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第66話 食事


『キズナ様、何処におられたのですか?』

 アジトである洞窟の入り口に着くと、デッカイ猫…いや虎? のコガネマルが迎えてくれた。


「ちょっと周辺の様子をね」


 友達や先生と会ってたって言ってもいいんだけど、説明も面倒だし濁して答えた。

 だってもう皆還っっちゃってて誰もいないんだもん。説明に困るよ。


『そうでしたか、お疲れ様でございます。囚われていた者達が来るまでは我が警戒していたのですが、先ほどまで我も歓喜の輪に混ざり警戒を疎かにしておりました。この後の警戒は我にお任せあれ』

「う、うん、お願いするよ。それで皆は奥に行ったの?」

『御意、我は入れませんので周囲警戒しながらこの辺りで待っております』


 コガネマルって話し方が固いんだよね。話し方も武人みたいだし、これも二段飛びで進化した影響なのかな? それとも新種に進化した影響? どっちにしても頭は獣人より良さそうだよね。

 探知能力も無いのに周辺警戒してたって嘘をついて、ちょっと気まずかったのでさっさと洞窟に入った。


 幾つもの分岐を過ぎて、正解の部屋へ。相当広い部屋のはずなのに、人数が多すぎて凄く狭く感じる。

心なしか空気が薄く感じるんだけど。うん、熱気もあってちょっと臭うし、やっぱ息苦しいよ。


「皆の者! 心の準備は整ったな!」


「「「おぅ!!」」」


 トゥーラの父だと思われる虎獣人が輪の中心になり音頭を取っていた。

これからは全員で行動するんだな。そりゃそうだ、森を抜けて行くにも魔物に出食わす。そんな場所を単独行動するなんて危険すぎるもんな。


「獣人の意地を見せてやるぞ!」


「「「おぅ!!」」」


 意地? 逃げるのに意地なんて見せる必要ある?


「一人でも多くの人族を倒せ!」


「「「おぅ!!」」」


「幸い、砦兵どもはこちらの陽動作戦で怪我人が多い! 今がチャンスだ!」


「「「おぅ!!」」」


 あれ? これって砦町に攻め込もうとしてる? いやいや、そりゃないって。折角逃げて来たんだから、このまま隣のバルバライド王国に行けばいいんだよ。

 その方が絶対いいよ。砦町を襲っちゃったらお尋ね者になっちゃうよ?


「ヴェルさん」


 獣人の輪から離れた所で誰かと話しているヴェルさんを見つけたので声を掛けた。


「キズナ様、この度は協力ありがとうございました。依頼書に達成のサインをしました。後はこれを鉱山町マインの冒険者ギルドに渡せば達成料が支払われます」


 と、ヴェルさんがサイン済みの依頼書を渡された。

 だよね。これって、ヴェルさんからの依頼だったんだよね。依頼書も持たなかったから忘れてたよ。

 ヴェルさんが持っててくれたんだね。でも、その依頼料って、地龍の分け前だったんだよね。それって、僕の意見で分配された分だから、僕が渡したお金が戻って来るだけのような気がするのは僕だけなんだろうか。


 いやいや、それは後だ。今は獣人達のバカな行動を辞めさせないと。ヴェルさんならずっと居たから事情も知ってるだろうし、原因を聞いてから対策を練ろう。


「依頼書は確かに受け取りました、ありがとうございます。それで、獣人さん達は何をしようとしてるんですか?」

「何って、奴隷にされてた恨みを晴らすために町を襲うのよ」


 やっぱりか。分かってたけど、分かりたくなかったよ。


「でも、武器なんて無いですよね?」

「獣人は魔法が苦手な分、体力が高いですから無手でも十分脅威ですよ」

「いやいや、ヴェルさんは賛成なんですか? まだ解放されたばかりで体力も戻ってないと思うんですけど」

「賛成も反対もありません。私はこの達が救えればよかったので、後は獣人達の好きにすればいいと思います」


 この達?

