第32話 上級薬草の扱い
特級ポーション(五割り増しウーリン鑑定)が五〇本。薬草が五籠。
ポーションは背負い鞄に全部入るけど、薬草が満タンに入った篭は重ねて持っても三籠が限度だよ。
重量的にはまだ行けるかもしれないけど、嵩が大きくて持てないよ。どうしよう。
まずは出来立てのポーションを鞄に詰め、籠を重ねていく。
やっぱり三籠が限度だよ。これ以上は届かない。三籠目もギリギリ底の部分が届いただけだもん。
試しに持ってみたけど、重量的にはまだまだ余裕があるね。でも、積めないんじゃ意味が無い。折角、皆が集めてくれたんだから、何とかして持って帰りたい。
まだギリギリ陽は落ちてない。今から往復して間に合うか。
「おっ? キズナじゃねーか。こんなとこで何やってんだ?」
「ハーゲィさん!」
ハーゲィさんも薬草採取帰りのようで、前に貸してもらった袋を幾つか持っていた。
「ハーゲィさんも薬草採取の帰りですか?」
「当然だろ。俺が薬草採取を休むなんて絶対……あんま無ぇからな」
絶対と言いかけてたけど、僕と一緒に飲んだ次の日は休んでたからね。
「それよりキズナと行った次の日から、凄げぇ採れるんだがよ。何が原因なんだか知らねぇが、あれからずっと毎日大量に採れてるぜ」
「え? 普段からあれぐらい採れたんじゃないんですか?」
「んなわけねーだろ。キズナが初日だったからようやく採れそうになった場所に連れてってやったんだ。なのにキズナが根こそぎ行きやがったから次の日からどうなるか心配してたんだぜ」
「そうだったんですね。ありがとうございました」
「いやいや、あん時ぁ俺もオークの群れに追われて教えてやれなかったからよ、自業自得だと諦めてたんだぜ」
そういやそんな事もあったね。まだそんなに経ってないはずなのに、随分前の気がするよ。
「一応、教えといてやるが、薬草ってなぁ全部抜いちまったら次が生えて来ねぇから少し残しといてやるんだ。そしたらまたそこに生えて来るから、そういう場所を何箇所も作っておけば毎日薬草が採れるって寸法よ」
「へぇ、そうだったんですね。僕の教えてもらったやり方とは違うんですね」
「やっぱりか! キズナが行った場所だけ未だに毎日ボウボウなんだ。お前、何やったんだ!」
何やったって人聞きの悪い。僕は教えられた通りにやっただけですよ。
「おい、キズナ。教えろよ。秘密なんだろうが、俺とお前ぇの仲じゃないかよ。ここじゃ、俺の方が先輩だろ? 頼む! この通りだ!」
そう言って土下座して頼むハーゲィさん。
「別に秘密じゃないですから教えますよ」
「ホントか!」
近い近い! 顔、近すぎ!
ガバッ! と起き上がって迫ってくるハーゲィさんを押し留めてやり方を教えた。
「薬草は全部抜いちゃっていいんですよ。何本か根だけを残して、最後に魔力を与えるだけでいいんです。根だけになると養分を異様なぐらい取りたがるんで、そこに魔力を与えてやるとすぐに育つんです。あ、魔力の代わりに魔石でもいいですよ」
「マジか! たったそれだけの事でよかったのか……この道二十年、目からウロコだぜ」
この道二十年って、薬草採取歴二十年って事だよね? 超ベテランじゃん!
「だけど、俺が知らなかったんだ。他の奴らだって知らないはずだ。どれぐらい魔力を与えればいいんだ?」
「どれだけでもいいですよ。いくらでも吸収しますから」
「そうか……キズナと行った後、すぐの頃は粋の良い薬草があったのはそういう事だったのかもしれねーな。これって公表しちまってもいいのか?」
「別に構いませんが、それよりハーゲィさんは毎日薬草を冒険者ギルドに納めてるんですよね?」
「もちろんだ!」
胸を張って得意気に答えるハーゲィさんだが、それだとおかしくない?
