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第35話 ラピリカ出向


「おお! よく来おった! やっと持って来てくれたか!?」


 満面の笑顔で出迎えられたラピリカだったが、当の本人の顔は冴えない。


「それか!? それじゃな!? よく持って来てくれた!」


 もう初老などとうに過ぎ、七十も越えてるだろう男が素早い動きでラピリカに詰め寄った。

 楽しみで待ち遠しかったのだろうが、老人がササササと俊敏に動くさまは気味が悪い。


「なんじゃ、違うではないか……」


 あからさまにテンションを落とす老人。


「はい、それはいつもの薬草です。今日は見て頂きたい草がありまして」

「ん? 見せたい草?」


 ラピリカの言う『見せたい草』は、キズナがドヤ顔で提出したハーフムーン草という雑草だ。

 今日のラピリカは薬師ギルドに来ていた。


「そうは言うが、これはいつものサラーム草ではないか。儂は、あのクレセントが欲しいのじゃ! あるなら早よぉ出せ!」

「はい、メメジー様。それはいつもの彼が採って来たいつもの薬草です。すぐに出しますので少々お待ちください」

「ちっ、あのハゲか。毎日採って来てくれるのはありがたいんじゃが、こう低ランクの薬草ばかりじゃと気がメゲてくるのぅ」


 このメメジーと呼ばれる老人こそ、薬師ギルドのギルド長にして、この国一番のポーション錬金術師である。

 国内はもちろん、他の国でもメメジーほどの知識と腕を持つ薬師の数は五人といないのだ。

 ポーションを錬成するのだから練成師と呼ばれる事もあるが、本人は錬金術師だと言って憚らない。


 そんな彼が、何故このハルバライド国でも王都ではなく、辺境の一都市にいるかというと『初心者の森』があるからだ。

 『初心者の森』は広い。元々は『薬草の森』と呼ばれていたほど採取できる植物が多い。

 最近では冒険者ギルドの影響で『初心者の森』と呼ばれる事の方が多いが、まだまだ森の浅い部分しか解明されていない。


 森は奥に行けば行くほど魔物のランクが上がる。それに応じて薬草のランクも上がるのだが、高ランクの冒険者でも中々探索しきれない。夜になると厄介な吸血鬼が現れるのだから。


 昼は上位種の魔物が跋扈し、夜は吸血鬼が集団で押し寄せる。

 Aランク冒険者でも三日ともたずに森から逃げ帰って来る。帰って来れればいいが、帰って来れなかった者の方が圧倒的に多いのだ。


それでも一度、まだ森の探索に活気があった頃、なんとか壊滅を免れたAランクパーティが『初心者の森』の奥から持ち帰ったと言われている『幻の薬草』を自分の手でポーションに作り上げたいと思い、もう五〇年もこのランガンの町に居続けていた。


 そんな老人に見せたいという薬草。

 ラピリカの荷物持ちとして雇い連れて来た低ランクの冒険者に合図を送ると、控えていた低ランク冒険者が、薬草で満タンになった五つの籠を差し出した。


「見て頂きたいのはこちらです」

「おお! ん? なんじゃ、こりゃ? クレセントではないではない…な。ふむ……」


 残念そうなセリフを言いながらも、目新しい薬草の籠に飛びつく老人。

先に出した一籠を後ろに控える弟子にポイと放り投げ捨てると、新たに出された籠に、老人―――メメジーが抱きついた。

 しかし、見た事も無い薬草を目にし、考え込むメメジー。


「メメジー様、先ほども言いましたが、今日はその薬草らしきものを鑑定して頂きたいのです。私が見たところ、薬草としての価値はありそうなのですが判断に困る草ですので見た頂きたいのです」

「ほぉ、なるほどの、お譲ほどの者が分からん薬草か。ま、所詮はお譲も素人。儂に任せるがいい」


 セリフは格好いいのだが、薬草の入った籠に抱きついたままだと、なんとも締まらない。


「クンクン…クンクン…ふむ、検査に二~三十枚無駄にしても構わんか?」

「ええ、結構です」


 メメジーは薬草の匂いを念入りに嗅いだ後、検査のために消費する薬草を求めた。

 ラピリカが即答で了解を出すが、メメジーは『バカな奴じゃ』とほくそ笑んだ。

 この時点でメメジーはクレセントムーン草と同等かそれ以上の価値を見出していたのだ。だが、本当にそうだとすると買い取り金額は非常に高い。

 だが、実験用に差し出せと言えば、差し出された薬草はタダだ。

 高価な薬草をタダで頂き、更に査定料を頂く。年の功と言うよりはタヌキじじぃと言った方がしっくりくるジジィだ。


 そうは言っても査定はしなくてはならない。しかも結果も求められている。

 実際、メメジーにも差し出された薬草の正体が分かっていない。

分かっているのはクレセントムーン草と同等か、それ以上の可能性を秘めた薬草としか分かっていなかった。


「これは誰が採って来たんじゃ?」

「はい、先日クレセントムーン草を採って来た冒険者です」

「ほぉ! 祖奴が持って来たものか! なるほどの、祖奴がのぉ。中々の難解物じゃが、他に何は言うとらんかったか」

「はい、本当か嘘かは分かりませんが、このポーションを作った持ち主から譲り受けたと」


 そう言って2本のポーションを出した。

 ラピリカはそう解釈していた。キズナが作ったと申告した言葉は届いて無かったのだから。


「その時に言われた言葉ですが、『エイチピー5000回復ですが、おまけでヒドラ毒と吸血鬼の魔眼麻痺とコカトリスの石化程度なら正常状態に戻せますね』と言われました。それが、こちらのエイチピー回復薬です。万能薬と言ってたこちらのポーションに関しての説明は聞いていません」