 ヴェルさんの隣には三人の若いエルフの女性がいた。この達を救出するのがヴェルさんの目的だったのか。

 バイトリさん達と協力してたのも、便乗しただけだったのかも。


「でも、獣人さん達って見るからに体力も戻って無さそうですし、服も全員ボロボロじゃないですか。それなら、ここで体力が戻るまで休んで、それから別の国に行けばいいんじゃないですか? 隣の国のフロントラインって町では、逃げて来た獣人が冒険者として活躍してる人が沢山いましたよ?」


 そう、この世界ではまだ三つの町しか立ち寄ってないけど、砦町を合わせると四つか、その内の一つの森の最前線のフロントラインの町には奴隷から運良く抜け出し逃げて来た獣人が大勢いた。

 ここにいる獣人達もあの町ならすぐに馴染めるんじゃないかと思う。


「彼らは自分達の村を滅ぼされ、仲間も何人も殺され、自分も奴隷にされ酷い扱いを受けて来ました。そんな彼らに仇討ちをするななど私の口からは言えません。本当なら助太刀をしたいぐらいです。でもこの達を安全に里まで送り届けないといけませんから危ない橋は渡りたくないんです」


 そんな事情があったのか……

隣では『ディードヴェル様』と羨望の眼差しでエルフの女性達も見ている。自分達の事を最後まで見届けてくれるヴェルさんに尊敬を通り越して憧れにまでシフトアップしてるみたいだ。

でも、あの人達は本調子じゃないし、返り討ちに合っちゃうんじゃない? それでも何もせずにはいられないのかもしれないけど、今は辞めておいた方がいいと思うんだけどな。


「キズナ様も彼らを手助けするかどうかは、しっかりとお考えになってから決めた方がよろしいかと。放っておいても誰も恨みませんよ」

「うん、それは自分で考えるよ。でも、今の状態で行かせたくは無いんだ。あれじゃあ、殺されに行くようなもんだよ。せめて、体調が戻るまでは待った方がいいよ」

「どうやって体調を戻すのですか? ここには彼らを養うだけの物資は何も無いのですよ」


 マジか! 助けた後の事は何も考えてなかったの? 救出方法もザルなプランだったけど、助けた後もノープラン? 誰かブレーンはいないのかよ!


「じゃあ、僕が手を貸すよ。食料とポーションぐらいなら何とかなるし。装備については町で調達するしかないけどね。でも、お金もあるし、何とかなると思う」

「本当にキズナ様はお人よしなのですね。わかりました、私もキズナ様にはご恩があります。微力ですが私もお手伝い致しましょう」

「ホント!? 助かるよ。だったらさ、まずは彼らを止めてくれない?」


 もう獣人達が盛り上がりすぎて今にも出て行きそうなんだよ。『おお!』って返事をするだけで息切れしてる人もいるのに、そんなんで何ができるってのか。

 関わりを持った人達が無謀な事をやるのは放っておけないって気になる。折角救い出したのにってのもある。

 だけど気持ちも分かる。村を滅ぼされ、家族や仲間を殺されたんなら仇討ちもしたいだろう。

 すぐにでも人族の町を滅ぼしたいだろうけど、無駄死にはダメだ。何のために救い出したのか分からなくなってしまう。

 だから、せめて体調が整い、装備も揃えてから再考して欲しいと思う。


「さぁ! 皆の者! 行くぞ!」

「「「おお!!」」」

「待ってください!」


 獣人達の迫力にも負けない大声で待ったをかけたヴェルさん。

 獣人達の盛り上がりもクライマックスを迎えたところだったが、ヴェルさんが止めに入った事で場が固まった。さぁ今から! というところで待ったが入るとは誰も予想してなかったみたいだ。

 というか、テンションアゲアゲの獣人達だったが、ワンクッション入った事で、憔悴していた身体がもたなかったようだ。


 そりゃそうだろ。気力も体力も最低のところに、休憩もそこそこに無理やりテンションを上げていたんだ。

 救出された喜びで気分も高揚して体力が回復してると勘違いしてただけなんだ。そこを更に無理やりテンションを上げたもんだから、一旦区切られると憔悴してた事を身体が思い出したんだよ。