「あの、ラピリカさんに薬草が不足気味だから早く採って来いって催促されたんですけど、本当に不足してるんですか?」
「ああ、残念だが、俺一人じゃやっぱり賄えねぇ。それにラピリカが言ってんのは俺が採る薬草じゃねぇ。前にキズナが採った上級の薬草だ。なんでもダンジョンで消費が上がってるらしくてよぉ、かなり不足してるらしいぜ」
その言葉で二人の視線が籠に移る。
「まさか、それ全部上級なんて言わねぇだろうな」
「えーと、全部上級のハーフムーン草です……」
なんかすみません。
でも、ダンジョンで消費が上がってるのって、ブラッキーさんが関係してない? クレセントムーン草って、抽出率はあんまり良くないけど魔力回復ポーションの素材としても使えるんだよね。
「ハーフムーン草? 知らねぇ名の薬草だな。俺が聞いてた名前と違うんだが」
「あ、前回のはクレセントムーン草です。今回のは、それよりも上のハーフムーン草なんですよ」
「はぁ~? まだ上だとぉ~?」
呆れ返るハーゲィさん。
「でも、三籠までは持てそうなんですけど、二籠は置いて行くしかなさそうなんです」
「ばっ! 何言ってんだ! 俺が持ってやる! いや、持ちます! 持たせてください!」
ふへ? なんでハーゲィさんが敬語になってんの?
「いや、でもハーゲィさんだって荷物がいっぱいじゃないですか」
「こんなもん、籠の上にでも乗せりゃいいんだよ。なんなら脇に吊っても行けんだろ。二籠でいいんなら任せとけ!」
ハーゲィさんのお言葉に甘え、二籠持ってもらった。
これは本当に助かった。二籠のために往復なんてしてたら閉門に間に合わなかったかもしれなかったよ。
「あれ? 雨?」
「ん?」
森の方を見ると、パラパラと小雨が振り出したようだ。
ハーゲィさんも僕に釣られて森の方を見た。その後、小首を傾げて掌を上に向けた。
「雨なんて降ってねーぞ?」
小雨だからハーゲィさんにはまだ見えてないのだろう。僕は目にも自信があるんだ。
「だが、森の方が暗くなって来てやがんな。こりゃさっさと帰った方がいいな」
「そうですね」
急いで町まで戻る事にした。
でも、変な雨だったなぁ。やけに黒く見えたよ、向こう側も透ける感じでさ。ラピリカさんやギルバートさんの身体から出てた靄みたいな感じだった。
もう陽が暮れかかってたからだと思い、あまり気にしない事に決め、町までの道を二人で急いだ。
荷物量が多いから走るまでは出来なかったけど、何とか閉門には間に合ったようだ。
町の門の開門も閉門も時間が決まってるわけじゃない。
だって時計なんてないし、結構適当なんだ。
朝は誰かが並び始めて頃合いの時間だと門兵が判断したら開門するし、夜も頃合いの時間になり誰も来ないようなら閉門する。
逆に、頃合いの時間になっても入門のための列ができていたら結構遅くまで開けてたりする。滅多に無い事だけど、今までにもそういう事はあったそうだ。
誰に聞いたかって? そりゃハーゲィさんだよ。こういうくだらない事は教えてくれるんだけど、肝心な冒険者ギルドのルールを聞いてなかったりするんだよ。
僕もある程度【クロスオーバー】の世界で勉強してきたけど、覚える事が多すぎて曖昧な部分が多いんだよ。
「ありがとうございました。助かりました」
「なんの、キズナにはまだまだ借りもあるからな。いつでも言ってくれ」
借りって・・・食堂兼酒場の弁償の事を言ってるのかな? それともオークの件? オークの件って二度あったよね。
そう思ってみると、僕って結構ハーゲィさんの事を助けてるんだな。恩を売る気は全く無いけどね。
冒険者ギルドにはハーゲィさんと二人で一緒に入った。
中に入ると、ラピリカさんが満面の笑みで迎えてくれた。
そして薬草の品評・審査・解析が行なわれ、ハーゲィさんは金貨一枚支払われた。
僕の方は……予想ではクレセントムーン草が籠満タンで金貨百枚だったんだろ?
