第16話 一旦解決
終わったとはいえ、家来の下僕の仇という意味では戦うのはありか。実際にアンダーバットは全滅させちゃってるからな。
とはいえ、無用な戦いは避けたいかな。
「別に戦おうとは思ってないのですが、戦わなければならないのなら全力を尽くすだけです」
戦いは回避したいけど、戦いになるというなら全力で相手をするだけだ。この世界での魔物との戦いは、負けイコール死。さすがに死ぬのはゴメンだから。
「ふむ、これでもその言葉が言えるかな?」
その言葉が示すように、始祖を纏う雰囲気が激変した。
僕に対して凄い威圧を放ってくる。覇気というやつだね。黄色の湯気のようなものもアルガンさんより濃い色をしてるよ。
ま、それでも威圧感は先生達の半分以下なんだけど。殺気も混ざってないしね。
「もう一度言いますけど、戦うのはそれほど好きでは無いです。が、必要に迫られれば戦います。僕もそこそこやりますよ」
「ふむ、これに耐えるか。というか、気にもしてないようだな。ならば戦うに値する相手か」
「戦わないという選択肢はないんでしょうか」
「武器はそれでいいのか?」
「戦うのは決定なんですね?」
「余の得物はこれだぞ?」
腰に差してる細剣の鞘を握り強調する始祖。
「本当に戦うんですね?」
「余の細剣は刃があるのだぞ?」
「あの、それが答えでいいですか?」
「そんな重い鉄棒で細剣のスピードについて来れるのか?」
始祖も【スラ五郎】の重さは経験してるからこその質問だ。
それよりこっちの話も聞いて欲しい。
「あの…戦うかどうか返事をもらってませんが、戦うというのならこちらは準備が出来てますので、いつでもどうぞ」
「……腹は減ってはおらんか?」
「減ってません」
「トイレは……先ほど済ませておったな」
「来ないのならこちらから行かせてもらいますが」
「ちょ、ちょっと待て。まだ準備ができておらんだろ」
「いえ、万端です。いつでもどうぞ」
不意打ちなど、先生達の授業では日常茶飯事だ。こんなに余裕を持たせてくれるほど甘くないのだ。
「先に飯でも食わんか」
「いりません」
「さっきの威圧はどうであった?」
「まぁまぁいい線行ってると思いますが、まだまだですね」
会話の間も油断無く、いつでも迎撃できるように【スラ五郎】にも少し意識を向けている。
「其方は威圧で返さぬのか?」
「別に返さなくても流せますから問題ないです」
「できぬのか?」
「あの程度でいいならできますが、今は必要ありません」
威圧って相手を追っ払う時にしか使ったことが無いんだよね。
本当に強い人からは戦う時に滲み出るものらしいんだけど、僕はどっちかっていうと気配を消すとか流すとかの方が得意なんだよ。だって、先生達に張り合えるはずもないから受け流しが得意になったんだよ。
「見せてみるがいい」
「必要ありません」
どうにも話が噛み合わない。この始祖、本当は戦う気が無いんじゃない?
初めに会った時も違和感があった。賠償しろと言いながら、【スラ五郎】を持って来てくれたりだとか、回復薬を持って来いとか業者を連れて来いだとか。その癖、完全強制でもないし、力に訴えるわけでもなかった。
こいつって始祖だから魔物だよね? それと今更だけど、そんな魔物のところに来てくれる業者なんているの?
「あなた…初めから戦う気なんて無いんじゃ……」
「……そんな…」
「そのような事があるはずがない! 我が王である始祖様が戦いを避けるなど有り得ぬわ!」
始祖の言葉を遮って仰々しく後ろから現れたのは、これも見た目は知ってる奴だ。
『クロスオーバー』の世界だとバンパイアと呼ばれていた奴で、仲のいい人も一人いたけど、ほとんど関わり合いのなかった魔物だ。
そのバンパイアが始祖の背後から横槍を入れて来た。バンパイアの隣には、先ほど始祖が何やら命令していたメイドがいた。
「申し訳ございません。今は取り込み中だからとお止めしたのですが」
「何を言っておる、我が王が我輩を拒むものか。それよりそこの貴様! 我輩の下僕共が見当たらんのは貴様のせいだと見た。大体このようなところに人族がいること事態がおかしいではないか!」
アホっぽいわりに、意外と的を得た事を言うんだな。何故かアンダーバットを倒したのがバレてるみたいだし、意外と優秀な奴? なのかな?
