第06話 ようやく薬草採取へ
その後、説教タイムに入り、長くなりそうな所でハーゲィさんを促して止めに入ってもらった。
登録窓口に立ってから、既に三〇分は経ってる。まだ少し説明もあるだろうし、この調子じゃいつまで経っても薬草採取に出られない。
そう思ってハーゲィさんにお願いしたのだ。
何故か、心ここにあらずといった感じのハーゲィさんだったけど、僕がお願いすると空返事のような気の無い返事をしてフラフラとした足取りで止めに入ってくれた。
どこか具合が悪くなったんだろうか。この後、薬草採取に一緒に行けるのか、心配だな。
ま、方角さえ分かれば何とかなると思うんで一人でも行けるんだけど、地元の同行者がいてくれた方が心強いんだけどなぁ。
「アルガン武術統括が失礼しました。先にキズナ様への説明とお渡しするものを渡した後、しっかりと説教をしますから」
僕への説明がある事と、アルガンさんへの更なる説教をするとラピリカさんが話してくれた。
やっぱり、まだ終わってなかったんだ。でも、受付をずっと空けててもいいの? 他の人がいるのかな?
それから冒険者登録カードと腕輪を渡され説明を受けた。
冒険者登録カードは依頼を受ける毎に記録されて行き、どの町の冒険者ギルドでも確認できるそうだ。ランクも書かれており、渡されたカードにはEと書かれていた。色はブロンズで、Dランクに昇格するとシルバーになって、Aランク以上になるとゴールドになるそうだ。
腕輪は二の腕に装着するタイプで、幅は三センチぐらいだけど両縁が少し膨らんでいて、装着すると自動でフィットすると説明された。
早速ジャケットの上から装着してみるとユルユルだった腕輪がシュッと収縮された。特にキツクもなく、それでいてズレない、いい感じの装着感だった。
腕輪を装着すると色が変わった。
腕輪自体の色が黄色になり、縁の部分だけ黒く変色した。
「むぅ、これは非常に珍しいケースですね。黄色も黒も濃いですし、キズナ様はやはり相当優秀な方のようですね。何か黄色が濃すぎてオレンジに見えなくもないですよ」
「おお、凄げーな。おい、これって本当にEランクでいいのか?」
「それは……でも、もう統括が決めてしまいましたから」
何が凄いのか分からないけど、ラピリカさんの呟きに、今まで大人しくしていたハーゲィさんまで感想を挟んだ。
「えっと…何が凄いんでしょう」
「あっ、ごめんなさい。まだ説明をしてませんでしたね。その腕輪の中央部分は体術に関するオーラが黄色で示されます。縁の部分は魔力が黒色で示されます」
へぇ~、そんな機能になってるんだ。
「普通、魔力のある魔術師は縁の部分だけ黒くなって中央部分は白のままになる場合が多いんです。魔力が少ない武術師はその逆で、気力によって中央部分が黄色くなり、縁の部分は白のままなんです。それがキズナ様の場合、両方とも色が付いてます。という事は、武術師でもあり魔術師でもあるという証明ですね。しかも、そこまで色濃く出る人は中々いませんよ。というか、両方ともがそこまで色濃く出る方を私は見た事がありません」
そう言われてハーゲィさんの腕輪を見ると、確かに黄色になってて縁の部分は白だった。しかも結構薄め黄色になっていた。縁もよく見ると、少しだけ黒ずんで見えなくも無い。もしかしたら汚れかもしれないけど。
これっていい事なのかな? どうもHPとMPを色で表すもののような気がするんだけど。いや、体力と魔力かな?
