第20話 魔法の手解き
危ない危ない。殺気が無いと、周囲の事が分からないから困るよ。ピッピかキラリちゃんが教えてくれればよかったのに。
「いえ! 誰とも話してませんよ! ちょっと独り言を言ったかもしれませんが」
「こっちまで聞こえて来るなんて大きな独り言ね。ま、いいわ、薪はこれぐらいで足りるかしら」
「ええ、十分だと思います。それで、今から料理を作りますが、その間にこっちの分を燃やしてもらえませんか?」
廃棄処分の山を指してブラッキーさんにお願いした。
「ええ、いいわよ。魔力も余りまくってるから派手に燃やしてあげるわね」
戦闘機会ゼロの欲求不満を廃棄のための火魔法で晴らすみたいだ。気合が漲ってるよ。
「《我が内に秘めたる魔力よ。その力を炎へと変じ全てを燃やし尽くせ!》【灼熱炎舞】!」
廃棄物を覆うような大きな魔法陣が現れ、魔法陣から円柱形の炎が吹き上がる! と思えたのだが……
え……
魔法陣から勢い良く出現したと思った炎が全く見えない。
いや、魔法陣は光ってるし、発動したようだから火が出現したとは思う。
肉の焼けてる匂いはするし、煙も上がってるから、廃棄物の山の上まで火が届いてないんだと思う。
廃棄物は穴を掘って入れられてるし、少しは山にもなっているから、単に出現させた炎の高さが足りなかったんだろう。
「あと二回もやれば十分かしら」
僕に得意げな視線を向け、ドヤ顔で述べるブラッキーさん。
えー! ショボいんですけどー! 今の規模の魔法陣なら最低でも高さ十メートルの火柱が上がらないと嘘でしょー!
あと二回? この程度の魔物の廃棄物を処理するのに三回も魔法を放つの?
僕は下級魔法しか使っちゃいけないと言われてるけど、その僕でも一回の魔法で十分処理できる量だよ?
「驚かせてしまったかしら。この量を三回の魔法で処理できる魔術師はあまりいないものね。キズナもいい見本が見れたでしょ?」
ああ、十分驚いたよ、たぶんブラッキーさんの言ってる逆の意味でね。
この世界の魔法力ってそんなもんなのか? 魔法がある事は授業で習ってたけど、その威力までは教えてもらってないもんな。
魔術統括のギルバートさんに見せてもらった魔法の方が威力はあったけど、あれも僕の下級魔法と同じレベルだったもんな。
ブラッキーさんの魔法に驚きつつも、料理の方は進めて行く。
下処理は解体時に済ませてるから、後は煮込んで味を調えるだけ。
どうやって薪に火をつけたかって? そりゃ、二人が見てないときにコソっと火魔法でね。
料理が出来上がる前に、ブラッキーさんも焼却を終えて合流した。
ホワイティさんは、鍋から湯気が出て匂いを放ち始めると、ずっと鍋の番をしてくれてたよ。
自称、食うのと飲むのは大好きな人だったもんね。鍋に対する食いつき方が半端ないよ。
途中で、何か妙なものを入れそうになるホワイティさんの手を止めるのが大変だった。
折角、味を調えてるのに、何を入れようとしてるんだろ、この人は。
「これを入れると美味しくなると思うの」とか「これなんかいい味になりそうでしょ?」などとほざいてる。絶対に有り得ないものだった。
これって、アレだ。『クロスオーバー』の世界でも料理の下手な人って、色々と入れたがる人が多かったけど、ホワイティさんはその典型なのかもしれない。料理をする時には絶対に目を離してはいけない人だと僕の中で認定された瞬間だった。
「終わったわよ。こっちは…もうできそうね」
「はい、もう食べれますよ。皿は持ってますか?」
「ええ、自分達の分ならあるわよ。ホワイティ、出してくれる?」
「……じゅるり」
「ホワイティ?」
「え? あ、ああ、はい! 香辛料ね」
「違うわよ、お皿よ、お皿」
この人は……まだ何か入れようとしてたのか……
木皿にホーンラビットの肉と野菜の入ったスープを取り分けて二人に配った。
僕も皿は持ってたけど、ハーゲィさんと二人分しか無かったから、皿は各自で出してもらったんだ。
