第10話 報酬をもらった結果
ピッピ達と別れたあと、食事途中だったホーンラビットの肉は諦め、薬草が満タンに入った篭を担ぎ、初めにハーゲィさんに教わった薬草採取場所を目指して移動した。
ハーゲィさんはもう着いてるんだろうなぁ。あの逃げ足の速さだ、十分辿り着いてるはずだな。僕がいなかったと分かれば怒られるんだろうか、複雑だなぁ。
足取りは重いが速度を緩めるわけにも行かず、ダッシュで薬草採取場所に向かった。
だが、予想に反してハーゲィさんの姿は無かった。
おかしいな、もうとっくに着いててもおかしくないのに。どうしたんだろ、どこかで休憩でもしてるのかな? それともいないと知って、僕を探しに行っちゃったのかな?
オークは僕が足止めしたからハーゲィさんは逃げ切れたはずなんだけどなぁ。
ここは、またピッピを喚んで探してもらうか。いやいや、【クロスオーバー】はあと七回ぐらいしか使えないと思うし、町に戻ってからも使うかもしれない。
今は温存しておく方がいいと思う。
少し森の奥を探してみて、見つからなければ【クロスオーバー】を使う事にしよう。
町に戻ってくれてればいいけど、あのハーゲィさんが僕を置いて一人で戻るわけが無いと信じていたから。
ハーゲィさんを探す事、五分。ハーゲィさんは簡単に見つかった。
薬草採取場所までもう少しだけど、まだちょっとあるって感じの距離の所に倒れてた。
意識はあるし、話し掛けても手で返事はしてくれる。ただ、息が荒くて離せない状態なのだ。
そこまで必死に走ってたのか。途中から追いかけられてない事に気付かなかったのかな……そんな余裕は無さそうだったね。
ヒィヒィゼィゼィヒューヒューと荒い息を続けるハーゲィさん。何か伝えようとしてるのは分かるんだけど、言葉になってないので何が言いたいのか分からない。
既に魔物はいないので、ハーゲィさんの状態が落ち着くのをゆっくりと待った。
一応、回復魔法はかけてあげたけどね。『ウォーターヒール』、各属性にある回復魔法の中でも、比較的僕の得意とする魔法だ。
回復魔法の代表は聖属性なんだけど、今回はハーゲィさんの身体がかなり熱を持ってたから『ウォーターヒール』を選択したんだ。
低レベルの僕の魔法でも効いたようで、すぐに回復したハーゲィさんから聞けた内容は、ずっと早く逃げろと言ってたそうだ。
自分でトレインマンをやって連れて来た魔物群だったけど、俺を巻き込みたくない気持ちで限界まで走ってくれたんだろう。
やっぱりあんたいい人だよ、ハーゲィさん。結果、超巻き込んでくれそうになってたけどね。
でも、とても気持ちはわかるよ。
「それで、何故オークに追われる事になったんですか?」
ある程度の概要を語ってくれたので、理由について聞いてみた。
「ああ、依頼は『はぐれオークの討伐依頼』だったんだ。オーク一体になら俺だって負ける事ぁねぇ。達成金もよかったし、採取場所から近いからついでの小遣い稼ぎに丁度いいと思って受けたんだがよ、探してるうちにオークの集落に入っちまったみてぇでな、見張り役のオークとバッタリだ。そこですぐに攻撃したんだが倒し損なっちまってな。そしたら仲間を呼ばれてこの様よ。何とかキズナに知らせようと頑張ったんだがな、最後で力尽きちまったんだ。すまねーな」
頭を下げて謝ってくれるハーゲィさん。
確かにあのままだったら僕も巻き込まれてたかもしれないけど、こうして二人無事だったんだからいいじゃないか。
それに、結果的に見て、採取場所までオークは来てないんだし、謝る必要は無いと思うよ。
「頭を上げてください。結局、オークはここまで来てないんだし、僕も採取はできました。謝ってもらっても困りますよ。僕はハーゲィさんに感謝してるんですから」
これは本当。森には連れて来てもらったし、正真正銘、動けなくなるまで僕を心配して走ってくれたんだ。もう感謝しかないって。
「俺を許してくれるのか」
「許すも何もありませんから。本当に感謝してるんですから」
「キズナ……お前、いい奴だな」
あんたの方がいい奴だよ。と、薄っすらと涙を浮かべるハーゲィさんに心の中でツッコミを入れるのだった。