で、こいつは何者なんだ? 一応、目は若干血走ってるけど赤くはなってないね。たぶん、始祖の配下で間違いないとは思うけど、しゃしゃり出てきた意味が分からない。
「あのー、あなたはどちら様でしょうか」
「なに! 我輩を知らんのか! まぁ、脆弱な人族であれば偉大なる我輩を知らぬのも無理もないであるか。ふん! 無知なる貴様に教えて進ぜよう。我輩は始祖である我が王の一番槍のバンパイアである!」
やっぱりバンパイアだったか。名前は無いんだろうね。『クロスオーバー』の世界でも、妖精や魔物には名前が無かったもん。
友達になった子だけ、僕が名前を付けたんだよね。
名前を付けると【ユニオン】するのが楽になるんだ。名前が無くてもできるんだけど、やっぱり友達は名前で呼びたかったんだ。
でも、この状態はどうすればいいんだろ。
バンパイアの下僕って、間違いなくさっき森で倒したアンダーバット達の事だろうね。
カゲールくんが連れ帰ったから、今頃は『クロスオーバー』の世界で皆からタコ殴りにされてるだろうし、だぶんもう生きていないと思う。
赤目の魔物が仲間に危害を加えたと知ったら、みんな容赦がないからね。
そもそも、この現状を理解できてないのが困る。始祖さんが何とかしれくれないかな。
「バンパイアさんでしたか。何故、僕だと?」
バンパイアに答えつつも、始祖をチラ見して助けを求めた。
その視線に答えて、始祖が何か話そうとしたが、バンパイアが前面に出てくる。
「ふん! その鉄の棒だ。その棒が飛んできた方向が我輩の縄張りなのだ。原因を探らせようとしたのだが下僕共が誰もおらん。ならば、その棒の持ち主が関わってると思うのが筋であろう」
こいつ…思ったよりアホじゃない? 意外としっかり考えてるじゃないか。
「思ってたより考えてるんですね。その配下さん達には僕の友達が襲われましたので、ご退場頂きました」
「退場? どこへ退場すると言うのだ。意味のわからん話をする奴だ。しかし、貴様のその落ち着きぶり……もしや、貴様はダンピール!」
そう叫んでキズナを更に睨みつけるバンパイア。しかし、すぐに訂正した。
「いや、我の考えすぎであるな。このように弱そうな雑魚がダンピールのはずがあるまい。まして、我が主の城にダンピールがいるはずもないではないか」
一人、納得顔のバンパイアだった。
ダンピールとは吸血鬼系の魔物とのハーフの事だ。一般的に知られているのは人族とのハーフの事だが、獣人族や妖精族とのハーフも希少ではあるが存在する。
そのダンピールは、ハーフ故に吸血鬼系の魔物に対して有効打を与える事ができ、同族の居場所の探知にも優れている。言わばバンパイアハンターを生業とする者が多くいる種族である。
このバンパイアはキズナをダンピールでは無いかと疑ったのだが、キズナの見た目からそれは無いと判断したのだった。
「して我が主よ、この雑魚で脆弱な人族が、どうして城にいるのでしょうな。しかも先ほど戦うと聞こえたのですが」
我が王と称える割に、その王に向かって上から発言をするバンパイア。
それを見るキズナは違和感を覚えていたが、まずは自分の件が先だと声を上げた。
色々とややこしくなりそうだったので、用も終わったし、さっさと始祖と話を終えてここから離れたかったのだ。
「すみません、始祖とは僕が先に話してるんです。あなたの出番はまだです、後にしてください」
「なっ! 偉大なるバンパイアの我輩に向かって何という口の聞きようだ! 先程より無礼の数々! 我輩が直々に鉄槌を下してくれよう! その身をもって思い知るがいい」
「なっ! ま、待て……」
「ハァ――――、カァァッ!」
ドゴォ――ン!
床が破壊され瓦礫が大きく飛び散る。
有無を言わさず口を開き、溜めからの波動を吐き出した。
バンパイアお得意の、口から発する【超音波砲】だ!
始祖の制止は耳に入っていたはずだが、お構いなしとばかりに【超音波砲】を放った。
「ハーハッハッハー! 雑魚の癖に粋がるからそうなるの…グボーッ」
ボゴーッ!