「エイチピーとは何かはわからんが、5000とは何を基準の数字なのじゃ? それに毒・麻痺・石化の回復じゃと!? ならば既に万能薬を超えているではないか。そっちの万能薬とは何なのじゃ」

「申し訳ありません。そう伝え聞いたとしか……」


 回復薬と万能薬の棲み分けはある。回復薬は体力を回復させ骨折や傷を治す、万能薬は状態異常を回復させるだけ。

 メメジーの常識でもそれは変わりなかった。


「申し訳ありません、それは私にも……」

「ふむ、そうじゃろの。儂が分からんもんをお譲が分かるわけもない。ふ~む、これがそのエイチピー回復ポーションじゃな?」


 そう言って、メメジーはHP回復薬を手にした。


「これも数滴検証で使うぞ?」

「はい……致し方ありません」


 薬草は大量にあるからいいが、ポーションは一本きりだ。ラピリカは少し躊躇ったが、許可した。どういう効果があるか分からないポーションをそのまま使う危険性を感じたからだ。


「おいっ! モールラットじゃ!」

「はい!」


 メメジーに指示された弟子が、隣の部屋へ行きモールラットの入った籠を持って来た。

 モールラット―――この世界のモルモットの事だ。


 メメジーは渡された籠からモールラットを取り出すと、背中にナイフを入れ傷つけた。

 モールラットの背中からジワリと血が滲み出す。

 そこへキズナ製ポーションを一滴垂らした。


「うおっ! なんじゃ~!?」

「ポ、ポーション一滴でそこまで回復するものなのでしょうか」


 モールラットの背中の傷は一滴のポーションで完全に塞がった。

 驚いて声を上げたメメジーだったが、こういった実験を初めて見たラピリカは、その効果に驚きつつも『魔物ならそんなものなのか?』と思い直し質問をした。


「そんなはずが無……いや、そうかもの」

「そうでしたか」


 下級ポーションでは有り得ない効果だ。だが、これはこの謎の薬草から作られたと言うのであれば可能性はあると思い返事を変えた。


「では次は尻尾じゃ」


 メメジーはナイフでモールラットの尻尾をカットすると、再びポーションを一滴垂らした。


「いかん、失敗じゃ。尻尾を付けてから垂らすのじゃった。儂も動揺しとるのかの」

「メ、メ、メメジー様……」

「なんじゃ?」

「こ、これを……」


 尻尾を取るために目を離した隙に、先ほどのポーションで回復したのを見て驚いているのだろうと思い、ラピリカの指差す尻尾に目をやった。


「ななななななんじゃとおおおぉぉぉぉっ!」


 モールラットの尻尾が再生していたのだ。

 驚き戦くメメジーとラピリカ。後ろに控えている二人の助手も、驚きすぎて目と口が大きく開かれていた。


「部位欠損回復じゃと!? 有り得ぬ、たった一滴でこの効果など有り得ぬわ! いや、しかし目を背けてはならん。儂は実際に見た。その事実から目を背けては先になど進めん! じゃが、これは何というポーションなのじゃ……有り得ぬわい」


 一先ず落ち着くために休憩を取った。

 下級冒険者は外にいたので驚いていた声は聞こえていたが、実際は何が行なわれているのか見えなかったのは幸いだった。お互いに。

 ここで下級冒険者を帰し、休憩後、再び実験が始まった。


 足を切断は二滴、耳の欠損は一滴、目の欠損は二滴、腹を大きく切った時でも五滴で完全回復したのだ。


 続いて万能薬の実験だ。

 まず背中を小さく切って、そこへポイズントードの毒を数滴垂らした。

 モールラットの背中が徐々に紫色に広がって行く。

 そこへ万能薬を一滴垂らすと、瞬時に色が改善され傷口まで塞がった。


「万能薬までもか……毒を消すだけではなく、傷口まで塞ぐとはのぅ……儂の積み上げてきた常識が崩れていくわい。お譲……このポーションの製作者は本当に分からんのか」

「はい……」


 ここまで自分達の常識を大きく外れた効果を見せられれば、メメジーだけでなくラピリカでさえも疲れ果てていた。


「ならば、そのポーションを持って来たという少年に会わせてくれぬか」

「分かりました。彼にそう依頼してみます」

「頼んだぞ。それと、このポーションは、この薬草から作られたのじゃな?」

「はい、そう言ってたと思います。私も話半分で聞いていたもので、あまりよく覚えていないのです」

「そうじゃろの。こんな話、誰も信じやせんわい」


 申し訳なく項垂れるラピリカに対し、投げ槍にだがフォローをするメメジー。


「儂はこの薬草を解明してみせる。お譲は連絡が取れたら、すぐに連絡を寄越してほしい」

「わかりました」

「それと、これは全て儂が買い取る。おい、白金貨五〇枚出しておけ」

「し、白金貨! ですか!」


 白金貨とは金貨百枚分の価値のある通貨だ。


「そりゃそうじゃろ、儂の求めたものかもしれんのじゃ。それを研究できる材料がここにある。それでも足らんぐらいじゃ」


 助手が用意した白金貨五〇枚を受け取り、薬師ギルドを後にするラピリカだった。

 一時預かりの保留とした薬草とサンプルのポーション二本が白金貨五〇枚になった。

 あの時、金貨一枚を『オマケよ』と言って渡そうとした自分の姿を思い出し、心の中でキズナに詫びるラピリカだった。


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