第95話 樹木龍の引越し
いつも誤字報告ありがとうございます
「なっ! なっ! なっ!」
ノスフェラトゥさんが「な」しか言わなくなった。
他の同行者は何も言えないみたいだし、気を失ってる者までいる事を考えれば「な」だけでも言えてるノスフェラトゥさんは幾分マシか。
「ノスフェラトゥさん。ここに…あー、もう連れて来てくれたんだ。あの樹木龍達をここで保護するから、ノスフェラトゥさん達で管理してね」
「な!? な? な?」
やっぱり「な」しか言わない。
「ここはどこなのだ」
口を開いたのは獣人達の長。その場その場で生きる脳筋だからこそ転移の初経験のショックは無いみたいだ。
逆にノスフェラトゥさんも多少脳筋寄りではあるが、魔物の上位種であり管理側という職務をして来ただけあり、ショックを受けるぐらいの思考能力はあったようだ。
「ここはね、この森で二番目に魔素濃度の濃い場所だよ。以前に森のナンバーワンが棲家にしていたところ。さっきまでニーズヘッグが居座ってたんだけど、退場してもらったんで、これからは樹木龍達の縄張りにするんだ」
そう説明して樹木龍達がここにいる理由を説明した。
「それで、ここの管理をノスフェラトゥさんにお願いしたいんだ。管理棟とか好きに作っちゃっていいから樹木龍達を護ってあげてよ」
「な……二番目? 樹木龍? 管理?」
「管理とは退屈な仕事だな。そんなのはお前がやればいいだろう」
まだ困惑しているノスフェラトゥさんを差し置いて、トゥーラの父ちゃんが僕にけしかけてくる。
ヴェルさんやトゥーラがいれば、またスパン! とかゲシゲシってやられてたかも。
ついでにコガネマルがいればバシンッ! ってやられてたね。
「退屈な仕事か。そう思うか?」
ノスフェラトゥさんに押し付けてやろうと思ったらセーさんが長に問い掛けた。
「見張りだけなんて退屈に決まってんだろ! それとも何か? 見張りで強くなれるってーのか?」
「ふむ、強くの。強くなる前に死なねばいいがの」
「はぁ~? なんで見張りで死ななきゃなんねーんだ! じいさん! 舐めてんのか!?」
見た目年齢は、長とそんなに変わらないと思うんだけど爺さん呼ばわりなんだね。
セーさんってまだ爺さんと呼ばれるほどの見た目ではないと思うよ。
「ほっほっほ、そう思うなら一日やってみればいい。死なん事を祈っとるよ」
少しイラっと来てるね。わかるよセーさん。同じぐらいの年齢の人に爺さんって言われてムカっと来たんだよね。
その後、落ち着いたノスフェラトゥさんを含めた始祖と獣人達にこれからやってもらう事を説明した。
原因も話した。心当たりがあったのか、ノスフェラトゥさん達はアージグリフォンと対峙した事を思い出し、逃げられてしまったと悔しそうに話してたのだが、それを切っ掛けに魔物の大移動に影響を与えたと喜び出した。
その姿には僕もイラっとしてしまったので、セーさんの提案通り、一日見張りをしてもらうようお願いした。
セーさんの提案の意味はよく分からないが、自信あり気なセーさんの表情から『策アリ』と見て僕も提案に乗ったのだ。
さすがに死ぬような状況にはならないと思うし、そうなっても困るので僕達も一緒に見張りについた。
樹木龍達はホントに穏やかな性格をしていて、魔素溜まり周辺でジッと動かない。太陽の光を浴びて気持ち良さそうな目で空を見上げていた。
恐らく魔素もふんだんにあるので、しっかりと吸収もしていて、より気持ちがいいのかもしれない。
彼らは話さないから、あくまでも予想だけどね。
群れのボスである老樹龍は話すそうだけど、まだ話す姿は見ていない。というか、動いてる姿すら見た事無い。
あれって、ちょっとした小山に樹が生えてるとしか見えないよ。ちょっとは動けばって思うけど、逃げて来たんだからその時は歩いて来たんだよね。
「あっ! 目が開いた」
老樹龍をずっと見てたら片目だけ開いた。
「うむ、来たようだの。この場は儂の結界があるので安全だ。ゆるりと休んでるがよい」
セーさんの言葉を聞いた老樹龍は再び目を閉じた。言葉は通じてるみたいだ。
