシューと音を立ててドアが閉まり去っていく。


降りた先は全く見覚えのない駅だった。


電車が去って明かりがなくなると、ホームの電灯は離れたところに一つしかなく途端に周りが暗くなる。


(どこだココは?)


見知らぬ駅の無骨なホーム。


それだけならまだマシだが、地元にあった寂れた無人駅のように周囲にも人の気配を全く感じない。


こんな時間だからしょうがないとはいえ、どうにも静かすぎて不気味に感じる。


駅の周りは真っ暗、家の明かりが一つも見当たらない。


(……ということは山とかそんな田舎の方か? こんな田舎まであの電車一本で行けたのか。それにしても暗いな)


ふと、昔観た和製ホラー映画のワンシーンを思い出す。


(いやいや、そんなことよりまだ戻りの電車があればいいけど、時刻表はどこだ?)


鞄からスマホを取り出して電源ボタンを押す。


しかし、画面には何も映らず電源ボタンを長押ししても全く反応なし。


(……このタイミングでバッテリー切れとかマジ最悪。動画なんか観るんじゃなかった)


スマホを鞄にしまい、なんとなく灯りのある方とは逆を向いてみる。


十メートルくらい先までホームがつづいているのは見えるが、その先に改札や時刻表があるのかは暗くてわからない。


(さすがにこっちじゃないか)


向きを変えて灯りの方へ歩いていくと、電灯の直下に並んだベンチの傍に杖をついた少し腰の曲がった老人が立ち俯いていた。


こげ茶色のスーツに合わせた同色のハットを被ったオシャレな老人といった感じで、腰が曲がっていても俺と同じ目線くらいだから元々の身長は結構デカそうだ。


(ハットの影で顔は見えないけど、たぶん70歳くらいかな……いや、それよりになんでこんな時間に?)


疑問が頭の中を駆けていく。


電灯の付近にあると思った時刻表は見当たらず、改札はおろか階段もない。


さらに先の方は……真っ暗でとても改札があるとは思えない。


レールに挟まれた一本の長いホームが続いているだけ。


(おかしい。一体なんだこの駅。もしかして本当に無人駅か? やっぱり聞いてみるしかないか)


「あの、すみません。ここの改札ってどっちにありますか?」


歩みを止めて聞いてみると、ハットで隠れた顔を少しこちらに向け、両手が置かれた杖から、上の左手がゆっくりと持ち上がる。


何も言わない老人によって上げられた手は、正面の虚空を指差した。


「へ?」


指差されたそこには降りる階段なども何もなく、思わず声がでる。


(……ホームから路線に飛び降りろってことか?)


意味が分からず老人に意味を問おうとした瞬間。


―ガタン―ガタンゴトガタン―ガタンゴトン―


電車が近づく音。


(乗って来た電車とは逆方向から来てるってことは……戻れる!)


速度を落としながらこちらへ向かってくる電車を見つつ、回送ではないことを祈る。


(頼む……さっき老人が指差したのも電車が来るよって意味だろうし、きっと大丈夫なはずだ)


「あ、ありがとうございました」


礼を言うと電車の灯りの逆光を浴びる老人はコクリと首を少し傾けるだけ。


(変わった人だなぁ。ん、もしかして喋れないのか?)


老人からの言葉を待つ間にゆっくりと電車が止まった。


いかにも田舎と言わんばかりの寂れた四両編成電車は灯りに薄く照らされ、扉が音を立てて開く。


行先を示す上の表示は暗くて読めない。電球が切れているのか。


(まぁとにかくこれに乗れば少しは家に近づくから、行けるとこまで行ってタクシーを拾うしかないか。最悪ネカフェかなぁ……本当にどこだよココ)


かすれた白線を越えて電車に乗るが、見たところどうやら乗客は誰もいない。


座席の端に腰を下ろそうとしてホームの方へ振り返るが、老人は動かずにホームに突っ立ったままだった。


(は?……この爺さん、乗らないのか?)


「えき……ぎは……き……」


その時、薄暗い車内に擦れたアナウンスが壊れたスピーカーのようにかすれて響くと同時に得体の知れない不気味さが湧き上がってくる。


なんだ?


何かが、おかしい。


強い違和感。


何なんだココは?


この電車はドコ行きなんだ?


そもそも何なんだこの駅は。


こんな駅おかしい。


この電車はダメだ。


降りないと!


そう思って一歩踏み出そうとした瞬間、音を立てずに扉が急に閉まる。


それはまるで口に飛び込んだ獲物を逃がさないように。


閉じた扉を挟んで正面にいる老人を見ると、俯いた口がいやらしい笑みを浮かべるように開く。


「ひっ!」


弧月のように開いた口から見える老人の歯は、全部真っ黒だった。


そして老人の顔はこの世の者とは思えない程に嗄れていた。


なんだこれは!


やばいやばいやばいやばい!


絶対おかしい!


電車がゆっくりと動き出す。


「ちょっ待って!」


慌てて扉に手をかけるがビクともしない。


「くそっ! だれか! すみません! だれかいませんか!」


車掌のいる先頭車両に行けば……!


そう思って前方の車両に目を向けるが薄暗くて次の車両が見えない。


ぞわりと背中を掛ける違和感。


こんなことはありえない。


よく見ると窓の外にも一切光がない。


必死に窓から四方八方に明かりを探すが見当たらない。


山々に囲まれて街灯や家の光がないんじゃない。


黒、黒、黒。月も星も街灯も家の明かりも、一切の光がない。


いつのまにかトンネルに入った?


否。それなら音で分かる。


あるのは辛うじて車内を照らす薄暗い電灯だけ。


急に体から血の気が引いて、指先から腕が冷えていく。


これは、何なんだ。


夢だ、これは夢だ、絶対に夢だ。



ふと、聞こえるべき電車の音すら聞こえなくなっていることに気付く。


電車は止まっているわけでもなく、振動を伴って間違いなく進んでいる。


発車したときは聞こえていたか、覚えていない、いやきっと聞こえていた、いやわからない。


静謐と言うにはあまりにも不気味な空間。


このままどこへ行くのか、と思ったとき、ジジ……と車内の電灯が瞬く。


その度に訪れる闇。本当の暗闇。


もしこのまま電灯が消えてしまったらどうなるのか。


音無き闇、闇、闇。


点いたり消えたりの間隔が少しずつ短くなり、闇の時が増えていく。


このまま真っ暗になってしまったら自分は一体どうなるのか。


降り積もる恐怖に耐えかねて叫ぶ。


「だれかっ! おーい! だれかいませんか!」


声を荒げるも空虚に吸い込まれていく。そのあいだにも電灯は点滅して消えかけていく。


ドアを何度も蹴っても、まるで壁を蹴ったようにビクともしない。


「だれか! おいっだれか! だれか! だれか!」


叫ばずにはいられない。叫ぶのを止めたらきっと消えてしまう。


「だれか! 助けて! だれか!」


言い知れぬ恐怖に溢れる涙も拭わず叫ぶ。しかし最後の点灯が虚しく終わり、全てが闇になった。


「だれかあああああああああああああああああ!」


最後に叫び、そこで事切れるように意識が離れた。

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