「美味しっ! 美味しいわね、キズナって料理の才能があるのね!」
「……」
ブラッキーさんは褒めてくれたけど、ホワイティさんは無言で食べていた。
まさか、また何か入れようとしてるんじゃ……
「おかわり!」
「あ、はい」
違ったー。一心不乱に食べてただけだった。
食事中は、ブラッキーさんとは少し話せたけど、ホワイティさんは五杯食べ終えるまで無言で食べきった。
いや、それだけの食べっぷりを見せられると作った甲斐があるよ。お粗末さまでした。
僕とブラッキーさんは一杯ずつだ。まだこれから討伐をする予定だから少し多いかなと思いつつ作った量だったけど、ほとんどホワイティさん一人で食べたようなものだった。
鍋はしっかり空になってたからね。
たぶん、まだあったら食べ続けてただろうね。無くなりましたって言った時のホワイティさんの顔が泣きそうになってたから。
そんな感じで、三人とも腹八分目? なので、そんなに食休みも取らなくてよかったんだけど、せっかくなので食休みがてら少し話し合った。
「ホワイティさんは白魔道士という事でしたが、どんな魔法が使えるんですか?」
「私が使える魔法は回復のヒールと浄化のアンチドート、異常回復のキュアとパーティ全体の防御力を上げるプロテスですね。あとはアンデット系に対するホーリーが使えますわ」
「へぇ~、凄いですね」
「あと、今練習中なのがパーティ全体を少し浮かせるフローターです。行く行くはフライを覚えるために練習しているのですが、まだ上手くできないのです」
フローターはパーティ全体を五センチから十センチ浮かせる魔法で、発動時間は三分程度。大きな湖や峡谷などを越えるのは無理だが、池や沼なら浮いたまま越えられる魔法だ。
その上位互換のフライは熟練の者が使えば最大十メートル浮き、発動時間も十分以上継続できる非常に有効な魔法だ。
因みにキズナはどちらも使える魔法だ。移動速度が遅いため戦闘には向かない魔法だが、移動には最適な魔法だと言える。
「凄いですね。それだけ後衛からの援護があれば、中後衛ができるブラッキーさんもいますし、あとは優秀な前衛がいればもっと強力なパーティになるのに勿体無いですね」
「ええ、それについては募集はしてるのですが、私達は二人とも女性なので、中々女性の前衛職の方が見つからないのです」
「そうでしたか。いい人が見つかればいいですね。ブラッキーさんはさっき見せてもらいましたが、火魔法が得意なんですよね?」
ホワイティさんの使える魔法が分かったのでブラッキーさんにも聞いてみた。
「そうよ、得意なのは火魔法。風魔法も少し使えるけど、戦闘時にはあまり役に立たないわね」
「さっきの【灼熱炎舞】でしたっけ。あれはもっと威力が出るんですか?」
「【灼熱炎舞】はあれが目一杯ね。でも、あれだけの威力で放てる魔術師はBランク以上でもそうはいないわよ。戦闘時には【炎弾】を使うことが多いわ。当たればホーンラビット程度なら黒焦げよ」
黒焦げにしちゃマズいだろ! 皮は買い取ってもらえる素材になるし、肉は食うだろ。その肉だって売れるはずだし、焦がしちゃダメでしょ。
しかし【灼熱炎舞】って言うの? 知らない火魔法なんだけど、魔法陣だけ見ると、僕の知ってる【灼熱炎陣】に似てるんだよね。
発動の仕方も似てるから気にはなるんだけど、【灼熱炎陣】は中級魔法だから僕はまだ使っちゃいけない魔法だし、ブラッキーさんも僕以上に魔力があるとは思えないんだよな。
この世界の人なら使えたりするんだろうか。
「因みに【炎弾】を一度見せてもらってもいいですか?」
「あら、さっきの見て私の偉大さに気付いちゃった? いいわよ、昼食も作ってくれたし、特別に見せてあげるわ」
……ブラッキーさんは木に登る系の人だったのか。おだてるのはいいけど、それで技術が伸びるのかは、また別の話だからね。
褒められると伸びるタイプなのにぃって自分で言う人ほど、叩かれた方が伸びるタイプだったりするからね。
「《火の精霊よ、我が手に集い弾となり敵を討ち滅ぼせ!》【炎弾】!」