「さて、おんしらの力を見せてもらおう。見張りというのは見張ってるだけではないのだぞ? 敵が来れば排除もせねばならん。ほれ、あちらの方から来ておるぞ。そこの猫よ、見張りなど楽と言うたの。早く力を見せてくれ」
まぁ、猫と言われれば猫に見えるけど、たしかトゥーラが虎の獣人だったから、その父親である長も虎獣人だと思うよ。
「猫ではないわ! 誇り高き獣人族の長! 虎獣人のトラダンとは我の事よ!」
おお! トラダンって名前だったんだ。ずっと長とかトゥーラの父ちゃんって言ってたから初めて知ったよ。
因みに参謀さんの名前も未だに知らないんだけどね。
猛っている長―――トラダンさんのテンションに流されず、マイペースで返事を返すのはもちろんセーさんだ。
「ほっほっほ、では誇り高き獣人の長よ。頼んだぞ」
「言われるまでもない! ノスフェラトゥ殿の下で修行した成果を見せてやるわ!」
完全に煽ってるよね。よほど爺さん呼ばわりされたのを怒ってるみたいだよ。
魔素溜まりの周囲にはセーさんが結界を張っている。魔素を探知できるようになった今の僕には分かるけど、強力なのに結構分かり辛い結界を張ってるよね。例えて言うとエルフと妖精の管理する迷いの森みたいな隠蔽や幻惑なんかの効果もありそうだ。
そんな結界を破れる魔物がいるとは思えないけど、魔素溜まりから僅かに染み出してる魔素が原因なのか、それとも結界を張る前の魔素に引き寄せられたのか、周囲の魔物が寄って来ているのが分かる。
ノスフェラトゥさんやトラダンさんにその魔物達を排除させようと言うのだろう。
でも、待って。寄って来ている魔物って結構強そうだよ? ニーズヘッグほどじゃないにしても、その半分以上の力は持ってそうだよ。
ノスフェラトゥさんなら兎も角、トラダンさんには無理なんじゃ……
取り巻きの獣人達を引き連れ、魔素溜まりに向かって来ている魔物に向かって行った。
トラダンさんも魔物が向かって来ているのは分かってたみたいだ。
獣人って嗅覚や聴覚の索敵能力は高そうだもんな。
でも、相手の能力までは分からないのかな? 獣人って野生の血とかで危機回避能力って高そうに思ってたんだけど。
【鑑定】するまでもなく、探知だけでトラダンさん達が敵わないのは分かるよ。それぐらいの力の格差が分かる。
ノスフェラトゥにもそれが分かったのか、始祖達を引き連れてトラダンさんの後を急いで追いかけて行った。
「セーさん……」
「なに、死にゃあせんだろ。怪我でもすれば頭も冷める。怪我ぐらいはサービスで治してやろう」
なにせ世界樹の精霊だからね。治癒方面には強いんだろうね。
それでも彼らの事が心配なので、戦況を見るべく宙へと浮かんだ。
先日ピッピの浮遊魔法を真似てできるようになった魔法だ。移動するには風魔法を併用しないと動けないけど、高所から遠くを観察するには浮遊魔法がうってつけだ。
因みにピッピの移動方法は飛翔スキルだったので真似できなかった。
「ほぅほぅ、中々良い魔法を持っておる。儂も担いでくれんか」
「セーさんも!? だってセーさんは分かるんだよね? 見る必要無いんじゃないの?」
「状況は分かる。が、そんな上から見たいと思うではないか」
「う~ん、じゃあちょっと待ってよ。何か作るからさ」
セーさんに太い樹を一本用意してもらって、加工して製材にしてちょっと頑丈な大きめの箱を作った。
椅子を二脚と小テーブルを入れて丁度の大きさだ。
箱には付与魔法で浮遊を付与し、二人で箱の中の椅子に座る。
魔力を流して空に浮かぶようイメージすると、箱は上空へと浮かび上がった。
「ほぅほぅ、これは中々。こういうのも楽しいものだの」
「そうだね、浮いてても箱の中にいると安心感があって落ち着くね。時間が無かった割にはいいものが作れたよ」
バルーン無しの気球みたいだ。
セーさんの用意してくれたお茶を飲みながら戦況の方を見てみると、ものづくりをしていたので間に合うかとも思ったが、ちょうど戦闘が始まる所だった。
「間に合ったね、というか美味しいね、このお茶」
「うむ、今からだな。それは世界樹の葉で作った茶だからな。コップも世界樹の幹から作られておる」
おお! ゴージャスなラインナップだ!
