第92話 集団生活
いつも誤字報告ありがとうございます
鉱山の町マインで一泊をした後、ひと悶着あった。セーさんが「この町に住む」と言い出したのだ。
その理由が
「よいではないか! 人間の町とはこのようによいものであったか!」
食事をしては絶賛し、服を見ては感嘆し、布団に入れば驚嘆し、セーさんにしたら初めてのものばかりで、どれもこれも珍しく、それでいて満足感が青天井。もうここを離れるのは死ぬと同義だと町から離れる事を超拒まれた。
僕から見ると鉱山の町マインの暮らしぶりは中の下ぐらいだ。ホームにしているランガンの町の方が倍は暮らしやすい。
町の外も、ここは岩山が多いがランガンの町は草原や森が多い。そういう意味でもセーさんはランガンの町の方が暮らしやすいと懇々と説明をし、やっとの事で町を出る事ができた。
そしてようやくホームタウンであるランガンの町を目指す。
一旦、森に入ればセーさんの力で一瞬で行けるんだけど、今度は馬車に非常に興味を示したセーさん達ての希望により乗合馬車で移動する事にした。
前回来た時の馬車はラピリカさんのギルマス仕様の超高速馬車だったから、乗合馬車だと街道沿いの村で一泊をして二日目にフロントラインの町に辿り着く。
そこからまた二日かけてランガンの町に到着となる。
セーさんは世界樹の精霊だからか、非常に気が長い。
馬車の中でボーっとしてても全く苦にならないようで、いつまでも一点を見つめたままジッとしている事ができる人だ。
逆に僕は色んな事を短周期で詰め込まれて来たせいか、ジッとしているのが苦手だ。
出来なくも無いが、やらなくて済むのなら何かをしていたい。
なので、こういう時はおしゃべりがしたいんだけど、セーさんは瞑想中。僕は仕方なく森を見ながら【鑑定】魔法をしてみたり、紙に魔法陣を描いて試行錯誤を重ねたりして暇を潰していた。
道中は偶に弱い魔物が単独で現れる程度で、専属護衛の冒険者に倒されていた。
今は、誰かのお陰で盗賊もいなくなり、元々街道にはあまり魔物も出現しないので護衛の数も冒険者を一人か二人を雇う程度らしい。
一晩目は小さな集落で野営をした。
集落の隅にキャンプ場のようなスペースがあり、街道を通る人達はここを利用するそうだ。
小さな集落だから宿屋も無いし、食事も自前で用意しなければならない。
宿屋を作っても儲けられるのでは? と思わなくもないが、この街道の集落には宿屋は作っていないようだ。
それでも、木柵で囲われた集落の中で休めるだけ、普通の夜営よりは安全に過ごせた。
今回、この場を使用しているのは低ランクの冒険者が数組と、これまたあまり儲けて無さそうな行商が数人、それと僕達だ。
もっと高ランクの冒険者や商人だと、一足飛びにフロントラインの町まで一日で行くそうだ。
のんびりとした乗合馬車や徒歩の者達だけがこの集落を利用する。
そういう意味もあって宿屋も無いのかもしれない。
「じゃあ、僕が料理しますからセーさんは主に野菜を採ってもらえますか?」
「野菜か。それは町で食べたものと同じものをキズナが作ってくれるというのか?」
「あれよりは美味しく作れますよ。それに、僕が食べれる魔物でも捕まえてきますから、もっと美味しくできますよ」
「なななななんと! それは本当か! それなら野菜と魔物は儂に任せろ!」
え? そんなに楽させてもらっていいの? と思わなくも無いが、やる気になってるセーさんの腰を折らないように黙ってさせるがままにしていた。
完全に料理に嵌まっちゃったね。
「ところでキズナよ。野菜やきのこは分かるのだが、肉はどんなやつが美味いのだ?」
食材採取の片手間に、セーさんが僕に尋ねて来た。
既に木柵の外には野菜やきのこが山のようになっている。
誰も気付かない内に収納袋にでも入れておかなければ大騒ぎになるかもしれない。
「今日は二人だし、野うさぎぐらいでいいんじゃない?」
「野うさぎか。五〇匹もあれば足りるか?」
「どんだけ食うつもりだよ! 一匹で十分だって! それに、もう野菜は十分足りるからね!」
「なに!? 一匹だと儂に当たらんかもしれんではないか。ここの者達が全員食するのであろ?」
「いやいや、自分達の分だけでいいから。他の人達は各自で用意してるから」
僕の説明を聞いてセーさんが辺りを見渡した。
「あれが食事か? あまり美味そうには見えんが」
「そうだね、あんまり美味しくないと思うよ」
「美味く無い!? ならば何故美味く無いものを食うのだ?」
「長距離移動だと荷物は多く持てないし、現地調達できなければ美味しく無くてもあまり嵩張らなくて日持ちするものを選んで持って来るからだよ」
「ふむふむ、では何故儂が用意できるのに、それを食べずに不味いものを食するのだ?」
「それはみんなが知らないからだよ。それに、各自で用意するのは旅する人の常識だしね」
「ふむ…常識か」
