第01話 『クロスオーバー』の世界
なろうでは、久し振りの長期予定の連載投稿です。
100万文字目指して頑張ります。
よくある転生勇者のチート能力。
【亜空間収納】…そんなものは無い。
【鑑定】…欲しいな。
【全属性極大魔法】……憧れる。
『チート』……なにそれ。直訳すると『ズル』だろ?
一応、僕は転生者ではある。
地球の日本で生きた記憶はある。いや、あったと言うべきかな。今ではあまり思い出せなくなってきた。
初めは全ての記憶があったはずなのに、どんどんと前世の記憶が薄れて行くのだ。それも、知識は残ってるのに思い出だけが薄れて行くという感じ。それも今の環境が影響してると思う。
それでも転生してからここまで十五年生きて来たが、結構楽しくやっている。が、日々の生活は中々ハードな内容だ。日本人だった時の記憶がどんどんと曖昧になって来ているのもその辺が関係してるのかもしれない。
元が男だったのは覚えているんだけど、何歳だったのかもあやふやになってきている。
そのお陰で楽しい思い出も嫌な思い出も所々しか思い出せなくなってきてるのでプラマイゼロ? なのかな?
たぶん、高校生ぐらいだったんじゃないかと思うんだけど、働いていた記憶もある。これがちゃんとした就職だったのか、バイトだったのか……
逆に転生後の記憶はハッキリ覚えている。それこそ赤ちゃんの時の記憶もしっかりとある。
日本の知識がこの世界でも生かせていて、その知識を皆に伝える事でこの世界にも貢献できているのは、小さな頃に覚えていた日本人としての記憶のお陰なのだろう。
その代わり、その役に立った知識が元々の日本人だった時のものなのか、それとも転生してから思いついたものなのか、曖昧になってる部分もある。
そんな僕が転生してきた世界、『クロスオーバー』。
人、魔物、天使、悪魔、精霊、妖精、獣人、亜人、魔獣などなど、種々雑多な仲間が仲良く暮らす平和な世界だ。少しは危険もあるけどね。
そんな世界を統治しているのが僕の母さんなんだけど、その母さんがもの凄くスパルタなんだ。
普段は超過保護なのに、訓練に限っては超スパルタなのだ。
剣術、槍術、弓術、斧術、杖術、槌術、棒術、格闘術、魔術、語学、算術、地理学、地質学などなどの訓練を毎日八時間やらされる。時間の関係もあるので毎日やるものや一週間に一度のものなどもあるが、毎日休まずに八時間キッチリ教育されている。
他にも料理、洗濯、掃除に野良仕事、鍛冶仕事に大工仕事もやったし乗馬、樵、操船、水泳、潜水、御者、陶芸……もう色んな事をやらされた。全部、人並み程度の実力にしかなれなかったけどね。でも、僕に出来ない事は無いんじゃないかというぐらい、種々雑多な事を覚えさせられたよ。
だからと言って辛いと思った事は無いんだ。
歩き始めた時からやらされているから生活の一部になってしまって全く苦にはならないというのもあるんだけどね。
転生者のくせに全然何にもチートが無いので、十歳までは落ち込む時も多々あった。
身体を動かすのは嫌いじゃなかったし、むしろ好きだったんだけど、周りが強すぎるのか、僕が弱すぎるのか。自分の事を一度も強いと思った事は無い。苦では無いんだけど、楽しくないと思う時もあった。
逆に、座学や薬の調合や料理を習っている時の方が平和で楽しかった。こういうところは元日本人の平和的思想が影響してるんだろうと思う。
でも、僕が落ち込んでる時は友達がみんなして慰めてくれる。そう、この世界の住民は、みんな僕の仲のいい友達なんだ。
夜には母さんが「今日もよくがんばったわね」と言って強烈なハグで褒めてくれる。
母さんの豊満な胸の中で、何度窒息しそうになったか分からない。
反省会などしない、いつも過剰なほど褒めちぎってくれるんだ。
その度に、明日こそ強くなろうと心に決めるのだが、全く強くなれない僕は、何日かするとまた落ち込むのだ。そして、また仲間や母さんに慰められるというルーティーンを続けてきた。
そして、十五歳の誕生日に母さんに告げられるのだった。