 半数以上の獣人が立ってるもの辛くなって座り込んでしまってるじゃないか。表情も辛そうだよ。


 だけど、ヴェルさんの説明で獣人達に笑顔が戻った。

 主に、食事を提供するってところでね。

 それ、提供するの僕なんですけど。

 いいんだけどね? 手助けするって決めたのは僕自身なんだし、シャードルさん達に沢山食材ももらったし、収納袋だって容量拡大してもらったから食べきれないほど入ってるけど。

 僕が声を張り上げても止められなかったかもしれないし、誰の手柄でもいいんだけど、全く腑に落ちない。

 正義の味方でいるつもりもないんだけど納得行かない部分が僕の中にあるんだよ。


「ここじゃ、煙が籠って火が使えないから外に行きましょうか」


 ここに顔見知りは数人しかいないので、ヴェルさんの向けて提案してみた。

 すると、別の方から返事が帰って来た。


「お前が料理を作るのか? だったら隣の洞穴に行けばいい。そこなら外には出られないが上部に大きな穴が開いてるから料理ができる。風も良く抜けるから寝るには適さんがな」


 教えてくれたのはトゥーラのお父さんぐらい大きな獣人だった。

 後で知ったが、この獣人グループのナンバー2で、トゥーラのお父さんの片腕的存在の人だった。

 獣人にしては多少は頭脳派のようで、このアジトも、元はこの人が用意した場所だったのだとか。


 だけど、僕の事は何も説明されてないようで、その口ぶりからもバイトリさん達の新入りで、小間使いか下っ端か下僕ぐらいに思われてそうだ。

 確かに見た目は小さいかもしれないけど、僕だって役立ったんだよ? レベルが18にまで落ちちゃうとかさ。貢献度は高いと思うんだけど。


 で、その片腕というか参謀的な人に言われるがまま、一人トボトボと隣の洞穴へ。

 やっぱさ、大人の言う事は聞いた方がいいかなって。結構、迫力があるんだよ、ボロボロの服にボサボサの髪で痩せこけてるから、異様な雰囲気を纏ってて迫力に恐ろしさが混じって、心の中のもう一人の僕が『逆らっちゃダメだ』って警鐘を鳴らすんだもん。


 ヴェルさんも協力するとは言ってくれたが、料理を手伝う気は無いようだ。

 場所だけは広いけど、洞穴の中には何も無い。釜戸も無ければ木も無い。燃やす物が無ければ火もおこせない。

 天井にある穴から多少の葉や小枝が落ちては来てるが、この程度では百人分からの料理に使う火には到底足りない。


「う~ん、釜戸は土魔法で何とかするとしても、燃料は必要だよな。みんなに手伝って……ちょっと待て! 今の僕のレベルって幾つだ? 喚んで大丈夫なのか?」


 大丈夫じゃない気がする……


 まずは燃料確保からか。入り口まで戻るのも面倒だし、天井のあの穴から出ればいいか。


 おや? あれはヴェルさんの妖精…だよな? 何故だか知らないんだけど、僕ってこの世界の妖精や精霊からは全員スルーされてるんだよ。何度、声を掛けても結果は同じ。見えてるのにさ。

 前回、初めてあの妖精に認識されたというか、興味をもたれたというか…ま、睨まれたんだけどね。

 でも、一歩前進だとは思ってるんだよ。で、あの子はヴェルさんから離れて何やってんだろ。


 あ、また睨まれた。何か怒られるような事をしたっけ? ヴェルさんから魔力供給が足りなさそうだから僕が足してあげただけなんだけど。


 え……?


 ポトポトと小枝が……

 おおおお! 大量の小枝が降って来たー!

 これって、妖精の仕業? だろうな。

 あの子がこの界隈の妖精に声を掛けてくれたのか? 睨んでたのに? でも、そうとしか思えないんだけど。


「ま、いいか。ありがとう! 助かるよ!」


 妖精に声を掛けると、プイっと向こうを向いて、そのまま去ってしまった。


 なんなんだ? ツンデレか? 話をしないツンデレか? まだデレだとこ見てないけど。この枝を持って来てくれたのがデレか?

 だったら何で向こうに行っちゃったの? ツンだから?