キズナも習った知識で知ってるだけで、この世界の常識までは知らない。
でも、周りの行動を見て大まかには合ってるだろうと当たりをつけた。
「それは必要なものなのか?」
「えっ!? 必要…かと言われると、そうだとしか言えないんだけど」
「その根拠は?」
「えと…その…人が人として集団の中で生活する上で必要なのかと」
「ふむ。集団での生活で必要なのだな。で、あるならば、食料は集団の中で分けた方がいいのではないか?」
「そ、そうかもですね」
「そうだろう。足りるか?」
「食材としては十分だけど、分けるの?」
「人間は分けないのか?」
「い、いえ、分ける時もあるけど……」
「野うさぎは一羽で足りんだろう。それとも猪の方がいいか?」
「今から獲るの?」
「獲るというよりは、捧げに来ると言った方が合ってるな」
「捧げに来る!?」
キズナもこの世界についてはあまり詳しくない。
『クロスオーバー』の世界ではどんな時でも分けるのは当然で、分けない状況があまり分かってない。
それでも日本人だった時の薄い記憶からは時と場合により分ける事もあるし、仲間内では分け合うものだとも分かっていたので、セーさんの疑問に上手く答えられなかった。
とりあえず料理を始めてしまおう。量は大体分かるし、この人数分ぐらいなら僕でも作れるしね。
まずは山となっていた野菜類を洗う。もう手馴れたもので、大雑把に分けた野菜を水魔法の渦を空中に作りだし、その中で洗濯機のように回る野菜たち。
洗えたものから取り出し切り分けて行く。
切り分けたものはそのまま鍋へと入れていく。
大鍋五つに大体均等に入れて火にかけて蓋をする。
そのタイミングで木柵の向こうに大きなタイラント・ボアが現れた。
夜営をしている時は門には見張りはいない。というか、夜間はいつもいないようだ。
本来なら大騒ぎになるところだが、タイラント・ボアも大人しくしているし見張りもいないので誰も気付いてもいない。
セーさんがさっと木柵を飛び越え、タイラント・ボアの首を手刀で切り落とし、そのまま樹から伸びて来た蔓に絡ませ宙吊りにした。
ある程度血抜きをすませると、そこからはキズナが解体をした。
腹を掻っ捌き内臓を出してから皮を綺麗に剥ぎ取った。
通常なら川などで冷やす必要があるらしいが、あっという間に捌かれた後に氷魔法で氷漬けにされてしまうまで二分とかかってないとなれば、手順が順番通りでは無くとも問題はない。
凍ったままの肉塊を大雑把に部位毎に切り分けて行き、頃合いを見て薄切りにしたり厚切りにしたりサイコロ切りにしたりしていく。
薄切りの肉は野菜から染み出た水で満たされた鍋に投入されて行き、厚切りの肉はフライパンでステーキにされる。
サイコロ切りにされた肉は串焼きのために串に刺されていく。
その頃になると美味そう匂いで夜営地が充満され、まだ火を熾した程度の冒険者や商人から注目を浴びていた。
五つの大鍋の味を調えつつ、フライパンでステーキをどんどんと仕上げて行くキズナ。
串は焚き火から少しだけ距離を置き、周りの地面に斜め刺しにしてジックリ焼けるようにした。時折、焼き具合を見ながらクルクルと火に当たる面を回して調整する。その時に軽く塩コショウを振るのも忘れない。
焚き火の火加減調整は火魔法で操作しているので焼き加減も思いのままだ。
その間にセーさんが食卓を整える。
大きな樹を横倒しにし、角材のように面を作るように四面を切断する。ただそれだけ。
テーブルのように脚があるわけではないが、上部はまっ平らになり大きな大きな長テーブルと変わらない。テーブルよりも安定感が半端なくいいので、こういった場所には向いてるかもしれない。
椅子は無し。その分角材を高くしてあるので立って食べても少し低い程度になっている。
食器類は町で見たものを真似て、木で加工してどんどんと作り出す。
作られた木製の皿には焼きあがったステーキを乗せて行く。
スプーンやフォークも木製で揃えていく。
さすがにナイフは作ってないが、それぞれ自前のものぐらい持ってるだろう。
「凄いねセーさん。僕も木ではこんなに早くは作れないよ」
「ふふん! そっちはどうなのだ?」
「うん、ステーキはできたし鍋もそろそろ仕上がるよ。声を掛けてあげてよ」
僕が食器を作るのは土魔法だからね。木の加工となると剣で斬った方が早いぐらいだけど、そうなるとこれだけの量をこれだけ早くは作れない。
周囲に目を向けると、涎を垂らした人達がまだかまだかと待っていた。
それぞれのグループでひそひそと話し合ってるのは、どれぐらいの金額で提供してもらえるか相談してるみたいだ。
そもそも分けてもらえるのか? という声も聞こえてくるが、あれだけの量を二人だけで食べるはずがないだろう! という声にかき消されていた。
先に言ってなかったからね。そもそも分けるつもりも無かったし。
で、どうなんだろ。ここはお金をもらった方がいいのかな?