でも、強さの証明でもあるんだからいい事なんだよな? レベルは1なんだけど。
「でも、新人では目立ちすぎますね」
ラピリカさんの懸念にハーゲィさんが答えた。
「そうだな、目立つだろうな。服の中に着けてみたらどうだ? そういう奴もいるぞ」
「そうですね、私もその方がいいと思います。町への入門の際に身分証明の代わりにもなるので服の上から装着する方が多いのですが、中でも問題ありません。冒険者登録カードを出すのが面倒なのでそうする方が多いだけで、元々冒険者カードが身分証明書ですから」
ふ~ん、カードじゃなく腕輪でも身分証明になるのか。これは知らなかったな。でも、どちらか一方でいいというなら装着しなくてもいいんじゃ……
「腕輪を装着しないというのは?」
「ありえません。腕輪の装着は冒険者の義務なのです。そうでないと、魔物の討伐数をカウントできませんから」
へぇ~、この腕輪って魔物の討伐数までカウントできるんだ。結構、優れものなんだな。
ラピリカさんの説明によると、どんな魔物を何体倒したかカウントできる腕輪だそうだ。冒険者ギルドには他にも薬草採取や護衛依頼など別の依頼もあるけど、そういった依頼は雇い主の終了確認サインで確認できるが討伐数は誤魔化せるので腕輪は装着が義務付けられてると説明された。
そのお陰で討伐部位を持ち帰る必要が無くなったので、かなりの時短に繋がってるとか。
もちろん、魔物の素材は冒険者ギルドでも買い取ってくれるものもあるので、売れるものは持ち帰ってくるように追加説明された。
その後ろから「残りの細かい話は後で俺の方から説明しておくよ」とハーゲィさんが言ってくれたので、漸く解放してもらえた。
はぁ~、長かった~。冒険者ギルドの登録ってこんなに長かったんだな、そこまでは習って無かったよ。別のギルドにしておけばよかったか?
何せ、僕は早くお金を稼ぎたい。そのため、時間が惜しい。時は金なりとはよく言ったものだ。まさに今、時間をお金で買いたい状況だと言っても過言じゃないんだから。
それからはスムーズに事が運び、町の外縁にあたる高い塀のところまで来た。
塀の高さは五メートルほどあり、中々に高い。門を見る限り厚みも三メートルはありそうだ。
門は幅十メートル以上ある大きな大門が中央に、その隣に幅三メートルほどの人用の門と、逆の隣に幅五メートルほどの馬車用の門があった。
中央の門は今は閉じてるみたいだけど、二つの門だけで十分用を成してるみたいだ。
左右の中小の門は扉式だけど、中央の大門はシャッター式というか、巨大な鉄扉を上げ下げするタイプみたいだな。その方が開ける時は時間が掛かるけど、閉じるときに一気に閉じれるからだろうな。
巨大な鉄扉と塀の高さの計算が合わないけど、魔法か何かで隠してるのかな?
僕とハーゲィさんは人用の小門に向かい、冒険者カードを見せるとノーチェックで出門が許可された。腕輪はハーゲィさんの提案どおり服の中に装着している。腕ではなくて手首に装着したからジャケットの袖をまくるとすぐに見せられるんだけど、色が色だけに、あまり見せない方がいいとの判断で冒険者カードの提示にしたんだ。
入門時には手荷物検査や水晶玉での犯罪歴チェックなどがあるそうだけど、出門時にはこれだけでいいと歩きながらハーゲィさんから説明を受けていた。実際そうだったしね。
他にも今日向かう現場や帰ってからの行動なども事細かく説明してくれた。
僕とは今日が初対面なのに色々と世話を焼いてくれるんだ。ホントいい人だよ、ハーゲィさんは。
特に面倒な場面もなく、スムーズに出門できた。
いかにも冒険者だと言わんばかりの装備のハーゲィさんと、町にいる一般人みたいな服装の僕だけど、ハーゲィさんが新人達の面倒をよく見ているのは門兵達もよく知ってるようで、今回も新人の僕の面倒を見てるのだと思われてたようだ。
因みに町の名前も教えてもらった。
町の名前は『ランガン』。という事は、僕の記憶が正しければ、国名は『バルバライド』だと思う。
他にも国がいくつかあったと思うけど、今のとこ他に行く予定もないし、まずはこの町を拠点にして活動した方がいいと思う。
なにせ、これだけ人のいいハーゲィさんがいるんだから。
町の門を出てから二時間歩き、現場に到着した。
町の塀に沿って通っている街道を行き、そこから街道を逸れ草原を突っ切り、森の入り口に到着した。
到着するまでにも色んな話をしてたので、二時間があっという間だった。
薬草の見つけ方から採取方法、魔物が来た時の対処方法なども話してくれた。接すれば接するほど親身になってくれてるのが分かる。見た目でだいぶ損するタイプの人だとつくづく思った。
アルガン武術統括との模擬戦の話も出た。