ムフフフ、これは非常に期待が持てるよね!
「キズナ様、これが今回の報酬です」
と言って、報酬を持ってきたのはラピリカさんだった。
この人ってチョクチョク出てくるよね。ヒマなの?
出されたコインを見てみると、金貨が一枚。
あっるぇぇぇぇえ? 確か、五籠納品したよね? クレセントムーン草を一籠で金貨百枚だったじゃん! だったら、その上の薬草でもあるハーフムーン草ならもっとあるんじゃないの? しかも五籠なんだよ? 金貨千枚ぐらいは期待してたんだけど?
「あのー……これだけ?」
「はい」
「マジで?」
「はい」
「なんで?」
「このような雑草を持って来られても困るのです。一応、魔力は内包してるようですので、薬師ギルドあたりに引き取ってもらえると思いますが、いくらで買い取ってもらえるかも分からない種の草なので、雑草扱いとさせて頂きました。何かご質問がありますか?」
アリアリだよ! 質問なんて超アリますよ!
ハーフムーン草ってここじゃ知られてないの? クレセントムーン草は知ってたのに。
「この薬草が雑草扱いなんですか?」
「はい、もちろんです」
「いや、これってハーフムーン草と言って……」
「この雑草にもそういう名前がついていたのですね」
あー、開き直っちゃってるよ。これは何を言っても覆らない系だよ。
だったらどうしよう。持って帰ってポーションにして売るか? どこで売ればいいのか分からない。
だったらこのまま売っちゃう? 確かに皆に集めてもらって僕は何もしてないけど、あんまり安く売っちゃうと皆に悪い気がするし……
「あの…ラピリカさん」
「はい、これ以上値上げしませんよ?」
ニッコリ笑ってるけど目が笑ってない。値上げ交渉は不可能のようだ。
「いえ、そうじゃなくて、このポーションって売れますか?」
さっき作った上級ポーションと万能薬の二瓶を出してみた。
もし売れるんなら、このまま薬草は持ち帰ってポーションにすればいい。瓶も沢山作ったからね。
「これは?」
「回復ポーションと状態異常回復のポーションです。上級ポーションと万能薬って言えば分かりますか?」
「じょ! ……むぐっ!」
ラピリカさんは上級ポーションと言いかけて、自分で自分の口を手で押さえた。
深呼吸を念入りにすると、カウンターから身を乗り出して僕に向かって人差し指でチョイチョイとした。
ちょっとこっちに寄れって事だろう。
ラピリカさんの希望通りカウンターに近寄ると、顔を寄せてきたラピリカさんに小声で聞かれた。
「これの効力は?」
「そうですね…メインはHP5000回復ですが、おまけでヒドラ毒と吸血鬼の魔眼麻痺とコカトリスの石化程度なら正常状態に戻せますね」
「!!!!!!」
ラピリカさんが小声だったので僕も小声で返したんだけど、大声を出しそうになったのか、またラピリカさんが口を押さえた。
HP5000って教えてもらったからそのまま言っただけなんだ。僕には【鑑定】が無いからどれぐらいって目安が分からないからね。
自分のステータスさえ分からないのに他人のステータスなんて分からないし。
「そんな出鱈目ばっかり言って……あ…キズナ様でしたね、キズナ様ならありえるかも」
え? 嘘だと思われてたの!? だったら、さっき口を押さえたのも笑いを堪えてたとか?