食材を用意したのはセーさんだし、セーさんに決めてもらおう。
「皆のもの。お待たせしました、だ」
それって、料理屋で言われたセリフだよね。
別に待たせてたわけじゃないからちょっと違うんじゃない?
セーさんに声をかけられた人達は、恐る恐る近寄って来たが、食欲に負けたのか我先にと料理の前に陣取っていく。
一応、手はつけずに待っててくれてるみたいだけど、視線は一斉に僕に向けられている。
僕が決めるの? セーさんの言葉で集まったんだったら、セーさんに決めてもらえばいいのに。
そう思ってセーさんを探すと、同じように料理の前に陣取って、僕に視線を向けるセーさんがいた。
お前もかい!
仕方が無いので「どうぞ」と身振りも添えて皆に食事を促した。
そこからは皆一心不乱に料理を貪っていた。
僕に視線が向く時は、おかわりを催促される時だけだった。
やっぱり遠慮があるから「いいのか?」って感じで見てくるけど、手にはお椀とお皿を持ってるからね。
総勢でも三〇人もいないのに百人前以上の肉とスープと串焼きが綺麗に無くなった。
ステーキだけでも百枚以上焼いたのにね。
「いやぁ美味かった。夜営でこれだけの料理が食えるとは。君はどこかで料理屋を出してるのか?」
お腹をさすりながら聞いてきたのはベテランの冒険者だった。
他にもリーダー格の冒険者や商人も何人かいる。手にお金を握り締めてるので、今から交渉を始めるのかも。
「町なら銀貨五枚と言われてもおかしくない料理だった。それでいくら支払えばいいだろうか」
「どうなんでしょう。僕は料理でお金をもらった事が無いので分からないんですけど、いくら貰えばいいんでしょうか」
「それなら私が決めてもよろしいかな?」
話に割って入って来たのは商人のおっさんだった。
「はい、僕には分からないのでお願いします」
「ふむ、すまないね」
ベテラン冒険者も商人が決めるのは同意なのか、少し脇に避けて商人を前に出した。
「まずは食材が何か、からだが、ビッグボアに各種野草だね。味付けは素晴らしかったが、外で食べるシュチエーションなどで美味しく感じられた部分も鷹揚にあると思います。ここは食材分に少し足すだけでどうでしょう。料理で商売をしてるわけでも無いようですし、素人料理にそこまでお金を出すほどでもないでしょう。いやいや、夜営で温かい料理を振舞ってくれたのには感謝していますよ。だから少し色を付けて一人銀貨一枚でどうでしょうか」
集まった代表格の人達も頷いて同意を示している。
特にお金には困って無いし、使う時もあんまりないからそれでもいいかと思ってたら、セーさんが口を出してきた。
「肉はビッグボアではない。タイラント・ボアだ。それに野草とは言っても回復効果のあるものも入っていた。野草とひと括りにするのはどうかと思うが」
セーさんの言葉を聞いて集まった人達はギョッと驚いている。
確かにビッグボアではなくタイラント・ボアだし、葉野菜や根菜に混じってハーフムーンもあったね。
「タイラント・ボアだと!?」
「そんなの食ってたのか! そりゃ美味いはずだ!」
「回復する草って、最近ランガンの町で出だした薬草とか言わねぇだろうな」
「おいおい、そんなの勿体無くて料理に使うはす無ぇだろ」
「しっかし、美味いとは思ってたけど、タイラント・ボアだったのか」
「それはおかしいだろ! なんでこんな場所でタイラント・ボアを皆に出すんだよ! ありえねーだろ!」
「本当にタイラント・ボアなのか?」
「俺は最近食ったけど、それ以上の美味さだったぞ」
「お前の舌なんて誰も信じねーよ!」
それから集まった人達で一騒ぎになってしまったけど、ひとり銀貨五枚で話がついた。
ランガンの町で宿代と三食分を合わせて銀貨二〇枚だった事を見れば格安なんだろうけど、金額も知らずに食べてしまってから支払えって言われても納得行かないだろうし、そもそも振舞う予定だったから別にいらないんだよね。
セーさんだって多くお金を支払ってもらおうと思って言ったわけじゃなく、間違いを正そうとしただけだ。
僕もお金に困ってるわけじゃない。逆に使えずに困ってる。今度、何か使い道を考えないとな。
そのセーさんだけど、まだ一杯目を食ってた。
量は食べないけど、ゆっくりと味わって食べるタイプだね。僕は早食いタイプだよ。