「あれだけの剣戟をよく凌げたなぁ」と感心されてしまった。
どうやらハーゲィさんが見た感想は一方的にアルガン武術統括が攻撃し、僕が反撃できなかったと見えていたようだ。実際、その通りだしね。反撃はできたけど、しなかったから。
でも、その後に続く言葉で、そういう風に見えるんだなぁと少し驚いた。
今までは先生達とマンツーマンで第三者的視線で見たことも、見られて感想を聞かせてもらったことも無かったんだよ。
そのハーゲィさんの言葉とは、
「よくあれだけ激しく速い連撃を受けきったなぁ。キズナの動きは俺とあまり変わらないように見えたのに、不思議だったなぁ」
と感心されたのだ。
僕は基本ができてるからね。我流のアルガンさんと一緒にされても困るよ。
アルガンさんの剣術は丸っきり我流のそれだった。だからいくら動きが速くても無駄が多いんだ。
そのせいで速く派手に見えるけど、僕は最小の動きで的確な対処をするので遅く動いても間に合うし、実際そんなに速く動く必要が無かった。全部予測できたしね。
速く派手なアルガンさんの攻撃を自分より遅くて力の弱い僕が一撃も食らわず躱してる。ハーゲィさんには不思議に見えた事だろう。
なので、「マグレですよマグレです。山勘が全て的中した結果です」と答えておいた。
話の後、ハーゲィさんが少し考え込んでいたので、誤魔化しきれたかどうかちょっとドキドキしたよ。
思案後、「俺も山勘を鍛えるか!」とか言ってたから大丈夫だと思うけどね。
アルガンさんの初めの理不尽な一撃に関しても教えてくれた。
当たらない軌道だったとはいえ、あの、いきなりズバンッ! と放たれた一撃の事だ。
あれはアルガンさんが見込みのありそうな新人によくやる手で、その躱し方によって実力の判断材料にするそうだ。
とはいえ、あんなのいきなりやられた方としては、文句の一つも言いたくなるよね。
僕の場合は、先生達に反論したら倍の授業が待ってるから、反論しない癖が付いちゃってるんだけどね。心の中では罵倒しまくりなんだけどさ。
薬草採取場所―――ハーゲィさんの取って置きの場所に到着すると、ハーゲィさんから指示が出された。
「ここが『薬草の森』と呼ばれている森だ。冒険者ギルドでは『初心者の森』とも呼んでいる。この森の浅い部分には下位の薬草が生えていて魔物も少なく比較的安全な採取場所だ。特にここは沢山生えてる方だから、キズナはここで薬草採取しているといい」
え? ここ? って感じの場所で、こんなとこじゃあまり良い薬草が無いんじゃないかと思ってしまった。
一応、採取の技術もあるし目利きもできるからね。
「ここ…ですか?」
「ああ、この辺りが薬草がよく採れる場所だ、覚えとくといい」
本気みたいだ。もしかして僕を試そうとしたのかとも思ったけど、そうじゃ無さそうだね。
「道すがら話したように、俺は別件の依頼があるから先にそれを済ませてくる。あまり森の奥に行くとそこそこの魔物が出て来るから俺が帰って来るまではこのへんにいるんだぞ」
やっぱりここで合ってるのか。でも、ここじゃ大した薬草は採れないよ?
「因みに、薬草ってどれの事ですか?」
「ん? 薬草採取は自信があると言ってなかったか?」
「そうなんですけど、ここには僕の知ってる薬草が少なそうなんで」
「薬草にそこまで種類は無かったはずだが…ちょっと待ってろ」
そう言ってハーゲィさんは少し森に入った所で腰を屈めて辺りの物色を始めた。
一分も待たずにハーゲィさんは戻って来たが、その手には草が握られていた。
「待たせたな。これだ、これが薬草だ」
と自慢気に僕に差し出してくれた。
ハーゲィさんが薬草と言って渡してくれた草を見て『雑草?』という感想しかなかった。
僕の育った『クロスオーバー』では、この草を薬草として扱った事は無い。この草は『クロスオーバー』にもあったけど……
薬草と言って渡してもらった草は、僕の中での分類としては雑草である。『クロスオーバー』ではこの草を薬草とは呼ばなかったよ。
「……分かりました。この草を五〇株集めればいいんですね」
「草…というか薬草だ。そうだな、二〇株もあれば今日の宿代と飯代ぐらいにはなるが、あとは採れば採るだけ自分の儲けだ。頑張って五〇株を目指せ。そうだ、キズナは何か袋は持ってるのか?」
「あ、いえ、すみません、持ってません」
「袋も無しに採取して、どうやって持って帰るつもりだったんだ。今日の所はこれを貸してやるから使うといい」
そう言って背負い袋から荒い縫製の汚れた巾着袋を出した。
まぁまぁ大きい袋だけど、凄く汚い。
でも、これはハーゲィさんの好意なので、僕も大人の対応としてお礼を言って受け取った。
そして別れを告げると、ハーゲィさんは森の奥へと入って行った。