「キズナ、あなたも今日で成人です。いえ、違ったわね。まだあと一年あったかしら」
「母さん……成人というのが十五歳なら、今日で成人というのは合ってるよ」
元日本人の僕としては二十歳で成人の方がしっくりくるのだけど、このクロスオーバーでは十五歳で成人だった。
「やっぱりそうなのね……いえ、どこかで計算間違いをしてるかもしれないわ! そうよ、あと一年あると思うのよ!」
「マリア様、間違いなくキズナ様は今日で十五歳になられます」
そう助言するのは、いつも母さんの横でサポートをするエルフのジェミー。母さんはこの世界の統治者、女王なのだから側近も数多くいる。
ジェミーもその内の一人だけど、主に生活の面で母さんのサポートしている。
因みにエルフやドワーフは妖精族に部類するそうだ。
「やっぱり今日で成人…なのね……」
いつも僕の前では笑顔を絶やさない母さんが、あからさまに沈んだ表情を浮かべている。今にも泣き出してしまいそうだ。
「マリア様、キズナ様にこれを」
そんなしんみりした空気をスルーしたジェミーから渡された刃渡り十センチ程度の短剣を受け取った母さんは、ジッと短剣を見つめ、僕に視線を移し、また短剣を見つめて溜息をついた。
そして、意を決して僕に向かって告白をした。
「キズナ…初めて話すんだけど、あなたは今日、旅立ちの日を迎えたの」
「はい」
「この短剣が成人の証であり、この世界から旅立つための鍵なの。そして、帰って来るための鍵でもあるの」
「はい」
「キズナとこの世界を繋ぐ鍵でもあるのだけど、旅立つだけで力を使い切ってしまい、戻って来る力を溜めるまでには何十年、何百年と掛かる事でしょう」
「はい」
「やっぱり、そんなの嫌よね? だから、こんなのやめましょう。あと一年…いえ、せめて半年、旅立ちを遅らせない?」
「マリア様!」
愚図る母さんを諌めるジェミー。
ジェミーに怒られた母さんは口を尖らせ恨みがましい目でジェミーに哀願していた。
「ジェミー……」
「ダメです。これはマリア様が決められたこの世界のルールです。ご自分で定められたルールですので守ってください」
「そんなの何千年も前に決めた事でしょ? もう時効よね?」
「有効です」
「だって、男の子が生まれるなんて思ってもみなかったもの。キズナはこんなに可愛いのよ? ジェミーもそんな可愛いキズナに旅立ちの試練なんてさせたくないでしょ?」
「それは……でも、マリア様の決められたルールですので」
母さんの懇願にも負けないジェミーだった。
母さんの……この世界の統治者マリアの決めたルールとは、この世界で生まれた人間の男子は成人すると、異世界へ修行の旅に出ないといけないというルールだった。
異世界へと旅立ったあと、戻る力を自分で溜めて、その力を使い戻って来る。力が溜まらなければ永遠に戻って来れない。戻りたければ力を溜めなければならないのだ。
そのルールを決めた切っ掛けとは、マリアが振られた直後で、男なんかいらない! って決心した時に決めたルールだったのだが、今となってはマリアには後悔しかない。
それからは男性とは付き合ってないのだが、父は無くともキズナが生まれたのだ。俺の知る聖母の名と同じなのは伊達では無いようだ。
実は僕は知ってたんだ。十五歳になったら、ここから出て行かないといけないって事を。母さんからは聞かされてないだけで、他の皆からは事ある毎に聞かされてたんだ。その為の訓練なのだから頑張ってくださいってね。
だから少しでも強くなろうと頑張ってたんだけど、結局その努力は実らなかった。せめて何か一つだけでも先生達を越えるようなものが修得できればよかったんだけど、広く浅くと書いてキズナと読む、みたいになってしまった。
苦手は無いけど得意も無いって感じだ。
あと、僕には姉さんもいるらしいんだけど、一度も会った事が無い。
何人かに聞いたけど、母さんは百年に一度子供を生んで来たらしいのだ。見た目は美人だし、三十も行ってないようにしか見えないのに。本当は何歳なんだろ、というか人間じゃなかったの?
