第12話 小芝居
夜は交代で見張りをした。
僕の見張りの時にキラリちゃんとカゲールくんが来てくれたので、進捗状況を確認。
僕の番は後半だったので、交代から一時間ぐらい経ってハーゲィさんが寝静まってから来てもらった。
焚き火を挟んで向こうとこっちだから、目が覚めても焚き火の炎が邪魔してすぐには気付かれないと思う。
「どうだった?」
周囲が静かなので、もちろん小声で話す。
「いなかったー」
「僕の方もいなかったよ」
二人とも『はぐれオーク』を見つける事ができなかったようだ。
でも、この二人で見つけられなかったって事は、本当にいないんじゃないかと思ってしまう。それぐらい二人の索敵能力は優れているのだ。
なので、僕なりの意見を二人に言ってみた。
「だとすると、どうしよう。もうスランチ達が持って帰っっちゃったんだよ」
「昨日さ、ピッピに来てもらった時にオークの群れがいたんだけど、その群れを倒したんだよね。方角的にはこっちで合ってるみたいだから、もしかしてその群れから偵察に出てたオークが『はぐれオーク』と間違われたのかな?」
「「それだよ!」」
「シッ!」
「「ごめーん」」
二人とも合意してくれたのはいいんだけど、大きな声を出すとハーゲィさんが起きちゃうからね。
「だったらまた持って来てもらえばいいんだよ」
「そうそう、持って来てもらえばいいんだよ」
「え? 持って来れるの?」
「「そうだよー」」
そうなの? だったら持って来てもらおう。
今日も雑魚だけど何体か魔物も倒したし、【クロスオーバー】を使うにも少し余裕がある。
ならば迷う事もないと、スランチを喚び出した。
【クロスオーバー】スランチ!
魔法陣が現れ、その魔法陣からゲートが現れる。
ゲートの中からは一匹のスライムが現れた。昨日も来てくれたスランチだ。
「スランチにお願いがあるんだけど、昨日持って行ってもらったオークを一体だけまた持ってきてくれる?」
スランチはポーンポーンと跳ねて同意を示し、またゲートに入って行った。
これってどうなの? もしかして【クロスオーバー】二回ってカウントされるんじゃない?
行って帰って一回だろ? それがプラス一回になるんだから二回になるんじゃない?
「もし知ってたら教えて。これって二回にカウントされるの?」
「そうだよー」
「当たり前じゃん!」
キラリちゃんとカゲールくんが答えてくれた。
僕のスキルなのに、なぜ二人の方が詳しいのかは置いておいて、ゲートが開いてる状態でも二往復すると二回カウントになるのは覚えておいた方がいいな。
今は少し余裕があるけど、知らずに使ってたらいざという時に使えなくなるかもしれないからね。
キズナはそう思い込んでるが、あと百回どころではすまないほど使える余裕があった。
すぐにスランチが戻って来て、ペッ! っとオークを一体吐き出した。
ドサッと音を立ててオークが出てきたので慌ててハーゲィさんを見たが起きる気配は無し。ホッと胸を撫で下ろし、スランチにお礼を言って帰ってもらった。
「これは……」
「キズナ様が倒した事にすればいいんじゃないの?」
「うん、オークぐらいならキズナ様も余裕で倒せるでしょ?」
二人がそう言ってくれるのは嬉しいんだけど、確かに倒した事にしないとマズそうだ。
だって頭が潰れてるんだもん。
確かに昨日倒したオークは、全部頭を叩き潰したもんな。他のとチェンジしてもらっても同じだよな。
でもなぁ……
「でも、それっておかしくない? いつの間に倒したんだって言われちゃうよ」
「それはそうかも」
「だったらさ、倒した所を見てもらえばいいんだよ」
「どうやって?」
「あっ! わたしは分かったー!」
「だろ? いいと思わない?」
「うん、いい、いい。わたしもカゲールくんに賛成!」
二人で納得してるけど、僕には何の事だか分からない。
「どういう事? 僕には分かんないんだけど」
「ボクの能力を覚えてないの?」
「ん? カゲールくんは影の中を移動できたり、自在に操ったりできるんだよね? それがどうしたの?」
「わたしのは?」
「キラリちゃんは光を放ったり、飛んだり物を浮かせたりできるんだよね?」
「そうだよ。だからわたしがこのオークを浮かせて空から操ればいいんじゃない?」
「違うよ! ボクが影でオークの形を作って動かせばいいんだよ」
あー、そういう事。方法は違うけど、オークを操って僕がオークを倒したように見てもらえばいいという作戦か。
夜で暗いから影でもいいし、頭が潰れてても分かりにくい。バレる前に頭を潰したように攻撃すればいいわけだ。
方法が違うのになんで二人で納得したんだろ。何を分かり合えたんだ? 最終的なところが同じってとこかな?