水魔法で温度調節もお茶の子さいさいなんだね。いい執事になれそうだよ。
「ここからだとちょっと遠いんで僕だとフォローができないな。セーさんに任せていい?」
「うむ、儂がやろう」
二人でセレブ感を出しながら上空から戦闘を見ていると、獣人達がいきなり宙を舞っていた。
うん、当然の結果だね。そうなると思ってたよ。
なんで、脳筋は無謀な突撃をするんだろうね。ノスフェラトゥさん達といて何を学んだんだろう。
「セーさん、早いけど出番かな。獣人達のガードと回復をしてあげてよ」
「う、うむ…それなんだが、ここからでは森との繋がりが確保できんようだ。フォローはできんな」
「えー!?」
ダメじゃん! 獣人さん達死んじゃうよ!? なんとかしないと!
風魔法だと間に合わないぞ。転移魔法は発動までに時間が掛かる。他のも似たりよったりだ。だったら、これしかない!
【クロスオーバー】ムルムル! デュラ! ピーター!
迫り来る魔物達の前面にゲートを出した。
グリフォンに乗った悪魔の騎士ムルムルさん、死霊の黒巨馬に跨るデュラハンのデュラさん、白い巨狼に跨り投擲や弓の中距離攻撃を得意とするピーター。
三人は喚ばれて登場すると、すぐ様反撃に出た。
まるで現状を見てたかのような動きだった。
うん、わかってる。三人ともっていうか、『クロスオーバー』の暇な人達で見てたんだよね!
それを予想してたから安心して魔物の前にゲートを出せたんだよ。
ムルムルさんとデュラさんは戦闘狂だから即殲滅戦になると思ったし、ピーターさんは即離脱して遊撃に回ると信じてたから。
ま、ムルムルさんだけでも大丈夫だと思ったけど、念のために他の二人も喚んだんだ。
デュラさんの実力はムルムルさんと同程度だし、ピーターさんの遊撃だって侮れない。
遊撃って嵌まると意外なほどに進撃を阻害する効果があるんだよ。
この三人のクラスなら、この地の濃い魔素濃度にも耐えられるし、今は防御より攻撃だからね。
そういや今更だけど、獣人ってこの濃い魔素の場所でも平気なんだね。意外だったよ、良い意味でね。
それとも、それぐらいのレベルまで上がったのかな? さっきは【鑑定】できなかったから後で【鑑定】しとこ。
「彼奴らではギリギリだの」
「え? なんで?」
「そんな顔して獣人を見てれば分かるというものよ。前よりは強くなったのではないかの。それで勘違いして自分の力を過信しとるんだろ。今回は良い薬だったの」
強くはなったんだろうね。前は岩石龍に全く太刀打ちできてなかったもんな。
ここまで来れてるって事は強くなってるんだろう。
「しかし、キズナの喚んだ彼奴らは強いのぉ。儂とどっこいか。助っ人にしては過剰すぎんか?」
「そ、そうかな? セーさんの方が強いと思うけど」
実際どうだろ。トータル的にはセーさんの方が上な気がするけど。
「この森限定ならば儂に分があるがの。条件が同じならば負けるかもしれん」
「へぇ、ムルムルさん達も強くなったんだな」
「まぁ、二人相手ならばまだ負けんがな」
へ……? なんだよ! 三人同時に相手しての前提だったのか!? それで五分なら余裕でセーさんが上じゃん!
僕と対峙した時点で完全降伏の判断ができるセーさんだ、自己評価も第三者的立場から冷静に適正できるんだろう。
そんなセーさんがあの三人と同時に戦ってもやや上の自己評価とか、セーさんってこの世界最強!?
少なくともノスフェラトゥさんとは比べ物にならないぐらい上だよね。ノスフェラトゥさんだって結構強いよ? 少なくとも人間でノスフェラトゥさんに太刀打ちできる人には、まだ出会ってないからね。
そんな話をセーさんとしながら上空からお茶しながら状況を確認。
それはもう圧倒的だった。さっき獣人達が吹っ飛んだ以上の高さで五メートル超えの魔物達が吹っ飛んでいる。
魔物の数は百かそこらだ、そう時間も掛からずに終息しそうだ。
やっとノスフェラトゥ達吸血鬼も現着した。でも、ムルムルさん達が吹き飛ばした魔物が邪魔で奥へは行けない様子。仕方が無いという体で獣人達を介助していた。
うん、そこは先に助けてあげて欲しかったかな。
獣人達も、ただ吹き飛ばされただけだったからか、命に別状は無いようだ。
骨ぐらいは折れてたかもしれないけど、吸血鬼の一人がポーションを飲ませてるので大丈夫だろ。
あれ? あれってランガンの町産ポーションだよね? だって、あのポーション瓶……いつ手に入れたの? ってか、町で買ったの? 町に入ったの!?