 う~ん、分からない。でも、燃料問題は解決したからさっさと作っちゃおうか。


 パッと土魔法で釜戸を作って火をおこしていく。

 肉はささっと大量に薄切りと角切りに切り分けて行き、下味もつけて下処理は完了。

鍋やフライパンは町で買ったものが一つずつしかないけど、何度も作ればいいだけだ。

 今回は野菜が無いからスープの方には手持ちのポーションを入れておこう。滋養強壮だな。

 皿は大皿を何枚か作ればいいかな。ひとりひとりに分けてたら面倒だし、皆でつつけばいいでしょ。

 土魔法で肉用の大きな平皿と、スープ用の深皿をちゃちゃっと作った。

 焼いては皿に盛り、合間にスープの灰汁取り。薄切りにしてるから焼くのも楽だ。龍の肉だから脂も少なめで、焼いた肉を退けてもほとんど皿に油が残らない。

 鍋も一度で全員分できないから、できたものは深皿に入れて収納袋に放り込んでおく。

 焼いた肉も大皿に盛ったものはすぐに収納袋へ。

 水? そんなの水魔法を温度調整してお湯から始めるんだよ。龍の肉って生では厳しいけど、少し火が通れば問題ないしね。


 調理開始から十分で完成した。

 ただ、これだと人数分しかないから、おかわりを言われると辛いね。もうちょっと作っておこうか。

 肉も更にカットし、皿も追加で作り、どんどん仕上げて行く。

 調理開始から三〇分、匂いを嗅ぎつけた獣人が入り口に押しかけていた。


 十分すぎるぐらい作ったので、皆がいるさっきの部屋まで戻った。

 調理してた部屋の入り口からゾロゾロと獣人も付いて来た。

 うん、ほぼ全員だったよ。


 机も多少はあったけど、人数分の机や椅子が無いから床に置いて食べる。

 さすがにそのままは無いかなぁって思って、シャードルさん達が持って来てくれていた、以前僕が倒したであろうオークを解体して毛皮と肉を持って来てくれていたので、それを床に敷いた。

 一つの皮で三~四人は座れるので、二四枚の皮を出した。二組あるテーブルセットと合わせれば全員座れるだろう。


 各グループに大皿を一枚と人数分のスープを配って行く。

 目の前に出された料理はすぐに食べる主義なのか、まだ配られてない人達の事などお構い無しに出された料理を食べて行く獣人達。

 口に入れた人たちは『うまっ!!』と大声を上げるので、まだの人達が早く早くとせがんでくる。


 誰か配膳ぐらい手伝ってくれてもいいと思うんだけど。

 そういやヴェルさんが手伝うって言ってくれてたっけ。

 あー、ヴェルさん……分かってたけどさ。なんであんたが一番先に食っとんじゃい! これは救助された人達用だろ! しかもテーブルだし! あんたは遠慮という言葉を知らねーのか!


 ま、収納袋から出すだけだからね。配膳も僕がやったさ。

 グループを一周して来たら、一番目に配ったテーブル席のところで『おかわり!』と来たもんだ!

 しかも大皿二枚とか抜かしやがるから、『これは救助された方達の分です』とスルーしてやった。


 他からも『おかわり』の声が上がるので順番に回った。

 全部のグループから上がったので結局順番に回っただけなんだけどね。

 で、三週目。ヴェルさんグループがシュンとしてるので、もう一枚だけ大皿を置いてあげた。

 因みにヴェルさんグループは突入組みの六人。ヴェルさん、ノスフェラトゥさん、バイトリさんとその他獣人さん三人。

 お前らは僕の事を手伝えよ!


 三週目も完売。作り置きはもう無い。

 無くなった事を伝えると、全員がガックリと肩を落とし、周囲にある洞穴に入って行った。

 洞穴の中はまだ見てないけど寝床になってるんだろう。全員がトボトボと歩いて行った、食べた食器はそのままで。


 残されたのは僕一人。汚れた食器は全部そのままだった。

 おい! ヴェルさん達は手伝うって言ったよね! なんで一緒になって消えてるんだよ!