「わたしがやるの」
「ボクがやるんだよ」
「わたし!」
「ボーク!」
「ちょっと待って、騒がしくしたらハーゲィさんが起きちゃうから」
まだセーフだ、ハーゲィさんは起きてない。
でも、このまま騒いでれば、いつ起きてしまうかも分からない。
「だったらキズナ様はどっちなの!」
「ボクだよね!」
どっちでもいいんだけど、そんな風に言っちゃったらまた言い争いになっちゃうね。
だったら先に言ったカゲールくんの案にしようか。
「先に思いついたカゲールくんの案にしようか」
「やったー!」
「えー、つまんないのー」
喜ぶカゲールくんと残念がるキラリちゃん。
せっかく来てもらったのに拗ねて帰らせるのも忍びないので、キラリちゃんにも仕事をひとつお願いした。
「キラリちゃんにはハーゲィさんを起こす役をやってもらおうかな。これはね、すんごく難しい仕事なんだ。キラリちゃんにできるかな?」
「えっ! 起こすだけ? そんなの簡単よ」
仕事は頼まれたけど、あまりにも簡単な仕事なのでちょっとガッカリしたみたいだ。
「そうかい? ハーゲィさんには見つかっちゃダメなんだよ? 見つからずに起こせるかなぁ?」
「! なんか楽しそう! やる! わたしそれやる!」
どうやらキラリちゃんの機嫌も直ったようなので、さっそく作戦を相談して決めた。
まずは、オークの死骸を森に入ってすぐ辺りに転がす。
そして、カゲールくんがそのオークの死骸の上にオークそっくりの影を作る。
そしてキラリちゃんがハーゲィさんを起こす。
起きたのを確認して僕が「このオークめ!」と叫んでハーゲィさんに確認してもらう。
確認したと思えたら、オークの影の頭部分に【スラ五郎】を振り下ろす。
そしてカゲールくんがオークの影を倒し、倒れた辺りをハーゲィさんに確認してもらったら、そこに頭を潰された『はぐれオーク』の死骸を見つけてもらって終了だ。
周りは暗いし影自体も真っ黒だ。ハーゲィさんも寝起きで寝ぼけているだろうから誤魔化せるだろう。
完璧な作戦だね。
ハーゲィさんを騙すのは心苦しいけど、居もしない『はぐれオーク』を探すよりは建設的だと思う。
さて準備も整ったし、作戦開始だ。
キラリちゃんに合図を送り、ハーゲィさんを起こしてもらう。
キラリちゃんはハーゲィさんの真上に浮かんで、ハーゲィさんの顔を目掛けて収束した光を放った。
強力なハイビームスポットライトより強烈な光がハーゲィさんの顔面を襲った。
「ぐおぉぉぉぉぉ! 目が、目がぁぁぁぁぁぁ!」
強烈な光を無防備な顔面に浴びてのた打ち回るハーゲィさん。
それを見て固まる僕達三人。
ボクとキラリちゃんの視線がぶつかる。
『やりすぎだよー』
『これでもかなり手加減したよ?』
『でもハーゲィさんが今にも死にそうに踠いてるじゃないか』
『このハゲがひ弱すぎるのよ』
身振り手振りでジェスチャーを加えながら、アイコンタクトでキラリちゃんと会話する。
しかし、あまりにも不毛な会話なので中断し、ハーゲィさんのための回復薬を渡した。
『これ、さっき待ってる間に作ったポーションだからハーゲィさんにかけてあげて』
との意味を込め、キラリちゃんにポーションを見せた。
その意を汲み取ってくれたキラリちゃんが僕からポーションを受け取ると、再びハーゲィさんの上に浮かび、ポーションを振りかけた。
ポーションを振りかけられたハーゲィさんは痛みが和らいだのか転がり回るのは治まった。
そして、首を振りながら上半身だけを起こし、周囲を見回している。
器用なもんだね、寝袋のまま座れるって、意外と腹筋が強いんだね。
いやいや、今はそんな事を考えてる場合じゃない。
よし! 今だ!