帰り道は薬草の入った篭がふたつ。いつもの薬草はハーゲィさんが持ってくれたので、僕は森の奥で採れた方を背負ってる。
今回の薬草採取依頼だけど、薬草の種類は関係ないそうだ。高級であっても下級であっても一株は一株なんだそうだ。
もちろん買い取り価格は差が出るけど、依頼とすればそれで達成にしてくれるのだそうだ。
アバウトすぎないか? と思わなくも無いが、薬草採取をする冒険者が激減してるので、こういう依頼に変わったのだそうだ。
「これで宿代分はありますか?」
「おお、十分だぜ。キズナの篭の分だけで一ヶ月以上は飯付きで泊まれるさ。これだけの採取量は俺が知ってる中では新記録だぜ。しかもそっちの篭に入ってる薬草は上級の薬草だ。いくらになるか俺にも見当がつかねーよ」
「おお! そうですか! それは助かります。では、そっちの篭はハーゲィさんに差し上げますよ」
「あん? 何、気ぃ使ってんだ。俺に構うこたぁねーんだよ」
「でも、違約金があるんでしょ?」
「大丈夫だ、まだ二日あらぁ」
そう、依頼には達成できなかった時の罰金制度があり、受けた依頼が達成できない場合、違約金が発生する。
今回の場合、オーク討伐依頼を受けて倒せなかった場合、違約金が発生する。
しかも倍付けだから、もし金貨一枚の依頼だったら、違約金は金貨二枚を冒険者ギルドに支払わなければならないのだ。
「だったら、僕もオーク討伐を手伝いますよ。それに、今回はパーティとして動いたんですから達成金は折半でしょ? 僕は手持ちが少ないというか、無いというか……」
「わかってるよ、金が無いんだろ? 俺としちゃ、その気持ちだけで十分だ。だが、明日から手伝ってくれるってのはありがてぇ。そっちはお願いしてもいいか?」
「ええ、是非!」
「じゃあ、頼むぜ。だったら、こっちの篭分は今晩豪勢に飲んじまおうぜ!」
「はい、豪勢に食べましょう!」
「ガッハッハッハッハー」
「アッハッハッハッハー」
翌朝、少し寝坊してしまった。食べ過ぎて苦しくて眠れなかったのだ。
ハーゲィさんも飲みすぎでさっきようやく起きてきた。
毎朝、一番乗りで冒険者ギルドに入るハーゲィさんも寝坊したのだ。
それというのも、昨日採取した薬草が悪いのだ。いや、悪くはない、悪くはないんだけど、買い取り価格が高すぎて、それで僕達は調子に乗りすぎてしまったのだ。
ハーゲィさん御用達の場所に生えていた雑草…いや薬草は、いつも冒険者が採って来る通常通りの薬草だった。でも、篭いっぱいもあったので、宿屋に二週間ぐらい食事付きで連泊できるほどあった。ま、金貨一枚だね。
凄く旨味のある仕事じゃないか、何でみんな敬遠するんだろうと思ってたら、普通は五株か十株程度らしい。多くても二〇株で、一日の稼ぎとしては銀貨二〇枚も行けば非常に優秀なんだそうだ。ま、宿代・三食の飯代・ポーション数個ってとこだね。それも多く稼げた場合だけどね。
数があっても採取が下手だと減額されるし、慣れないと見分けも付かないので採取できない。
だから薬草採取は割りに合わない依頼なんだそうだ。
そんな中、僕達は篭いっぱいの薬草を納品し、金貨一枚という高額報酬を手にした。
それでも無一文の僕にしたら十分破格なのに、僕の背負ってた方の薬草は篭いっぱいで金貨百枚、通常の薬草の百倍したのだ。
ならば、という事で、通常の薬草分は全部飲んじまえ! 食っちまえ! という流れになって、今朝のこの有様になってしまったのだ。周りにいた冒険者にも奢ったりなんかして、金貨十枚も使っちゃったよ。ついついノリすぎちゃったね。
だって急にお金持ちになったら、誰だってそうなっちゃわない? さっきまで無一文だったんだよ? それがいきなりお金持ちになったら……ねぇ。
あの雑草ってサラーム草と言って、僕がいた『クロスオーバー』の世界では、少し特殊だけど、それでも下級の薬草だったんだよ。知識にはあったけど、使う事が無くて忘れてたんだ。
そんな雑草が篭いっぱいとはいえ、金貨一枚。その金貨一枚分の雑草が本命で、念のために採った薬草が金貨百枚に大化けしたんだよ? 明日も薬草採取でまたまたお金持ちだぜー! ってなっちゃうよね?