だったら僕も人間じゃないの? 寿命は? 容姿からしても人間だと思ってたんだけど。
まだ見ぬ姉さん達は、既に亡くなってるのか、どこか別の所にいるのか、それとも僕に会いたくないだけなのか分からないけど、沢山いるはずの姉さん達とは誰にも会ってないんだ。
ま、色々と忙しかったから、僕の方こそ会う暇が無かったとも言えるんだけどね。姉達がいるって聞いたのも最近だったし。
その忙しさの割には、あまり上達してないのは悲しい限りだ。
武術や魔術は毎日教わってる先生の精霊達には敵わなかったし、語学術には頭を痛めた。何ヶ国語というか、何世界語を覚えさせるんだよってぐらい覚えさせられた。バイリンガルやトライリンガル、クァドリンガルどころじゃないからね。
唯一算術だけは元々得意だったので、すぐに卒業する事ができた。
他にも歴史や薬の調合や料理や他世界などの座学も習ったけど、内容がファンタジーすぎて、どうにも現実の事を習ってるって感じがしなかったな。ホント、実際こうしてファンタジーの世界に転生してるのにね。
例えば、剣術は精霊オーディーンには及ばなかったし、槍術は精霊ブリュンヒルデに勝てたことが無い。弓術は精霊アルテミスのような真似ができなかったし、格闘術では精霊テュールにのされてばかりいた。
精霊フレイと精霊フレイアの兄妹にいくら炎術を習っても、あんなに大きく巨大な炎を連弾できなかったし、精霊トールに至っては雷撃の太さはとても真似できなかった。
精霊シヴァほどの氷塊は出せなかったけど、その眷属の妖精ウンディーネ程度なら水を出せるようにはなった。
精霊フォルセティの語学勉強は何ヶ国覚えればいいんだと思えるほど終わりが見えなかったし、精霊エイルの回復術にはいつもお世話になってたけど、その域に達するまではまだまだ時間が掛かるだろう。
料理や解体や鍛冶仕事なんかも習ったけど、こんなのいつ役立つ時が来るんだろうな。
そんな凄すぎる先生役の精霊達との訓練より、魔物や魔獣と遊ぶ方が楽しかった。
かけっこや森の中での障害物競走では、十二歳の時に一番になれた時は嬉しかったなぁ。風魔法の先生のジンの足元にも及ばないけど、あくまでも仲間内ではって話しだよ。その時はご褒美にペガサスが空の散歩に連れて行ってくれたもんな。あの時は感動したよなぁ。
豹や狼の魔物達より速く森を駆け抜けたけど、すぐにジン先生に身の程を知らされた時はイジメだと思ったよ。
精霊ポセイドンの息子の精霊トリトンには海中散歩も連れて行ってもらったし、精霊ハデスには鉱脈の勉強のために洞窟での探検に行った時は冒険って感じで楽しかったな。どっちかっていうと肝試しに近かったかもだけど。
「ではマリア様、そろそろお時間です」
過去の邂逅を思い出していると、ジェミーの言葉で現実に戻された。
「本当に今日じゃないとダメ?」
「はい、もちろんです」
「むぐぅ……」
未だ諦めきれない母さんを尻目に、ジェミーが僕を表へと誘った。
表に出ると、大勢の先生や友達で埋め尽くされていた。もう千人どころでは利かないほどの、精霊や魔物や獣人や天使や悪魔などの仲間達が遠くの方まで集まってくれていた。たぶん、万の位も余裕で超えてそうだ。
「キズナ……皆が見送りに来てくれています。最後にお別れの言葉を」
これだけの数が集まった事でやっと腹を括ったのか、後ろから付いて来ていた母マリアがキズナに最後のお別れのスピーチを促した。
「はい!」
僕は母さんに返事をすると、皆の方に向き直り、高らかと宣言した。
「みんな! 今日までありがとう! 何年先になるか分かんないけど、必ず戻って来るからねー!」
僕の短いメッセージに答える皆の大音量の声援や別れの言葉で大地が振動する。
僕は手を振って笑顔でそれに答えた。
そして、出発の時が来た。
大歓声が沸く中、母さんが僕に近寄り最後の挨拶をしてくれた。母さんの声は、大歓声にも関わらずよく聞こえた。
「では、最後の説明をします」
「はい」
女王マリアから笑顔が消え、真剣な表情でキズナに最後の説明を始めた。
それに答えるように、キズナも姿勢を正した。
「ユニークスキル『クロスオーバー』は修得しましたね」
「はい、ここでしか使ってないけど修得はできたって合格をもらったよ」
「ここでは実感できないスキルですからね、それは仕方がありません。ですが、旅立った先では非常にあなたの役に立ってくれるでしょう。その時のために、この城の隣にある広大な土地もキズナの専用地として確保しておきます。倉庫も建ててありますからね、だからどんどん使っていいのよ」
「はい!」
何の事か全く分かんないけど、元気良く返事をしておいた。
この時点で質問なんかしたら母さんを心配させるだけだからな。そう悟られないように返事ができたと思う。
本当はあんまり使いたくないんだけど、母さんの言葉からすると、頻繁に使うようになるスキルなのかな? 使うのはいいんだけど、その代償がねぇ……
「合体魔法【ユニオン】も大丈夫ね」