「嘘じゃあり……」
「検証させて頂きます! ですので、この二本のポーションは一時預かりとさせて頂きます!」
え―――――! そりゃないよ――――――!
僕が反論しようとしたのを遮って答えたラピリカさん。
最近ブラッキーさんとホワイティさんと僕(【三叉槍の魔法使い】)で依頼を熟してたからそこそこお金は持ってるけど、今日の報酬はゼロになっちゃうじゃん!
午前中のダンジョンの戦利品は二人がいないから出せないし、ポーションも買い取りしてくれないんだったら今日の給料はナシじゃん!
あ、薬草の分があったか。上級薬草五籠で金貨一枚……
ダメじゃん! 何なんだよ! この冒険者ギルドは!
ん? 違うか。冒険者ギルドじゃなくて、この世界の知識レベルが低いんだ。でも、習った時はそんな事言って無かった気がするんだけどなぁ。
「あのー……」
「なに? 何か不服なのですか?」
有無を言わさぬようなラピリカさんの切り返しだ。
「い、いえ…あの…はい、やっぱり金貨一枚は納得行きませんので持って帰ります」
そりゃそうだよね? クレセントムーン草より上位の薬草が二束三文なんて、集めてくれた皆にも悪いしね。
「そっちでしたか。ええ、結構です。こちらとしても処分に困っていましたのでお引取り頂いても……いえ! 少し待ってください」
了解が出たので、薬草の入った籠の傍に向かおうとしたのに呼び止められてしまった。
「なんですか? あ、一気には運べませんので、何度か往復します。その間は置かせてくださいね」
「ダメです」
「え? そう言われても、ここまでもハーゲィさんに手伝ってもらったんです。さすがにそれを一人で一度には運べませんから」
手伝ってくれたハーゲィさんを探すが、既に彼は金貨一枚の報酬をもらってホクホク顔で食堂兼酒場に向かっていた。
「運ばなくて結構です。薬草もこちらで預かります」
「えー!」
いやだよ! これだけ沢山の薬草を金貨一枚でなんて売れないって!
「キズナ様? このポーションはその薬草と何か関係があるのではないですか?」
「え・・・ええ、まぁ」
その薬草から作ったんだから関係はあるね。
「このポーションを作った方からその薬草を教えてもらったのですね……いえ、しかし、そのような効果を持つポーションを作れる錬金術師など……ふむ、何か謎がありそうですね……」
「謎というか、実はそのポーションは僕が作ったんです」
ラピリカさんが長考に入ってしまい長引きそうだったので、種明かしをしてしまわないと話が先に進まない。
早くポーションの効力を確認してもらうためにも言っておいた方がいいとの判断からだった。
特に秘密にしてるわけでも無いしね。秘密のままの方がよかったのかな?
「驚きましたか? ラピリカさん」
「……」
「ラピリカさん?」
「……」
「ラピリカさん!」
「はっ! はい何でしょうか」
全然聞いてなかったみたいだ。せっかく教えてあげようと思ったのに、もう絶対言ってやんね。
「とにかく! このポーションと薬草は全て冒険者ギルドの預かりとさせて頂きます!」
なんか『最後は私が纏めました』みたいにドヤ顔してるけど、今のは大声で無理やり意見を押し通しただけだからね。
僕には通用するけど、他の人には通用し無い事だってあるんだからね!
ちくしょう、無理やり押し通されちまったぜー。今日のところは、これぐらいにしといてやらぁ。
心の中で悪態をつくキズナであった。
だが、結果はご覧の通り、キズナには一つも落ち度が無いのに、キズナの希望は一切通ってなかったのである。
結局この日は、成果はあれども実入りは無く、そのまま宿に帰る事にした。
帰る途中でブラッキーさん達の宿に寄り、『明日の朝、冒険者ギルドで今日の分を精算しましょう』と受付に伝言を頼み、自分の宿に戻って夕食を摂りそのまま就寝となった。