あ、参謀さんもいたんだ。あんたも一緒に吹っ飛んでたんだね。あんたぐらいは冷静な行動をとれると思ってたけど一緒に特攻してたんだね。やっぱり獣人は獣人って事か。
「そろそろ終わりそうだの」
「そうだね、あれの処理を頼める?」
当然、ムルムルさん達の倒した魔物の死骸の事だ。
何を張り切ってるのか、あちこちに吹き飛ばしまくってるから集めるのが大変そうなんだ。
「なら降りるか。だが、ここは心地が良い。また頼めるか?」
「うん、僕もこの空に浮かぶってのがこんなに気持ちが良いとは思わなかった。またやろう」
もうこの箱があれば誰でも魔力を通しながらイメージするだけで浮かぶ事ができるんだけど、ここは僕主体でやりたいので黙っておく。
僕のいない時にセーさんだけで寛がれるのもね。
セーさんだと何年でも浮かんでそうだし、黙っとこ。いずれはバレるにしても少しでも遅い方がよさそうだ。
浮遊箱を地上に下ろしても中々セーさんが降りようとしない。
地上にいれば浮遊箱に入ってても繋がりがあるみたいだから魔物の死骸の始末はできたようだけど、どんだけ名残惜しいんだよ!
「魔石は貰ってもいいかの」
「いいよ。他にいるものはない?」
「肥料になるので骨や肉も少し欲しいが、多くはいらん」
「だったら、残った物の中で売れそうなものを……そうか、売れそうなものが分からないか。さっきの魔物なら牙と爪と皮かな。あと残った肉をちょうだい」
「わかった」
目の前に区分けされた素材が山積みされて並んだ。爪・牙・角・皮・羽。肉も部位分けされている。僕でもこの短時間で、ここまで綺麗に区分けするのは無理だ。しかも肉の部位分けまで。セーさんって凄すぎ。
出されたものは全て収納袋に入れ直した。
「内臓はもらったぞ。あれは良い肥やしになるのでな」
「うん、いいよいいよ、これだけあったら肉も十分だし、素材も綺麗に解体されてるから高く売れるね」
と、褒めたつもりなんだけど、セーさんは無反応。この程度の事は自慢にもならないみたいだ。
「この森の中では全てが儂と繋がっておる。そこにいるものなら儂の意のままになる……まぁ、例外もあるがな」
そう言って僕を見る。例外って僕の事なんだろうな。
「強き者なら移動させるのが関の山だが、儂の半分の強さも持たぬ者なら生きておってもどうとでもなる。ここに攻めてくる魔物達の場合、ちと強めなんでな。生殺与奪まで出来んし、移動させるにしても数が多い。倒してしまえば後は意のままなんだがな」
だから結界を張って周囲の見張り&排除の出来る者がいると。吸血鬼達に視線をやって説明してくれた。
「儂はキズナと旅をせんといかんからの」ほっほっほっほ
爺くさい話し方のセーさん。見た目年齢が初老だけに、より年寄りくさい感じになる。
長のトラダンさんの爺ぃ呼ばわりも、まんざら的外れでは無いのかもしれない。
世界樹の精霊だから実年齢は一万歳とか軽く超えてそうだけど。
旅については確かにそれは僕がお願いしたけど、今はセーさんが美味いもの食いたさに付いて来る意味の方が強いと思うんだけど。ま、そこは言わないでおこう。
それから皆に料理を振舞って後の事を任せた。
トラダンさんなんかは「絶好の修行場だぜ!」って喜んでたけど、あんた見張りなんてって言ってた口だからね。
回復ポーションもある程度渡してセーさんにフロントラインの町まで送ってもらった。
ん? ムルムルさん達? あの三人はまだ暴れ足りないって更に森の奥まで行っちゃったよ。
中級クラスだからこっちでも一週間は大丈夫だろうけど、僕を放っておいて狩りに行くのはどうかと思うな。