「このオークめ!」
ハーゲィさんの方を向き、声を張り上げるとすぐに反転してオークの影と向き合った。
「なに! オークだと! どこだ!」
よし、聞こえたな。ここからやっと作戦通りに行きそうだ。
「こっちです! 僕が倒します! やぁーっ!」
少しワザとらしくなってしまったが、大袈裟に掛け声をかけてオークの影に【スラ五郎】を振り下ろした。
そしてそのまま【スラ五郎】を地面に落とし、オークが倒れた音も演出した。【スラ五郎】がオークより重かったせいで予想以上に大きな音がしてしったが、その分間違いなく聞こえたと思う。
すぐ様地面にめり込んでた【スラ五郎】を拾い上げ、ハーゲィさんの下まで戻る。
「やりましたよ、ハーゲィさん! 『はぐれオーク』を仕留めました!」
「ぬおぉぉぉぉぉぉ! ちょ、ちょっと待て、ちょっと待ってくれ。キズナ! 今行くからな! 俺が行くまでやられるんじゃないぞ!」
戻ってみると、ハーゲィさんは未だに寝袋から出られずに、まだ踠いていた。
「「「……」」」
作戦を立てたけど、何の意味も無かったね。この人、結局僕が倒したフリをしたとこも見てないし、オークの影さえ見てないんだから。
一応、オークが出たとは伝わったようだし、倒したとだけ伝えてオークの死骸を確認してもらおう。
それで納得してくれるならヨシ、ダメなら次の手を考えよう。
「キズナ! 無事だったか」
「はい……」
その言葉、三倍にして返したいよ。
ようやく寝袋から出られたハーゲィさんにジト目を向けるがまったく気付いてない。
「で、オークはどうした!」
「はい…たぶん倒せたと思います」
「倒した? お前がか……ふーむ、イマイチ信用できんがキズナが嘘をつくとも思えん」
ハーゲィさんの中では、僕は弱い奴なんだね。僕だってオークぐらいなら倒せるんだよ。群れで来られると自信は無いけどね。
「キズナ、オークは何処だ」
「こっちです」
ここからは予定通りハーゲィさんを連れてオークの死骸を見せるだけだ。
野宿をしている森の外から、森に少し入ったところにオークは転がしている。ハーゲィさんを連れて現場を見せようとした時、頭上から声を掛けられた。
「興味深いものを見せてもらいましたよ。あなた、中々面白いですねぇ」
声のする方を見ると、人間のような影が浮かんでいた。
そいつの周りには樹が無い事から、自力で浮かんでいるように見える。
「バ…バンパイア……」
消え入りそうな声でハーゲィさんが呟いた。
こいつがバンパイア? おかしいな、『クロスオーバー』の世界のバンパイアとは違うぞ?
まぁ、見た目なんてどうでもいい。その手に持ってるものを返してもらおうか。
そう、バンパイアの手にはカゲールくんが握られていたのだ。
恐らく僕との作戦がドッキリみたいで気が緩んでたんだろう。カゲールくんには僕でも中々不意打ちはできないのに。
「それを返せ」
そう言ったとたん『何言ってんだこいつ』みたいな顔でハーゲィさんにガン見された。
どっちだろう、『あいつに逆らうんじゃねー!』って方だろうか。この表情は違うな、ハーゲィさんにはカゲールくんが見えてないんだ。
カゲールくんは闇の妖精だ。妖精は一般の人間には見えないはずだから、ハーゲィさんにも見えなくてもおかしくはない。
だったら、どうやってあいつを説得すればいいんだ。あいつと話せば話すほどハーゲィさんから変人扱いされてしまう。だけど、それ以外に方法が……
「返す? 何をだよ。こいつか~?」
そう言ってカゲールくんを握ってる左手を前に出した。カゲールくんの体長は二十センチ程度だ。胴を掴まれた状態だから、あのまま握り潰されかねない。
もう分かってるんだ、こいつに話せるけど話は通じない奴だ。目が真っ赤だ。話す魔物ではあるが、欲望のままに人間でも妖精でも何でも殺す酷い奴だと分かってる。
このままじゃカゲールくんが危ない。早くしないと。
「返すつもりは無いんだな」
「当たり前だろ。久し振りに捕まえた妖精だぜ? そんな勿体無い事するわけないだろ」
そう言いながらバンパイアは手に力を込めた。
カゲールくんの表情が歪む。もう猶予は無い。
【ウィンドカッター】!