【超音波砲】を放った側のバンパイアが吹っ飛んで行った。
バンパイアはそのまま壁に叩きつけられグッタリしている。
「タメが長すぎるんだよ。狙い目もずっと見てるからバレバレだしさ。そんなんじゃ誰でも避けちゃうって」
どうやらキズナが【スラ五郎】で迎撃したためバンパイアが吹っ飛んだようだ。
バンパイアから放たれた【超音波砲】だったが、タメの時点でどこにどんな攻撃が来るのか予想ができたので、放たれる前にバンパイアの横に移動して余裕を持って狙いを定め、勢いをつけて胴を振りぬいたのだ。
「そ、其方…無事であったか」
「はい、あんなに分かりやすい攻撃なんて、誰も当たりませんよね? それにしても、いきなり攻撃してくるって無いですよね?」
アルガン統括といい、そういうのがこの世界では流行ってるのか?
「い、いや、彼奴は我が配下で一二を争う使い手だ。普通は大怪我、まともに受ければ死ぬ事もあるはずなのだが……」
「そうなんですか? だったら手加減してくれたのかな? つい反応して返しちゃったけど、僕も手加減しましたから、お相子ですね」
「そ…そうであるか……」
ニコリと笑って答えるキズナ。
その笑顔に頬を引きつらせる始祖だった。
てっきりバンパイアの【超音波砲】にやられてしまったかと思い焦ってしまった自分がバカにされてるような感覚に陥ったが、キズナの動きが見えてなかった始祖は手加減したというキズナの言葉に、脅威を感じ返答できずにいた。キズナの余裕のある笑顔から、それが真実なのだと悟る事もできた。
しかし、ここまでの回復薬や壁の補修の件を思い返し、この子は天然なのだろうと始祖は一人納得した。バカにもしていないし、進んで挑んで来る事も無いだろうと。
「ところで、あのバンパイアの人、どうします? 僕としては殺意を持って攻撃されれば、こちらもそれなりの対応になるんですけど、このバンパイアの人ってあなたの配下なんですよね?」
「……そうだ」
「どうします?」
アンダーバットの時のように友達に手を出されたら止めるつもりもなかったが、今回は自分が的にされたので我慢できている。
そのお陰で提案しているのだが、返事が無ければ容赦するつもりは無い。キズナはそう習ってきたのだ。情けをかけると自分の命が無くなる。そうなる前に対処せよ、と。
丁寧な口調だが、その言葉とは裏腹に慈悲深き甘さが目に宿ってないのは始祖とてすぐに分かった。
顔では笑っているが、目には油断無く殺気が込もっていたのだ。
交渉の時にはこうしろと教わったのだから仕方が無い。他の交渉術も習ってはいたが、戦闘時における交渉においては、この方法をメインとして習っていたのだから。
「こ、こちらで処分しよう……」
「証拠は?」
「しょ、証拠!?」
「それはそうでしょう。あなたが本当に処分するかどうか僕には分からないんですから」
「わかった…素材を譲り渡そう」
「いいでしょう」
素材でこのバンパイアのものなのか判別するのは難しい。特に死ねば灰になってしまうバンパイアは素材の残りにくい魔物でもあるし、残らなかったと言われればそれまでだと思う。
でも、これ以上、事を荒立てないようにと思って肯いたキズナだった。
ここでしつこく迫ると、城全体を敵に回す恐れもあると判断したためだ。レベル10の自分なら、瞬く間にやられると見積もった結果でもあった。
ただ、今のバンパイア戦を振り返って、もう少しやれそうな気にもなっていた。
「では、僕は連れを待たせてますので、ここでお暇させて頂いてよろしいですか?」
「あ、ああ……いや、暫し待て」
「まだ何かあるんですか?」
「ポーション代や補修工事費はどうするのだ。それに迷惑料も考えているのだが」
「あー、そうですね。元はこちらが悪いので別に考えてなかったんですが、改めて話をした方がいいですね。じゃ、また来ます。三日後ぐらいでいいですか?」
「わかった、三日後だな」
元はこちらだろう、と始祖は口から出かかったが、今はそうしておいた方がいいだろうと判断し、あえて訂正を先延ばしにした。三日もあれば準備もできるだろうとの判断だった。
始祖は咄嗟に閃いたのだ。キズナを敵対ではなく、懐柔しようと。そのための準備に思いを巡らせるのだった。
「はい、では急いでますから、このまま失礼しますね」
「うむ。では三日後の夜に待っている」
そんな始祖の思惑も知らず、挨拶もそこそこにキズナは城から飛び出して行った。