 はぁ…なんか、救助した事を後悔してきたよ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 一方その頃、砦町では。


「凄い事になってるわね」

「うむ、これは酷いな」

「……屍の山」

「死んでないだろ!!」


 山と積まれた砦兵を見たカーシマシーの三人の感想だった。


「でも、何人かは死んでるって言われても信じちゃうわね」

「実際、死んでる者もいるかもしれん」

「……あ、動いた」

「だから死んでねーって!!」


 ウータエが切っ掛けでテルーエが広げてハナノエがボケる。それをどちらかがツッコむというスタイルの新人だった。冒険者だけど。


「周りも見事に塀が無くなってるわね」

「瓦礫があれば外壁があったと分かるのだが、瓦礫すら残っておらん。どうなっておるのだ」

「……瓦礫は山に帰った?」

「帰るか! って、帰るとか誰も言ってねー!」


 だが、確かにおかしい。

 外壁は見事なぐらいに消失していた。一部、残っている外壁もあるが瓦礫が一切見当たらなかったのだ。

 犯人は完璧主義のムルムルなのだが、彼女達が知る由もない。


「さて、どうしましょ。ここの復旧を手伝うのもアリだと思うんだけど、まずは兵舎が何処かよね?」

「不思議ではあるが、建物の被害があまり無い。外壁が無いので少し勘が狂うが見つけられるだろう」

「……面倒」

「面倒なのは私も同じだけど、兵舎に行かないと依頼書にサインをもらえないのよ?」

「うむ、未達成ならば、また再修行が待っている」

「……兵舎はあそこ」


 再修業と言われ、ハナノエが瞬時に兵舎を見つけたようだ。

 呆れ果てる二人を尻目に、ハナノエはさっさと兵舎へと歩いていた。

 慌てて二人も追いかける。もちろん文句付きで。

 ギャーギャーと煩い三人の声は町に響き渡る。それもそのはず、周囲には彼女達以外の姿は山と詰まれた兵士だけ。他に人の姿は見えないのだ。

 それでも、シオンヌの下で鍛え上げられた三人の精神は、そんな事には動じなくなっていた。


「すみません」

 代表してウータエが声を掛けた。兵士の詰所である。

 中には誰もいないように見えたが、部屋の隅で蹲ってブルブル震えている者が一人いた。

 目敏く見つけたテルーエが震える兵士に向かって声を掛ける。


「そちらの方、何を怯えていなさる。我らは怪しいものではないぞ。冒険者ギルドに登録はしておるが、三人とも王家の客人である」


 そう、キズナの母マリアの娘達の更に子供、孫、曾孫・玄孫と血は薄れているが、この三人もマリアの血筋の者であった。

 この世界を司るテレーズはマリアの五十一番目の娘で、何故か彼女の世界には赤目の魔物が出現する。

 元からいる魔物が赤目化する事は無いが、そもそも赤目では無いがほぼ出現しない。極一部の例外があるだけだ。

 だからマリアの血族は、成人になり修行に出されると、この世界を選ぶ事がある。他にも候補の世界はあるが、赤目の魔物が高確率で出現するのはこのテレーズの世界が一番多いのだ。