バンパイアの目から視線を外さずに放った【ウィンドカッター】は、シュッ! っと音を立ててバンパイアの腕を襲った。
「グアッ!」
バンパイアの腕にヒットした【ウィンドカッター】は、そのまま腕を切断し、切断された腕は地上へと落下した。
悲鳴を上げて腕の切断部を抑えるバンパイア。
カゲールくんは腕と共に落下して地面の影の中へと緊急避難し、事なきを得た。
だが、友達を傷つけた奴を許しておくほど僕は優しくない。話せる奴だろうが、僕の友達でも無い奴が、僕の友達を何の理由も無く傷つけて許すと思うのか! しかもこいつの目は赤い、敵確定だ。人間に敵対する魔物だし、友達にもなれないのは今までにも経験済みだ。
そのまま【スラ五郎】をバンパイアに向けて真っ直ぐ投擲した。
「ふんっ!」
ズボッっとバンパイアの胸に刺さった【スラ五郎】は、そのままバンパイアの身体を突き抜けて夜空の彼方に飛んで行った。
バンパイアの弱点は頭では無い、胸だ。心臓を突き刺してやればそれで絶命する。頭を潰しても何日かしたら復活するのだ。
思惑通り、バンパイアは力尽きたが、空中に浮かんだまま落下して来ない。何かに引っ掛かってるようだ。
よく見ると糸のようなものに引っ掛かってるようだ。
目は結構いい方なんだ。あれって蜘蛛の魔物の糸だね。バンパイアと蜘蛛の仲って、良くも無く悪くも無い関係だったはずだから偶々引っ掛かっただけだろう。
この辺りに蜘蛛の魔物もいるんだな、注意しておこう。
「キズナ……お前ぇ……」
「すみません。ちょっと頭に来たんで倒しちゃいました」
「ちょっと頭に来たって……何に頭に来たのかはわかんねーが、相当怒ってたんだな。お前の事は怒らせないように気をつけるぜ。しかし、倒したのは悪い事じゃねーんだが、ちとマズいな……」
「何がですか?」
「この森にいるバンパイアは一体だけじゃねーんだ。奴らは魔物だから倒しても問題ねーんだが、仲間意識が強いんだ。一体やられると他の奴らもドンドン出て来るんだ。ここにいちゃマズイ、さっさとズラかろう」
バンパイアにそんな仲間意識があったかなぁ。あいつらって親分に対して忠誠心は異常なぐらいあったけど、仲間同士は足の引っ張り合いをしてたんだけどなぁ。
その下の奴らは、すぐ上の親分を大親分に気に入ってもらおうと必死で協力してたけどね。雑魚過ぎてあまり覚えてないけど、確かそんな奴らだったよ。
「ハーゲィさん、まだ時間はあります。先にオークを確認してください」
「オークってお前ぇ、そんなヒマ……」
「大丈夫です、オークを回収する時間ぐらいありますから」
これを確認してもらわないと、何のために小芝居やったのか分かんないよ。
もう小芝居なんてしたくないから、絶対に確認して欲しいんだよ。
ハーゲィさんが躊躇してるので、僕が森に入ってオークを引き摺って来た。
それを見たハーゲィさんはウンウンと肯いていた。巨大なオークを引き摺る僕を見ても、力だけはあると思ってくれてるから、そっちは気にしてないようだ。
よし! これで確認はオッケーだ!
ハーゲィさんにはオークを担いで町へと先行してもらい、僕は焚き火を消して少し周囲確認してからすぐに追いかけると言って、別行動を提案した。
もちろんハーゲィさんは渋ったが、いくら力が強いと言っても二メートル半もある巨大なオークを僕が担げるとも思わないハーゲィさん。しかし、身長180センチでガタイもいい自分なら何とか担いで行けそうだと思案しているところに、追い討ちをかけた。
解体してる時間も無いので早くと急かすと、渋々だったがオークの死骸を担いで町の方へと急ぎ足で向かって行った。
オーク⇒二メートル半
ハーゲィさん⇒180センチ
第09話も合わせて加筆しました。