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石じゃなく空として未知へ

てんちゃんと家族旅行の散歩中に足を滑らせた僕は、気が付くと見知らぬ世界に落ちていた。

自分が死んでいるのか生きているのかすらもよくわからないけれど、‘案内人‘を名乗るカイによると僕は

野薊のあざみという世界で生きる権利だけを与えられた’らしい。


離れないと決めていたてんちゃんとの絆もなくして…僕はカイに促されるまま歩くしかなかった。

この世界はどこまでも空が野薊色で、まるで巨大なホールの中にいるみたいだ。


「さぁ、くぅちゃんここが私たちの始まりの町!

ここはね、アガパンサスって言う町でね、この辺りではそれなりに大きくて愛と始まりに満ちた町だよ。

名産品はこちらこの地方だけにいるヨクネの塩焼き!!とってもカリカリしていて美味しんだよ

…ってくぅちーーーゃん?

どうして看板の裏にいるの?」


「………知らない町…知らない人…僕、僕…帰る!」


「えぇ!?帰るってくぅちゃん、今、まさにホームタウンとなるこの町を放置してどこに帰る気!?」


「帰る!…帰るんだーーー!」


カイが僕のことを町の中に入れようとぐいぐいと引っ張るけれど、僕は読めないけれど、どうやら文字らしきものの書かれた看板にしがみついた。

この町を見て、僕はここが僕の暮らしていた日本じゃないこと…というか僕の生きてきた地球じゃないことを痛感することになった。

僕の知っている日本には、二足で歩く犬?はいない。

僕の知っている日本には、三本足の鳥?がケン・ケン・パしてなんかいない。

僕の知っている日本には、一本の大きな支柱からそれぞれの家への道路が空に浮かんでいたりしない。


どこかで期待していた、全部夢だったという事実は脆くも崩れ去っていった。

どうして僕は知らない世界に、てんちゃんなしで立っているんだろう。


…それは、僕が手を離したからだ…。

ズキン…胸に重いものが突き刺さった。


血まみれのてんちゃんが僕を見ている。


ー…くぅが望んだんじゃないか…僕は、くぅの手を離すつもりなんてなかったのに…-


僕は…無意識のうちのこの世界を望んでいたのか?

僕が望んだから世界はこうなってしまったのか?

野薊色の空がどんどんと鮮やかさを増して…それが鮮明な血の色に見えてくる。


「くぅちゃん!くぅちゃん!くぅちゃーーん!」


何度も僕を呼ぶカイの声で、僕の意識はなんとかまた辛うじて正常と呼べる値に戻る。

僕はくぅ。僕はくぅ…今、確かなことはそれしかない。


「くぅちゃん、帰りたくても、帰るには’元の世界に受け入れられる権利’が必要なんだよー。

とにかく、今のくぅちゃんは一つでも多くの’権利’をゲットしないと、そこにあるだけになっちゃう…

言うなればしゃべる石だよ!」


「…しゃべる…石…」


「そうだよ、手も足もあるのにそんなんじゃもったいないよ、強い意思を持たないと、石だけに!」


ドヤ顔のカイ。

石と意思をかけたということは分かるけれど…正直なんとも言い難かった。

それに…石という単語がやけに僕の心に突き刺さった。

僕とてんちゃんのことを磁石みたいだと言った人たちがいた。

それはいつも一緒にいるからという意味だと僕らは思っていたけれど…本当の意味は…違っていた。

彼らは…陰で僕らを…


「…S極とN極のように…正反対に反発しあう…」


「んん?くぅちゃん急に脱力してどうしたの?」


「わかんない…わかりたくないし考えたくないんだよ…なんにも。

僕は…なんの光も色もない石ころ…それならそのへんに転がっていればいいんだ。

なんの権利もないって言うんなら…僕はなんの権利も求めないよ。」


それこそ‘この世界に存在している権利’すら、いらないのかもしれない。

それはそれで幸せなのかもしれないと思った。

何の権利もないとさんざん言われて脅されているけれど、裏を返せば僕は自分の意思で石になることならばできる。

そう、今なら僕はイシニナレルンダ。

そんなことを考えていると僕の視界に、カイのふわふわのブラウスがいっぱいに広がった。

そしてすごく暖かくて柔らかい胸の中に顔をうずめられた。


「…くぅちゃんが石なら、私が拾うよ。私、ちょうど石を探していたの。

私と一緒に転がって旅してくれる石を!」


あまりに強く抱きしめられたから、僕は苦しくてそして恥ずかしくて赤くなってカイを見上げた。

カイは本当に嬉しそうな笑顔で僕を見つめている。

まるで砂浜の中で綺麗な貝殻を見つけたみたいに、澄んだ瞳が僕をからめとる。


「…石となんていたって…なんの役にも立たないよ…。」


「そんなことないよ、現にくぅちゃんが来てくれたから私はやっと一人前の’案内人’になれたの!

くぅちゃんの役に、私が立ちたいの!だから…一緒に転がろうよ!」


「…それで…どうなるの…?」


「んー、わかんない!わかんないけどきっと楽しい、そしてきっと出逢えるって思うんだ!

二人でなら!今まで知ることのできなかった新しい世界に!たくさんの楽しいことに!

それがね、転がっていくうちに雪だるまみたいに膨らんでいくの!

ねっ?それってすごく楽しいって思わない?」


カイは僕との出逢いになんの不安もマイナスな感情も抱いていない。

純粋に、本当にこれから先の未来を楽しんでいる。

底抜けに明るい彼女といたら…僕も少しは輝けるのだろうか?


「もしも、悩んでいるんだったら責任は全部私に押し付けちゃって、楽しもうよ!

この町はくぅちゃんを歓迎してくれる!ね、一歩を踏み出すまで怖いかもしれないけど…私は絶対にくぅちゃんの手を離さないからだいじょーぶ!」


「あ…!」


「はじめのいっーぽ!」


僕が怯えて踏み込むことのできなかった一歩をカイは簡単に吹き抜けていく風のように軽やかに、僕の手を引いて超えてみせた。


くぅちゃん大丈夫、僕がついているから!何があっても一緒だよ!-


ずっと僕を引っ張ってくれていたてんちゃんは今はいなくて…代わりにカイが向日葵のような笑顔で僕を見つめてくれている。

僕は一人では何もできない。

怖いけど…怖いけど僕は…。

それでも僕は…!!


「僕…石でいたくない…僕は天空寺空でいたい…」


おずおずとそう呟いた僕のことをカイがまたぎゅっと抱きしめてくれる。


「うん、くぅちゃんがくぅちゃんであることはくぅちゃんの‘案内人‘である私、

カイが一番よくわかっているから任せて!どうせなら輝く宝石になろう!」


僕を僕として認めてくれるこの少女の手を掴んでいればどこへでも行けるような気がした。

僕はくう。決しておまけでも、双子の妹でもなく…僕は天空寺空。


今まで感じたことのない気持ちがあふれてきてうまく言葉にならなかったけれど…

僕はこのよくわからない世界に踏み込む勇気をもらった。


「…お腹空いた…」


「よし!じゃぁ、名物のヨクネの塩焼き食べにいこ!」


ご機嫌なカイに引っ張ってもらって僕の未知の世界での生活が始まっていく。

石ではなくくうとしての生活が。

…まずはよくわからないヨクネってやつとご対面するんだ!!

僕は大きく息を吸って、この世界の胞子を体内に改めて取り込んで気合を入れた。

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