 そんな世界に修行に出される理由は様々だが、直系・傍系、子・孫・曾孫・玄孫に関わらず、神殿でテレーズに挨拶をし、お母様と呼ばされる事になるのだ。

 それはマリアの孫の代であるシオンヌでも例外ではなかった。

 他所では名前を呼んだりするが、本人の前ではお母様と呼んでいた。

 それは何故か。母なるや聖母や陛下や女王など、マリアを呼ぶ場合に使われる敬称を除くと、お母様と呼ばせるのが一番しっくり来たというのが理由だった。

 キズナはマリアのせいで、そういうものは全てカットされていた。マリアが、キズナに自分以外の者をお母様と呼ばせるはずもない。


 話は戻って詰所の中。ブルブル震える兵士が顔を上げた。


其方そなた、話せるか?」


 声を掛けられたテルーエに向かってコクコクと肯く兵士。


「では、まずこちらに座りたまえ」


 震える身体を自分で抱くようにゆっくりと立ち上がると、おずおずと前に進み、なんとか自力で椅子に座り終えた。


「先程も申し上げたが、我らは冒険者でもあるが王家の客人でもある。怪しい者では無いので、事情を説明して欲しい」

「……その前にサイン」


 自分達の紹介をし、話を進めようとするテルーエの話に割って入り、依頼書を出すハナノエ。

 空気を読んでるのか読んでないのか微妙なところだ。

 それでも、震える手でサインをする兵士。律儀と言うよりは為すがままという感じだ。

 サインが書き終わると、何事も無かったように話を続けるテルーエとサインを貰ってニンマリするハナノエだった。


其方そなた、女だったのか。いや失礼、続けてくれ」


 途切れ途切れで説明をする兵士だったが、テルーエの言葉で中断させられた。それでも、続けろと言われ、説明を続けた。

 女兵士の説明では、突然外壁の外から襲撃があったという。兵士達は混乱したが、それでも情報を纏め迎撃をした。

 だが、先日のスタンピードでは罅ひとつ入らなかった外壁が次々と壊されて行き、兵士も何もできずに宙を舞っていた。

 事務方の彼女は、詰所から出るつもりは無かったが、外の様子を確認して来いと先輩に言われ確認に向かった。そこで地獄絵図の状況を見た彼女は、すぐにここに戻り先輩に一緒に逃げるように報告に向かったのだが詰所の中はもぬけの殻。

怖くなった彼女は外に出る事もできずに現在に至ると語った。


 キズナの喚んだメンバーで、町中を担当した者達は獣人を救出すると同時に兵士も無力化していた。

 詰所の中の兵士も同様に無力化して山に積み上げたのだが、運がいいのか悪いのか、ちょうどその時に彼女は外に出ていたのだろう。

 そして、この詰所を精霊達が過ぎ去ったタイミングで彼女が戻って来たのだった。


「何故…と言っても其方そなたに理由は分からぬわな」

「魔物が原因じゃないのかしら」

「……おおじじ」

「あんな雑魚にこんな大それた事ができるはずないでしょ。あそこにいたのは偶然よ、偶然」

「しかし、魔物であるならばここまで圧倒的な力の差がありながら人的被害が少なすぎる。しかも、建物の被害も少ない。砦をあれだけ破壊できるのだ。建物ももっと破壊されているはずだ」

「……他に情報は?」

「じょ、情報…でござい…ますか?」


 しどろもどろの途切れ途切れでしか説明できなかった女兵士だが、三人のやり取りを聞いていてまだ緊張はあるものの少し落ち着いて来たようだ。


「その…噂なので情報と言えるレベルでは無いのですが……」

「……それでもいい」

「はい、では。獣人達が奴隷解放に動いているという噂がありました。森の中にアジトがあるのでは、という話が伝わって来ていまして、捜査に乗り出そうとした矢先に今回の襲撃を受けたのです」


 まだゆっくりとした口調ではあるが、女兵士はしっかりと回答をした。


「……いい情報」

「え? なに? ハナノエはアジトを探しに行くの?」

「我らはここの復旧の手伝いをするか、しないのならば王都に帰るぞ」

「……二人は手伝い」

「じゃあ、あなたはどうするのよ」

「まさか一人で森の中にアジトを探しに行くと言うのではあるまいな」

「……二人で行く」


 と、ハナノエは女兵士を指差した。


「「「ええ!!??」」」


 驚く三人を気にもせず、驚いて何もできずにいる女兵士の腕をとって、外に出るハナノエ。


「……力仕事は任せた」


 バタンと閉められたドアに向かって唖然とするウータエとテルーエ。

 訳も分からずハナノエに連れ出された女兵士。


「……飛ぶ。どっち?」

「……」

「……とりあえず、あっちに行く。違ってたら教えて」

「……」


 呆気にとられたまま連れ出され、いきなり空に飛ばれて悲鳴をあげる事も忘れる女兵士。

 詰所に残されたウータエとテルーエ。

 シオンヌの下での修行で自由さに磨きがかかったハナノエは、女兵士を連れて森へと飛んで行った。


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