「はい」
これは大丈夫だ、仲のいい友達の力を借りる術なんだ。体術でも魔法でもスキルでも、なんでも借りれるんだ。
「服装は……うん、そうね。いつも通り格好いいわよ」
「うん!」
「武器や防具はダメだけど、その服には内緒で耐性付与をたくさん付けておいたからね」
母さん……ここで言っちゃったら内緒になってませんよ。ジェミーも隣で大きな溜息をついてるじゃないか。
「マリア様……」
「これぐらい、いいでしょ! だってこの国にはお金が無いんだからキズナに持たせられないのよ! キズナが怪我をしても薬だって買えないのよ!」
「……わかりました。見た目は普通の服ですし、大目に見ます」
逆切れした母さんが「キズナ様は回復魔法も使えるのですが…」とぼやくジェミーを強引に説き伏せてしまった。
確かに母さんの言った通貨の事は勉強でも習ったけど、この世界には通貨が存在しないんだよね。基本は奉仕、全てタダであげちゃうんだ。偶に物々交換する時もあるけど、衣食住で誰も困ってないから通貨なんて存在しないんだ。
日本人の記憶を持つ僕は知ってるんだけどね。
ジェミーから了解を取り付けた母さんは、満足気に続けた。
「では、先ほど渡した剣を出しなさい」
「はい」
言われるがままにさっき渡された短剣を出した。
母さんが短剣に手を翳すとニョキニョキと短剣が伸び、刃渡り十センチ程度だった短剣が、一メートル強の長剣になった。
「この長さを覚えておいてね。今から使う旅立ちの時に必要な力でこの剣はさっきの短剣に戻ってしまうの。それをキズナが頑張ってその長剣の長さにまで力を溜めれば、またこの地に帰って来れるのよ。だからキズナ……頑張って早く力を溜めるのよ」
「はい」
「いい子ね。頑張れば来年の今頃には溜まるはずだからね」
「……ホント?」
「マリア様……絶対に無理だと思います」
そんなに簡単な試練なのかと疑問を口に出したら、すぐにジェミーに否定された。どうやら母さんの願望だったようだ。
さっき何十年、何百年かかるか分からないって言ってたもんね。僕の寿命は平均的な人間と同じだと思うんだけど、アレがあるから何千年でも生きようと思えば生きれるんだよね。
アレ? アレは秘密だよ。母さんの若さの秘訣にも関わってくる問題だからね。
一年でも一人でやっていくとなると大変なのは分かってるけど、今までの訓練を思い出す限り一年ぐらいなら簡単な気がしたんだ。料理だってできるしね。
この世界ではお金は稼いだ事は無いけど、前世の記憶が残ってるから商人にでもなれば稼げるんじゃ無いかと安易に考えてしまったよ。鑑定はできないけど、計算は得意だからね。
ただ、問題なのはどうやって短剣の力を溜めるかだ。教えてもらって無いんだよね。みんな目を輝かせて、僕なら大丈夫って顔してるし、これって今更聞ける雰囲気でもないよね。
どうせ、レベルが上がったらとかだと思うんだけど、なんとかなる…よね?
「キズナ……覚悟はできた?」
「はい」
「……本当に?」
「はい」
「もう少し考えてもいいのよ?」
「マリア様!」
「むぐぅ……じゃあ、キズナ。頑張るのよ」
「はい!」
いつまでも渋る母さんをジェミーが諌め、ようやく旅立ちの力を使う母さん。
母さんが長剣に触れると、周りの風景がどんどん歪んでぼやけてきた。
いよいよ出発か! 冒険は楽しそうだけど、早く戻って来て母さんを安心させたいな。みんなとも早く再会したいしね。
「そうだわ、キズナは鑑定できなかったわね。だから教えてあげるけど、あなたのレベルは1、行った先では『境界心繋』と名乗るのよ。境界でサカイ、心を繋ぐと書いてキズナよ」
「えっ?」
「それと、あなたの職業は『スライム戦士』ですからね」
「えっ…え―――っ!? 『スライム戦士』ってなにー!!」
「それは…あれよ。初心者? 最弱? 最下位? 雑魚? 超ヘタレ? ま、そんな感じの意味よ」
「えっ、えっ? ダメじゃん! それダメなやつじゃん!」
「あ、もう時間ね。身体に気をつけて頑張るのよー!」
ちょっーと待てぇぇぇぇぇぇいぃぃ!
「最後に、本当に最後に一つアドバイスよ。面倒事に沢山関わると案外早く帰れるようになるかもね、うふっ」
「え? え? え?」
最後のは何? うふっ、じゃねーし!
面倒事? 名前? 職業スライム戦士って何?
え? え? え? それ全部初耳だよ? そういう大事な事は先に言っておいてよー! それ全部、今言う事じゃねーって!
最弱? 雑魚? 超ヘタレ? それってタマネギ的なアレなやつじゃないの?
おぉぉぉぉいっ! なんでそんな職業にするんだよぉぉぉ!
送還が始まり、失われて行く意識の中で、盛大にツッコミを入れるキズナだった。
ある程度までは毎日投稿する予定です。たぶん、20話ぐらいまでは行けると思います。
投稿は毎朝7時の予定です。
区切りの良い所で投稿しますので、変に短かかったり長かったりする回もあったりします。
ご了承くださいませ。