ブラッキーさんの持つ短杖から魔法陣が浮かび上がり、炎の玉が飛んで行った。炎の玉は地面に着弾すると少し燃え上がった。
ショボ……しかも遅っ……
これが僕の見たままの感想だ。
音で表すと、シュゥゥゥゥゥゥゥゥボン! って感じだ。
炎の玉というよりは、直径五センチぐらいの火の玉で、飛んで行く速度も遅い。確かにホーンラビットぐらいの大きさの魔物なら、当たれが致命傷になるかもしれないけど、あの速度ならホーンラビットに当たらないんじゃないかと思ってしまう。
でも、これも似てるんだよな。僕の知ってる魔法にさ。
「あの、一つ聞いてもいいですか?」
「何でも聞きたまえ」
ドヤ顔で胸を張るブラッキーさんは、上機嫌で答えてくれた。
やってやった感が半端ない。
「ブラッキーさんは魔法陣をどのようなイメージで描いてますか?」
「魔法陣? そんなの、詠唱で勝手にできるじゃない」
ダメだこりゃ。そこから間違ってたのか。
どうしようか、本人はこれで満足してるし、教えなくても……いやいやいやいや、ダメダメ。そんなの許せない、僕の過去が無かったものになってしまう。こんな間違った魔法はそのままにするべきじゃない!
なぜかキズナのスイッチが入ってしまった。
理由としては色々あったが、一番の理由としては『あれほど修行させられて覚えた魔法がこんな劣化版を放ってる魔術師以下だ』と言われた気がしたからだ。
しかも悦に入って詠唱までされてドヤ顔を決められたら、もうキズナには我慢ができなかった。
「ブラッキーさん、もう一度見せてもらえますか?」
「ええ、いいわよ。ちゃんと良く見て見本にするのよ?」
既にキズナの目は座っていたが、上機嫌のブラッキーさんはまるで気付いてなかった。
「《火の精霊よ、我が手に集い弾となり敵を討ち滅ぼせ!》【炎弾】!」
「はい、ストップ!」
「えっ?」
ブラッキーさんの短杖からは魔法陣が現れた時点で固まってしまい、【炎弾】が放たれる事は無かった。
「ここです。いいですか? まず、この魔法陣の形がおかしいです。ここをこうしてこうすれば、正式な【火球】の魔法陣になります。それと、魔力がこことこことここに込められていません。少し魔力を拝借しますね。こういう風に魔力を込めて放つとこうなります」
時間が止まったように空中に居続ける魔法陣をキズナが変形させながらレクチャーしていく。
キズナの指摘通りに形を変えて行く魔法陣。
魔力を込めろと言われた場所には、魔力が込められた事を示すように、赤く光を放っていた。
魔力自体はブラッキーのもので、魔法陣と繋がってる状態だからキズナが操作して適所へと魔力を導いたのだ。
「な、なんで止まってるのよ! しかも形が変わったわよ!」
「それは魔力操作でって、これって魔法の基本技ですよ? まぁいいです。今から放ちますから、よく見ていてくださいね」
シュンッ!
ズゴーン!
直径十センチの炎の玉が、さっきの【炎弾】とは比較にならないほどのスピードで飛んで行き、着弾後に爆ぜた。
「な……」
「これが【火球】です。どうです? 下級魔法ですが、これの方がよくないですか?」
返事が無い。ただの屍……なわけないか。
ブラッキーさんは目と口を大きく開き、ギギギと音が出るんじゃないかと思うほど、機械的な動きで僕の方に身体を向けた。
「きゃ~凄~い! ブラッキー! あなたいつの間にそんな魔法を覚えたのですか!? 凄いじゃない!」
ホワイティさんは後ろで見ていたので魔法陣の操作は見えてなかったようだ。
今の火魔法を見たホワイティさんは、僕達を無視して大はしゃぎしていた。
それほど、今の【火球】は衝撃的だったのだろう。
「い、いや、これは…ちが…あれ?」
ホワイティさんの声で我に返ったブラッキーさんだったが、今の火魔法を思い起こし、再び混乱してしまった。
キズナはといえば、ブラッキーの隣で腕を組んでウンウンと肯いている。
ちゃんと教えられたとご満悦なキズナであった。