因みに雑草の方だけど、薬効成分の抽出がとにかく簡単な薬草なんだ。だから、薬効の高い薬草より好まれる場合もあると言えばあるんだけど、僕は勉強だから楽すんな! って言われてあまり扱わせてもらえなかったんだ。
でも、簡単なんで僕でもすぐポーションが作れるけどね。
薬効は、微妙。僕ならやっぱりいらないな。
切傷、擦傷程度なら治すし、骨折でも単純骨折ぐらいならヒビぐらいまで回復させる。病気にもある程度は効いてくれて、毒もやや緩和してくる“プチ万能ポーション”が作れる薬草なんだよ。
でも、もう一つの方の一篭金貨百枚には驚いた。もう冒険者ギルドでは薬草採取専属で頑張ってくださいなんて言われちゃったもんね。僕としては“薬草”を採ってきただけなのにね。薬草採取、最高!
薬草採取は森に行くから偶には魔物も倒すからね。そうしないと身体が鈍ってしまうよ。
それならダンジョンの方がいいって? ダンジョンだと薬草採取ができないし、ダンジョンに関してはハーゲィさんがあまりいい顔をしないんだ。
まだ理由は話してくれないけど、修練場での会話が気になるところだね。「新人に薬草採取を教えて育ててもダンジョンに行ってしまう」みたいな事を言ってたもんな。
その辺りに何か秘密があるんだろうと思うけど、こちらからは聞かないようにしてあげよう。
誰にでも秘密はあるもんね。
「どうします? まだ午前ですし、行きますか?」
「そうだな、期限も今日を入れてあと二日しかないし、野宿覚悟で行ってみるか。キズナは野宿は平気か?」
「はい、大丈夫です。でも、連泊で支払っちゃったんですよね」
「がーっはっはっはっは、金貨百枚稼いだ奴がセコい事言うんじゃねー!」
「それもそうか…そうですね、分かりました、では行きましょう」
「行くってお前、このままか? 準備は」
「え? 現地調達ですよね?」
それ以外の方法を知らないんですけど。
「バカ野郎! 店があるだろ! 現地調達ってどこの田舎もんだ!」
「あ、店ね。そういえばそういうのがありました…ね?」
「本物だったか……悪い事言っちまったな」
急にシュンとなるハーゲィさん。田舎者に田舎者って言ってしまって後悔した感じだ。
田舎者って程じゃないと思うんだけど、『クロスオーバー』には店は無かったね。日本知識にはあったけど、十五年も買い物をしてなければ失念するって。
「ま、悪かった。侘びにマントでも買ってやるから許してくれや」
「いえ、別に気にしてませんよ。これでもこう見えて僕はお金持ちですから」
「……そうだったな、違ぇねーや」
ははははは、と笑い合う僕達だった。
出会って二日目だというのに、もう親友みたいだ。年はだいぶ離れてるけどね……離れてるよね?
まだ年齢は聞いてないけど、この見た目だよ? 低く見積もっても二〇歳は離れてると見た。成人して間もない十五歳の僕の二〇歳上だと三五歳……もっと上じゃない?
まだ聞く勇気は無いけどね。